第37話 裏切りの公爵領
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(レオン視点)
夜闇に紛れ、レオンはドヴェルノン公爵領の境界を越えた。険しい山々に囲まれたこの領地は、夜になると、その神秘的な雰囲気が一変し、邪悪な顔を覗かせる。
かつて彼が意思を奪われ、心を凍らせて生きていた場所。足を踏み入れるだけで、記憶の影が肌を撫でるようだ。しかし、今の彼は、愛するヴィオレット様を護るという使命を胸に、過去と対峙するためにここにいる。
八日間かけてドウェルノン公爵領の領都まで辿り着き、公爵家の本城まで来た。夜になるのを待ち、夜陰に紛れて潜入する。ここから先は見咎められても怪しまれぬよう、レオンは自身の一部とも言って良い程に着こなしてきた執事服に着替えた。
『土蜘蛛』の協力者たちが整えてくれた侵入経路を使い、レオンは広大な公爵邸の奥深くへと進む。彼の目的は明確だった。
ラウル公爵の不正と、国家を揺るがす陰謀の決定的な証拠。そして、その陰謀の全貌を知るラウル自身の身柄確保だ。できれば、祖父母と父母の毒殺の証拠も見つけたい。それらは恐らく、ラウルが最も重要視する秘密の部屋に保管されているはずだ。
ここから先、地下へと続く階段を見つけ、レオンは慎重に降りた。ひんやりとした空気が肌を刺し、慣れ親しんだはずの通路が悪夢のように思えた。一歩進むごとに、あの忌まわしい日々が肌に張り付くようなおぞましさが胸に這い寄る。
記憶を頼りに、レオンは通路を進み、終わりに隠された扉を見つけ出した。
この扉の向こうこそ、レオンにも未知の領域だ。扉を開けると、冷たく湿った空気が肌を撫でた。その先、扉の向こうには幾つかの部屋が続いていた。その中の一つ保管庫のような部屋へとレオンは足を踏み入れた。
古文書や資料を貪るようにレオンは目を通した。リュミエールの研究記録、精神への干渉技術に関する報告書……。そして、『稀人・巫女』に関するおぞましい記述。
『ソール教の権威掌握のため、リュミエールの高い共鳴能力を持つ特定の血筋――巫女の血筋――を探し出し、洗脳の上、擁立すべし』
資料の片隅には、巫女の血筋の覚醒メカニズムについても触れられていた。
『ソール神殿の聖具のような、リュミエールとの共鳴を強力に促すアイテムが、その力を引き出し、大いなる奇跡を発現する可能性』
(……お嬢様……! お嬢様が悪夢を初めて見たのは……婚約式の日の夜。……王家のブローチを身につけたことで、巫女の血筋が覚醒し始めたからなのか?)
更に別の資料からは、闇リュミエールを用いた精神干渉に関する開発記録が見つかった。
『闇リュミエール波動と、リュミエールの性質を歪める禁忌の秘術を組み合わせることで、特定の場所――近くに成木リュミエールがあるビューコン村のような土地――に、広範囲に影響を及ぼすことが可能になる……。』
その効率的な運用方法が記されていた。
(違法の闇リュミエールに関する資料は手に入れたが……ここには、肝心のフォルテール王国との内通の証拠までは無いようだ。……やはりあるとすればこの先か……)
さらに奥に進み、厳重に封印された秘密の部屋にたどり着く。入り口はドウェルノンの血族しか入れないように魔導具の扉となっている。
扉の中心の、真珠質のような輝きを持つ円形の承認盤に手の平を当てると、一瞬緩く扉が光り、中へと身体が引き込まれる。
部屋の端にある書棚を探ると、送付前のラウル公爵の筆跡による指示書や、フォルテール王国との内通を示す決定的な証拠となる協定書が置かれていた。
ラウル公爵を断罪する事のできる確固たる証拠が集まった。レオンは証拠を確保し鞄に詰めると、部屋の扉から外に出た。
一本道の通路をしばらく進んだところで、前方から何者かの足跡と、壁のランプの明かりに揺らめく影が近づいてきた。今からでは隠れる所もない。相手もこちらを視認しているようだ。
「何者だ!?」
前方から現れたのは、現当主、ラウル・ドヴェルノン公爵だった。彼の背後には五名の屈強な騎士、そしてその一人が闇リュミエール魔法ランプを抱えている。ラウルは、この力の象徴を伴って現れたのだ。
ラウルは、レオンを見て目を見開いた。白銀の髪に視線がとまり、過去の面影を探すようにその顔を見つめる。
「む……その髪はどうした? 髪の色は違うがその顔、その瑠璃色の瞳……貴様、レオンで間違いないな? なぜここにいる!?」
ラウルは、困惑と確信がないまぜになった声で問うた。
