第三話 ~ 魔法使い ~
第三話 ~ 魔法使い ~
村にカーン、カーンと教会の時を知らせる鐘が鳴り響く。
ガリア王国では朝八時と昼12時そして夕刻5時に三回の教会の鐘を鳴らす習慣がある。
一般に時計が普及していないこの時代に教会の鐘は人々が大まかな時を知るに大変重要だ。
教会の朝の鐘で目が覚めた私だが少し体に倦怠感がある
"叔父様の言っていた、体調が悪くなるかもしれない"ってのはこの事なんだろうか?
私はベッドに座ったまま暫く寝呆けていたが徐々に頭がすっきりとしてくる。
昨日、魔法工房で誤って"秘薬ナイス・バディ"を一気飲みしてしまった私はその副作用なのか猛烈な睡魔に襲われ眠ってしまった……寝ている時に体が妙に熱かったような気がする。
ベッドから降りると一階の洗面所に行く、洗面所には手鏡のはめ込まれた木製の簡素な洗面台があり陶器で出来た洗面器が備えられている。
洗面器には裏山から引かれた湧水が木樋を伝って流れ込むようになっている
私は鏡に映った自分の顔を見て唖然とした……鏡に映った自分の顔は以前よりもはるかに美形になっていたのだった。
美形と言っても美女ではなく美男子の方である。
"えっ! どういう事……"
私は焦ってパンツの中を覗き込む
"よかった……アレは生えていなかった"
ホッとひと安心そして、恐る恐る自分の胸を触る……ペッタンコのままだった……。
"じっ爺っ! 全然っ効果ないじゃないのっ!!"
しかし……徐々に視線を下に向けて行くとウエストは引き締まりヒップラインは素晴らしく改善されて理想的と言える魅力的なラインを描いていた。
"ウエストがっ! くびれっ!くびれてるよっ!! これで寸胴とはおさらばだっ!!!"
心の中で歓喜に打ち震える……。
そんな事をしていると不意にイネスが入ってくる。
「えっ! ? お姉ちゃんなの?」
私の容姿の変貌に戸惑っている
"マズイ事になった……"
どうしようと焦っているとイネスの態度が変わる。
「あっ……ああっ……お姉ちゃんよね」
「食事の支度が出来てるから食べに来てね」
そう言うと何事も無かったように洗面所から出て行った。
"どうしたのかな"と不思議に思いながらも居間に行くと父と母それにイネスが既に食事を始めていた。
「昨日はありがとう、疲れただろう」
「体の調子はもういいのか」
父が私の事を気遣ってくれている。
「もう、大丈夫だよ昨日は心配かけてごめんなさい」
と謝ると父は何も言わずに微笑んだ。
どうやら……3人とも私の容姿の変化を全く気にしていないようだった。
食事を済ませて自分の部屋に戻ると私は心の中で爺に話しかける。
「これはどういうことなの」
「弓術の時に使った魔法を使ったの」
叔父様を問い質す、少しの沈黙の後にあの声が頭の中に響いてくる。
「儂は何もしておらん」
と叔父様は自らの潔白を主張した、何故かそれが嘘ではないと私には分かる。
「それはそうと、これはどういうことなの」
と言うと私は自分の胸を両手で軽く叩く
「……薬の効果は確かにあった腰回りと尻を見ればわかるじゃろが」
「以前より顔の方はかなり美形になっておるしの……ただ……」
「乳の方は……どうにもならんの……」
叔父様は諦めたように言い放った。
「そんな~」
私は泣きそうな声になる
「まあ……そう悲しむな」
「個人差もあるし、後々に少しづつ大きくなるやもしれん」
爺の気休めの一言がほんの少し私を救ってくれた。
「それと、約束は忘れてはおらんじゃろうな」
爺が真剣そうな口調になる
「約束って……?」
私は本当に今まで忘れていたが爺の真剣そうな口調に思い出す。
「あっ……何でも言う事を聞くっての」
「勿論……覚えているよ……叔父様っ」
そう言って私はその場を取り繕う
