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4話 血染めの侯爵

今回はエミリーのお父さま視点です。

お父さまの愛がすごすぎて、プロットが壊れる音が。

 

「ウィンゼル侯爵こちらへ、殿下がお待ちです」

「ああ、わかった」


 クラストは鷹揚にうなずき、文官のあとに続く。


 そこは王城。

 荘厳な支柱が定間隔でならぶ長大な回廊。


 かつかつ――と。

 文官へのあてつけのように荒々しい音を立て、謁見の間へと向かうクラスト。


「……」


 整ったその顔は、憤怒にゆがんでいた。


 文官もその怒りをまざまざと感じているのだろう。

 案内する脚は、ガクガクと震えている。


 いたしかたなかろう。


 クラストは元々、歴戦の魔法騎士だった。

 ケガで引退さえしていなければ、指揮官として国王とともに戦地にいたはず。


 その殺気にあてられれば、誰でもこうなる。


(陛下がいないからと好き勝手しおって)


 内心でリオンを毒づくクラスト。


 戦友の国王カルロス・フォン・シュトワールは、いま戦地であるミルラ半島におもむいている。


 ミルラ半島での攻防は激しさを増していると聞く。

 現状、国王が帰還できぬ戦況なのだ。


 よって、王太子のリオンが国王代理を務めている。


 代理として、国王と同じ権限を持っているのだ。


 そのせいもあって、状況は非常に悪い。

 権力を持ったリオンをとめられる者がなく、彼の横暴がまかり通っているのだ。


(散々フォローしてやったが、今回ばかりは……)


 リオンによる統治の評判は、もちろん悪い。

 国王にフォローを頼まれたが、もうフォローしきれないほどにどうしようもない。


 最近は独善的な政策を打ちだし、穏健で知られる宰相にもとがめられている。

 このままでは彼の代でこの国は終わりだろう。


 なんとか教育せねばと思っていたが――




(許せん)




 今夜のことで、堪忍袋の緖がきれた。


 なにより、娘エミリーへの惨憺(さんたん)たる振るまい。

 あろうことか夜会という公の場で婚約破棄し、不要な恥までかかせたらしい。


 正直、王太子でなければ八つ裂きにしている。


(……エミリーには貴様のようなぼんくら王子よりも、何倍もいい縁談があったのだぞ。聖女という預言があり、陛下に頼みこまれたから、その縁談を断ってしかたなく婚約させてやったというのに)


 美しく、優しく、天使のようなエミリー。


 彼女に聖女なんて肩書きは不要なのだ。


 そんなものなくとも、天使なのだから。

 誰よりも気高く、愛らしい存在なのだから。


(なぜそれがわからん……!)


 書斎で話したときのことを思いだす。


 エミリーにあのような哀しげな顔をさせるとは。

 信じられん。許せんことだ。


(オーガのエサにしてくれようか)


 わなわな、と。

 怒りが頂点に達し、震えがとまらなくなる。


 仕えるべき王族と言えど、万死に値する。

 少なくとも、きつく説教をしてやらねばなるまい。


 隠してはいるが、クラストは()()()なのだった。




 ……もっとも。

 エミリー本人をのぞき、それは周知の事実だが。






     *






「ウィンゼル侯爵、よくぞ参ったな」

「……殿下、これはどういうことですかな?」


 謁見の開始早々だった。

 クラストは険しい顔でリオンを問いつめる。


 謁見の間に入り、クラストの怒りは増していた。

 原因は、()()()()()()()()()()()()()だ。


 ジェニファー・ロマノフ。

 まだ公にはされていないが、聖女の力を覚醒させた()()()()()()男爵令嬢だ。


 婚約者(エミリー)をないがしろにし、リオンがよく連れそっているので顔は知っている。


 しかしこの場に侍らせているのはなぜなのか。


「どういうこととは?」

「わが娘との正式な婚約破棄もまだでしょう。なぜジェニファー嬢をここに?」


 家と家のつながりは、当主を通してこそだ。

 まだエミリーとリオンの婚約は、正式に破棄されたわけではない。クラストが認めていないのだから。


 にもかかわらず、だ。


 リオンは女をともなって謁見にのぞんでいる。

 しかも腕にしがみつかせ、ベタベタさせている。


 恥知らずどころの騒ぎではない。

 ()()()()の振るまいだった。


「なにを言っている、おまえのところの娘との婚約は破棄した。そしてジェニファーは聖女なのだから、俺の婚約者となるのが当然であろう。婚約者を謁見にともなって、なにが問題なのだ?」

