24.羽黒衆その2
少し長めです。
〇大崎重雄〇
定道殿が、我が配下となった2日後。
早速羽黒衆の本拠地である。出羽三山の羽黒山へ向かうことになった。今回は羽黒衆への繋ぎと。可能であれば、手練れを二名。氏家家で迎えることを目的として、ワシと定道殿。そして用人の岡田弥太郎の三名で、向かうことになった。
当然。楓の父御の定直殿は。反対した。五つの子には、危険であるとの判断によるものである。
羽黒衆も剣呑だか、羽黒山までの道程は、寒河江家そして羽黒山を含む庄内は、大宝寺家が支配している。これは剣呑どころではなく。はっきり危険であると。
「どうですかな? この杖は? 」
渡した杖をぶんぶんと振るっている。定道殿に聞いてみた。
「や! これは素晴らしい。見た目はただの竹杖。しかし重い。鉄芯でも仕込んであるのですか? 」
興味深げに杖を見つめる。定道殿。
「流石ですな。この杖は柳生杖という仕込み杖です。割竹の中に鉄芯を挟み麻糸でぐるぐる巻きに巻いて。漆で固めます。今回は乾かす期間が短いので、ニカワも混ぜて、かまどの上に吊るして乾かしてみました。」
「定道殿。そこに思いっきり打ち込んでみてくだされ。」
中庭の御影石の灯篭を指さす。
「はっ! 」定道殿は上段に杖を構えて、「えいや! 」と振り下ろす。
「ガキン!!」と高い金属音と共に斜め上から、縦に割れる灯篭。
振り下ろした定道殿本人も含む。定直殿。岡田弥太郎の3名がその威力に驚く。
「いやはや。御見それしました。これならば刀に負けぬ。兜の上から頭を潰せます。」
関心しながら。杖を構える定道殿。
茂助に柳生杖の仕組みと作成方法を教えると。喜々として材料と道具を揃えて。二本を直ぐに作ってくれた。
「姫。いや滋野様。柳生とは西の大和の柳生の庄の柳生家ですか? 」
岡田弥太郎には正体を教えた。定直殿から弥太郎の父の代から。氏家家の禄を食んでいる。個人としても信用できる。とのお墨付きをもらったからだ。
「左様。ただし今から約120年の後に。柳生家人が発明するものだがね。」
右目を指さしながら。そう答える。
三人とも120年後の言葉に驚いたが、ワシの右目を指さす動作を見て。一応納得する。
「今回は、商人を装って、武器はその柳生杖。山形の商家の隠居とその手代と孫が、羽黒山の五重の塔を詣でる。・・・これで行きましょう。定道殿はちりめん問屋のご隠居の光右衛門で。弥太郎は手代の角兵衛で。われは光右衛門の孫のお銀。各自役目を覚えてください。」
「承知しました。」
「後は定直殿が、奉行に働きかけて。通行証を発行してもらえれば。誰も疑いますまい。」
「定直殿。護衛の手配を急ぐのもそうですが。楓殿のもう一つの能力は、戦場や現場で、目にしたものの弱点を見抜く能力。兵家の眼です。いずれ屈服させねばならぬ。寒河江家と大宝寺家の弱みをこの眼で見定めて参ります。」
「何。定道殿が、羽黒衆に縁があるとのこと。先行していただき、あなたの娘は危険に晒しません。」
「われもまだ死にたくないのでな。」
「・・・あい分かりました。滋野様。叔父上。弥太郎。娘のことよろしくお願いいたす。」
定直殿が深々と頭を下げた。
◇◇◇
〇羽黒の小兵衛〇
おれは羽黒の御山に近い。里の一つを任されとる。
謀略と諜報と暗殺を一心不乱に。必死になって成しているうち。いつの間にか頭目となっておった。
人はおれを「人切り小兵衛」とか「羅刹の小兵衛」とか畏れ蔑むが、やるべきことをただ成してきただけだ。
実のところ。我ながら今まで、よく生き残ってこれたものよ。と昨今しみじみと思う。
跡継ぎの大五郎は、幸いにして、術に長け。人望も厚い。次第の頭目と、皆より目されておる。
