37.忍び小名
〇羽黒の勘兵衛〇
「聞いたか、小兵衛、否、滋野小兵衛様が一万石の小名様だとな。」小頭の以蔵に話す。
「ワシもたまげました。庄内の新たなる領主である。氏家定道様の御家老にして、最上様の目付にも出世されたとか。」もはや驚きすぎて、妬みもおこらん。
「その従兄様より、書状が来てな。」以蔵にその書状を渡す。以蔵が書を読む。
「・・・これは! お頭。八百石で里ごと、迎えたいですと! ワシらが士分ですか。」それは驚くだろう。かく言うおれが一番驚いている。
「最上様は忍びを差別しない。拙者が小名になれたのが、一番の証拠である。・・・なるほど。なるほど。」小頭の書状を持つ手が震えておる。
「お主の器量で、他の里に士官を勧めてみよ。期待しておる。・・・お頭。」期待の眼でおれを見る。小頭。
「従兄殿を本日より。殿と呼ぶぞ、さあ、全部の里を説得して、挨拶に向かおう。働きで、忍びが小名になった家。仕えていずれおれらもな。」
「承知!!」
〇滋野小兵衛〇
おれが小名とは・・・・。どうした!?小兵衛! 何よりお前が望んだ出世だぞ! 大出世だ。呆けている場合ではないぞ!
滋野様より「羽黒の衆を先ずまとめよ。」とご命令を受けている。定道の兄上から「小名の体裁を整えよ。」と銭一千貫文(約1億5千万円)もの大金を頂戴した。大宝寺城下の立派な武家屋敷も頂いた。報恩に感謝して、報いる。ただそれだけだな。
おれは滋野小兵衛。最上家、氏家家、滋野家の守り刀だ。さあ、やるべきことを成そう。
本家(滋野善盛)様に用意して頂いた。直垂と袴を着けて城下の屋敷に入る。既に門番が、いる。喜助仕事が早いな。
「殿。お帰りなさいませ。」門番が慇懃に頭を下げる。そうか、おれは殿になったのだな。
「ご苦労。」これでよいのかな。
「ははっ!」よかったようだ。
屋敷の中に入る。「殿。お帰りお待ちしておりました。」筆頭用人の滋野喜助が迎えてくれる。
「喜助よ、お主。手際良すぎるな。」つい本音が出た。
「はい。実は清川にて、氏家定直様の饗応役をさせていただきましたところ。大変に気に入っていただきまして、武家の御用向きの者の相談をさせてもらいましたところ。作法と御用の識者を推挙いただきまして、紹介します。伊藤佐平治これへ。」奥より歳のころは四十といったところか。とても物腰の柔らかく、洗練された所作にて。男が現れた。
「手前、伊藤佐平治と申します。礼儀、作法、右筆、御用の算段はお任せくださりませ。武芸はさっぱりにて、お役に立てますならば、是非にも滋野家の末席に加えていただきたく。」喜助のその折衝能力に、只々驚く。
「伊藤よ、気に入った。家内の礼儀作法の教導と喜助の折衝を助けよ。遠慮いらぬ。望む石高を申せ。」
「はっ! では遠慮なく四十石を拝領したく。」
「よし、八十石と支度金じゃ。役は筆頭用人補佐。これ、銭二十貫文(約300万円)を用意せよ。」くっ伊藤が度肝を抜かれておる。
「過分なるご高配。恐悦至極に存じます。この伊藤一所懸命に滋野家に尽くす所存。」所作と礼儀とはこういう物か、忍術より難しい。
「所作は申し分なし。若狭屋へ行ってその所作と禄高に見合う、恰好をいたせよ。」
「殿。恐れ入りました。」喜助が笑いを堪えておる。つぎはぎの裃は、いただけん。まあ御本家(善盛)様に誂えてもらうまでは、おれも似たような恰好であった。笑えんよ。
「御免くださいませ。滋野小兵衛様の御役宅でよろしいでしょうか。」
「喜助取り次ぎを。」
「はっ!」奥の居間へ向かう。女中より茶をいただく。蔵二つに部屋は十八もある。配下用に足軽長屋も二棟いただいた。大五郎と佐吉はもう山形に到着したであろろうか。最上様の直参として、しっかりと働いてもらいたい。
「殿。お城の殿様より、祝いの四斗酒樽(約36リットル)を三樽に、干し鮑、昆布、 寿留女、扇子二十本と書状を頂戴しました。」喜助から書状を受け取る。
書状には「弟に送る。礼は無用。家臣と楽しめ色男。」と書かれてあった。大宝寺城の方向へ頭を下げる。小名で慌てるおれを「未熟者めが、がははははは。」と笑う兄上を、幻視した。