「……破棄した!? わたしに話も通さず!?」


 苛立ちを隠さず、クラストは語調を強めた。


 だがリオンはそれを意にかいした様子はない。

 大あくびをし、面倒くさそうに続ける。


「そんなことよりも用はなんだ? 夜会でつかれている、さっさと済ましたい」

「……」


 怒りが噴火しかける。

 だがぎりぎりでそれを押しとどめるクラスト。


 ヒッ、と。

 まわりの貴族たちが小さく悲鳴をあげる。


 クラストの怒りが尋常でないと察したのだろう。


 怒りくるったウィンゼル侯爵の恐ろしさは、宮廷でも有名だった。特に娘がからんだときは手がつけられないというのは周知の事実なのだ。


「用は……殿下の昨今の横暴な振るまいについてです。さすがに臣下として忠告せざるをえない」

「な……!? 俺のどこが横暴なのだ!?」


 ムッとした顔になるリオン。


「すべてです。特に今日の夜会での婚約破棄宣言、そしてジェニファー嬢との婚約。陛下不在だからといって悪ふざけがすぎますぞ。婚約破棄は陛下やわたしを通すべき問題であり、あのような衆目の場で勝手に行うものではない。そしてジェニファー嬢が聖女だということも、まだ調査段階のことだ。確定ではない。勝手に話を進められてはこまります」


 黙れ! と。

 リオンはさえぎるように声を荒げた。


「ここは俺の国だ、なにをしようと勝手だろう!」

「そうですよ~! リオンの国なんだから、別になにをしてもいいと思うんです~! 侯爵さまってば、もしかして娘が婚約破棄になって怒ってるの〜? でもそれってただの嫉妬じゃないですかあ?」


 脇から顔をだし、ジェニファーが追随する。


 非常に嫌味ったらしい言い方だった。


 男爵令嬢の侯爵への口の訊き方とは到底思えない。

 まともな教育を受けられなかったのだろうか。


「……」


 直情的なバカに、いやみなバカ。

 幼児を相手にしている気分だ。


 的はずれな2人に、クラストは頭を抱えた。


「よくお聞きください、殿下。民がいなければ国は成りたちません。いずれ王となる殿下がこの調子では、民はいなくなってしまう。それでもよろしいか?」

「むっ……」


 そこまで言うと、さすがのリオンも口ごもる。


「特に今夜の婚約破棄は、非常にまずい。我が侯爵家の放っている密偵によると、エミリーへの横柄な態度を見た貴族たちの心は殿下から離れかけている。このまま内乱につながってもおかしくない」

「侯爵のおっしゃるとおりです、殿下」


 口をはさんだのは、リオンの側近。

 名門ドラゴール公爵家の次男シリウスだ。


 宰相候補であり、頭も切れると評判である。


「シリウス、おまえまでそんなことを!?」

「殿下、差しでがましいことを言って申し訳ありません。けれど、さすがに夜会でのあれはやりすぎかと。後々のことを考えると、エミリー嬢とウィンゼル侯爵家へ公に謝罪するのが得策かと愚考します」

「……んぐぐぐぐぐっ」


 リオンは唸り声をあげ、黙りこむ。


 側近にまでこう言われてしまったのだ。

 さすがに効いているのだろう。


 だがしばしあって――




「……()()()()()()




