第二話 ~ 魔法工房 ~
第二話 ~ 魔法工房 ~
安息日四連休の初日の土曜日に私は早起きをした。
いつもなら休みの日に早起きする事など無いっ……、その理由は単純明快でワインの壺詰めをサッサと終わらせて一刻でも早く爺の言う"秘薬"を手に入れるためだ。
早朝から早起きし血走った目をした私を見て朝食の用意をしていたイネスはこの世の終わりが来るのではないかと言うような表情で私を見ている
「おっお姉ちゃん……おはよう……」
「どうしたの……早起きして……どこか具合でも悪いの……」
不安そうに私に問いかける……昨日の夜に、姉の部屋から薄気味の悪い笑い声が聞こえていた事もあり本当に心配している。
「今日はチョット用事があってね、少しでも早く仕事を終わらせたいのよ」
そう言ってイネスに心配させないように微笑んだつもりだが、その引き攣った私の不自然な笑顔はかえってイネスの不安を大きくしてしまった事に私は気付いてはいないのであった
「朝ご飯が出来たら呼んでね」
イネスにそう言うと私はワイン蔵に向かった
ワイン蔵には既に父がいて壺詰めの用意をしている
「マノン、随分と早起きだな……」
朝早くから起きてきた私を見て父も少し驚いているようだった
昨日のうちに村の人が持ち込んだ50本以上のワイン壺が倒れないように木で出来た台の上にズラリと並べられている。
ワイン壺には間違えないように各家庭の紋が入っている(この世界には各家庭に印象がある日本で言う家紋のような物)
いつものことながら"この村の連中は本当にワインをよく飲むなぁ~"とズラリと並んだワイン壺を見るたびに思う。
*……意外だがワイン農家の我が家のワイン消費量はこの村では最低量だと思う。
これでも昨日の分なので単純計算でもこの二倍の容量のワイン壺がこれから運び込まれてくる、しかもどの家庭でも安息日はいつもより酒量が増えるのが常なので実際はもっと量が多いはずだ。
普段の量なら父一人でも間に合うが安息日の日だけはとても父一人では廻せない徴兵に出るまでは兄のエリクが手伝っていたが今は私が手伝いに入っている
「マノンも早起きしてくれたし、朝飯前に少しやっとくか……」
そう言うと父は並べられた空のワイン壺を大樽の横に並べていくとワインを注いでいく、私はその壺に木の栓をすると肩に乗せ担いで元の台に並べていく、ワインの詰まった陶器製の壺の重さは10Kgをゆうに超える、こんなワイン壺が100本近くあるのだ普通の婦女子には無理があるのだが……私にとっては……考えると悲しくなってくる。
「ご飯できたよっ~」
イネスの声がワイン蔵の入り口の方から聞こえてくる
「飯にするか……」
そう言うと父はゆっくりと外に向かって歩き出す、私もその後について行く……
4人で朝食を食べていると外が賑やかになってくる、村の連中がワイン壺を持って来ているのだ……
「アルフレッドっ……飯食ってる時にすまんがいつもの場所に壺置いとくからよろしくな~」
玄関から次々と村の人の声が聞こえてくる
「わかった~っ、昼ぐらいには終わってるから取りに来てくれ~」
と父が返事を返す
食事が終わり再びワイン蔵に戻ると大きなワイン壺がズラリと並んでいる
父と二人で何とか昼前に全てのワインを詰め終える事が出来た。
簡単な昼食を取ると私は爺に話しかける
「爺っ……いえ、叔父様っ……」
「例の"秘薬"の事よろしくお願いいたします」
と可愛い振りした声で話しかけると
「ひっ! わかったから~止めてくれっ! 気持ち悪いっ!!」
爺の悲鳴にも似た声が聞こえてくる
「それでは参るとするか……」
爺がそう言うと私の体を勝手に動かす
「ちょっと止めてよね……コレされるとなんか気持ち悪いのよね」
私が困惑したように言うと
「そうなのか……では、裏山の祠まで行ってくれんか」
そう言うと爺は私の体を動かすのを止めた
「ちょっと出かけて来るね~」
台所にいるイネスに声をかけると
「わかった~、夕食までには帰ってきてね~」
台所からイネスの声がする
私は足早に裏山に向かって歩き出す、昔よく遊んだのでこの辺りの地理は熟知している。
結構起伏のある山道で普通なら20分近くかかるのだが私は10分ほどで祠のある洞窟に辿り着いた、そう……欲望が私を突き動かしているのだ……それに体力には自信がある。
「着いたわよっ」
私が爺に話しかけると
「すまぬが少しお前さんの体をかりるぞっ」
そう言うと爺は私の体を乗っ取り、祠の石板の裏側に回り込むと石板に手をかざす……
"ヴォーン"と小さな音がすると石板に青白い幾何学模様が浮かび上がると一瞬の閃光に包まれた
「ここ何処……」
「爺……聞こえる……」
辺りは真っ暗で何も見えないし音もしない、恐怖と焦燥で激しくなった自分の呼吸と心臓の鼓動だけを感じる……
徐々に周りが明るくなってくると私の目の前には巨大で立派な城のような屋敷が建っていた……
「ようこそ我が魔法工房へ……歓迎する……」
「まぁ……お前さんは以前にも来た事があるがな……」
突然、爺の声が聞こえる、爺は屋敷の方に向かって歩き出す
