表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「笑顔が嘘くさい」と言ってきた転校生が恋人の親友になった  作者: 小槻みしろ/白崎ぼたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/22

十四話 日夏の義憤

 納得できない。

 日夏は、保健室で、むくれていた。友人が、心配げに自分を見下ろしている。そのおろおろした気づかわし気な様子にも腹が立つ。心配してるなら、言えよ。

 湿布を貼られたすねを、ぎゅっと抱えた。幸人に思いきり足払いをかけられたのだ。すっ転んで、体を打ちつけた間に、幸人は去っていった。思い出して、痛みが増してきたように思う。これから、大事をとって病院に行くが、病院では治らない痛みだった。


「なんで、ユキトはあそこまで庇うんだよ」


 確かに、泣かせたのは悪かったかもしれない。けど、自分はずけずけ正論で人を攻撃して、浮気までしておいて、都合が悪くなったら泣くなんて。それでも男か、という気持ちになる。泣いたら助けてもらえるなんて、どれだけ甘やかされてるんだろう。自分は泣いたって、助けてくれる人間なんていなかったのに。だから、こうして戦って椅子を勝ち得るしかなかったのに。

 幸人はそこを、理解してくれていると思ったのに。


「なんで、ひなつは人に対してそんなに突っ込むんだ?」


 転校したての頃、幸人に聞かれた、今日みたいに、本気でぶつかったら、相手が殴り掛かってきたのを、幸人が庇ってくれたのだ。幸人が代わりに殴られて、さすがに悪かったし、気持ちがありがたかった。幸人の誠意に応えたいと、日夏は話した。


「裏でいろいろ言われてるガキだったから、はっきり言ってほしいんだ」


 と。幸人は納得してくれた。そして、「でも、危ないからああいうのはよすんだぞ」と心配してくれた。

 あんまりわかってないんだな、と苦笑したけど、幸人のそういう「いい奴さ」が好きだった。


 瀧見家に迎えられたのは、日夏が七つの時だった。それまでは、母と二人で暮らしていて、父は、家に訪ねて来てくれていた。父親が、いつも家から「帰って」いく理由はわからなくて、泣いてすがったものだ。だから、一緒に暮らそうと言ってくれた時は本当に嬉しかった。

 けれど、家には腹違いの兄が二人いたのだ。父は、自分だけの父ではなかったのだ。ショックだった。

 それから、日夏は父に何度も尋ねたものだ。


「お母さんと前のお母さんとどっちが好き?俺とにいちゃんたちとどっちが好き?」


 と。幸い父は、自分にうそをつかなかった。まっすぐ目を見て、「お前の母さんと、お前が好きだよ」と言ってくれた。だから、辛かったけど裏切りを許した。

 問題は、兄たちだった。

 日夏より、五つと七つそれぞれ年上の兄たちは、日夏のことを、ちゃんと迎えて「くれた」。そう――「くれた」のだ。遊んでと言えば遊んでくれたし、勉強だっていつも教えてくれた。わがままだって聞いてもらえた。

 受け入れてもらって安堵した、などと母は言っていたが、日夏にはわかった。兄たちは、自分のことが、嫌いなのだと。

 笑う目の奥に、いつもなにか笑み以外のものが見えたし、優しいことをいう口は、嘘くさかった。どうにも気味が悪くて、でもそれを母には言えなくて、辛かったものだ。

 だから、兄たちが屋根裏部屋で日夏と母の悪口を言っていた時、傷ついたけどむしろどこかすっきりした。

 

 遊んでもらおうと部屋に行ったら、兄たちは何か話していて、虫の知らせで、日夏は足音を消して、耳をそばだてた。


「本当に、息がつまるよ」

「ああ」


 疲れ切った声だった。日夏の母を「母とは思えない」とか、「死んでいった母さんが浮かばれない」とか、いろいろ言っていた。表では、あれだけにこにこしていたくせに。日夏はショックと同時に、怒りが這い寄ってきた。


