19話 聖女の矜持
――王太子リオン・フォン・シュトワール。
彼の父カルロス・フォン・シュトワールは国王の才覚には恵まれたものの、子宝には恵まれなかった。
そんななか、待ちに待った世継ぎとして生を受けたのが王太子リオンであった。
リオンは国からの期待を一身に受け、それはそれは大事に育てられた。
次期国王として恥ずかしくないように最高の教育をほどこされた。
しかし周囲からの大きすぎる期待は、ひとりの少年には荷が重すぎた。
リオンは決して、できが悪かったわけではない。
最高の教育を受けたこともあり、平均的な貴族の子息と比べれば、礼節、学問、魔法等のどの分野においても出来のいいほうには分類された。
しかしそれだけだった。
少しいい、だけだったのだ。
優秀な国王カルロスの後継者としてまわりを満足させるほどの才覚は、リオンにはなかった。良くも悪くも、平凡だったのだ。
そのため周囲の人間からは「父上は若い頃これぐらいできた」「父上の足元にもおよばない」という話を愚痴まじりに散々聞かされた。
もちろん当人たちにすれば、悪意を持って言ったわけではなかろう。だが幼いリオンにとって、それは癒やしがたい大きな心の傷となった。
努力はしている。
しかし評価されない。認められない。
事あるごとに父と比較され、貶される。
そんな状況でリオンは徐々に自信を失い、努力を拒むようになった。さらには自信のなさの裏返しとして、他者に傲慢に振るまうようになった。
以前は仲の良かった婚約者のエミリーでさえも、いつしか自身のコンプレックスを刺激する存在に思えて避けるようになった。
そんなときに出会ったのがジェニファーだった。
彼女は持ち前の天真爛漫さで、腫れものあつかいされていた自分との距離を一気につめてきた。
そして愛らしい性格で、王太子として気を張っていたリオンを癒してくれた。誰と比較するでもなく、リオンを「すごいね」と純粋に褒めてくれたのだ。
彼女とともに過ごすと、リオンは自身のコンプレックスを忘れられた。愛らしい容姿もあいまって、リオンが彼女の虜になるのに時間はかからなかった。
リオンにとって、彼女は救いの女神だったのだ。
しかしそんなリオンの女神は――
「……ジェニファー、なのか?」
エミリーの魔力で、醜悪な姿に変わり果てていた。
ジェニファーは常に天使のような少女だった。
だが彼女のいまの姿は、そんな世紀の美少女ぶりとはかけ離れている。
まるで、丸々と太らされた豚のようだ。
ずんぐりとした寸胴から腿のごとき太腕が生え、そのさきにはふくれたライ麦パンのような不格好な手がついている。そしてその寸胴のうえには、パンパンに腫れた丸顔がドンと偉そうにのっている。
低い背丈、瞳の色、顔や体のパーツの配置等――ジェニファーの面影はある。
だがそれにしても、洗練された愛らしさを持っていた彼女とは似ても似つかない。経緯を知らぬものに同一人物と言ったところで信じまい。
正直リオンも、彼女があのジェニファーだとは信じたくなかった。
「……そうだよ、ジェニファーだよ~?」
しかしその豚少女は、はっきりとそう告げた。
自身はあのジェニファーなのだと。
声は野太くなっているものの、たしかに口調はジェニファーに違いなかった。
「リオン、なにが起こったの~? あたし怖~い!」
リオンがいまだ信じられずにいると、ジェニファーが甘えた声とともにせまってくる。
つぶらだった大きな瞳が半分の大きさになったこともあり、彼女の目つきはすさまじく悪くなっていた。まるで怒りに顔をゆがめたゴロツキのようだ。
そんな強面でせまってこられたものだから――
「……」
スッ、と。
抱きつかれる直前、リオンは無意識に彼女を避けてしまう。本能的な緊急回避であった。
ジェニファーはいつものようにリオンに跳びつき、だがリオンに避けられて見事に空振り。
どでん! と顔から地面にダイブした。
いた~い! と。
ジェニファーは鼻血を出し、涙目で顔をあげる。
うらめしげにリオンをにらみつけてくる。
その顔がまた、とびきり怖い。