「流石名門氏家様ですね。」伊藤が関心しながら、うんうんと頷く。
「何かこの贈り物に意味が、あるのかな? 」と問う。
「はい。いずれも武家の縁起物にて、この品の質、最高級品を選ばれています。武家の付き合いの良き見本にて。」なるほど、兄上は大名の格と配下への配慮という物を教えてくれたのか。小兵衛もかくありたい。
「それと勘兵衛のお頭より。二日後に、羽黒の全てのお頭を連れて挨拶に参るとの事で。」うむ、順当だ。従弟殿はやはり、使える者だった。まずやるべきことは。
「喜助。全ての臣下を集めよ。銭百貫(約1500万円)を用意して、若狭屋へ向かう。帰ったら宴会だ。」
「御意。」
「伊藤。侍女の当てはあるかな? 四名は欲しい。」
「お任せあれ。礼節と気品のある。武家の子女を二日以内に。」
「よし、これは戦と心得よ。こういう戦もあるのだ。殿様と本家様に恥じない羽黒滋野家を目指す。」
「御意!!」よし皆の目つきが変わった。羽黒滋野家の初陣だな。
〇羽黒の勘兵衛〇
「・・・このお屋敷はなんとまあ。立派だな。」羽黒衆の全てのお頭と小頭計八名で滋野小兵衛様の役宅に到着した。立派な門と、門番までおる。
「御免。某は羽黒の勘兵衛と申す。お取次ぎ願いたし。」門番に取り次ぎを願う。
「これはこれは。勘兵衛のお頭。ようこそお出でくだされました。皆さまもどうぞ中へお入りくだされ。」聞きなれた声が中からしてきた。ひょいと小兵衛様の小頭の喜助が顔を見せる。
言われるままに、中に入って皆驚く、門から中に入った通路に、米俵がこれでもかと積み上げてある。
「喜助殿これは。」おれが訊ねると、立派な裃に身を包んだ喜助が、俵の山を見て。
「お頭。これは蔵に入りきらなかった米ですよ。定道の殿様と小兵衛様は義兄弟の間柄でしてな。こうして米が溢れかえるくらい我が家に送ってくだされるのですよ。ありがたいことですな。」
おれも含む八名の喉がゴクリと鳴る。この米の一割も貰えたなら、里が半年喰っていける。
「先ずは客間へ。」通された客間は床に畳がひき詰めてある。立派な円座や漆喰の壁。
「贅を凝らしてるのう。」最年長の頭である。羽黒の四郎が呟きながら、畳を撫ぜている。
「皆さま申し訳ありませんな。今殿は氏家家の御重役との応対中にて、しばしのお待ちを。」申し訳なさそうに、頭を下げる喜助。
「いや。先ずはお役目が第一にて、おれらは待たせてもらいます。」おれが返答すると、他の皆も頷く。
円座に座り、他のお頭を歓談していると。
「失礼します。」すっと襖が開き、女中の方々・・いやこれは侍女だ。着ている物と洗練された所作が違う。おれらにお茶と菓子を運んできた。
「暫くおくつろぎくだされませ。」喜助が客間を退出した。
「驚きっ放しであったわ。小兵衛様は誠の士分になられたのだな。」羽黒の四郎が茶をずずずと飲みながら話す。
「この屋敷。溢れた米俵。喜助のあの身なり。侍女。お茶。そしてこの菓子・・! おっこれは美味い菓子だ。」葛餅にきなこと黒蜜をかけた菓子を頬張る一番若い頭。羽黒の官三郎。
「・・・ワシらもかくありたいものだな。」普段は無口の頭。羽黒の武兵衛がぼそりと呟く。
「おれには里ごと八百石で召し抱えるとの内示が、あったがな。」うちの小頭の以蔵を除く全員が、驚いた表情で、おれを見る。
「は・・・八百石じゃと! なんという気前の良さ、里の皆が良い生活ができるではないか。」唖然としながら、おれを見る四郎と頭たち。
「おい。」「来られたな。」「うむ。」虚ろな気配を漂わせて、人がこちらに来る。
その気配は客間の前で止まり。「皆の衆失礼する。」襖が開いて、艶やかな衣装に身を包んだ。小兵衛殿が現れた。
「すまなんだ。お待たせした。」小袖に肩衣姿。だがどちらも洗練された。逸品だ。恐らく絹で誂えている。肩衣には九曜紋が入っている。
「ははーっ! 」皆平伏した。
〇滋野小兵衛〇
「皆面を上げてくれ。さて、おれの名は滋野小兵衛。今は庄内氏家家の家老と最上家の目付を拝命している。先月までただの忍びの頭の一人であった。」頭と小頭、思うところがあるのであろう。皆複雑な顔をしておる。
