15話 聖女の証明
『聖女さま、お願いします!!!』
『うちの子が苦しんでいるの!!!』
『どうかもう一度祝福を!!!』
シュトワール王国、王城。
正門には貧民から貴族までさまざまな民が集まり、悲痛な叫びをあげていた。
現在、王都は悲惨な状態だった。
ジェニファーによる祝福を受けた大勢の民。
彼らがみな契約の代価として生命力を奪われ、次から次へと倒れているのだ。
民の多くは衰弱し、危篤状況におちいっているものも少なくない。そんな状況を自身で打破できるはずもなく、聖女に助けを求めて王城にきたというわけだ。
パンを見つけた蟻のように群がる民。
それを王城のバルコニーから睥睨し、リオンは舌打ちした。
「ええい、面倒なやつらめ! 追い払っても追い払っても湧いてくる! ゴキブリのようだな!」
「ほんときっもいよね〜! ゴキブリは害ないけど、あいつらは害あるから実質ゴキブリ以下じゃ~ん! もういっそのこと、殺しちゃえばいいんじゃな~い? 害虫駆除ってやつ〜?」
キャハハ、と。
ジェニファーは下品な笑い声をあげる。
リオンは妙案だというようにポンを手を叩く。
「なるほど、さすがジェニファー! たしかにひとりふたり殺ってしまえば、あいつらも恐れおののいて散っていくだろうしな。よし、そうするか」
「そうしよそうしよ〜! あいつらの声ずっと聞いてると、まじでおかしもまずくなるし〜!!!」
二人がまた愚かな考えをまとめていると――
「――殿下、ご報告がございます」
ひとりの兵士が、慌てた様子で現れる。
リオンは面倒くさそうに手で払った。
「うるさい、取りこみ中だぞ。よりよい国にするためのすばらしい政策をジェニファーと話しあっているところだ。どうでもいい要件ならあとにしろ」
「……エミリー嬢が脱獄いたしました」
「だから、どうでもいい要件はあとにしろと――」
リオンは言いかけ、しかしそこで兵士の言葉を理解したらしく目を見開く。
「――あの女が脱獄しただと!? 」
兵士の肩を乱暴につかみ、声を荒げた。
「あの監獄の防護システムは完璧なはずであろう!? いったいどうやって逃げたというのだ!?」
「看守の姿も消えているため、その看守が協力したようです。現在、捜索隊を組織して捜索に当たっておりますが、いまだ捕捉できておりません」
ぐぬぬ、と。
リオンは怒りに肩を震わせ、鬼の形相になる。
「ふざけるな、この無能どもが! 小娘ひとりなぜ捕まえられん! 草の根をわけてでもさがしだせ! 捕まえられなければ貴様らの首が飛ぶと知れ!」
は! と。
兵士は頭をさげ、慌てて走りさっていく。
「ええ~……激萎えなんですけど~! 予定通りに処刑できないじゃ〜ん! ていうか、もう王都の外に逃げちゃったんじゃないの~! まじ意味わかんない……意味不意味不意味不〜!!! 」
まるで駄々をこねる幼子のように、ジェニファーは床でごろごろと転がった。
「落ちつけ、まだ完全に逃げられたわけではない」
「これが落ちついていられますかっての〜! もしこのままエミリーさまに逃げられちゃったら、あたしがどうなると思ってんのよ〜!!!」
どうなるのだ? と。
リオンが首をかしげると、ジェニファーはハッとした顔で視線をそらした。
訊かれたくないことを訊かれたという様子だった。
「……なんでもないけど、とにかくダメなの~! エミリーさまは3日後に処刑するって決まったでしょ〜! ぜぇったいに捕まえて処刑してよ〜! じゃないと、リオンとは離婚だよ離婚〜!」
そもそもまだ結婚していないがな、と。
リオンが冷静に突っこむと、ジェニファーはぶうううと不満をあらわにする。
「とにかく頼んだからね〜!」
おねがいだよ~? と。
ジェニファーは身を乗りだし、渾身の瞳うるうるおねだりモードに入る。
リオンはよしよしとジェニファーを撫でながら、
「……安心しろ、考えがある。見つけられないなら、出てきてもらえばよいのだ」
黒々とした微笑をうかべるのだった。
*
『――聖女の件、わかっているだろうな?』
リオンがバルコニーを去ったあと。
低く重々しい声が、ジェニファーの脳内に響いた。
「そんな怖い声出さないでも、わかってるわよ~!」
ジェニファーは苛立ちを隠さずにこたえ、激しく舌打ちした。かわいらしい表情は鳴りを潜め、黒々とした感情がにじんだ顔だった。
「こんなところで計画をおじゃんにしてたまるもんですか……あたしが聖女で王妃なの! あの女を処刑して、持ってるものぜ~んぶ奪ってやるんだから~!」
ジェニファーは愛らしい顔を醜くゆがめ、頭のなかの何者かに宣言する。
『フッ、期待しているぞ』
ジェニファーの答えに満足したように。
低く重々しい声はそう答え、ジェニファーの頭のなかから姿を消した。
*
セレスタル大神殿。
