第29話 学園生活の彩り
王立学園での日々は、新しい知識と出会いに満ち、充実していた。ヴィオレットは学業、特に歴史学や魔法理論で他の生徒を圧倒。悪夢対策で培った魔法の実技も、結界や補助魔法では教官が目を見張るほどだった。
その才能は生徒の間からも注目され、やがて訪れる魔法実技発表会に向け、着実に研鑽を積む。
そんなヴィオレットの才能に目を留めた一人に、従兄弟であるユーリ・グランブーダンがいた。グランブーダン公爵家嫡男で保守派閥筆頭の彼は、ヴィオレットと同じく魔法への探求心が強く、彼女の類稀な魔力量と精密な制御に関心を示していた。学園でも魔法に関する学術的な話題で交流する機会があった。
「ヴィオレット、君の結界魔法は実に見事だ。防御だけでなく、応用次第では様々な可能性があるのではないかな? 我がグランブーダン家は古くから、リュミエールの魔法的側面を深く探求してきたからね。君の、その類稀な魔力の制御とそれを導く才能は、我々の研究の新たな可能性を切り拓くかもしれない」
「ユーリ様こそ、その高度な魔法の理論、大変興味深いですわ。リュミエールを魔力のエネルギー源とする研究は、革新派の方々が得意とされているのかと思っておりましたわ」
ユーリはヴィオレットの言葉に頷き、わずかに口元を緩める。
「革新派はリュミエールを、文字通り『技術発展のための資源』と捉える傾向がある。我が家系はそれを『魔法の真理』として、その力を極める研鑽を行ってきた。探求の道は違えど、その魔力の媒体としての深みに惹かれる心は同じだと思うよ」
ユーリとの学術的な会話は、ヴィオレットにとって刺激的だった。彼の冷静な分析と深い探求心に触れるたび、魔法の、そしてリュミエールの真理を追い求めるヴィオレット自身の興味は、さらに深まっていったのだ。
彼は保守派でありながらも、リュミエールの可能性を広く見据えているようだった。その視点は、先王陛下の御代にリュミエールの栽培を推進した時のように、グランブーダン公爵家の時期当主として、派閥の壁を越えて何かを成し遂げてくれるかもしれないという期待を抱かせる。
そんな向上心の強い従兄弟の存在に、ヴィオレットは頼もしさとともに嬉しくなる。
ユーリとの会話を終え、次の授業へ向かうヴィオレットの傍らには、レオンが控えていた。
新しい環境で気を張ることも多い中、彼の細やかな配慮は学園生活のあらゆる場面に行き届いている。教室移動の際には人混みをさりげなく誘導し、自習室では彼女が求める書物を音もなく手元に揃えた。
一方、婚約者である第一王子オーギュスタン殿下との関係は、公の場での形式的な挨拶程度で、良好とは言い難い距離感が続いた。
彼は上級貴族としての及第点は取るものの、頻繁に取り巻きの令息たちと騒いだりしており、その振る舞いは、王太子の品格とはかけ離れて見えた。
そして最近、彼の傍には常に、これまでヴィオレットの社交の場で見たことのなかった子爵令嬢、蜂蜜色の髪と薄水色の瞳を持つロザリー・レジェモン嬢がいることが多くなっていた。学園内でもその親密ぶりは噂の的となり始めている。
(殿下がああして他のご令嬢と親しくなさるのは、むしろわたくしの計画にとっては好都合なのだけれど。……王太子としての自覚のなさときたら、やはり溜息が出てしまうわね……)
ヴィオレットはその光景を目にするたび、胸に微かな棘が刺さるような感覚を覚えるが、それは嫉妬ではなかった。
それは本来、自分自身が殿下と深く関わるはずだったが、まさかロザリー嬢とこれほど早くから親密になられているとは思いもしなかった驚きと、王太子の伴侶となるはずだった自身の未来に対する、ある種の諦観に近いものがあるのを感じていた。