「詳しい事は、魔法工房で話したい」
「そのほうが何かと都合がいいのでな……」
いつもの叔父様とは違った話口調に私は何かを鬼気迫るようなもの感じ取ったので何も言わずに魔法工房に行くことに同意した。
叔父様と体を入れ替わると裏山の祠に向かって歩き出した。
魔法工房に着くと魔法工房の書庫に案内される、立派な彫刻の入った大きな本棚が並び分厚くて高価(この時代は印刷技術が無いので書籍は高価)そうな本がズラリと並んでいる。
本好きのレナが見たら喜ぶだろうな……などとは考えていると
「魔法書庫はこの奥にある」
と叔父様が言うと書庫の奥に向かって歩いていく、そこにはただの石の壁があるだけだった……。
「叔父様……魔法書庫って……ここなの」
と私が叔父様に問いかけると
「……この奥が魔法書庫じゃ……」
叔父様が淡々と言う
「この壁は魔力がある者でないと通り抜けられないのじゃ」
「壁に触れてみよ……」
そう言うと叔父様は私と入れ替わった。
「えっ! どういう事……叔父様……」
私は叔父様の言っている事に不安と恐怖を感じ困惑するが、恐る恐る壁に触れた瞬間にパッと一瞬の閃光と共に別の部屋にいた。
「これ……どういう事なの……」
私が困惑していると
「お前さんはな、儂と同じ"魔法使い"じゃよ……」
叔父様は私の予想していた、願っていない答えを口にした。
「私が……"魔法使い"って本当なの……」
私と小さな声で叔父様に念を押した
「そうじゃ……それも、桁違いに強力な魔力の持ち主じゃよ……」
「お前さんの容姿が急変しても誰も気づかなんだのはな……」
「お前さんが無意識のうちに"イリュージョン"を使っておたからじゃよ」
叔父様は淡々とした口調で言う
「そう……なの……」
「わたし……勝手に人の記憶を……」
私はそのまま黙り込んでしまった……
私……人の記憶を勝手に変えていたんだなんて、自己嫌悪に苛まれる
そして少し俯くと……足元の床に骸骨が転がっていた。
「ぎゃーーっ!!!」
私は悲鳴を上げると無意識に頭蓋骨を足で蹴飛ばした……頭蓋骨がコロコロと転がっていく。
「あーあーっ! 何てことをするっ! 人の頭を蹴るんじゃないっ!!」
叔父様は慌てて言う
「あの骸骨って叔父様のっ!」
「こういう事は。ここに入る前に教えてよっ!」
私は少し怒ったように抗議した
「すまん、すまん、言うのを忘れておったわ……」
「それがもこれも、お前さんのせいじゃぞ!」
叔父様が私には全く心当たりの無い難癖をつける
「お前さん……昨日あたりから変じゃぞっ!」
「儂の事を……"叔父様"と言うし、妙に言葉が上品じゃし……」
「そのせいで、調子が狂うし鳥肌が立つほど気持ちが悪い……」
「頼むから"叔父様"は止めてくれっ!、"爺でいいっ!!」
懇願するかのように爺が言うで
「そんなに気持ち悪いの」
と少し悲しそうな素振りで問い返す……少し間を置いて爺が
「マノンお嬢様、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「お嬢様には探し物のお手伝いをしていただきたく存じます」
「是非ともごお嬢様の助力を賜りたい次第です」
突然にイケメン執事風に声色を替えて紳士のような口調で話しかけてくる
「ひっ! 」
背筋に寒気が走り体中に鳥肌が立ち吐き気が襲ってくる
「きっ気持ち悪~」
「わかったっ! わかったからっ! 止めてっ! 」
私は自分のしていた事がいかに酷い嫌がらせ行為だと言う事に気付いた。
「分かればそれでよい……では、本題に入りたい」
爺の口調と声色がいつもと同じになる。
「お前さんには、魔法工房から盗まれた禁書を探すのを手伝って貰いたいのじゃ」
「盗まれた禁書は3冊ある」
「その3冊には禁忌とされている術の発動法が記載されているのじゃ」