先だって孫も誕生し。おれの家は順風満帆だ。
しかし、里は未だに貧しく。何かと無理難題を押し付けてくる。大宝寺様には、頭を悩ませている。
おれも今年で50。敦盛曰く、悟らねばならぬ歳を迎える。
配下もおれを畏れ敬う。
だが、大した者では、ないのだよ。
20年前に失った。左腕先を眺めながら、思いふける。
「お頭。」
小頭の喜助が、障子の向こうの土間から、語り掛けてくる。
「喜助どうした? 」
小頭のいつもとは違う気配に気づく。昼過ぎの時刻、外は春の穏やかな陽気だ。
「庄屋の弥平様が。」
「うん。清川の齋藤弥平様がどうした? 」
「近隣に通達をなされました。内容は、[炊き出しをやるので、孤児と家を焼きだされた者を集めよ。]との事です。」
「なんとな。齋藤様は決して無碍な事はなさらない方だが。俄かには信じられん。この辺りの孤児の数をご存知なのかな? 」
報告の内容に興味を持ち。前のめりに小頭に訊ねる。
「はい既に蔵を開き。米俵を何十と用意された模様。炊き出しの村人を集っております。」
里と清川は二里(約8km)離れていない。正に指呼の間である。
「ふーむ・・・。!!!」
「いかん! いかんぞ! これはいかん! 一大事になる!!」
慌てふためく、おれを見て喜助が不思議な顔をして、首を傾げた。
◇◇◇
〇氏家定道〇
羽黒山への旅は、順当に進んだ。
危惧した寒河江と庄内の関(関所)は。最上家の身分証と通行手形が功を生し。疑われる事無く。無事に通過できた。ただ庄内の関の役人が、露骨に賂いを要求してきたのには、辟易としたが。
滋野様は時々楓と変わりながら。ワシと弥太郎に交代に背負われて。ニコニコとご機嫌で、物見遊山であった。ただ寒河江の関を超えた辺りから。しきりに「田畑が荒れている。」「領民が痩せ細っている。」と見た事を呟き始められた。
道程は順調に進み。庄内の関まで、五日の予定であったが、三日目の朝には、到着した。
「いや。順当でしたな。」
山形の商人の伝手で。豪庄屋の齋藤家に世話になることに。一旦落ち着き。滋野様に語り掛ける。
「そうだな。さてこれよりわれは、銀ですよ。おじい様。」
ニコニコしながら、ワシを祖父と呼んでくれる。楓の滋野様。
「あ・・ああ・・そうだな。お・・お銀よ。」
つい嬉しくて、呆けてしもうた。
それを見て「クスクスクス」と忍び笑いする。弥太郎。
「角兵衛も頼みますよ。」
滋野様から、迫力のある笑みを向けられて。弥太郎の顔がこわ張る。
「はい。お嬢様。」
「角兵衛は上手よねえ。重畳ですよ。さて
光右衛門おじい様。庄屋様宅に入り、ご挨拶しましょうか。しかし大きな家ですこと。」
確かにでかい。流石 庄内一と呼ばれた。豪農宅だ。蔵が六つもある。そして、滋野様は役に入りきっておる。
「そうだな。お銀。慣れぬ長旅。疲れたであろうよ。」
ワシも役になりきる事にした。
庄屋宅に入り。紹介状を渡した。家人は丁寧にもてなしてくれ。湯でワシらの脚を洗ってくれた。
ふむ。家人の教育が行き届いておる。主の齋藤弥平なる人物は中々のようだ。
畳みの部屋をあてがわれ。茶を振舞ってもらい部屋で一息ついた。
先ほどから。悪い笑みが、眼を更に見開き。怖い笑みへと滋野様が変貌した。
弥太郎が、その毒気に当てられ。顔色を土気色に。青ざめておる。
「これ角兵衛しっかりせんか。目録位が泣くぞ。」
先ほどの笑いのお返しをするが。
「はあ。申し訳ございません。大旦那様。」
いまいち元気がない。しかし役は忘れない。賢い若衆よ。
滋野様の顔より笑みが消えた。手で口前に「静かに。」と合図される。
