誰もが会議を始められるけれど、誰でも会議を終わらせられるわけではない
食堂車のテーブルで始まったのは、まさしく近年一世を風靡している推理小説から切り取ってきたかのごとき風景でした。
車掌さんが食事等を全て片付けたダイニングカーの一角、一人がけの椅子の方にスペースを設けて、一人ひとりに確認をとるようです。彼はまず教授を呼んで乗車からの行動を口頭で確認しながらメモをしていきます。
さりげなく少佐と僕はその近くに移動しながら聞き耳を立てることにしました。フィズに関しては少し離れたところで、大臣の秘書官と話しているようです。
「まずは、教授さんが乗車してからいままでの行動をお願いできますか」
「私は基本的に部屋におりましたよ。途中、気分が優れなくなったので一等用のラウンジカーに行って、ブランデーをいただきながら外を眺めていたくらいです。そうでしたね、助手君」
教授がテーブルの上で手を組み、思い出すように自分の行動を述べた後、僕たちと同じように近場で立っていた助手に確認をとりました。緊張気味な評定で助手はそのとおりだというようにうなづいています。
「それで少し飲みすぎてしまったのか立ち上がるのが億劫になってね。助手君に迎えに来てもらって、戻ったんですよ」
「ええ、教授のおっしゃっているとおりです」
やりとりを見て車掌もなるほどとつぶやきながら光沢のある黒皮の手帳に万年筆でメモを取っています。万年筆は各一等列車の車両に備え付けられているステーショナリーセットと同様の物のようです。
スフラハーフェンセントラル社の提携しているメーカーの手によるそれはカモメを図象化しペンを交差させたようなデザインのエンブレムが目立ちます。
「それでは他に何か気になることはありませんでしたでしょうか」
「気になること。特にはありませんな。ただ、気分を悪くされたら申し訳ないが乗務員の方々も十分に犯行の可能性としてはありうるのではないかと考えますが」
教授は車掌が想定していなかったのか、あるいはあえて俎上にあげていなかった事実を指摘しました。彼が言わなかったら少佐か僕が指摘しただろう事実です。
ややばつの悪い表情を浮かべている様子を見ると、前者だったのかもしれません。ただ、前者だったにせよ切りかえは見事なものでした。
「ええ、もちろん。後ほど一等車両のチーフパーサ、料理長をはじめ一等車両に関与のあった乗務員についても、同様に行動確認をすることを誓わせていただきます」
「私はそのほか質問や疑問はありません」
はきはきと真摯に答える車掌の様子に頷き、教授が席を立ちます。次はすぐ近くに立っていた助手が呼ばれました。そこで移り変わる視線の間隙を縫うように先ほどのメモを自分の手帳の中に挟んで、読みました。
助手は静かに先ほどまで教授が座っていた椅子に腰を下ろし、話し始めます。
「私は先生を探しに二度ほど、部屋から出ました。一度目はラウンジに行くとおっしゃったまま、なかなか戻られない先生を探しに行った時です」
「先ほどの教授のおはなしにあったときですね」
「はい。そのほか、教授を連れて部屋に戻った後、気付けにレモンジュースか炭酸水をと思い、再度ラウンジを訪れました」
中にはアイヴィさんに言われたことと同じことが記載されていました。
淡々とした口調で助手は話します。車掌も二人目で慣れてきたのか話を深堀していくようです。
「教授を迎えに行かれる際や、気付けを取りに行かれる際に気にかかることはありましたか」
「そうですね、一度目の時は中将と廊下ですれ違いましたね。確か私たちの部屋のある隣の五号車の廊下だったと思います」
「その時、何かありましたか」
「予定を手帳に書き込みながら歩いていたので、いきなり現れた中将に驚いて万年筆を落としてしまったのですが、それを拾っていただいたくらいでしょうか」
なるほどといいながら、車掌は「助手が中将と遭遇」という風に記述します。
「このようなことをいうのは差し支えあるのかもしれませんが一点、非常に気にかかることがございます」
「それはなんでしょうか」
「実は中将がいきなり現れたことに驚いたと、先ほど申し上げはしたのですがむしろそれよりも、中将とどなたかの言い争う声が聞こえてその直後に、中将のお姿が曲がり角から現れたので驚いてしまったのです」
助手さんの証言は非常に興味深いものでした。言い争う中でなにか針のようなもので刺した可能性は否定できません。また言い争いの中でならば中将に気づかれずに鋭い何かで傷をつけることも可能かもしれません。
車掌さんが質問内容を掘り下げていきます。
「その言い争っていた相手というのは、誰だかわかりますか?」
「憶測でものをいうというのは、学究の徒として恥ずかしい限りなのですが、少佐殿ではないかと。言い争っている内容も詳しくは聞こえませんでしたが軍事関係のことでしたし、確かなことはいえませんが声が非常に似ていたように思います」
「少佐殿ですか。言ってはなんなのですがこのような事態が起こったときに真っ先に疑われるのがあの方だというのは、分かりきったことではないかと」
車掌さんが難しい表情を浮かべて、助手さんへの反論を述べました。ただ、本人もあまり説得力のある反論ではないと感じているのか、口調が弱々しいです。高級軍人に対して嫌疑をかけなければならないが故の使命感と恐怖との板ばさみに近しいものでしょうか。
車掌さんの手助けをするために、口を挟みます。
「それで少佐と中将が口論していた内容について、何か内容やキーワードで覚えているものはありませんか」
「たしか、コード・パープルという言葉が何度か出てきていたように思います」
「そのほか、印象に残っていることは?」
特にないとでもいうように、静かに助手さんは首を振りました。
「ちなみに出身はどちらで?」
「幼稚舎から大学までずっとここ共和国ですよ」
「なるほど。ありがとうございます」
このような調子で中将を除いた一等列車の乗客全八名のこれまでの行動が明らかにされました。
僕とフィズは部屋から出ず、教授は先ほどの一回外に出たほか、助手さんは二回。内訳としては教授を探しに行ったのと、教授とラウンジに行ったもの。中将と少佐は揃って、一度だけラウンジへ。それ以外に特別な行動を起こしたものは中将がトイレに一度行った以外ではなかったようです。
「特にだれも怪しい人物はいないのではないでしょうか」
車掌さんがおずおずという風に僕や少佐に切り出してきました。たしかに通り一遍聞いた限りではそのように感じられますね。特に怪しい人物や行動は見当たりませんでしたし。
あんまり引き伸ばすのも申し訳ないなと内心で思いながら、切り出します。
「犯人は分かりました。ショータイムといきましょう」
ガラではないなと内心思っていたことは秘密です。
少佐が内心にやにやしているだろうから、探偵役変わってほしいなと思っていたことは開示してもいいかもしれません。




