罪を成す要件についての一考察
第三者に害をなすことというのは、一般的に犯罪として認識されます。
単純化して要素分解すれば犯罪として認識される前提に、犯罪の要件を規定した一定の法律や規則、その上で初等教育段階における倫理あるいは道徳教育がそれをもたらしています。
「この事件のポイントは、中将はいつ誰によって魔術紋をつけられたのかに集約されると考えています」
「魔術紋が中将に投入された毒素の創傷であると判断できるためですね」
少佐が合いの手をいれてきました。それに頷きながら、一同を見渡します。特に誰からも疑問などは上がらなかったので、先に進めることにしました。
ちなみに場所は変わらず食堂車のままで、中将をいつまでも地べたに転がしたままにするわけにもいかず、車掌と僕とで一等の客室に運んで彼の契約している精霊に不審者が入ってこないよう見張るように言い含めて戻ってきたところです。
入って左手の二人席に僕とフィズが腰掛け、反対側の四人席に教授、助手、それから少佐と車掌がそれぞれ座っています。
僕たちの目の前のテーブルにはそれぞれカモミールティーが置かれ、芳醇な香りが緊迫した空気を多少やわらげてくれる。フィズの発案でした。
僕は改めて考えを反芻すると、おもむろに話し始めました。
「中将の左手の小指の付け根に魔術紋はありました。しかし、通常小指の付け根にそのような傷がつくものでしょうか」
「非常に珍しい箇所ですね」
「小指の付け根なぞ、たしかに普段は気にしたこともない」
助手と教授がそれぞれ同意の意を示しています。
「測ったところ、傷の直径は30mmでした。これはこの各客車に常備されているステーショナリーセットの万年筆のペン先の直径と同一です。科学的に傷の開き方とペン先の具合が一致するかを鑑定する必要はあるでしょうが、ひとまず僕の確認した要件事実としては以上となります」
「あなたのおっしゃっていることが仮に事実だとすると、犯人は彼しかいないのでは」
そうやや緊張した面持ちで車掌が教授の隣に立つ助手の方をゆっくりと見やる。助手の方は半ば立ち上がりかけどこか青ざめた風で顔を左右に揺らしながら、否定の言葉を連ねます。
隣にいる教授も驚きの表情で助手さんのほうを見ていました。
「僕じゃありません。中将閣下を殺そうとするだなんて、そんな大それたこと」
助手の狼狽した様子を見かねたように教授が一同を見回しながら落ち着いた低く響く声で訥々と弁護を始めます。
助手は真面目な人間でありそのようなことをするはずはない。僕の述べる万年筆が凶器だとするのであれば、たしかに証言の中で万年筆に言及し中将の指に傷を負わせることの出来る機会はあったかもしれないが、所詮は状況証拠だけではないだろうかと。
「教授のおっしゃられていることは確かにそのとおりです」
そのとおり、何の反論もありませんという旨を先に宣言しておきます。
「それではこの助手の疑いは晴れぬまでも、犯人が確定される段階ではないということで理解したが正しいかな。契約士殿」
「残念ながらそれも違うのです。教授」
僕は単純な事実を告げました。
「車掌さん、先ほど事情聴取をした際に助手さんが中将と少佐の言い争いを聞いたとおっしゃっていましたよね」
「はい。たしか、コードパープルという言葉を聴いたと」
車掌が手帳を見ながら聞き取った言葉を再度述べてくれます。
「コードパープルという言葉は、スフラーヘンハーフェにおける簡易符牒の一種なんですよ」
コードパープルという言葉に教授も大臣や大臣秘書官も反応を示している中、助手さんはそれがなんだという風にいぶかしげな表情で周りを見渡すばかりでした。
「助手くん、君はコードパープルを知らんのかね」
「知りませんよ。教授、どうされたのですか、それを僕が聞いていたからといって」
教授の驚いた表情になにか自分がまずいことを言ったのか反芻しながら、反論する助手と疑念の目で見る大臣や秘書官という形に場が移ろいます。
「エギュさん、エギュさん、そのコードパープルってなんですか。私にもわかりません」
「コードパープルはね、スフラーヘンハーフェで学術、軍事、経済、政治などどの分野でも一定の地位に上ると受ける必要のある課程の中に存在するインテリジェンスという授業で教える用語です」
手帳を取り出してメモを取り始めるフィズをほほえましく見た後、助手に向き直って続きの言葉を紡ぎました。
「コードパープルは、背反者の意ですよ。まあスパイなんかに当てはめる通称名ですね」
勿論これだけではもちろんあなたが犯人だとは確定できません。ただもしかしたらあなたの自室にはまだ凶器の万年筆があるかもしれない。
ほかの一等車両の筆記具と入れ替えたのであれば、そのどれかからあるいはその筆記具の周囲から魔術痕やあるいはあなたの指紋が検出される可能性があります。いずれにせよ捜査官たちの魔術的、科学的な徹底した捜査が入ることになります。と僕は告げます。
そこまで言うと助手さんは諦めたような表情になって、自首の意を告げました。
「僕が中将を殺害しようと試みました」
「どうしてこのようなことをしたのだね」
教授がすべてをあきらめた表情を浮かべる助手さんに近寄りながら声をかけます。
「どうしようもなく馬鹿なことをしたのだといまは思っています」
言葉少なにそう述べた彼は少佐と車掌によって後手で縛られ、空いている一等客室の中に軟禁されることになりました。
青ざめた表情で、後に語ったところによると助手はスフラーヘンハーフェですでに十年以上万年助手をしており、出世中将の暗殺が成功すれば国内での研究機関での地位を約束されていたとのこと。
誰に教唆されたのか、どうやって万年筆を準備したのかといったところは記憶にないそうです。本人も驚いていたようですが、かなりきな臭いですね。
ただ、一応は犯人が見つかったということでまもなく到着するトゥルッリ中央駅では追加の事情聴取を受ければ、開放されるのではないかとの旨、少佐が推測していました。
もやもやとしたものを残しつつ、列車はやがて駅へと着きます。
今回で列車の旅は終わりですね。
もやもやとしたものが残りつつ、これからエギュベルとフィズは目的地へと向かいます。




