23.羽黒衆その1
〇大崎重雄〇
「はあ。楓の能力と滋野様のことを存じておる。家人ですか? 」
定直殿が、少し間の抜けた返事をする。
「左様。われらの事を知っている家人を教えてもらいたい。他の家や他国の者が、われらの正体を知れば。さて、如何あいなりますかな?」
今まで落ち着いた表情をしていた。定道、定直殿。叔父甥の顔に緊張が走る。
「ワシがその立場であれば。取り込む。能わぬなら。弑します。危険すぎる。」
「これ。伊予守殿。」定道殿が甥っ子に対して、窘めるような目をして、話す。
「流石ですな、伊予守殿。われの考えも、同じです。神世の知恵を持ち、先の世を見通す未来眼。怖いでしょう。われならそんな恐ろしい者。真っ先に殺しますよ。」
「や! これは一大事なのですな。」定道殿は事の重大さに気が付いて。慌てる。
定直殿はうんうんと頷いている。
「とりあえず。われの把握しているのは、ここのお二方。お八重殿。お清殿。ですな。」
「他におられますかな? 」
「お雅が。感の良い、女子ですので、感づいておるかも。」
口ひげを撫でながら。定直殿が答える。
「楓殿に対しては、思うところもありそうですな。そこは御使いのわれが、なんとかしましょう。」
「清殿もな。」
「しかし・・・。」
困った顔をして。扇子を開いたり閉じたり。「パチパチ」と音を立てながら考え込む。
「滋野様。如何なされました? 」
不思議そうに、定道殿が訊ねてくる。
「八重殿は、定直殿。口止めお願いします。」
定直殿が頷く。
「われの案じることは。今までの楓殿の行いです。」
「すなわち。脚気の対応でござるよ。」
「あ! 」
定直殿が、思い当たるようだ。
みるみる間に、顔色が悪くなる。
「如何された? 」
叔父が甥に訊ねる。
「実はですな。楓が四方那草姫様の神域に、匿っていただいてる間。つまり、ここ2年余り間。お雅が、楓の行った脚気の治療を。喧伝しましてな。それが評判を呼びまして。つい先だってお城の殿の耳まで、届いてしまいました。」
「近日中に楓の謁見を義守様は、望んでおります。」
気まずそうにカミングアウトする。定直殿。
「なんと! 雅子殿が楓の名を広めてしまったと! 」
無自覚に。甥御を追い詰める叔父御。
「左様にて・・・。誠にあいすいませぬ。」
申し訳なさげに詫びる。定直殿。
「お二方しばし、お待ちを。只今。楓殿を起こして、話しをします。」
「楓起きろ! 楓! 」楓を揺り起こすイメージで、話しかける。
『起きてた。見てた。なんか揉めてるみたいだけど。父上悪くないじゃん。母上も悪意で広めたわけじゃないし。』
「そうじゃな。ではワシが算段してよいのか? 」
『爺さんに全部任せるよ。よろしくね。』
「分かった。任せておけ。」
目を開けて氏家甥御と叔父御を見る。
「お二方。楓殿は今の話なんとも。思ってないようですな。すべての差配を、われに任してくれるそうです。」
「そうですか。すまんな楓。」
定直殿がうなだれながら、答える。
「ただ。われの懸念は、われと楓殿は知力と神力は、正に化け物ですが。武力はただの幼女です。刺客に襲われたら、あっけなく死にます。つまり常に楓殿を守る。者が必要なのです。」
「用人の岡田弥太郎殿は、確かな遣い手のようですが、常にわれらに付き従い。守る事のみをお役目にするのは、能いません。」
「確かに。今一番恐れるべきは、滋野様と楓の身の大事。弥太郎は鹿島新當流の目録位ですが、守る事に長けているわけではない。良い案が浮かびませぬ。」
腕を組み。思案しながら。こちらをチラチラと見る定直殿。
「では。われの案を聞いていただきたい。」
「定直殿。今家臣を2名。そうですな。年20貫(約300万円)の俸禄で、増やすこと能いますか? 」
