18話 聖女の魔力
(ギリギリ……間にあったみたいね)
広場から処刑台を見あげ、エミリーは息をついた。
見たところ、まだ処刑は行われていない。
処刑寸前だったスピカもふくめ、父クラストも、マルスも、エリザたち使用人も無事だ。
「エミリーさま、なぜここに!?」
声をあげるスピカに、エミリーは笑いかける。
本当に危ないところだった。
スピカが断頭台にあがるのを目撃して以来、ずっと心臓が脈打っていた。
もし自分がもう少し遅れていたら――そう思うだけで恐ろしくたまらない。
安堵のあまり、感極まりそうになる。
だがまだ、為すべきことが終わったわけではない。
(わたくしには責任があるのだから)
この悪夢を終わらせねばならないのだ。
エミリーは処刑台のうえを見つめた。
元婚約者であり、王太子であるその男を見つめた。
「ほう……やはり現れおったか」
こちらを睥睨し、リオンは不敵な微笑をうかべた。
「殿下……あの夜会の日以来でしょうか、お会いしとうございました」
「ふんっ、気色が悪い。この期におよんで媚を売って保身にでも走るつもりか? いつも俺を小馬鹿にして、説教を垂れてきたくせに。まったく情けない女だ。それほど殺されるのが嫌か?」
リオンはこちらの意図を勝手に決めつけ、勝ちほこったようにまくしたてる。
エミリーはそれにゆっくりと首を振った。
「本気で保身に走るのならば、この場に現れるのは愚かでしかございませぬ。今回わたくしがここに現れたのは、殿下の間違いを正すためでございます」
「ほう……俺のなにが間違っていると?」
訊ねるリオンだったが、その不遜な態度からは聞く耳は持っていないことがありありとうかがえた。
「すべてでございます。ジェニファーさまと行動をともになさりはじめてから、殿下はそのすべてを間違っておられる」
「……つまりはジェニファーへの嫉妬なのだろう?」
流れるように明後日の解釈をするリオン。
だがエミリーは構わず言葉を続けた。
「殿下がジェニファーさまに熱をあげるのを拝見し、いつしかわたくしは殿下にはジェニファーさまのほうがお似合いなのだと考えるようになっておりました。そして夜会の日、婚約破棄とともにジェニファーさまが真の聖女なのだと告げられ、殿下を支えてこの王国の母となるべきはジェニファーさまなのだと……わたくしはあらためてそう思いました」
なにを言いたいのだ、と。
リオンは不機嫌そうに眉をひそめた。
エミリーは目を伏せ、首を振った。
「しかしそれは間違いでした。ジェニファーさまは真の聖女などではなく、むしろその正反対に位置する悪しき存在だったのです。マルスさまからいただいた情報、そして実際にジェニファーさまの魔法を拝見し、それを確信いたしました」
エミリーが目を向けると、ジェニファーは挑戦的な視線をかえしてくる。
「地位も男も奪われたからって、嫉妬でテキトーなことゆうのやめてくんな~い? まじだるいわ」
威圧するようにふんぞりかえるジェニファー。
リオンも彼女と同意見のようだった。
「そうだ、貴様の話など信じるに値せんわ! この無垢なジェニファーのどこが悪しき存在なのだ? それは嘘で塗りかためられたおまえのほうであろう」
どうすればこの殿下を納得させられるのか、と。
エミリーは頭を抱えた。
だがそこで処刑台から、助け舟が出る。
「殿下、お聞きください」
声をあげたのは、マルスだった。
マルスの姿を認めると、エミリーは微笑をうかべ、リオンは目を細めた。
「貴様は……祝福の際にジェニファーに危害をくわえたという帝国の使者だな」
「危害をくわえたつもりはありません。ただ、民を危険にさらす愚かな行為をいさめただけです」
「民を危険にさらす……愚かな行為だと?」
リオンは聞き捨てならないという様子だった。
「エミリーさまのおっしゃるとおり、ジェニファー嬢は聖女ではなかった。ぼくはこの目で見ました。彼女が神殿で使用したのは聖魔法でなく、契約魔法だ」
契約魔法? と。
リオンは眉間のしわをさらに深めた。
「殿下のお父上がいまも争う亜人の得意とする魔術です。殿下もその仕組みはご存知でしょう。ジェニファー嬢の祝福のあとに次々と民が倒れたのを思いだしてください。あれはケガや病の治癒と引きかえに、生命力を代償として支払うという契約を、神殿でジェニファー嬢に結ばされたからなのです」
リオンはまさかとジェニファーを見やる。
「はあ~? 亜人とか契約魔法とか……なに言ってるかぜんぜんわかんな~い。また、でっちあげられてるの~? そういうの勘弁してって感じ~!」
ジェニファーはあくまでもしらを切る。
リオンはあたしを信じてくれるよね? と。
上目づかいで瞳をうるませ、庇護欲をそそる捨てられた子犬モードに入る。
「……」
リオンは一瞬視線を泳がせるが、すぐに男爵令嬢の肩を持つと決めたらしい。
マルスをキッとにらみつけた。