いつもは礼拝客でにぎわうその場所はいま、いつもと異なる様相をていしていた。
礼拝ホールには、人人人。
人がたくさんいるのはいつもと同じ。
だが、祈りを捧げているものはひとりもいない。
みな生死をさまようほどに衰弱し、苦痛に喘ぎながら床に横たわっているのだ。
彼らはジェニファーに祝福という名の契約魔法を結ばされ、ケガや病を治癒させたものたち。契約の代価を生命力で支払わされ、この大神殿へと命からがら助けを求めてきたものたちだった。
いまも付きそいの家族や友人、そして司祭たちが彼らを懸命に看護している。
だが、状況は悪くなる一方だった。
あまりに膨大な生命力を奪われ、自然治癒は望めず。治癒魔法の使える司祭はわずかにいるものの、患者の苦しみをやわらげるのがやっと。
患者は増えるばかりで減ることはなく、手のほどこしようがない状況だった。
そんな絶望がただよう礼拝ホール。
そこに、新たに1組の男女が入ってきた。
「……」
ひとりは鎧をまとった兵士風の男。
もうひとりは外套を深々とかぶった女。
牢番とエミリーであった。
(……これはひどいですわ)
ホールに所せましと横たわる患者を見て、エミリーはその整った眉をひそめた。
ひどいとは思っていた。
だが、ここまでとは思わなかった。
「こっちッスよ」
牢番には既視の光景なのだろう。
気にした様子もなく、エミリーをホールの一角へと案内する。
そこにいたのは、横たわる二人の女。
ひとりは牢番と同じぐらいの壮年の女。
もうひとりはエミリーより一回り幼い少女だった。
牢番の妻子なのだろう。
「おいユリア、大丈夫ッスか?」
牢番は二人のそばにしゃがみこむ。
優しげな眼差しで二人の体を労わるようになでた。
牢での荒々しい態度が嘘のようだ。
ユリアと呼ばれた牢番の妻とおぼしき女が目を開け、牢番を見る。
「あなた……仕事は?」
「んなもんいい、調子はどうなんスか?」
訊ねるとユリアはゲホゲホと咳きこみ、苦しげにうなされる少女に視線を送る。
「わたしは大丈夫だけど、ミリアが……ひどく苦しそうなの。呼びかけてもうめくばかりで、食事もぜんぜん食べていない。このままだと……」
ユリアは瞳に涙をため、目を伏せた。
ミリアと呼ばれた少女の容態が悪いのは、傍目から見てもあきらかだった。
父親が現れたのに、反応する余裕もないらしい。
延々と苦しげに喘いでいる。
やせ細った体からは、しっかりと栄養がとれていないのが見てとれた。生命力もとてつもなく希薄で、死の間際だったマルスと同じぐらいだろう。
牢番はミリアのそばに寄り、彼女の容態を確認すると顔を青ざめさせた。
そしてすがるように、エミリーに視線を送る。
「嬢ちゃん、頼む……どうか娘を」
エミリーはうなずき、ミリアのそばに膝をつく。
容態は悪いが、いまの自分ならどうにかできる。
そんな確信をもって深呼吸する。
エミリーの全身からあたたかな魔力があふれ、やがてそれを両手へと集約させる。
いざミリアを治癒しようとし――
バシッ、と。
しかし直後、横から腕をつかまれる。
「……?」
けげんに思って見ると、そこには格式ばった貫頭衣に身をつつんだ厳格そうな男。
エミリーは男に見覚えがあった。
ミシェル・ユグラステル。
たしかこのセレスタル大神殿の若き高司祭である。
「……患者になにをしようというのです?」
ミシェルはいぶかしげな瞳をエミリーに向ける。
患者に危害をくわえようとしたと思われたようだ。
エミリーはひとまず外套で顔を隠し、うつむいた。
ミシェルとは顔見知りだ。
自分は偽の聖女として捕縛され、脱獄してきた身。正体を知られた場合、彼が味方をしてくれるとはかぎらない。顔を見られるわけにはいかない。
エミリーが口ごもると、牢番が助け舟を出す。
「司祭さまよお、邪魔しねえでほしいッス。この人は優秀な治癒魔法の使い手で、俺が娘を治してくれるように頼んだだけだ。悪いことはしちゃいねえ」
「そのようなかたがここを訪れるなど聞いておりませんが。治癒魔法の使い手は希少です。詐欺師に騙されているのではありませんか?」
「だまされてなんざねえッスよ。いいからどいてくれねえか。あんたにゃ俺の娘は救えねえんだろ!? 俺の娘を見殺しにする気か!?」
牢番の言葉に口ごもるミシェル。
自分の力で患者を救えないことに少なからず罪悪感があったのだろう。
しかしすぐに気をとりなおして反論してくる。
「それでも……得体のしれない人間に弱った民をまかせるわけにはまいりません。せめて顔を見せて素性をあきらかにしていただきたい」
「顔だと……?」
「後ろめたいことがなければ、問題はないでしょう。彼女を治せるほどの高位の魔法をつかえるならば、高名なかただとお見受けしますが」
「んなもん別に見せなくても……」
異論を唱えようとする牢番をエミリーが制する。