学園生活の中で、ヴィオレットにとって心の安らぎとなったのは、カフェテリアで偶然再会したクラリスとの友情だ。身分や育ちは違えど、リュミエールへの深い関心を通じ、二人の間には純粋な尊敬と親しみが育まれていく。
その友情は周囲にも温かく受け入れられており、学園生活が始まって間もなく、ソール教の暦に従い、新入生歓迎の意味合いも兼ねた『花の芽出し祭』が催された。
王立学園流にアレンジされたその祭典は、華やかさと希望に満ちる喧騒。色とりどりのリュミエールが咲き誇り、甘く清らかな香りが風に乗って漂う。生徒たちが、それぞれ丹精込めて育てたリュミエールを一株ずつ持ち寄り、その美しさや輝きを競う展示コンテストが開かれた。
光を宿した花弁は宝石のように煌めき、品種ごとの香りが繊細に重なり合う。リュミエールに捧げる音楽演奏会が響き渡る中、庭園では、ソール教の「愛の市場」を模したガーデンパーティーが開かれ、生徒たちの楽しげな話し声が響いていた。
ヴィオレットとカミーユとクラリスは共に展示を回り、リュミエール談義に花を咲かせ、互いの知識や感覚を交換した。
レオンは三人の傍らに控え、ヴィオレット達が喉の渇きを覚えた頃合い、音もなく冷えた飲み物を提供した。
古文書や文献からリュミエールの知識を得るヴィオレットと、リュミエールの声を聞き、その感情や状態を直接理解できるクラリス。リュミエールへのアプローチは全く異なる二人が、互いの才能を尊敬し、補い合うように学びを深めていく。
「ヴィオレット様の知識は本当にすごいです! 古代のリュミエールの利用法なんて、本で読んでも難しくて……」
「クラリスさんのように、リュミエールの気持ちを感じ取れたら、もっと深く理解できるのでしょうけれど。わたくしには、書物から知識を得ることしかできませんから」
そんな二人を見ていたカミーユが、目を輝かせながら感嘆する。
「わたくしには、リュミエールが歌っているなんて全く感じられませんもの。ヴィオレット様が古文書から導き出される知識も、クラリスさんがお話してくれるリュミエール達の気持ちも、どちらも同じくらい不思議で尊いですわ」
祭りでの華やぎの中にも、三人の間にはリュミエールを通じた確かな繋がりがあった。
リュミエールコンテストの結果発表の時間が訪れる。司会を務める教師の声が、ざわめく会場に響き渡る。生徒たちの期待が集まる中、上位入賞者が次々と読み上げられていく。
そして、準優勝としてヴィオレットの名前が呼ばれると、周囲から祝福の拍手が湧き、ヴィオレットは静かに壇上へと進み出、トロフィーを受け取る。
まさか入賞できるとは思っていなかった為、その端正な顔立ちには微かな驚きが浮かぶ。
そして、栄えある優勝に輝いたのは――
「クラリス」
教師が名を読み上げた瞬間、先ほどとはまた違う、温かい驚きと祝福の拍手が会場を包み込む。
クラリスは目を丸くしてヴィオレットと顔を見合わせると、飛び跳ねるように壇上へ駆け上がった。
彼女が優勝トロフィーを受け取ると、リュミエール達が祝福するかのように、展示されているクラリスのリュミエールが一際明るく輝く。場内からは感嘆の声が漏れる。
壇上から全体を見渡すと、オーギュスタン殿下が不機嫌そうに口元を歪めているのが視界に映った。
「チッ……よりにもよって平民ごときが優勝か。どうせ、何か小細工でもしたのだろう。私の育てたものの方が、よほど王家に相応しい輝きを放っていたはずだ」
「殿下、お声が……」
彼の傍にいたロザリー嬢が、慌てたようにたしなめていた。
祭りの熱気も冷め、学園はいつもの落ち着きを取り戻している。ヴィオレットの意識は、来月の学園行事、リュミエール農園での実習へと意識を向かわせる。
(いよいよ実習ね。百人百様のリュミエールへの取り組みが見られるかしら。もっと深く理解したいものだわ)




