38.歴史のバタフライ効果
〇大崎重雄〇
今、氏家茂助と山形の殿より、借り受けた。田島泰時に簡単な化学、物理学の本と小学校の教科書を楓の完全記憶でコピーした冊子を読ませている。水鳥の羽に墨汁を染み込ませて、和紙に書き込んでみた。いわゆる羽ペンである。
「あの? 殿様。こな(これ)なんだす? 」茂助が訊ねてくる。
「ああ。国か、くにと読む。」旧字体は國だものな。しかしこの二人、異常に飲み込みが早い。アラビア数字とアルファベットを半日で理解して、どんどん読解している。楷書体[※1]も直ぐに慣れた。ある意味天才である。算数と理科と図画工作には二人共に興味を示して、喜々として吸収している。そろそろ中学の教科書作るか。楓。やってみてくれ、プリントアウト。
『はいよ・・・出力します。』羽ペンを持って文字を書くではなく、ドットマトリクス[※2]出力である。点と線で上から書いていく。白黒ながら図形や写真まで再現している。正に人間プリンターコピー機である。しかも恐ろしく早い。
お前凄いな。
『話しかけちゃダメ。エラーでる。』
はいはい。
プリンター機械(PC)そのものでした。
◇◇◇
『終わったよ』中一の理科が二時間で出来た。
手首と指の動きがやばいな。腱鞘炎になるぞ。
『ならないよ。よも姉ちゃんの加護あるし。』親指を握り込み左右へ手首を捻ってみた(フィンケルシュタインテスト)。
陰性だ。痛くない。
「茂助様万有引力をなんで、我らは気が付かなったのでしょうかね。」凄い話題を話してる。
「ニュートン先生が天才とそう(言う)こどだず。この世界が丸こいのも、お月様やお天道様見れば分かるだず。」先行して分かりやすい物理学。化学。天文学を見せたせいか。
「さて、二人よ。炭は炭素であるな。」
「はい元素記号はCです。」
「そうだ。西より大量の竹を買い入れた。茂助はそれを蒸し焼きにして活性炭を作れ。作り方はこの書を参考にしてな、炭焼き職人を用意した。創意工夫せよ。」
「承知。」
「泰時は竹と革を使って。このガスマスクを作ってもらいたい。木工職人と革職人を用意した。密封が肝要である。ここの断面図の通りに試してみよ。」
「はっ! 」
◇◇◇
喜々として取り組んでおる。灰吹は意外と早く始められるかもな。精製職人は鉛中毒で直ぐ死ぬ。それが灰吹法の広がるネックとなっていたとワシは見ている。
さて鐙屋に行くか。楓。歩きながら話そう。
『なんだい爺さん。』
バタフライ効果って知ってるか?
『たしか蝶のはばたきが、隣の大陸で、暴風雨になるって話だったかな。』
まあそんな感じだ。あれは力学のカオス理論で扱うカオス運動の予測困難性のうんたらなんじゃが。ワシは歴史に於いてもバタフライ効果が起こると考えておる。
『つまり歴史が変わるって事? 』
お前、頭いいな。つまり大宝寺が本来滅びるのは、1591年なのだ。今は1536年。実に55年早く滅びた。それはワシらが歴史を変えたのだ。それが、これからどの様に歴史に干渉するか全く予想できん。正にカオス理論の予測困難性じゃな。
『それってこれから、歴史通りにいかないかもってこと? 』
そうじゃ。タイムパラドックス[※3]も絡んでくるが、ワシはパラレルワールド[※4]が形成されたと睨んでいる。つまりIFの分岐世界じゃ。
『つまり過去の親殺しも可能だと。』
もし歴史の修正力があるなら、ワシらは消滅するか、元々この時代に転生すらしなかったと思う。つまり今後の歴史は大いに変わるはず。ワシらの歴史の記憶はあてにならんのよ。次の神域行きが楽しみじゃ。歴史書の内容が変化してるかもな。
『なるほどやっぱ爺さん教授みたいだね。』
ワシらの行動指針はなんら変わらん。技術革新と、人材育成、産業革命、経済と流通と軍事を握って、一気に日本を飲み込む。
『わかったよ。』
とりあえず。伊達の変化には、要注意だな。
脳内会議は終わった。ちょうど鐙屋に着いた。
〇鐙屋孫四郎〇