「……使者よ、戯言をぬかすな。屁理屈をこねて辻褄を合わせたようだが、そのような嘘がこの王太子に通用するとでも思っておるのか? そのような契約魔法を使えば、民はみな死んでしまう。この無垢なジェニファーがそのような非道な魔法を使うわけがあるまい。それに民が倒れたというが、結局民はピンピンしておるではないか! 単に祝福の効果が出るのが遅れただけであろう」
マルスは息をつき、やれやれと首を振った。
「民が命を落とさないで済んだのは、エミリーさまのおかげです。殿下も王都の民を治癒する謎の女性の噂は小耳にはさんだことでしょう。それがエミリーさまなのです。牢にて聖女の力を覚醒させたエミリーさまは脱獄し、民を癒やしてまわっていたのです。彼女がいなければ、王都は屍だらけだったはずだ」
「ど……どうせ自分が癒やしたフリをして、ジェニファーの手柄の横取りをもくろんだだけであろう。あの女はそういう汚い女なのだ。あれの見目の美しさにまんまとだまされたようだな、使者よ」
吐き捨てるように言うリオン。
淡々と説明していたマルスだったが、そこではじめて表情を動かした。
そしてうかんだのは、憤怒の表情だった。
「殿下の目は……完全に腐ってしまわれているようだ。エミリーさまのお美しさは見目にとどまらず、そのお心もです。ぼくはだまされてはいませんし、エミリーさまはそのようなお方ではありません。それ以上エミリーさまを貶める発言をするというのなら、このぼくが許しません」
刺々しい鋭利な刃のごとき視線で、マルスはリオンをにらみつけた。
(マルスさま……)
そんなマルスの怒りに胸を打たれるエミリー。
単純に、うれしかった。
外見や上辺の自分を褒めそやすものは、これまでもいた。だが家のもの以外で自分の内面をこれほどに認めてくれたのは、彼が初めてかもしれない。
だがそんな感慨を打ち消すように、リオンは刺々しい言葉をマルスに浴びせる。
「……許さないだと? 縛りつけられて身動きすらとれぬ状況で……いや、身動きをとれたとしてもだ。たかが異国の使者の分際でなにができると言うのだ?」
「試してみますか?」
「できるものならやってみるがよい」
傲岸不遜なリオンに、しかし引かないマルス。
二人はしばし視線で火花を散らした。
しかしふいに、マルスがその視線を外した。
「……いえ、まだやめておきます。ぼくが言いたいのは、エミリーさまこそが真の聖女ということ。そしてジェニファーさまは悪しき魔神と契約し、その力を借りて奇跡を起こしているにすぎぬ紛いものの聖女だということです。それを踏まえ、殿下には冷静に真実を見極めていただきたい」
「マルスさまのおっしゃるとおりです。おそらく殿下はジェニファーさまの魔神の影響を知らず知らずのうちに受けているのです。殿下は……わたくしが知るリオンさまは、もっと人を思いやる心を持っておりました。殿下、どうかお心をしっかりとお持ちください」
リオンは昔から直情的な性格だった。
しかし一線はわきまえていたし、エミリーを快く思ってはいなくとも、それをあからさまに態度に出したり、ましてや処刑できる人間ではなかったのだ。
魔神は人の邪心を肥大化させる。
リオンは魔神の影響を受けているのだとエミリーはなかば確信していた。
「俺が魔神の影響を受けている? バカを言え、俺はそのようなものに屈さぬ」
「そうだよそうだよ! 勝手なことばっか言ってくれてるけど……それってぜんぶ憶測でしょ~? 証拠ないじゃん? それでごちゃごちゃ言うのって、さすがにひどくな~い?」
リオンにはやはり言葉は届かず、ジェニファーはやはり言いのがれんとする。
言葉だけでは、もはや平行線なのだろう。
エミリーにもそれがはっきりと理解できた。
(ならば……次の手を打つほかないわね)
それはできれば使いたい手ではなかった。
おそらくは残酷な現実を見せることになるから。
いや――残酷な現実というのは語弊があるだろう。
現実はたいてい残酷で、人を傷つけるものだから。
だが、こちらの言葉の証明には十分なはずだ。
エミリーはひとつ息をつき――
「では証拠をお見せしましょう」
言いながら深呼吸した。
自身の魔力に意識を集中し、それを全身からじわじわとあふれさせた。
神々しい純白の魔力が中央広場に顕現する。
「まさかその魔力が証拠だとでも言うのか?」
リオンは鼻で笑いとばす。
それにエミリーも微笑でかえした。
「聖女の魔力は純白の輝きを放つと言われますから、それもひとつですわ。けれど聖女の魔力にはもうひとつ、悪しきものを浄化する力があるとも言われております。わたくしはこれからこの魔力を使い、悪しきものを浄化してごらんにいれましょう。さすれば、少しはわたくしの言葉を信じていただけるかと」
「悪しきものを……浄化するだと?」
いったいなにを浄化するというのだ? と。
リオンは嘲笑まじりにエミリーの視線を追った。
そして、眉をひそめた。
視線のさきには、ジェニファーがいたのだ。
「このジェニファーさまを浄化し、彼女の真実の姿をごらんにいれましょう」
