CHAPTER38『小さな勝利、蠢き始める影』
――間に合え。
視界の端で、十文字槍の切っ先が鈍く光る。
ボグさんの巨体、その背後。
そして――血に濡れて震える、俺の指先。
考えるより先に、体が動いていた。
俺は慌てて工具袋に手を突っ込み、手当たり次第に探る。
どれだ……!? 使えそうなの……!
――あった!!
靴底と皮鎧の補強用に持ち歩いていた、鋭い鋲の束。
俺は歯を食いしばり、全力でそれを二人の間へと叩きつけるようにぶちまけた。
「どりゃあぁぁっ!」
バシャーンッ!
金属音とともに、無数の鋲が地面に跳ね散る。
「なっ!?」
スパイクの足取りが一瞬、乱れた。
――今だっ!! 今度こそっ!!
俺は落としたスコップを拾いあげ、バランスを崩したスパイクの背後から一気に踏み込んだ。
狙いは――機動力を奪う、スネだ!
ゴーンッ!
鈍い一撃が、スパイクの脛に直撃した。
「ぐっ……!?」
スパイクの片足が思わず崩れ、膝が折れる。
勢いよく前のめりに、体が泳ぐ。
次の瞬間――
ゴッ!
倒れ込んだ勢いのまま、スパイクの額が地面の石にぶつかった。
よほど当たり所が悪かったのか、スパイクは呻き声すら上げずに、ぴくりとも動かなくなる。
「……え?」
俺はスコップを構えたまま固まった。
(い、今の……俺がやったってことでいいよな!?……石、ナイスアシスト!)
「よっしゃー!ヤブイヌ魂だー!!」
俺は一拍遅れてスコップを振り上げ雄叫びを上げた。
「何っ……!?」
ガルドは驚愕に目を見開き、ボグの篭手に止められ、鍔迫り合いのまま踏ん張っていたサーベルを引き、一歩、距離を取った。
ボグが愉快そうに笑う。
「フェッフェッフェッ……いい一撃だ、チャロ。腹が減る音だったな」
ボグは、そのまま視線を気絶したスパイクに落とした。
「さて……で? 懐を探ってみな。 修羅場の後は腹が減るもんだろう?」
――この人、今それ言う!?ボグさん……こんな大乱戦の真っ最中でも、まず腹の心配なんですね……。
俺は半ば呆れつつも、倒れているスパイクに近づいた。
革鎧の合わせ目を探り、胸元、腰袋を順にまさぐる。
(頼むから武器とかじゃなくて、干し肉とかであってくれ……)
ごそっ。
……布包みの感触。
(おっ?)
中から出てきたのは、乾燥させた肉の塊と、固そうな乾パン。
(うわ、ちゃんとあるし……)
「ボグさん……ありましたよ。保存食っぽいやつ」
「フェッフェッフェッ、だろう?」
満足げに笑うその背中を見ながら、俺は思わず苦笑した。
――状況がどれだけ切迫していようが、ボグさんは飄々としたまま、敵味方まとめて振り回す人だ。
ガルドの額にはうっすらと汗が滲み、逆立っていた針の一部が、わずかに揺れていた。
(……クソッ、あのチビが余計な真似しやがった……!
だが、まだだ。リッパーとロアが残ってる。
あいつらが立て直せば――まだ形勢はひっくり返せる……!)
一方、リッパーは戦場の端でこちらを捉えていた。
「!? あのチビ――!」
俺の方へ踏み出そうとした、その瞬間――
「行かせるかよ!」
メイベルが獣骨刀を振るい、リッパーのショートソードに叩きつけた。
ガギィィン!!
金属音とともに、ショートソードに走るひび。
リッパーの顔が歪む。
「……クッ!」
「……へっ、さすがサーベルタイガーの骨だな……!」
その背後――
刺された脚を引きずりながらも、ハクが動いた。
低く息を吐き、静かに、だが確実に間合いへ踏み込む。
そのまま、渾身の力を込めた拳が、リッパーの後頭部を叩き抜く。
バギィィッ!!