「信濃屋ですか。」滋野様より新しく店を作らないか、とのお話がありました。
「そうだ。鐙屋殿の店はやることが、全て目立つ。これからやる事は猶更目立つ。将来店の売り上げの核心になる事業を専門分野に分けて分割して、始めるのだよ。それを鐙屋が統括して、総合商社となるのだ。子供のおもちゃから最新の武器まで、鐙屋がなければ、どうしようもないように、市場を独占するのだ。」総合商社。市場を独占。ああなんて甘美な言葉でしょう。
「なるほど。事業ごとにいろいろ試行錯誤して、上手くいかなければ、即撤収。上手くいったら本格的に展開するという。小回りが利く店ですね。」
「そうだ。流石だな、よく分かっておる。先ずは、五百貫づつ計一千貫(約1億5千万)で新事業を始めるとしよう。」
「最初の事業は、澄酒と醤油と便所の周りと馬小屋の土集めだな。」酒と醤は分かりますが、土集めはよくわかりませんね。まあこの方のやることには、金の匂いがぷんぷんします。
「承りました。使える番頭さんと手代二名を担当にあてましょう」
「宜しく頼む。造り酒屋の杜氏を一人用意してくれ。」
「直ちに。」
「いやいや、傾いている。造り酒屋を買い取るか。それが一番早く、儲かる。」滋野様が、凄い悪い顔をされている。
「孫四郎めにお任せを。」
◇◇◇
「大番頭さん。貸付台帳を持ってきておくれ。」滋野様が、お帰りになったので、早速思い当たる酒屋の貸付台帳を見るとしましょう。
「はい。旦那様。」宗衛門が持ってきた台帳を開く。えーと・・・。これです。桔梗屋利兵衛に三百貫文と・・。利息と合わせて四百五十貫文(約6750万円)になってますね。
「宗衛門。桔梗屋さんの近況を教えておくれ。」
「はい、桔梗屋さんは、今まで堅実に造り酒屋を営んでおりましたが、四年前に主の利兵衛さんが、労咳[※5]を患らいまして、娘の弥生さんが、なんとか立て直そうとしてますが、身代が傾いて、うちからも借銭をしましたね。」
「流石ですね。大番頭さん。」私が上機嫌で誉めると、宗衛門は嬉しそうに頷く。
「他からも借銭してるのかね? 」
「はい。恐らく他に二百貫文ほど。内情は火の車ですよ。」なるほど。滋野様の御希望通りですね。
「宗衛門一緒に出掛けますよ。台帳と借用書を忘れずにね。」
「はい、旦那様。」
◇◇◇
宗衛門と桔梗屋さんに来ている。家人に活気がない。娘の弥生さんが応対してくれた。
「鐙屋様。ようこそいらっしゃいました。へ・・返済のお話でしたら、今少しお待ちしていただきたく。」弥生さんが平伏する。なるほど。
「良いですよ。では利息分の百五十貫文(約2250万円)を返しておくれ。私も出向いたからには、手ぶらでは帰れないのだよ。」青ざめる弥生さん
「間もなくもろみ造りが終わります。今少し、今少しの御猶予を。」平伏しながら、懇願する弥生さん。この娘さん中々の器量持ちですよね。いっそのこと私の・・・。いやいやいや、仕事しましょう。
「困りましたね、大番頭さん。ああそうです。近日中にある高貴な方をお連れします。その方に酒蔵を見せてあげてくれないかえ。それでしたら、返済は待ちますよ。」
「はい、喜んでお見せします。」上出来ですね。
◇◇◇
二日経ちました。滋野様とかなりの大柄な御侍様。どちらも頭巾をされております。それと小柄ながら大変良い服装をされている御侍様。それに小兵衛様に武藤様。そうそうたる面々です。
「桔梗屋。ワシは氏家家納戸役の武藤じゃ。良しなにな。」
「ははーっ!!ありがたき、ご来店。主利兵衛に代わり御礼申し上げます。」弥生さんと家人が、酒蔵で土下座である。まあそうなるな。滋野様と大柄の頭巾組と小兵衛様は奥で黙っている。
「うむうむ。ではな早速もろみを見せてくれ。」
「はっ! 」杜氏が柄杓で樽からもろみを掬う。その柄杓を武藤様へ渡す。
武藤様は先ず匂いを嗅ぎ、柄杓に指を入れ、舐める。
「良き香と味にて。」武藤様が頭巾二人組を向いて話す。
「そうか。」大柄の頭巾様が、頭巾を外す。!!!。氏家の殿様であったか!