奥の襖がすっと開き。40絡みの割腹の良い男が入ってくる。
「これはこれは。越後屋ご隠居殿。お初にお目にかかります。主の弥平でございます。ご紹介拝見しました。戸田屋さんとは、長いお付き合いをさせていただいております。羽黒の塔に詣でられるとか。どうぞ我が家と思ってごゆっくりなさって下さいませ。」
丁寧なあいさつである。
「やっ! これは。ご丁寧に恐れ入ります。齋藤様。お世話にあいなりまする。」
手をついて礼を述べる。
「いやいや。お楽にお楽に。では夕餉まで。ゆっくりされてくだされ。湯も沸いております。」
こちらの疲れを悟り、手早く挨拶を切り上げるご主人。中々の御仁である。
「さて。おじい様。銀はこれまでの旅のことを。書に残したく思います。矢立※1をお願いできますでしょうか。」
「うん。分かったよ。お銀。」
矢立と紙を滋野様に渡す。
滋野様はワシと弥太郎に手招きする。近づいて顔を寄せると。紙に『芝居を続けよ。』と書き。我らに目配せをする。二人して頷くと。『床下に一名。聞き耳を立てる間者あり。』ワシと弥太郎はハッとするが。『続けよ。』と書き何気なく。
「おじい様。今夜の夕餉が楽しみですね。齋藤様は大変なお大尽様のようですね。」
とニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
なんたる傾奇者よ。
「お銀はいつも食い気じゃな。」とワシは笑う。
「まあ。酷いですわ。」とニタニタする滋野様。くっ笑いを堪えるのに精いっぱいじゃ。弥太郎は。ふるふると震えて、口を押さえておる。
『二人は風呂へ。』と書く滋野様。
「ワシと角兵衛は、先にお湯を頂戴してきますよ。お銀も良いころ合いに行きなさい。」
変な顔をしながら。滋野様に向く。滋野様は下を向き。肩を震わせながら。
「わ・・分かりましたわ。」と詰まらせながら。返答した。
◇◇◇
弥太郎と10名は入れるであろう。大きな檜の風呂に入る。弥太郎が、「滋野様一人でよろしいのでしょうか? 」と耳打ちしてくるが。
「あの右の眼が危険を察知していない。我らも不覚を取ったのだ。お役に立てまいよ。」
弥太郎は頷き、そこで会話が途切れた。
部屋に戻ると滋野様がいなかった。紙に『湯を頂く』と書いてある。気配を掴めぬ間者を警戒して。弥太郎と当たり障りのない。装いの子芝居を続けた。
湯上りの滋野様が。齋藤家の女中を伴って、部屋に来た。あと一刻で夕餉になるとの事で。お茶を煎れてくれる。
女中退出後。床や天井や壁などを凝視する。滋野様。おもむろに頷き。
「誰もいない。少し小声で話しましょう。」と我らを手招きしてくる。
ワシと弥太郎が顔を寄せると。
「かなりの手練れと思われる。者が先ほどそこにいました。」と縁側に近い畳を指さす。
「気配が朧気でネズミかネコといってもよい。自然な動物的な動きをしてました。」
「ここの家人なら。ここの御主人は相当の食わせ者ですね。注意に越したことはありません。」
ワシが頷きながら。複雑な顔をしていると。滋野様がそれに気が付いた。
「定道殿 如何されました? 」
不思議そうに訊ねてくる。
「その口調が楓に、似てきておりませぬか? 」
ワシが率直に疑問を投げかけると。滋野様はニッコリとして。
「元々一つの体に二つの魂は、おかしいのですよ。楓殿とわれの魂は癒着しつつあります。あと十年もしたら完全に一体となりますよ。その時は滋野でも楓殿でも。好きな名で呼んでくだされ。」
その屈託のない安らかな笑みを見ると。ふと寂しさを覚えた。
「さて。定道殿。間もなくの夕餉の席でな・・・・。」
次回投稿は02/06の予定です。




