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【連載版】侯爵令嬢はバカ王子にさっさと婚約破棄されて、有能執事と結婚します〜「お嬢様、お任せください。そのような未来は私が断じて来させません」  作者: 源あおい
第三幕 運命の転換

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第28話 再会と友情の芽生え

 王立学園での生活が始まり数日。厳かな入学式も終わり、ヴィオレットは学園の雰囲気に慣れ始めていた。同じAクラスとなったオーギュスタン殿下とは、懸念していたほど深刻なやり取りもなく、互いに事務的な対応に終始している。


 学園の広大な敷地、歴史を感じさせる校舎、様々な身分の生徒たちが集う活気。ボーフォール侯爵領での静かな日々とは全く異なる、新鮮で刺激的な世界だった。


 その日の午後、授業の合間に、ヴィオレットはカミーユと共に、中庭に面した開放的なカフェテリアを訪れる。柔らかな春の日差しが降り注ぎ、テラス席では生徒たちが軽食をとったり、楽しげに談笑したりしている。


 ヴィオレットは窓際の席を選び、持参した歴史書を開く。背後には、レオンが控えている。周囲に注意を払い静かに佇む彼の存在は、ヴィオレットに安心感を与えていた。


 読書に集中しようとした、その時。テーブルに近づいてくる人影がある。制服を着た見慣れない少女が、ヴィオレットのテーブルの少し前で立ち止まり、ためらっているようだった。


 ヴィオレットが顔を向けると、そこに立っていたのは、少し戸惑ったような表情を浮かべた一人の少女だった。


 陽光に透ける柔らかなパステルピンクの髪、リュミエールの葉の色を映したかのような澄んだエメラルドグリーンの瞳。清潔感のある制服を着こなした彼女の髪色と顔立ちに、見覚えがあった。


 数年前に王都近郊で見た、リュミエール畑の手入れをしていた少女の姿が蘇る。


 少女は、ヴィオレットの視線に気づくと、意を決したように、しかし少し緊張した面持ちで話しかけてきた。


「あの……失礼いたします。ボーフォール侯爵家ご令嬢のヴィオレット様でいらっしゃいますか?」


 その声は、以前に聞いた時と同じように、鈴を転がすように澄んでおり、純粋さが滲み出ていた。


 ヴィオレットは静かに頷き、穏やかに応じる。


「ええ、そうですけれど……。あなたは……もしかして、数年前に王都近郊のリュミエール畑でお会いした方では?」


 少女の顔が、ぱっと輝く。


「わぁ! 覚えていてくださったのですね! はい、クラリスと申します。すみません、突然お声がけしてしまって……まさか、学園でお会いできるなんて、思ってもみませんでした」


 彼女は嬉しそうに微笑み、それから少しはにかみながら尋ねる。


「もし、ご迷惑でなければ……こちらの席、少しだけお邪魔してもよろしいでしょうか?」


 その屈託のない様子に、ヴィオレットも自然と微笑みを返していた。


「ええ、どうぞ。構いませんわ」


 促されるまま、クラリスはヴィオレットの向かいの席に腰を下ろした。少しの間、探るような沈黙が流れる。最初に口を開いたのはヴィオレットだった。


「あなたの手入れされていたリュミエール畑は、わたくしに囁きかけてくれているような神聖さを感じました。他とはまるで違う印象がありましたから、あなたの事は良く覚えておりましたわ」


「わぁ、そう言ってくださってとても嬉しいです! そうですね、リュミエール達といつもおしゃべりしながら育てていましたのでリュミエール達も喜んでくれると思います! ヴィオレット様は学園の生活には、もう慣れられましたか? 私は、まだ緊張していて……その、貴族の方ばかりで……」


 ちらりとヴィオレットを見る彼女の表情には、率直な不安が見て取れる。その様子に、ヴィオレットは自身の入学前の心境を重ね合わせ、共感を覚えた。


「私も、最初は少し戸惑いましたわ。でも、学園の先生方は親切ですし、皆さん、それぞれの目標を持って学んでいらっしゃるようですから。きっと、すぐに慣れますわ」


 ヴィオレットの穏やかな声に、クラリスはほっとしたように息をついた。


「そうなんですね……それを聞いて、少し安心しました。私、平民の出身で、特待生として入学させていただいたので、皆さんと上手くやっていけるか、とても心配だったんです」


 それから二人は、それぞれの故郷のこと、家族のこと、そして学園で学びたいことについて、穏やかに語り合った。リュミエールへの深い関心という共通点がある。


 クラリスはリュミエールの栽培の知識を惜しげもなく披露し、学園の授業ではリュミエールを用いた治療に特に興味があると目を輝かせた。


 ヴィオレットは、教科書だけでは知ることのできない、リュミエールと人々の暮らしとの深い関わりについて、クラリスの話に興味深く耳を傾ける。


 互いの知識欲と真摯な学びに共感し合ううち、境遇の違いを超えて、ヴィオレットはクラリスの裏表のない明るさとリュミエールへの愛情に親近感を覚えた。


(あら、不思議ね。クラリスとお話ししていると、まるでリュミエールの花に包まれているみたいに、心が安らぐわ。)


 早くも学園で、心から話せる友人を見つけられたのかもしれない。静かな喜びを感じる。


 会話が一段落した頃、クラリスは少し頬を染めながら、ヴィオレットに言った。


「ヴィオレット様……もしよろしければ、これからも、こうしてお話しさせていただけませんか? 私、ヴィオレット様とお話ししていると、とても勉強になりますし、何より、とても楽しいんです」


 その真っ直ぐな瞳には、偽りのない好意が映し出されていた。


 ヴィオレットは、クラリスの純粋な申し出に、胸が温かくなる。


「ええ、もちろん喜んで。わたくしも、クラリスさんとお話しできて、とても有意義な時間でしたわ。これからもよろしくお願いします」


 ヴィオレットが柔らかな笑顔で応じると、クラリスの顔も満面の笑みで輝いた。




 ♢♢♢


(レオン視点)



 ヴィオレットお嬢様の斜め後ろで、レオンは周囲の気配を絶えず探りながら、お嬢様の様子を静かに見守っていた。新しい環境は、常に危険と隣り合わせだ。


 だが、お嬢様は新しい出会いの中で、まるで固い蕾がほころぶように、柔らかな気配を見せている。


 平民の少女クラリス。率直で、リュミエールへの深い愛情を持つ彼女は、お嬢様の心を和ませる光となるかもしれない。お嬢様が学園で心安らげる友人を見つけられたのなら、それ以上に喜ばしいことはない。


(お嬢様の笑顔……この平穏な時間が、どうか長く続きますように……だが、油断は禁物だ。常に、あらゆる可能性に備えねば……)


 彼の瑠璃色の瞳には、主への深い愛情と、未来への微かな不安、そして守り抜くという揺るぎない決意が宿っていた。


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