「が! 今は万石取りの大身だ! これが戦国時代だよな。そして最上様と氏家の殿様は、忍びを蔑まない。働きを正当に評価してこの通り、凄まじい恩賞と身分をくださる。」皆おれに聞き入っている。
「おれを人扱いしてくれた。氏家定道様に必死に奉公してこの生活よ。おれの里の者たちは毎日白い飯を腹いっぱいに食っている。ここの者たちは良い服を着て、毎日酒を飲んで、美味い物を食う天国のような生活だ。お前たちはどうする? 今まで通りの捨扶持で人を殺し、草の実をかじって腹を空腹で「きゅうきゅう」鳴らしながら、生きていくか? おれとおれの配下はあんな生活に戻れん。当然氏家の殿様と酒田の本家様と共に更なる高みを目指す。」皆目に涙を溜めて震えている。
「どうだ!? 美味い物喰って、良い服着て、ふんぞり返って生きてみたくはないかね? おれがそれに誘ってるんだよ! 成り上がりたい者は名乗れ! 」
「羽黒の勘兵衛他二十六名! 殿にお仕えしたく! 」やはり従弟殿からきたか。
「勘兵衛八百石と内示していたな? 」
「はっ!」
「あれは嘘だ。赦せ。」勘兵衛の顔色が変わる。
「勘兵衛よ。今より滋野勘兵衛と名乗れ。石高は一千石だ。羽黒滋野家の家老を任命する。」ニッと笑ってみた。
「は・・ははっ! 過分なるご高配。恐悦至極に存じます。」ふっ従弟殿震えて喜んでおるわ。
「羽黒の官三郎他十七名! 殿にお仕えする所存。」次は若手か。
「官三郎よ確か里は皆で六十名くらいだったかな? 」官三郎がびくりとする。
「はっ!五十九名にて、よくご存知で。」
「よし六百石を与える。滋野官三郎と名乗れ。皆に飯をたくさん食わせてやれ。」
「ははっ! か・・・感謝します。」男泣きか。よしよし。
「羽黒の四郎他二十一名! 殿にお仕えまする! 」長老殿来たか。
「四郎よ。お主の長年の知恵と経験を買う。七百石を与える。滋野四郎と名乗られよ。本家様から預かった孤児たちの教育と養育を主に担当せよ。」
「ははっ! 必ずやお役に立ってみせまする。」爺さんも年甲斐になく武者震いか。気持ちはわかる。
「羽黒の武兵衛他十二名。加わります。」来たか無言の黄泉送り。十二名だが一番に怖い連中だ。羽黒の最武闘派である。
「待っておったぞ。六百石を与える。御本家様の護衛役を任命する。滋野武兵衛と名乗れ。」
「感謝。報いまする。」
「良し! 武藤殿お待たせいたした。」
「やあやあ。小兵衛様順当に進まれ、何よりですな。」襖が開き武藤晴重殿が入ってくる。
「これは、武藤様。」勘兵衛以下皆頭を下げる。
「此度は小兵衛様に請われ。羽黒滋野家の一番の悩みを解決に参った次第にて。」
「武藤様、悩みとは、おれには理解できず。」代表して勘兵衛が訊ねる。他の3名も頷いている。
「皆さん忍びとしては、達人ですが、武家としては? 礼儀、作法、諸事、書状、決まり事、軍事、年貢、領民との付き合い。さて、できますかな? 」見る見る間に青ざめる三名。
「そういう諸事に通じた者を一人用意すれば丸く収まる。ワシが推挙いたそうよ。」ぱあっと皆の顔が明るくなる。
「武藤様是非とも。」皆が武藤殿に頭を下げる。まあそうだよな。おれも伊藤がいなかったら、大変なことになっていた。
「さて、例の物を。」喜助がおれに代わってパンパンと手を叩く。小姓たちが三方と葛篭を重そうに持ってくる。
「支度金だ。各衆に銭二百貫文(約3000万円)だ。半分は酒田の御本家様からだ。そのこと努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞ。」
「ははーっ! 」ふふっ皆金額に度肝を抜かれておる。
「三日後にお城の殿へ、お見えする。その体裁をなんとかせよ。若狭屋に直ぐ行くことを勧める。伊藤よ。」
「はっ! ここに。」
「お主が良い服装を共に行って見繕ってまいれ。帰ってきたら宴会よ皆の者。」
「ははっ! 畏まりました。」皆良い顔で平伏した。本家様。小兵衛は、一歩前進しましたぞ。
次回投稿は03/28の予定です。




