第十章 君がいなくなって(5)
ちょうど真由が分娩室に移動する所だった。
「真由、大丈夫か?」
そう声をかけ、手を握ると、案の定。
真由の目にはみるみるうちに涙が溢れる。
でも苦痛に満ちた顔をしていて、少しでも楽になるかな?と思った総一は
「俺、優勝したよ」
そう言った途端、涙は止まり、目を真ん丸くした真由。
必死におめでとう、とでも言いたいのだろうけど、痛くて言えない。
「子供を産んでから、たくさん話してあげるから今は産む事に集中して」
思わず苦笑いしながら総一は言うと、真由は苦しそうに頷いた。
−全く、相変わらずだよ−
総一はそっと真由の汗を拭った。
真由はというと。
久々に見る総一の顔が涙でぼやける。
それだけでも心強かった。
更に
「俺、優勝したよ」
−優勝って!!初優勝!!−
おめでとう、って絶叫したいのに!!
痛みが強すぎて無理だった。
−周りの強敵を押しのけて1位なんだよ!!−
今、まさに子供を産もうとしているのに、頭からそれが消えて総一の優勝がグルグル駆け巡っている。
そして総一に産む事に集中しろ、と言われ。
不覚。
やがて
「頭が出てきましたよ」
と、助産婦が言う。
「あっ…」
真由の手を握りしめていた総一が短く声を上げた。
しばらくして泣き声が聞こえてそれが真由の耳にも聞こえる。
この世で初めて空気を吸って上げる産声。
「おめでとうございます、女の子ですよ」
と、全身真っ赤な赤ちゃんを真由は見せてもらった。
「抱いてあげてください」
と、赤ちゃんが手元に来て真由は恐る恐る抱いた。
抱いた、というより胸の上に置かれた。
−温かい−
「パパも抱いてみます?」
助産婦が今度は総一に赤ちゃんを抱かせた。
さすがに慣れた手つきで抱く。
そっと…
頬と頬をすりあわせた。
その目には涙が。
「これからよろしくね」
小さく、呟いていたのが真由には印象的だった。
生まれてから数時間経つ。
部屋に総一と真由と赤ちゃんの3人。
本当はまだ部屋に連れて来たらいけないらしいが、先生から総一へ初優勝のお祝いに10分だけ、時間をくれた。
「本当にお疲れ様」
総一は真由に唇を重ねる。
長いキスの後、今度は真由が労いの言葉を掛ける。
「そーちゃんこそ、お疲れ様。
そしておめでとう」
これが言いたかった。
本当は1番になるところを実際に見たかったけど。
「…ありがとう」
総一は照れ臭そうに笑った。
彼もまた一番に見て欲しかったのは真由だ。
そして赤ちゃんの名前は
『睦海』
男の子でも、女の子でもこれにしよう、と二人で決めていた。
「よく飲むよね…」
そんなにお腹が空いていたのか!っていうくらい、おっぱいから吸い付いて離れない。
総一はそれを見て苦笑いをしている。
「まるで、拓海の小さい時みたいだよ、この子は」
昔を振り返りながら呟く。
今はもういない拓海。
けれどその命がこの小さな睦海に受け継がれている。
「今日は綺麗な月だね」
総一は睦海を抱きながら窓際へ行った。
真由も窓の外を見る。
綺麗な月が出ているのが見えてふと思い出す。
確か1年くらい前。
拓海と見上げた夜空もこんな感じだった。
今では自分と総一と、生まれたばかりの睦海。
こんな風に夜空を見上げるなんて、思いもしなかった。
「真由」
月明かりに照らされた総一の顔はまるで映画のワンシーンのように綺麗で思わず見惚れてしまう。
「これから三人で仲良くやっていこうね」
「うん!」
真由は満面の笑みを浮かべた。
月明かりは柔らかい光を放ちながら三人を照らし続ける。
−君がいなくなって−
完結
最後までお付き合いくださいましてありがとうございますm(__)m
ようやく完結しました。
しかも日付が変わってしまった…(´;ω;`)
真由と総一、思い入れの強いキャラクターで一度、別サイトで完結させたもののもう一度書いてみたい!!
その一心で書きました。
馴れ初めは決して良いとは言えない。
けれども色々な葛藤を乗り越えてこそ得られる愛。
これは総一や真由のような夫婦愛だけでなく、家族や友達、職場の仲間。
そういう人達にも言えると思います。
愛がいっぱい詰まった小説を書く、それが私の想い。
少しでも伝われば幸いです。
さて次回は…まだ未定。
野いちごさんで書いているのが途中なのでしばらくはそちらを優先させつつもまたこちらでも新たな…いやリメイク?
ま、とにかくまた書きますので読んで頂けたら幸いに思います。
その前にあと数時間後には飛行機に乗って一路、九州へ!!
大分・オートポリスで全日本ロードレース第三戦見てきます〜(≧▽≦)
そしてその感動を次に繋げられたら良いな!!
ではでは本当にありがとうございました!!
2010.05.21 たえたえ