「……なんで避けるのよ~?」
「いや、それはおまえ……顔が怖いし」
こんな凶悪な顔面で勢いよく跳びつかれたのだ。
誰でも避けてしまうだろう。
しかしジェニファーが傷ついた顔をするのを見ると、リオンは胸が痛んだ。
別人に見えてもジェニファーの面影はあるのだ。
そんな罪悪感をごまかすように、リオンはジェニファーを問いつめる。
「それより……これはどういうことだ? それがおまえの真実の姿なのか? あやつらの言葉はすべて本当で、おまえが使ったのは契約魔法であったのか?」
「そ、それは……」
ジェニファーは気まずそうに視線をそらした。
「あたしよりあの人を信じるの~?」
それから、上目遣いでリオンを見上げてくる。
瞳にはうるうると涙がにじんでいた。
あざとい仕草でごまかすつもりなのだろう。
いつもならばその仕草にころっとだまされるリオンだが、彼女があまりに変わり果てているため、なんら気持ちが動かされることはなかった。
なにをやっているのだこやつは、と。
ついついそんなことを思ってしまった。
「……現にあやつらの言うとおり、おまえは元の姿に戻ってしまったのだろう。こうなるとあの女が聖女で、おまえが偽物だった可能性も考えねばなるまい」
リオンはジェニファーを信じたかった。
しかしエミリーの言ったとおりにジェニファーが姿を変えた以上、盲目的に信じるわけにはいかない。
ジェニファーは焦ったように視線を泳がせる。
「え、あたし……いつもと違うように見えてる~? もしかしたらエミリーさまに幻覚魔法でもかけられたのかもしれない……ひどい、まじで卑怯な人だよね~! リオン騙されないで、あたしを信じて~!」
凶悪な顔で抱きついてくるジェニファー。
いやしかし――と。
リオンは引きぎみに身をのけぞらせる。
(これは誠に……幻覚、なのか?)
リオンは考える。
いま見ているジェニファーの姿は、魔法でそう見せられているだけ。魔法が解ければ、いつものジェニファーのままなのだろうか。
しかしエミリーのことは見ていたが、そのような魔法を使った様子はなかった。
ただ白い魔力をジェニファーへと放出しただけだ。
「殿下、騙されてはなりません。わたくしは幻覚魔法など使ってはおりません。わたくしはただ聖女の魔力を彼女に浴びせたにすぎません。それこそが彼女の真実の姿なのです」
広場から、エミリーの澄んだ声が耳に届く。
現状を考えれば、エミリーの言葉のほうが正当性を持つのはたしかだった。
(くそっ……俺はなにを信じればいいのだ)
だがジェニファーは自分の心を救ってくれた。
リオンにとって救いの女神なのだ。
思考を決めあぐねていると――
「……ん? ジェニファー?」
ふいに、ジェニファーに背後から抱きしめられた。
変わり果てた姿の彼女だが、その甘い砂糖菓子のような匂いはいつもの彼女と同じものに思えた。
「……あたしを信じればいいんだよ? そうすれば、ぜんぶぜんぶうまくいくから」
「ぜんぶ……うまくいく?」
やさしい少女のささやきは、リオンの心にすっと沁みわたるようだった。
こうして彼女に抱きしめられると落ちつくのだ。
その感覚はやはり、彼女があのジェニファーなのだとあらためて感じさせた。
そして心をゆるしたとたんだった。
リオンの思考は、ぼんやりとまとまりのないものになりはじめていた。
まるで大量の酒を飲みほした後のようだ。
「殿下……なりません!」
エミリーの声が耳に届く。
見るとエミリーはとても焦った顔をしていた。
そしてすぐに純白の魔力をこちらへと放ってきた。
しかしその魔力がリオンに届くことはなかった。
ジェニファーが黒い魔力を放出し、エミリーの魔力をかき消してしまったのだ。
「ほぉら、リオンいい子いい子~」
「……」
リオンの頭をやさしくなでるジェニファー。
彼女の声が、匂いが、ぬくもりが。
リオンの頭に入りこみ、思考を麻痺させる。
ふと気づくと、なにか黒々とした魔力が周囲をただよっているのを感じた。
それがまずいものだと本能的にわかった。