「でも、日夏は子供で、関係ないですよ」

「わかっているさ。だからちゃんと接しているんだ」


 兄たちは、日夏のことも悪く言った。


「それでも、腹が立つよ。『どっちが好きか』などといちいち聞かれるとな」

「それは、たしかに」

「子供に敬意なんて求めても仕方ないが。あの子は、少し欲しがりなんじゃないかな」


 そこで、もう我慢ならなかった。屋根裏部屋に乗り込んで、持っていたチェスボードを、兄たちに向かって投げつけた。兄たちは、ぎょっとした顔をして、あわてて「ひなつ」とつくろおうとした。それにもっと腹が立った。


「隠してんじゃねえ!こっちは全部聞いたんだからなっ!」


 くやしさに、ぼろぼろ涙がこぼれる。けれど、口はよく回った。「嫌いなのはばれてた」とか「嘘つくなんて最低だ」とか、思いつく限り、兄たちがいかに卑怯か、叱り飛ばしてやった。兄たちは、呆然としていた。

 騒ぎを聞きつけて、使用人たちがやってきた。

 兄たちは、父に厳しく叱られたが、日夏の心がそれで癒えたわけではなかった。社会は「いい人」だと、「立派」だと兄をほめる。その時の騒ぎに対しても、「無理はない」と同情的だった。

 それ以降、日夏は、嘘を――そして、外面だけの善人を憎悪するようになった。

 そしてそういった人を嗅ぎ当てるのが、日夏は恐ろしくうまかった。だから、そのぶん、いっぱいもやもやすることも傷つくことも多かったのだ。

 人とちゃんと付き合うには、ちゃんと気持ちを全部打ち明けてくれないと嫌だし、しない人間は信用できない。それに、その人自身も、不幸だ。誰にも気持ちを打ち明けないのは、独りぼっちの証拠だから。

 それが、日夏の信条だった。

 実際に、兄たちは改心してから、気持ちに向き合ってくれるようになり、本当の善人になったし、毎日安息して、幸せそうだ。


「こうして打ち明けられてよかった」


 と、兄をはじめ、心を開いてくれたひとたちは、日夏にみんなそう言った。だから、自分の正しさを確信した。正直にあらないと、人は不幸になるし、人のことも不幸にする。

 幸人は優しくていい奴だ。なのに、どうして皆見のことを庇うんだろう。優しさを、はき違えてる。

 日夏は苛々と爪を噛んだ。



「日夏くん」

「どっかいっといてくれっ!今苛々してるからっ」


 はっきりと伝えてやると、友達は「ごめん」と去っていった。腹立ってるなら、言えばいいのに。去るのかよ、と余計に苛々する。

 幸人は、ちっとも見舞いに来なかった。さすがに泣けた。

 伯父が、病院に駆けつけてくれた。


「ひなちゃん!」


 抱きしめられると、気が緩んで、いっぱい涙が出てきた。そうでなくても転校してこっち、自分のトラウマを刺激するような、嫌なやつにずっと絡み続けられたせいで、心が疲れ切っていたのだ。わあわあと声の限り、泣き叫ぶ。


「辛かったね。伯父さんに話してごらん」

「伯父さんっ……」

「可哀そうに、幸人くんは何をしてるんだか」


 舌打ちをする伯父に頼もしくなる。けれど、同時に悲しくなった。日夏の友人である幸人を信頼してるんだとわかったから。

 ことのあらましを話すと、伯父が恐ろしく怖い顔をして、腕を組んでいた。


「そうだったのか。まさか幸人くんが……」

「幸人のことは、叱らないでやってくれっ。たぶん、現実を認められないんだよ」


 そんなことしても、なんの解決にもならないのに。幸人はきっと、お人好しで恐ろしく鈍いか、人に裏切られたことがないのだろう。いや、どっちもかもしれない。そんな幸人には、もどかしく思うときもあったけど、日夏はだからこそ親友として、幸人のことを守ってやらねばと思う。


「だから、伯父さん。助けてくれ」


 幸人の目を、どうか覚まさせてやってくれ――。

 日夏は、頭をさげたのだった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