「定道じゃ。本日はおしのびよ。がはははは。」
「ははーっ!! 」私も土下座である。
「やっ! おしのびと申しておる。面を上げ立て、服が汚れるぞ。」気さくな殿様だ。皆恐る恐る立ち上がる。弥生さんが顔面蒼白だ。小兵衛様が床几を二つ広げる。
「どうぞ。」
「うむ。」定道様と滋野様が座る。一万石の小名様が、床几を広げて、五千石の滋野様が座る。そういう力関係なのですね。
「さて、桔梗屋とここにおる者たちよ。領主の定道よりの願いぞ。これから起こる事、他言無用よ。あくまでも願いよ。破っても一向に構わん。ただな・・ワシは願いなのだが、ここにおる。家老の小兵衛が、融通の利かぬ者でな、ワシは無残な者を見とうない・・・・。察してくれ、皆よ。」小兵衛様が凄い形相で殺気を振りまく。
「ははーっ!!」これは漏らせません。私も命が惜しい。
「よいぞよいぞ、さて桔梗屋よ。」
「は・・・はい! 」弥生さん気丈に返答する。
「その樽一つ分の酒は、いくらになるな? 」
「百斗樽(約1500kg)ですと卸し値は四十貫文(約600万円)です。」
「あい分かった。これ。」小姓達ががつづらを三つ持ってくる。
「銭百貫文でワシが買う。文句あるまいよ。家人に賃金を払ってやれ。」
「は? ・・ははーっ! 」泣いてます。弥生さんよかったですね。
「さてさて息子殿。」あっ! 氏家茂助様でしたか、初見でした。
「はい父上。杜氏の皆さん。すけろ(手伝って)。」
「ははっ! 」
その後、空の樽の上に丸太を載せて、木綿の袋をその丸太にぶら下げる[※6]。全ての袋にもろみを入れた。
「んだ、これで、明日さ完成だず。」
「息子ご苦労。桔梗屋よ。酒蔵を一日貸してくれ。」
「ははっ。」弥生さん美人ですね、ほんとうに。
◇◇◇
「こ! これは! なんとまあ。ううむ、ううむ。」杜氏たちと武藤様が唸っている。
「がははははは!!! 旨い! ゴクゴクゴク!」殿様が凄い勢いで飲まれている。
「なんという。なんという旨味。鼻を抜ける香りがたまりません。水のように澄んでいます。」大番頭がしみじみ味わっている。
「皆の衆。これが澄酒よ! 恐れいったか! ほれ助左衛門殿一献一献! うぐうぐんぐ・・かあぁぁ!! 旨い! 」滋野様頭巾外して、童子が飲んじゃだめ!
「やっ! 一献叶いましたな。この助左、助左は感涙ですぞお! うおおおおお!!! 」殿様が泣き出した。
「や・・弥生さん。おらのお嫁さなってけろ。ぐびぐびぐび。」茂助様どさくさに紛れちゃだめですよ。
「あら、あたしは年増[※7]ですよ。こんなあたくしで良いのですか? 若様。ごくりごくり。」な・・なんですとー!!
・・・・もう面倒くさいです。私も飲み潰れますか・・・くっくっくっ・・これは売れますよ。
※1 楷書体 印刷書体として使われ、清朝初期の木版印刷に使われた軟体楷書体・清朝体などと呼ばれる書体をもとにしている。
※2 ドットマトリクス 点の2次元配列によるパターンであり、文字・記号・画像を表現するのに使われる。携帯電話、テレビ、プリンターなど、現代の情報表示技術のほとんどがドットマトリクスを使っている。
※3 タイムパラドックス タイムトラベルに伴う矛盾や変化のことである。
※4 パラレルワールド ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。並行世界、並行宇宙、並行時空とも言われている。
※5 労咳 肺結核のこと。
※6 もろみ吊るし搾りという清酒の精製方法の一つ。
※7 年増 室町時代の女性の婚期は14~21歳。それ以上は年増と呼ばれた。
桔梗屋利兵衛さんと弥生さんはアニメ「一休さん」のオマージュです。
小兵衛さんが下戸かって? プロなあの方は、殿と本家様の警護に徹していましたとさ。
次回投稿は03/30の予定です。