(このままでは埒が明かないわね)
エミリーはひとつ息をつき、立ちあがる。
そして迷いなく、外套を脱ぎさった。
「お久しぶりです、ミシェルさま」
エミリーの顔を見て、ミシェルは目を見開く。
「エミリーさま!? 貴方は王城に囚われているはずでは!? なぜここに!?」
「看守の俺が手伝って脱獄させた。家族を救ってもらうっていう条件でな」
ミシェルはけげんな表情をする。
「救う? 貴方は力が使えぬから偽の聖女として捕らえられたのだ。治癒魔法を使えるはずもないでしょう。家ぐるみで預言を偽っていたとは聞いておりましたが、脱獄するためにそのような嘘までつくとは、あらためて貴方には失望しましたよ」
とにかく騎士を呼んできます、と。
ミシェルは配備された騎士を呼びにいこうとする。
しかしそれをエミリーが引きとめた。
「ミシェルさま、お待ちください。信じていただけるかはわかりませんが、わたくしはついに聖女の力に目覚めたようなのです。真偽はどうかその目でたしかめていただけないでしょうか?」
「たしかめるもなにも……」
ミシェルは不機嫌そうに振りかえり、しかしエミリーの手を見て口ごもった。
エミリーの手が、白い魔力をまとっていたからだ。
「その魔力は……」
「牢であつかえるようになったのです。まだ完璧にとはいきませんが。力が本物だと証明するチャンスを……民を救うチャンスをいただけませんか?」
「いえ、しかし……」
ミシェルは迷うように視線をさまよわせる。
「司祭さまよお、祝福を受けたやつらがそろいもそろって倒れてるッスよ。あんたもジェニファー嬢が怪しいってさすがに気づいたんじゃねえのか?」
「それはそうですが、しかしだからといってエミリーさまが本物だとは……」
「ああ、本物の聖女かはわからねえ。だからこそここで力を見て、判断してくれって言ってるッスよ」
牢番の言葉を聞くとミシェルは反論しようとし、しかしなにも言わずに口ごもった。
苦虫を噛みつぶしたような顔で、しばし黙る。
やがて不服な様子ながらも、
「チャンスは一度だけです。疑わしき挙動があれば、すぐに騎士を呼びますので」
「ありがとうございます!」
エミリーは深々と頭をさげた。
そしてあらためてミリアのそばにしゃがみ、両手に白い魔力を集約させた。
牢番とその妻、高司祭が固唾をのんで見守るなか、その魔力をミリアへと放出する。
「……ッ!」
その瞬間、ミリアが苦しそうな顔をする。
慌ててミシェルがとめに入ろうとするが、牢番がそれを引きとめた。
牢番がミシェルを言い聞かせているうちに、ミリアの表情がやわらいでいく。
やがてやすらかに眠るような表情になると、呼吸は完全に正常に戻った。
そしてパチリ、と。
ミリアはその大きな瞳でエミリーを見た。
「女神、さま……?」
まるで本物の女神セレスティアかのように。
エミリーは包みこむような笑みを少女に向けた。
ひょこと小首をかしげるミリアを見て、夫妻はともに瞳に大粒の涙をためた。
次の瞬間、同時にミリアを抱きしめた。
「ミリア、よかった……よかったわ!」
「バッキャロー。もう目を覚まさねえと思ったじゃねえか、このバカ娘がよお!」
パパもママも苦しいよお、と。
感涙する夫妻に力のかぎり抱きしめられ、照れくさそうな表情をするミリア。
(うまくいったみたいね)
ホッと胸をなでおろすエミリー。
一方でミシェルはそれらの一連の様子を見て、口をあんぐりと開いていた。
「まさか信じられない……あれほど衰弱していた娘を一瞬で全快させるなんて。本当にエミリーさまが真の聖女だったというのですか?」
「だから言ったッスよ、嬢ちゃんは本物だって」
勝ちほこったように言う牢番。
いえまだ確定ではありません、と。
ミシェルはすぐに首をぶんぶん振った。
「まだひとりを治癒させたにすぎない。それだけで彼女を真の聖女だと判断するのは早計でしょう」
「ならばわたくしの力を証明するためにも、ほかの民も治癒させていただけますね?」
エミリーはすかさずそう訊ねた。
だがミシェルはいまだ迷っているらしく、すぐには了承しない。視線を虚空にさまよわせる。
(……昔からこうなのよね)
ミシェルは昔から、厳格な性格だった。
規律と規則をなによりもおもんじるのだ。
実情がどうであれ、エミリーは脱獄した犯罪者。
それを野放しにして、さらには大事な民を治療させてよいものかと逡巡しているのだろう。
エミリーはドキドキしながら彼の決断を待った。
しかしミシェルが答えをだす前に――
「全員その場を動くな!!!」
突如として、響きわたる威声。
バンッ! と。
礼拝ホールの大扉が開けはなたれ――
「ここに偽聖女エミリー・ウィンゼルがまぎれこんでいる可能性がある!」
突入してきたのは、王国の魔法騎士たちだった。