「真実の……姿?」
リオンは意味がわからぬと首をかしげるた。
マルスが横から補足する。
「……ぼくはジェニファーさまについて裏で調査をしていました。聞きこみも行ったのですが、彼女の知人たちは彼女についてそろってこう言っていました。ジェニファーは1年前のある日を境に変わったと」
変わった? と。
リオンは理解できていない様子だった。
「単に雰囲気が変わったというわけではありません。容姿がまるで別人のように変わったというのです。おそらく魔神の力で容姿を変えたのでしょう。ですから、聖女の魔力に浄化されれば……彼女はおそらく、本来の姿に戻ってしまうはずです」
「そんな荒唐無稽な話が信じられるとでも?」
やはり信じようとしないリオン。
だが、いまはそれでいい。
「信じなくとも構いません。エミリーさまが試せばおのずと答えは出ますから」
マルスの視線を受け、エミリーはうなずいた。
「……」
エミリーは全身をただよう魔力に気を集中させる。
リオンがそれをとめる様子はなかった。
多少なりとも疑念が湧いたのかもしれない。
「ちょ、ちょっと勝手に決めないでよ~!」
ジェニファーが慌てて声をあげた。
すがるようにリオンの腕にしがみつく。
「そんなこといきなり言われても……こまるんですけど! そういうのは許可とかとるもんでしょ~! あたしそんなわけわかんない魔力を浴びるのは嫌よ~! ていうか、 生まれてからずっとこの顔だし~! なにも変わんないに決まってるんだから~!」
まくしたてながら墓穴を掘るジェニファー。
「変わらないに決まっているのなら……断る理由もございませんね。自分の正しさを証明できるのですから、ジェニファーさまには得しかございませんもの。よいですね……殿下?」
エミリーが再確認すると、リオンは眉をひそめる。
それから、しばしうなり声とともに考え――
「……よかろう」
最後にはそう言い、騎士に軽く目配せする。
とたん、騎士二人がジェニファーを拘束した。
リオンの予想外の裏切りに、ジェニファーは絶望の表情をうかべる。
「リ……リオンってばどういうこと~!」
わめきちらし、ジタバタと暴れるジェニファー。
しかしリオンは、わかってくれと首を振った。
「不安はあろうが……今回はあの女の好きにさせてやろうではないか。そもそも偽の聖女のあやつがなにをしたところで、どうせなにも起こりはしないのだ。こちらの正当性が公に証明されるだけでメリットしかない。素直に受けいれてくれ」
やだやだやだやだやだ~! と。
逃れようと血相を変えてもがくジェニファー。
しかし騎士の名は伊達ではない。
鍛えあげられた腕力で小娘を軽くおさえこむ。
「さあ……エミリーさま」
ミシェルに肩を叩かれる。
エミリーはこくりとうなずき、深く深く息を吸う。
ぶわっ! と。
やがて純白の魔力がエミリーの体からあふれでる。
大神殿でのときと同じように、神々しいあたたかな魔力が民を包んだ。
おお!!! と。
広場にいた民から感嘆の声が次々ともれる。
そしてエミリーは拡散した魔力を収束させ――
「――――ッ!!!」
直後。
広場に響きわたるエミリーの凛とした気合いの声。
エミリーの両手が、まばゆい光を放った。
それはやがて一本の輝く光線となり、ジェニファーへと照射された。
「や、やめ――――ぎゃあああああああああ!!!」
光を真正面から浴び、ジェニファーは絶叫した。
あまりに激しく暴れたたため、騎士はたまらずジェニファーから手を放す。
とたん、ジェニファーはその場にくずおれた。
そして激しくのたうちまわり――
「!?」
刹那――ジュウウウッ、と。
火元に水をかけたような音とともに、ジェニファーから黒い魔力が流れだす。
禍々しい魔力だった。
それは黒煙となって、空へと立ちのぼっていく。
「……」
数瞬あって、ようやく魔力の流出がとまった。
だがジェニファーはうずくまったままだ。
ぴくりとも動く様子はない。
それを心配したのか、リオンがその肩を叩く。
「ジェニファー……大丈夫か?」
「さわんないでよ!!!」
パシンッ、と。
ジェニファーは顔もあげず、リオンの手を払った。
「顔を見られたくないのでしょう」
呆然とするリオンに、マルスが言った。
リオンはマルスの言葉の意味を察し、驚愕とともにジェニファーを見やる。
「まさか……本当に?」
そして、そこで気づいたのだろう。
顔を伏せた状態でもわかるぐらいに、ジェニファーの容姿が変わったことに。
いつもきらきらと艶めいていた髪は、艶のない巻毛ぎみの髪に。そして抱きしめたくなるような細く小柄な体は、丸みを帯びたふくよかな体になっていた。
リオンは信じられぬと首を振った。
それからごくりと唾をのみこむ。
おそるおそる、ジェニファーの顔をあげさえた。
「ジェニファー……なのか?」
リオンが訊ねてしまうのもしかたがない。
その顔は、あまりにも別人だった。
丸々と太らされた豚のごとき少女がそこにはいた。