 発したのは、そんな愚かな言葉だった。


 クラストとシリウスは同時に眉をひそめる。

 リオンはふてくされた顔で続けた。


「あのような冷酷な女になぜ謝る必要があるのだ!」

「冷酷な女……だと!?」


 ぴくっ、と。

 クラストの眉間に稲妻のような青筋が走る。


「……ああ、そうだ。貴殿の娘は冷酷きわまりない! あの女は侯爵家の権力をつかい、このジェニファーを虐げていたのだ。男爵家の娘だからと事あるごとにジェニファーをきつく叱責し、まわりの令嬢たちを使ってジェニファーをいじめていた。貴殿の娘のせいで、ジェニファーはいつも泣いていたんだぞ。そんな女が冷酷でなくてなんだと言うのだ?」

「そうですよ、侯爵さま~! エミリーさまはあたしがリオンといるのが気にくわなくて、いつもよくわからんないことであたしを怒ってきてえ……! だからリオンはあたしを助けようとしてくれただけなんです、そんなに怒らないであげて!」

「おおジェニファー、なんと優しいのだ!」


 うるうると涙をためて訴えるジェニファー。


 かわいそうに、と。

 ジェニファーの頭をなではじめるリオン。


(……愚かな、ここまでとは)


 開いた口がふさがらないとはこのことだろう。


 そもそも婚約者のまわりに自分以外の女がいて気にくわないのは当然である。

 しかも、どこの馬の骨とも知れぬ男爵令嬢だ。


 婚約者をさしおいてそんな女といれば、王太子の名にも傷がつこう。大方、エミリーもそれが心配でジェニファーを注意していたのだろう。


 断言できる。

 娘は嫉妬から令嬢を虐げるほど愚かではない。


「でもでも今日はエミリーさま、ざまあみろだったわね~! リオンが突きとばしてやったときのエミリーさまの顔! 傑作だったわね~! あの顔をおかずにパン3つは食べられるぐらいよ~!」

「突き……とばした?」


 聞き捨てならないことだった。


「そうなんですよ~! リオンが婚約破棄するってゆったら、エミリーさまってばしつこくてしつこくて! リオンがエミリーさまを突きとばしたんですよ! 俺の前から消えろ~ってね!」


 キャハハハハ、と。

 ジェニファーの下品な高笑いが響きわたる。


「……殿下、それは真実ですか?」


 静かに。

 あまりに静かに、クラストは訊ねた。


「ん? ああ、ざまあみろだったぞ。ジェニファーを虐げていた報いだろう。あの冷酷女……いや、貴殿の娘にもいい薬になったのではないか?」


 嘲笑するように、リオンは言った。


 それはつまり。

 エミリーに対して暴力を振るったということ。




 このぼんくら王子はあのエミリーに。

 ()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「……ッ」


 クラストはぎりぎりのところで耐えてきた。

 仕えるべき王太子なのだと堪えてきた。


 決壊寸前のところで、それはもう必死に。




 だがもう――()()()()()()()()




「こ――――」

「……ん、どうしたのだ侯爵?」


 のんきに首をかしげるリオン


 気分でも悪いんですか~? と。

 相変わらず頭がお花畑のジェニファー。


 一方で、貴族たちは危険を察知する。

 あわててクラストから距離をとり――




「――――この蛆虫がぁぁああああああ!!!」




 直後。

 大気を震わすような侯爵の咆哮がとどろいた。


 クラストの全身から魔力があふれだす。


 びりびり、と。

 その魔力に煽られ、あたりの空間が震える。




「ヒ……ヒイイイイイイイイッ!!!」




 ようやく危機を察知し、悲鳴をあげるリオン。

 王太子とは思えぬあまりに情けない悲鳴だった。


 やがて魔力の圧に負け、無様に尻もちをつく。


「許さん、許さんぞ……」


 もはやそこには、国王の側近として冷静沈着なウィンゼル侯爵はいない。


 リオンとジェニファーはそのあまりのアホさ加減で、呼びさましてしまったのだ。


 かつて戦場で恐れられた常勝将軍。

 単騎で千の軍勢を斬りたおしたという伝説を持つ《血染めの侯爵》その人を。




 ……否、ただのひとりの親バカを。


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