22.氏家家始動
〇氏家定直〇
「姉上。あねえぅえ。あねうえしゃま?」
「はい。姉はここですよ。道丸殿。」
微笑ましい。姉弟の何気ない会話。
昨日まで、黄泉路へと、旅立つしかなかった。嫡男の道丸が、何事もなかったかのように、楓を追いかけて遊んでいる。
夢を見ているようだ。滋野様にお礼を、叔父上と共に伝えたところ。
「よかった。われは早世して父を悲しませた。不孝者ですか
らな。来世で罪滅ぼしできました。その機会与えていただき、感謝する。」
これには、ワシと叔父上共に男泣きに泣いた。
そして、四方那草姫様の御慈悲に溢れる。御神託である。あの優しき声に、二度も助けて頂いた。
もう迷うまい。報恩に感謝して、報いなければ。人として廃る。如何なる結果になろうとも。楓の望みに、盲信して突き進むのみである。
「最上家の天下様か。」このワシにそんな大望を抱く時が、訪れるとは・・・・。
ふと空を見上げる。その蒼い空はどこまでも、澄み渡っていた。
〇氏家定道〇
先代が身罷※1られた時。ワシの全てが終わった。
妻とは子を生せず。養子も貰う気になれなかった。妻が先立った折に。碌を返上して、隠居した。最上家の誰もが、我が家が無くなることを惜しんでくれた。
未練なく枯れていく。そう決めていた。
なのに。何だ! この熱さは?! 込みあげる猛き血潮は!
ああ! 見てみたい。戦場にて軍配を振るう。滋野様を。先代様と同じ匂いがする。あの方に仕えたい! 老人の戯言に正面より向き合って、我が事のように喜んでくださった。あの方に誉めていただきたい。
「やっ! これは枯れている場合ではない。」
「鬼の助左衛門。再び参ろうぞ。」
麗しき女神に。老武者の武運長久を願い。居間の方向に拝礼をする。
!?「誰ぞ!!」
夜更けの離れに人の気配。
「叔父上。夜分遅くに失礼いたします。」
「定道殿。すいませんな。」
なんと!定直殿と楓。否滋野様だ。
「どうぞお入りくださいませ。」
胸が早鐘のように。高鳴る。
二人ともに尋常ではない。雰囲気を纏いながら。部屋に入ってくる。
定直殿は、興奮気味に。楓の姿をした滋野様は、静かに、しかし内なる闘気をたぎらせておられる。戦場でよく味わった。あの圧倒的な敵に対峙する。剣呑※2なる思いがワシの額から、一筋の冷や汗を垂らす。
サッと懐紙で、汗を拭い。滋野様に上座を勧める。
上座に着いた。滋野様が、おもむろに語りだした。
「さて。お二方。この夜分遅くに、申し訳ございませんな。」
手をつき詫びる滋野様。
「やっ! お手をお上げくださいませ。氏家家の大恩人にかのような事。我らの失態に相成ります。どうぞ。」
「叔父上の申す通りです。滋野様より、大事な話と聞き。ワシは正直、眠気など吹っ飛びました。どうぞお手をお上げくだされ。」
「かたじけなし。」姿勢を直す滋野様。
「これより語る中身は、楓殿には聞かせられぬ。類の物でしてな。楓殿が完全に寝入るまで。待った次第にて。」
なるほど。隣の定直殿より。「ごくり。」と生唾を飲み込む音が聞こえた。
「四方那草姫様の下より、楓殿に御使いとして派遣された。そのみぎり、姫神様は[善盛よ存分にやるが良い。決して顧みるなかれ。]とおっしゃられましてな。」
「それは。心強い限りです。」定直殿がまるで童のごとく身を乗り出す。このような甥っ子初めて見る。ワシも同意の頷きをする。
「われも姫様の御神命に従う所存でな。そうすると。人が死ぬ。この奥州だけでも、万では済まぬ、人が死ぬ。」
辛い表情をする。滋野様。
「なるほど。滋野様は。我らの覚悟の出来を確かめたいのですな。戦に人死には当然。何のことやありません。いざとなったら、この白髪首一つで納めればよろしい。」
首に手を当てて見せる。
「ワシも叔父上と同じ思いです。そして、楓の望み。最上家の天下統一と言う言葉が、頭から離れません。」
「なんと! 天下様だと!?」
全身が震えだす。
「はい! 叔父上。楓が四方那草姫様に望んだ。望みは、最上家による日本制覇です。滋野様はそのために顕現なされたのです。」
うんうんと滋野様が頷いている。
もう震えがとまらん!!
「ひとつ光明をな。姫神様より楓殿に授かった力の一つは、先の世を見通す真贋の眼である。それによると。西の尾張の織田家にな。吉法師なる童がおる。歳は道丸殿と同じ。数え三つ。それが長じて、天下を統一するらしい。」
なんと! 楓にそのような力が。そして織田家とは。聞いたこともない。
ワシと甥御殿が、織田家とは? と顔をしたのを察したのであろう。
「ああ。織田家は尾州斯波家の守護又代の家老にて。うちに例えるならば、奉行の一人と言ったところですな。」
「その奉行程度の者がのし上がり。神の手助けも無しに。地の利と人の利のみで、天下様になるのです。」
「最上家が掴めぬとは、言わせませんぞ。」
滋野様はすくりと立ち上がり。奥の脇息を持ち出す。そして、上座の円座の横にそれを置く。
脇息に肩ひじをつき。扇子をバっと開く。
「さてもさてもお二方。この希代の軍法家。滋野善盛が、天下の舞台に誘っているのですぞ。男児として生を得たならば。これに乗るや否や。いかんや!?」
その人を試す。不敵な仕草に先代様が、重なって見えた。
「義定様。」
ワシの残りの生は、この為にあったのですな。ありがたい。ありがたい。
※1身罷る 自己側の者の死の謙譲語。例「安らかに身罷る」
※2剣呑 危険な感じがするさま。また、不安を覚えるさま
次回投稿は03/02の予定です。