「恥ずかしい話じゃが、盗んだのは儂の弟子の三人の弟子の一人、エマじゃ」
爺は事の成り行きを話す。
儂は300年前に大陸中を旅していた時に魔術を伝承しようと考え魔法使いとしての見込みのある3人を弟子にして術を教えたのだが、その内の最後の弟子であるエマに裏切られ魔法工房の魔法書庫から"禁忌の書"3冊が盗み出されたしまった。
エマには禁書に記述されている特に危険な術を使えるだけの能力はないが、幾つかの禁術はエマにも使いこなせる。
今も禁書は大陸の何処かに在るので探し出してほしい、禁書を探す手段はあるのだがそのためには私の助けが必要なのだ。
「え~っ! 大陸中から本三冊探すのっ!」
「確かに、何でも言う事を聞くって言ったけどさ」
「そんなの無理だよっ! それに面倒くさいし」
私が嫌そうに言うと
「探し出す術はあるのじゃ」
「これは、お前さんでなければ出来ないのじゃ」
「何故なら……お前さんは"魔法使い"だからじゃよ……」
爺が神妙な声で言うが私は先ほどの事もあり魔法を使う事に嫌悪感を感じていた。
「私が魔法を使ってるのじゃなくて」
「大体、爺が勝手に私の体使ってるんだし……」
「それに、どうして爺が私の内にいるのよっ」
私は少し迷惑そうに言う
「はぁ~」
私の態度に爺は大きなため息をつくと
「それはのう……」
「仕方がない……」
そう言うと私の頭の中にぼんやりと何かが見えている。
まるで起きているのに夢を見ている感覚だ
そこに映し出されたのは、幼い頃の私の姿だった。
魔法工房で傍若無人、破壊の限りを尽くす私の姿だった。
乱暴狼藉の果てに腹が減ったらしく、フワフワと中な浮いている爺の霊体が美味しそうに見えるようで泣き叫ぶ爺を貪り喰らう悪魔如き姿が映し出される。
「何か言う事はあるか……」
爺の冷淡な口調に
「何もございませんっ!」
「本探し全身全霊をもってご協力させていただきます」
私は魔法書庫で爺の骸骨に土下座するのであった。
「よろしい」
「それでは、棚の一番端にある石板を手に取るがよい」
私は爺に言われた通りに一番端の石板を手に取る
見かけによらず意外と軽かった。
「目を閉じて手に意識を集中させよ」
私は爺の言う通りに手に持った石板に意識を集中させる。
すると頭の中に石板が語りかけてくるが文字でも音声でもなく石板の内容が直接、頭に入ってくる。
「なにこれっ」
私は初めて体験する感覚に驚く
「それが"魔法の書"じゃ」
「魔力がある者にしか扱えぬ代物よ」
「お前さんは、立派な"魔法使い"なんじゃよ」
「お前さんには、これから色々と勉強してもらわないといかんからの」
初めての体験に呆然としている私に爺が言う
「ええ~っ! べっ勉強っ!!」
せっかくのお休みがお勉強の時間になってしまうのかっ!!!
私は思わず悲鳴を上げる……
「あ~その前に……」
「一つ頼み事があるのじゃが……」
「屋敷の裏庭でもかまわんから埋めてはもらえか……」
爺は言い難そうに床の骸骨を気にするかのように言う
「わかったよ……」
床に落ちていた布切れと棒で骸骨を拾い集め布切れに包んで爺の言う通りに裏庭に埋めた。
爺は終始無言だった……私も何も聞かなかったし言わなかった。
後に知った事だが落ちていた布切れと棒は爺の服と杖だったそうである。
因みに爺の死因は魔法書庫で250年前に足を滑らせての後頭部打撲による事故死で享年105歳なのだとか……この世界では仙人の如き長寿である。
葬られる自らの遺骸を見ながら爺は想いにふけっていた。
"これで、儂もようやくこの縛から解放されるか……"
"エルマーナ……ようやく君の傍に行ける……"
その時の私には、爺の苦悩と想いを知る由も無かった……。
第三話 ~ 魔法使い ~ 終わり