幼児時代を思い出そう(3)
作・R7代表:花船
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(さ、幼児時代を思い出そう)
「幼児時代を思い出そう (3)」
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{おはな組(仮名)の先生は2人いて、明るい先生と冷めている先生のうち後者の先生によく残食を注意されていた。そのせいで冷めている先生のほうに話しかけることが多くなっていたが、内容は決まって給食を残す了承を得ることだった。}
{中学生になって家にある太宰治「人間失格」 を読んだとき、そこで導き出したのがお道化でした、という具合の台詞に心当たりがありすぎた。というのは、在籍していたおはな組 の「こんな子ランキング(仮名) 」で2位の座に至るまで笑いを取るのに明け暮れていたから/小説でこの文章に出くわしたときは声を出して苦笑いした}
(ゴミ集めでストロー袋を数個集めたものを先生に見せ、「見て、こんなに拾っちゃった!」と主張した。「先生なら何かしらの反応をくれることまず間違いない」という観念が構築されだしていた。)
(欠伸で潤んだ目を見られて「こんなことで泣いたらダメなんだよ」と言われたり、眼を掻いていたのが「(実名)ちゃんが、あっかんべ~~↑!ってしたー」と告げ口されているのを聞いたりした。そうじゃないやい、欠伸をしていたんだい・眼が痒かっただけだい、という不満が顔に出ていたと思う。)
(タイミングを知らされていたのに避難訓練の音を脅威に感じて泣いた。外に出た後、風で揺れる木に対して放った一言「あれも地震で揺れてるのかな~」に、「=”あれァ風だよ”の意=」と言われて、何だ自分の知恵もたかが知れてるやと感じた。)
(冬は毎年デカい築山ができた。一回崖から足を外して、ギリギリ滑り落ちて助かった。驚き戸惑っていた己を、その山にいた園児が崖から見下して真顔で笑っていたのを見上げ返すことによって正気に戻していったのをよく覚えている)
(雪でできたデカい崖から、まあまあ仲の良かった園児が突き落とされていたのを目撃したことがある。初恋の園児と私だけが同じ学区住まいで、隣同士バスに乗って小学校へ体験入学に行った日、その子が体育館内のコーンの横に体育座りで俯いて「お家に帰りたい。」と泣いていたのに何もしなかったこともある。)
(友達の「一緒に行こう」と、別のこと;「(お片付けか何か)」の両方に気を取られて友達からそのときだけ嫌われたこともある。)
(あくまでビシッと決められない、一人寂しい小心者な面がある。)
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(自分本位で行動するところが一貫している)
(でも今もずっとってわけではないね)
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(まだ成長していたい)
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読んでくれてありがとうございました.
是非またいつでも読みに来てください.