「――ぐっ……!」
リッパーの体が前のめりに崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をするハクを、メイベルがちらりと見て口角を上げた。
「やるじゃねえか、ハク」
一方その横――
ドロガンと打ち合っていたロアも、横目で戦況を確認し、思わず声を上げる。
「!?……リッパー!」
(……チッ。ラグとピッツ、スパイクまで――いつの間にかやられてやがる……!)
その一瞬の動揺。
「隙ありッ!」
ドロガンが吠え、大棍棒を全力で投げ放つ。
ブォォンッ!!
「!? 何っ――!」
ロアは咄嗟に翼を広げ、間一髪でかわす。
だが――次の瞬間には、すでにドロガンが距離を詰めていた。
「……終わりだっ!」
ドガァァンッ!!
渾身の体当たりが直撃し、ロアの体が吹き飛ぶ。
ドンッ!
「ぐおっ……!」
大木に叩きつけられ、そのまま動かなくなるロア。
ドロガンは荒く息を吐き、投げた棍棒を拾いながら吐き捨てた。
「へっ……誰が腰抜けだって……?」
棍棒を肩に担ぎ、ギロリとロアを睨みつける。
「言葉には気をつけろよ!
次に腰抜けなんざ抜かしやがったら――その口に、この大棍棒をねじ込んで、ぐりぐりしてやるからな!」
――子供の喧嘩が終わったあとみたいな捨て台詞だな……。
メイベルはドロガンを横目で見て、ニヤッと笑った。
「おっ、イボイノシシ、今日は順調じゃねぇか」
視線をゆっくりとガルドへ向け、一歩、また一歩と詰める。
「――さてと。残ってんのは、テメェ一人だな?」
ボグは勝ち誇ったようにガルドを指さした。
「フェッフェッフェッ……さて問題だ。お前の懐には何が入ってる?」
一拍置いて、ぶ厚い指でパチンと音を鳴らした。
「正解は――黒パンだ。さっさと出しやがれ!」
ガルドは歯噛みし、憎悪を滲ませた目でこちらを睨みつける。
「クソッ……テメェら……俺ら〈クリーバーズ〉に喧嘩売って、どうなるかわかってんだろうな……?」
鼻で笑い、メイベルが一歩前に出る。
獣骨刀を肩に担ぎ、吐き捨てるように言った。
「ハッ、知るかよ? 俺らはこれからトラガロファミリーと喧嘩しようってんだ!
テメェらみてぇな田舎の山賊に、構ってる暇はねえんだよ!」
その言葉に、ガルドの瞳が一瞬だけ揺れる。
(……何だと……?トラガロファミリーと喧嘩、だと……?)
憎悪の奥で、別の思考が走る。
(……なら、こいつらは使えるかもしれねぇ)
思わず、声が漏れた。
「ま、待て……!話を聞け!俺らだって、トラガロファミリーは潰してぇと思って――」
ゴズッ!!
言葉の途中で、背後から強烈な衝撃。
ドロガンの大棍棒が、容赦なくガルドの後頭部に炸裂する。
「ぐっ……!?」
地面に叩き伏せられ、ガルドはそのまま動かなくなった。
ドロガンは棍棒を肩に担ぎ、フンと鼻を鳴らす。
「腰抜けだの何だのと嘲った、その戒めだ!
……それとよ、ハクとチャロを痛めつけた分もだ」
――いや、絶対そっちじゃない! ドロガンさん、俺たちのことより、自分がバカにされたほうでキレてますよね!?