だがその心地よさには抗えなかった。
リオンの思考が薄暗いもやに包まれていく。
じわじわと意識が遠のいていく。
「……、」
意識が消える直前。
救いの女神であるはずのジェニファーの口の端が、裂けるように不気味に広がるのが見えた。
✳︎
「殿下、気持ちを強くお持ちください!」
エミリーは声を枯らして叫ぶ。
しかしすでに黒い魔力はリオンを包みこんでいる。
もはやエミリーの声は届くまい。
さきほどの一撃でとめるつもりだったのだ。
だがジェニファーの魔力は想像以上に強大だった。
あれほど簡単にかき消されてしまうとは。
(疲れが、たまっているのかもしれないわね)
エミリーは額の汗を指でぬぐった。
民を癒すため、三日三晩も魔力を使いつづけた。
その疲れが出てきているのだ。
「ねえ、リオン〜? あたしを信じてくれるよね?」
「……無論だ」
やがて顔をあげたリオンの瞳は、暗く濁っていた。
フフフッ、と。
リオンは次第にいつもの薄暗い微笑を取りもどす。
「……おまえが俺を闇から救いだしてくれた。俺の女神はおまえだけだ、ジェニファー。俺はなにを迷っていたのだろうな……あの女の言葉など聞く価値はないと理解していたはずだったのに、幻覚にまどわされて我を失っていたようだ」
ニチャア、と。
ジェニファーは粘着質な微笑をたたえた。
まるでガマガエルのような笑みだった。
「いいよ、だから約束どおりあの女を処刑して~? そしたらあたしたち、ず~っと一緒だよ? あたしが王妃さまで、リオンが国王さまになるの~!」
それにリオンは迷いなくうなずく。
そして広場へと向きなおり――
「騎士たちよ、正義は我らにあり! あやつを……偽聖女エミリー・ウィンゼルを処刑するのだ! あやつを手にかけたものには褒美をつかわそう!」
硬直状態だった騎士たちへと声を張りあげる。
しかし騎士たちはすぐには動かなかった。
流れを見ていれば、どちらに正義があるかは明白だったからだろう。
一方でどんな人間であろうと、主君は主君。
決めあぐねるように騎士たちは顔を見合わせる。
そんな迷いにつけこむように。
騎士たちに黒い魔力がにじりよっていった。
「ほら、王太子の命令だよ~? エミリーさまを殺ったら、ウィンゼル侯爵家の領地と爵位あげちゃうかもだよ~? 今後を考えると、がんばったほうがいいんじゃな~い?」
つむがれるジェニファーの甘い言葉。
正常な精神状態ならば、みな無視できただろうあまりに短絡的な誘惑。
しかし黒い魔力で精神を乱された騎士たちは、その誘惑に乗ってしまう
「「「うおおおおおおおッ!!!」」」
やがて騎士たちは、そろって鬨の声をあげた。
平静さを欠いた虚ろな瞳をした騎士たちが、やがてエミリーへと牙を剥いた。
狂気にとらわれた騎士の異様さに気づき、大勢の民が広場から逃げだした。
一方で広場に残る民もいた。
エミリーの盾となるように騎士の前に立ちふさがる彼らの顔には、おおむね見覚えがあった。
この三日でエミリーが救ったものたちだ。
「「「聖女さまを守れえええええええ!!!」」」
彼らは騎士たちに果敢に打ちかかっていった。
騎士と民の声が重なりあう。
やがて大音声となって広場に響きわたった。
(ダメ……こんなの)
民の数が圧倒的に多いため、いまはまだ戦いになっているようには見える。
だが騎士が魔力で肉体強化をほどこせば、民の攻撃は一切騎士たちには届かなくなる。それは無敵の相手と戦うようなもの。戦いにもなるまい。
そんなエミリーの予想通りに、民は次々と騎士たちにほふられていった。
その光景は屋敷での戦いを彷彿させた。
あのときと同じ状況だ。
エミリーを守るため、みな勝ち目のない戦いに身を投じている。
(絶対に、とめてみせる)
しかしあのときと違うこともある。
いまの自分には、あのときと違って力がある。
エミリーは処刑台のうえでふんぞりかえるジェニファーを見上げた。
この戦いは騎士たちの本意ではない。
彼らはなかば強引に精神誘導されて戦わされているにすぎないのだ。
ジェニファーさえ倒せば、戦いは終わるはず。