「ちょっと、もう、勝手に人の体を動かしてっ……」
「それにしても、凄い屋敷だな……もしかして……爺っ……」
「大金持ちなのかっ! これからは叔父様っ呼ぼうかな……」」
私が俗な事を考えている間も爺はそのまま屋敷の方へ歩いていく、屋敷の前に来ると巨大な扉が音もなく開く、広いエントランスに敷かれた小さな絨毯に載ると絨毯が勝手に動き出す
「なにっこれっ、勝手に絨毯が動いている」
狼狽している私を気にする事も無く爺は無言のままだった
そうしている間にも絨毯はピカピカの床の上を音も振動も無く滑るようにどんどんと進んでいくと扉の前で止まった。
扉が開くと爺は勝手に部屋の中へと入っていく、そこには見た事も無いような不思議な大小様々な器具が整然と並んでいた
「ここが魔法工房の工房の中心部……じゃ」
爺が両手を部屋の真ん中にある石板に掌を載せる……"フィーン"という音と共に魔法器具が青白く輝きだす
「250年間も放置したままだったが異常はないようじゃ」
「さあ……約束の"秘薬"を錬成しよう……」
爺がそう言うと石板に浮かび上がった幾何学模様が変化し始めるそれに合わせて魔法器具の配列が変わっていくと今度は床一面にに青白い幾何学模様が浮かび上がる
「爺……何しているの……」
私は爺に問いかける
「約束の"秘薬ナイス・バディの素"を錬成しておるのじゃ」
爺の返事を聞いた私は歓喜に打ち震える
「あれがそうなの……」
機器の一番端の小瓶にオレンジ色に光輝く液体がポタポタと滴り落ちている
「これで……これで……私も……」
「ぐひっ! ぐへっ! ぐひひひひっ!!!」
欲望が私を支配し狂気じみた笑いがこみ上げてくる
「なんじゃ……気持ちの悪い奴じゃのう」
爺が気持ち悪そうにしていても私には全く聞こえていない
その後に爺の呟いた"今も昔も女と言うやつは変わらんのう、そんなに乳が大きくなりたいものなのかのう?"
などという言葉は欲望の獣と化した私には耳に入る事すらなかったが、ただ間違いなく爺の問いには世の女性の殆どは"YES"と答える事だろう。
ほどなくして出来上がった"秘薬ナイス・バディ"の入った小瓶をを手にする。
ポタリポタリと目から歓喜の涙が止めどなく零れだす
「じっ……叔父様ありがとうございます」
「この御恩は一生涯片時も忘れる事はございません」
爺には気持ち悪いかもしれないが、これは嘘偽りのない心から感謝なのだ。
決して、爺が"大金持ち!"なのかもしれないとかは関係無い……
私は叔父様から体の自由を戻されると小瓶に入った"秘薬ナイス・バディ"を見つめる、再び目から涙が溢れてくる……
「この薬は飲み薬じゃ……毎日……」
叔父様のウンチクを聞き終えることなく私は一気に薬を飲み干す
「あーっ! こりゃ! この薬は毎日少しづつ飲むのじゃ」
「全部一気に飲み干してしまうとは……」
叔父様は呆れかえっている
「もしかして、死んじゃうの私っ!!!」
慌てて叔父様に問う
「命の心配はないが、体調不良になるやもしれん」
「明日になってみなければわからんがの……」
叔父様の答えに私は一安心するのであった
「今日はもう家に帰って部屋で安静にしておるのが良かろう」
そう言うと再び私の体を乗っ取ると工房から出て絨毯に乗る絨毯はしばらく走り別の扉の前で止まると扉が開く叔父様はその中へと入っていく
「ここは何の部屋なの」
と言う私の問いかけに
「この部屋は転送室じゃよ……」
「ここから大陸中にある転移ゲートに転移できる」
部屋の真ん中の大きな石板に大陸の地図が書かれていて赤と青の点が輝いている
「赤く輝いているのは現在使用不可能で青いのは使用可能と言う意味じゃ」
「この中央で緑に輝いているのがこの魔法工房じゃ」
叔父様の説明を聞いていた私は緑の点がヘベレスト山脈にある事に気が付く
「ここってヘベレスト山脈なの……」
私が驚いたように言うと
「そうじゃ、ヘベレスト山脈のウィニー山の山腹の中じゃ」
叔父様は何事も無いように答える
「そんな所に一瞬で行けるのっ!」
私が驚くのも無理はないヘベレスト山脈……ウィニー山って村から250Kmはある、特にウィニー山は大陸最高峰の山で標高は4000mを超える山頂部は北から吹き付ける猛烈な風で夏季ですら登頂は困難だとされているからだ
「この石板の青く輝いている所ならば一瞬で行ける」
「お前さんも、薬の作用が落ち着いたら試してみるがいよ」
そう言うと叔父様は石板の青く輝く一点に手をかざした瞬間に閃光が身を包む……気が付けば裏山の洞窟の祠の前に立っていた。
夢でも見ているようだったが、何だか薄っすらと記憶の底に覚えがあるような気がする
さっき叔父様が言っていた"お前さんは一度来たことがある"の言葉は幼い頃の神隠しがこれなのだと確信したのだった。
そのまま、家に帰ると猛烈な睡魔に襲われ夕食を取ると体も洗わずに寝てしまった
家族はワインの詰め替えで疲れていたのだろうと思い、そっとしてくれたのだった。
第二話 ~ 魔法工房 ~ 終わり