メイベルは獣骨刀を肩に担ぎ、空を仰いだ。
「……終わったな。
あ〜あ、もう陽が落ちてるじゃねえか、さっさと帰ろうぜ!」
「ふぇ〜……とんだ災難でしたよ、ほんと」
俺は鼻を押さえながら、へなへなと息を吐く。
「おい、ハク。乗れ!」
ドロガンが背を向けてしゃがみ込む。
「……親分」
足をやられたハクは短くそう言って、ドロガンの背に体を預けた。
俺たちはそのまま、夕闇に沈み始めたロカ山を下りていく。
もちろん、ボグさんの厳命により、ガルド、リッパー、ラグ、ピッツの懐はきっちり漁られ、干し肉、乾パン、ついでにどう見ても食い物に見えない黒い干しキノコなど、怪しげな保存食までしっかりピックアップしたのは言うまでもない。
山の麓では、待っていたブルソン爺さんから報酬を受け取り、俺たちはようやくギルド・リトルリバーへの帰路についた。
胸いっぱいの疲労と、少しの達成感を抱えながら――。
一方その頃、
ロカ山より奥深く、崩れかけた礼拝堂の中では――
カン!カン!カン!
マウンテンゴリラ獣人ゼンガの指示のもと、崩れかけた石柱の修復が急ピッチで進められていた。
石灰モルタルの匂い、鎖の軋む音、梁を担ぐ荒い息遣いが重なり合う。
ゼンガは腕を組み、修復の様子を見下ろしながら低く唸る。
「……ふぅ。しかしガルドたち、遅いな……。
逃げた連中相手に、手間取るような奴らじゃないはずだが……」
その時だった。
――ギギ……。
礼拝堂の奥にある、重厚な石扉がゆっくりと開く。
場の空気が、目に見えて変わった。
修復作業をしていた盗賊たちが、思わず手を止める。
鎖の音が止み、誰かがごくりと喉を鳴らした。
扉の向こうから現れたのは、三人の男たち。
クリーバーズ No.2、オウギワシ獣人、ローデリック・セルヴァン
「……さっきから、ガンガンうるせぇな」
長い翼を折りたたむように肩をすぼめ、鋭い鉤爪の指で耳元を掻く。
黄褐色の瞳が薄暗い礼拝堂を一瞥し、崩れかけた柱と忙しく動く盗賊たちを見て、目を細めた。
バルバス解放戦線 頭領、ゴブリンシャーク魚人、ネモラ・ドレイン
「ん〜。……もうすっかり陽が落ちてやがるな」
分厚い肩と背を揺らしながら、一歩前に出る。
鋭利な歯列を覗かせる口元は笑っていないが、その眼差しだけで空気が一段冷えた。
血の匂いと石灰の粉塵を嗅ぎ取り、低く喉を鳴らす。
クリーバーズ 頭領、ナイルワニ獣人、ジャンクロット・ザガン
「……ゼンガ。何があった?」
最後に姿を現した巨躯。
岩のような鱗に覆われた身体が、礼拝堂の灯りを遮る。
一歩踏み出すたび、床石が低く軋み、その眼がゼンガを捉えた瞬間――獰猛な眼光が、空気そのものを噛み砕いた。
「……ええ。少々厄介なことが起きまして」
ゼンガは一歩前に出て、拳を胸に当てる。
「侵入者に柱を一本、派手に壊されちまいました。
今、ガルドたちが追っています」
ザガンの低い声が、礼拝堂跡に重く落ちた。
「……侵入者だと……?」
その一言に、空気が目に見えて沈む。
夕闇の中、ナイルワニの眼が、ゆっくりと細められる。
ロカ山で起きた小さな衝突は、まだ誰にも知られないまま、確実に大きな波紋を広げ始めていた。
――そんな大事の火種を踏んだなんて、この時の俺は知る由もなく。
正直、頭の中を占めていたのは――
ただひたすら、ギルドに帰ったら、ボグさんにピザを全部食われる前に、自分の取り分を死守すること。
それしか考えてなかったっす。
《リトルリバー》より感謝を込めて!
お読みいただきありがとうございます。
面白かったら、ギルドの活動資金(=★評価&ブクマ)をいただけると嬉しいです!
【作者Xはこちら】
https://x.com/00aomiray00?s=21