「それにより、滋野様と楓の命の保障がされるならば。安いものです。」定直殿は頷く。
「かたじけない。その2名は羽黒衆の手練れを考えております。」
「!!!」
「なんと!」
氏家叔父甥の声が重なる。
「失礼ですが、滋野様は羽黒衆というものをよくご存知ではないと思います。残忍狡猾で、怪しい術を遣い。金次第でどちらにも転びます。あのような者を士分に取り立てるなど。」
目を剥いて、反対する。定直殿。
「実は。われの生家。信濃滋野家は、分家に甲賀忍び衆の棟梁がおりましてな。その名を望月家と申します。甲賀望月家の支流です。つまり、滋野家は忍びの総主のようなものでしてな。忍びの扱いに関しては。十分に心得ております。」
「一つこの善盛に、任せてもらえませんかな? 」
「他に良い手だてが、浮かびません。」
定直殿が、渋々といった感じで頷く。
「くっ! わっはっはっは!!あの厄介な羽黒の忍びを配下に。これはよい。ワシには考えもつかなんだ。」
今まで静かにしていた。定道殿が大笑いをする。そして、おもむろにすっくと立ちあがる。
「さて。お二方。この爺より、取って置きの物をお見せしよう。丁度外も白んできた。少し付き合ってくだされ。」
既に夜が明けて、辺りは明るくなっていた。
龕灯※1のような物を手に持ち。我らを離れから、中庭へと誘導する定道殿。中庭を抜けて、4つある蔵のうちの1つの前に着いた。
「叔父上。これは。」定直殿が少し驚いた顔をして、蔵を下より見上げる。
「左様。お主の父上殿。つまりワシの兄上より、賜った蔵だ。定直殿も中を見たことが、なかろうな。」
懐から大きなカギを取り出して、錠前をガチャリと開ける。分厚い蔵の扉をギギギっと開けた。
蔵内に入り龕灯の火を、備え付けの蝋燭へと移していく。そして。
「さっどうぞ中へ。」と中から手招きする。
ワシと定直殿が中に入ると。蔵の奥を指さす。
そこには蜜柑箱より、ふた回り位大きな木箱が、20箱以上。それと厳重に鉄で回りを補強された。千両箱のような箱が1箱。定道殿は、その木箱と千両箱をそれぞれ1つ開ける。
木箱には紐を通した永楽通宝の束が、無数に積み上げられていた。千両箱には黄金色の小さな粒塊りが、満杯になっている。
「隠居銭。おおよそ二千貫(約3億円)でござる。銭が千貫。金が十貫目(約30㎏)ほどあります。」
「返上した領地より。上がった年貢と運上※2です。これといって銭を使うこともなく。気が付いたら貯まっておりました。」
「叔父上。」あまりの金額に定直殿が愕然としている。
「すまんな、定直殿。この銭ワシが逝ったら、お主に遺すつもりだったのだ。だか、大きな目的が出来た。」
「滋野様。」
手をつき低頭して、こちらに向けて、土下座の姿勢をとる。
「どうぞ、この銭存分にお使いくだされ。」
「そして一つお願いが。」
「なんでしょうな? 」
ワシが訊ねると更に頭を下げて。蔵の床に顔を付ける。
「是非とも貴方様の旗下に加わりたく。何卒。何卒。」
「それは困りますぞ。定道殿。」
ワシが困った顔をして、扇子をポンポンと首に当てていると。定道殿が残念そうに訊ねてくる。
「なりませんか? 」
「主君が配下から、持参金を得るなど。面目丸つぶれです。この貴重な銭は、是非ともわれに貸してくだされ。」
「や! では! 」
ぱあと明るい笑みになる。定道殿。
「氏家助左衛門定道殿。この滋野善盛承った。われの配下になったからには、退屈させぬ。よしなにな。」
「ははー!!」
この日。氏家家に於いて。数え五歳の主君と五十二歳の家臣が、誕生した。
※1龕灯 携帯用ランプの一種。
※2運上 近代の日本における租税の一種。
次回投稿は03/04の予定です。
03/02誤字誤植修正。