「……叔父上の……お招きを受けました……使者が私の元に現れ……ここで待つように……言われました」
レオンは、咄嗟に茫洋としたふりをし、その実、ラウルと護衛騎士をつぶさに観察していた。
「何!? あやつら、きちんと指示を徹底しなかったのか? それにしてもまさか、本当に生きていたとはな……あの毒で生き延びるとは……そして、土蜘蛛め……レオンの生命があるとは詰めが甘いではないか。……まあ良い、都合よくボーフォール侯爵家の中に新たな手駒が増えたのだからな」
ラウルは、レオンの髪色の変化に戸惑いつつも、レオン本人であると確信したようだ。そして、彼はレオンがまだ洗脳の影響下にあると信じているようだ。傍らの闇リュミエール魔法ランプに目をやり、傲慢な笑みを浮かべた。
「さあ、新たに私自ら洗脳し直して、はっきりと命令してやろう。……この闇リュミエールの光を見るのだ!」
護衛騎士の一人が闇リュミエールランプを掲げる。レオンは、その光をめがけ、ふらふらと近づいて行った。
「ヴィオレット嬢は、王太子妃となる器などではない。我々ソール教神秘主義派にとって、巫女の血筋を持つヴィオレット嬢は、ただ利用される存在だ。」
公爵はヴィオレット様のことを侮蔑的に語った。
(……お嬢様の類稀な精神力を……軽視している……ラウル……貴様は、何一つ分かっていない……)
レオンは、ラウルの傲慢さと、ヴィオレット様の真の力を理解していない愚かさに、ふつふつとした怒りを覚えた。
レオンは、ふらふらと闇リュミエールランプの間近まで近づく。リュミエールの成木から作り出した杖に魔力を込め、一瞬にして光剣を出現させると、ランプを持つ護衛騎士ともう一人を切り捨てた。
「ぎゃあー!!」
「な!?」
「貴様! 何をしている!?」
驚きに動きが固まってしまっている騎士の懐に飛び込み、更に一人斬る!
残る二人の騎士も片付けたかったが、さすがにラウル公爵を守る構えを見せ、距離を取られた。
「公爵閣下、お下がりください!」
「いったい……どうなっている!?」
レオンは、冷徹な声でラウルの誤解を打ち砕いた。
「ラウル公爵。残念ながら、貴様の洗脳は、あの時毒によって一度仮死状態に陥った際に完全に解けている」
レオンは、自身の白銀の髪と、白い手袋で覆われた左手を示した。
「この髪の色は、その変化の証。そして、この傷跡は、二度と貴様の支配を受けないという、私の決意の証だ。貴様は、私の洗脳が残っていると誤解し、私を再び利用しようとした。それが、貴様の最大の誤算だ」
レオンの言葉に、ラウルの顔から傲慢な笑みが消えた。驚愕と、信じられないという色が浮かぶ。騎士たちもざわめいた。
「……貴様……あの時、本当に……馬鹿な! ありえない!」
「ありえるさ。そして、貴様の陰謀は、ここまでだ」
レオンとラウル、そして騎士たちとの間で最大限に緊張が高まる。レオンは、ヴィオレット様を護るという使命を胸に、過去の支配者ラウルに立ち向かう。
「殺せ! 生かしておくな!」
ラウルが叫んだ。騎士たちがレオンに襲いかかる。
レオンは、武術と魔法を駆使し、残る騎士たちを打ち払っていく。その動きに無駄はない。ドヴェルノンでの過酷な訓練と、ボーフォールでの研鑽。そこで培われた武術と魔力の全てが融合し、圧倒的な力となって空間を支配する。
騎士たちが倒れ伏す中、ラウルは恐怖に顔を引き攣らせた。彼自身も魔力を練り上げ、高威力の魔法を放つが、レオンはそれを容易く防ぎ、ラウルに迫る。
「貴様のだいそれた思惑も、ここで終わりだ!」
レオンはラウルを制圧し、地面に押さえつけた。魔法を封じる枷を施す。傍らに転がっていた闇リュミエール魔法ランプを証拠品として回収しながら、レオンは、ラウルを見下ろした。
ラウルは驚愕と、そして言いようのない屈辱に顔を歪ませた。かつて支配下に置いていた駒に、自らの全てを覆されたのだ。
決定的な証拠とラウルの身柄を確保したレオンは、ドヴェルノン公爵領を離れた。『土蜘蛛』の協力者たちにラウルと、その家族の王都への厳重な連行を手配する。自身もラウルを護送しつつ王都へ向け出発し、道中、ボーフォール侯爵に連絡を取り国王への謁見を依頼した。
鞄には陰謀の証拠が、傍らには過去そのものであるラウルが確保されている。それらを伴い王都へ急ぐレオンの胸には、血脈の闇に一つの区切りをつけた静かな充足感が満ちていた。新たなる扉が今、開かれたのだ。
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