「――セレスティアさま、力をお貸しください!」
エミリーは祈るように胸の前で手を組む。
その手に全身の魔力を収束させる。
両の手のあいだで魔力は急激にふくれあがった。
そしてしばしあって――
エミリーは純白の魔力をジェニファーへと放った。
「エミリーさま、バレバレだよ~ん?」
しかしジェニファーはそれを見ていたらしい。
嘲笑とともに両手から禍々しい魔力を放ち、エミリーの魔力に応戦した。
「――――!!!」
直後、白と黒の魔力が衝突する。
二人のちょうど真ん中でせめぎあい、広場全体にまばゆい光を拡散させた。
「ジェニファーさま……おやめになる気はないのでしょうか? このようなことなさっても無益ですわ。民が傷つき……そして貴方のお心も傷つくだけです」
エミリーは純白の魔力を放出しつづけながら、ジェニファーへと訴える。
だがジェニファーは嘲笑をうかべるだけだ。
「どこが無益なわけ~? ここであんたを始末して聖女になれば、あたしはすべてを手に入れられるのよ。男も地位も名誉も……ぜんぶあたしのもの~!」
「誤った方法で手にしたものに価値はありませんわ」
エミリーは突きはなすように言った。
自分がこのように言葉をつむげるのかと思うほど、その口調は厳しかった。
怒っていたのだ。
幼馴染のリオンを利用したこと、大勢の民の命を危険にさらしたこと、そしていまもなお民のことを傷つけていること、そのすべてが許せなかった。
だがエミリーの想いにジェニファーは気づかない。
むしろ逆に激怒し、金切り声をあげた。
「……うっざいうっざいうっざい!!! 黙りなさいよ! 方法がどうであろうと、物の価値は変わんないの~! あんたは最初からぜんぶ持ってるから……そんなことが言えんのよ! 手にいれる方法がどうとか言えんのよ! あたしの立場になってから物を言えってゆうの!!!」
直後。ジァニファーの魔力が勢いを増す。
エミリーの魔力を押しかえし、急激にエミリーのもとへとせまってくる。
やがて魔力はエミリーへと到達し――
「……キャッ!」
エミリーは弾きとばされてしまう。
ドラゴンの突風にでも煽られたかのようだった。
広場の端まで吹っとび、石畳へと叩きつけられた。
「……ッ」
エミリーはすぐに身を起こそうとする。
だがその瞬間に全身に激痛が走る。
体を打ちつけ、骨に異常をきたしたのだろうか。
(でも、そんなの大したことじゃありませんわ)
周囲には多くの民が傷つき、倒れている。
自分がこの程度で音をあげるわけにはいかない。
「……、」
だがその時点で、広場の戦況はほぼ決していた。
民が次々と倒れて戦闘不能になる一方で、倒れている騎士はほとんどいない。
あきらかな完全敗北であった。
(結局……わたくしは守られてばかりですわ)
傷ついた民を見て、歯を食いしばる。
力をあつかえるようになり、調子に乗っていた。
なんでもできる気になっていた。
結果がこのざまだ。
民がその身をていして騎士に挑み、時間を稼いでくれたというのに、ジェニファーに無様に敗北して民が傷つくのを見ていることしかできない。
『……そのお命もらいうける!』
悔やんでいるあいだにも、気づけば騎士たちがエミリーを取りかこんでいた。
『聖女さまが危ない!』
『みんな聖女さまをお守りしろ!』
『急げ、急ぐんだ!!!』
エミリーの窮地に気づいた周囲の民たちが、皆すでに傷だらけでボロボロの体だというのに、それでもなおエミリーを守ろうと前に進みでてくる。
「……ありがとう、けれどもう大丈夫ですわ」
だがエミリーは彼らを制した。
そしてしりぞくようにと手で指示する。
『でも……このままじゃ聖女さまが!』
『俺たちはあんたに助けられたんだ……!』
『だから聖女さまをお守りしたいんです!!!』
訴える民にエミリーは静かに首を振った。
「その気持ちだけで十分でございます。それにわたくしはこれでも聖女ですから、自分の身は自分で守ることができますわ。ここにいても巻きこまれていたずらに傷つくだけです。さあ、お行きなさい」
安心させるように、聖母のごとき笑みをうかべた。
すでに勝敗は決している。
これ以上民が傷つくのは無意味だった。
民は反論したげな顔をしていたが、戦力になれないこともまたわかっていたのだろう。悔しげな顔をうかべ、エミリーの指示通りにその場を離れた。
その背を見送って、エミリーはふうと息をついた。
(これまで、ですわね)
冷静に現状を分析し、そう判断する。
こうなってしまうと、いまからジェニファーを打倒するのは不可能だった。そのまえに騎士に倒されてしまうのがあきらかだからだ。
そんなエミリーを睥睨し、ジェニファーは嗤った。
「エミリーさまさぁ、この3日で魔力を使いすぎたんじゃな~い? ぱっと見ただけで魔力すっからかんじゃん。全快だったら、あたしにも勝てたかもしれないのに~! 愚民どもを助けたばっかりに死んじゃうんだね~! ざまあないわ~!」
「……」
エミリーはなにもこたえない。
ただまっすぐにジェニファーを見つめた。
そんな真摯な視線にいらだったように、ジェニファーは舌打ちする。
そのあいだにも、エミリーを取りかこんだ騎士たちが中空に次々と火球を生みだしていた。あの無数の火球がやがてエミリーに降りそそぐのだろう。
「たしかに魔法壁でも張れば……一回ぐらいは魔法も防げるだろうね~! けどそれで限界でしょ~! その次の攻撃で死んじゃうだろうな~?」
「……そうかもしれませんわね」
煽るジェニファーに微笑で応じるエミリー。
余裕のある微笑に神経を逆なでされたのだろう。
ジェニファーは凶悪に顔をゆがめた。
「じゃ――さっさと死ねば?」
ジェニファーの冷ややかな声に応じ、騎士は一斉に火球を放った。
「……!」
同時に、エミリーも自身の魔力を解きはなった。
純白の魔力がエミリーの体からあふれだす。
「どうせ魔法壁でしょ、わかってるんだから――」
しかし、ジェニファーはそこで言葉をとめる。
エミリーの魔力の動きが、不自然な動きをしていたからだ。エミリーの魔力は自身を守るための魔法壁とはならず、なんと広場全体に拡散していた。
あの大神殿での奇跡を彷彿させるように。
やがてエミリーの魔力はきらきらと輝く光の粒子となり、広場全体に降りそそいだ。
『これはいったい……?』
『聖女さまの魔力だ』
『すごい、あたたかい……』
それは民も騎士も問わずに人々の傷を癒やし、痛みを取りのぞいていく。
ジェニファーはそんな光景を見つめ――
「――まさか最期の魔力を自分のためじゃなく!?」
エミリーの意図に気づき、目を見開いた。
魔法壁を張れば、エミリーは延命できたのだ。
少なくともこの火球で死ぬことはないはずだった。
しかしエミリーは魔法壁を張らなかった。
残りわずかな魔力を自身を守るよりも、傷ついた民を癒やすために使ったのだ。
たとえその結果、自分がこのまま無数の火球に灼きつくされて命を落とすことになろうとも――
(セレスティアさま……わたくしは最期に少しでも聖女としての役割を果たせたのでしょうか?)
視界のなかで大きくなる無数の火球を見つめ、エミリーはそんなことを考える。
そしてそれ以上、思考時間は残されていなかった。
魔力を使い果たし、くずおれたエミリー。
そこに無数の火球は、容赦なく降りそそぎ――
「!?」
だがその直前――ゴオオオッ! と。
灼熱の熱線が降りそそぎ、火球を呑みこんだ。
火球はひとつとしてエミリーに届かず、強大な灼熱の熱戦にかき消された。
「はああああ!? なんなの~!?」
ジェニファーは苛立ちながら上空を見あげる。
エミリーもその視線を追った。
そして、広場の上空にそれを見つけた。
それはエミリーがこれまでに見たことがない圧倒的な存在感を放っていた。
たとえ見たことがなくとも、誰もがそうだと理解できる魔物。伝え聞くところによると、単体で国さえも滅ぼすと言われる災厄級の幻獣。
『――古代竜!?!?』
ドラゴンのなかのさらに上位種。
人知を超えた幻獣が、王都上空にはばたいていた。
???「ようやくぼくの出番ですね」




