はじまり。
僕は呼吸を押さえる。
ここで。
焦っては。
落ち着け。
落ち着け。
僕は足もとの男に目をやる。
お化け病院と呼ばれる廃墟の地下室。
男の頭からは真っ赤な血が一筋流れている。
両手を手錠で水道のパイプに留められ、動くこともできず僕をうつろな目で見ている。
男……松岡茂は苦しそうにうめいた。
「質問に答えてもらっていいかな?」
僕は言った。松岡は反抗的な目つきで僕を見る。
そっか。死にたいんだ。
死が怖くないんだ。
「死にたいなら殺してあげるよ」
死が怖くないからあんな残酷なことができるんだ。
僕は手に持った金属バットを振り上げた。
まずは、膝。
ぐしゃりという手ごたえ。
「うぎゃあああああ」
耳をつんざく叫び。
関節が壊れた。
もう二度と戻らない。
その一撃。それは僕の手で。
そう。僕が壊した。
左手が痛む。
さっき、松岡が振り回した特殊警棒の痣。
バットを振ると、響く。
だけど。
こんな痛み。
「や……やめてくれ……」
「じゃ、しゃべって」
「な……何を……」
おや、急に正直になった。
「君、三週間ほど前に何をした?」
「お……おメェ……あの女の……」
断定。
そう。やはり幻覚などではなかったんだ。
僕は夢など見ていなかった。
たしかな事実だったんだ。
僕は金属バットをもう一度振り上げた。
「うわ……や……やめて……」
構わずもう一度。ぐしゃりとした感触の膝をもう一度叩く。
「うっぎゃあああああああああ」
涙を流している。
鼻水やよだれも混じってぐしゃぐしゃになっている。
あーあ。汚いなあ。
「ねえ、質問に答えてくれるかい?」
松岡は無言でうなずいた。何度も、何度も。
「名前。その時一緒にいたヤツの名前」
「こ……近藤カツヤ、春山マサル、瀬島コウヘイ……の三人だ」
涙声の返答。
聞きとりづらいけど、たしかにそう言った。
「他には? それ以外、誰もいなかったのか?」
「……」
無言。
まだプライドか何かが残っているのか?
僕はバットで松岡の顎に触れる。
もう一度だけ聞こう。
「他には誰もいなかった……の?」
そして松岡を見る。
ぐしゃぐしゃの顔。男前の顔も台無しだ。
「い……いなかった……だ、誰も」
「ホントに?」
「ほ……本当だ、こんな、嘘なんかついたって……」
「そうだね。たしかに」
うん。じゃあ用は済んだ。
僕は立ち上がった。
そして、金属バットを振り上げた。
わざわざ足がつかないように、ついさっき、近所の学校からちょっとだけ借りてきた代物。
「お……おい? な、何を……」
「彼女は泣いて頼んだはずだ。『助けて』ってね」
僕は言いはなった。
松岡の顔が泣き笑いの表情になった。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
感じろ。恐怖を。
お前はそれだけのことをしたんだ。
「だけど、助けなかったよね。だからダメ。バイバイ」
僕は金属バットを振り下ろした。
「ぼふゅっ」
がくんと頭をたれる。
まだまだ。これで終わると思うなよ。
二発、三発。
僕は殴り続けた。
すでに叫び声もない。血が飛ぶ。廃墟に鈍い音が響く。
そして。
動かなくなった。
僕はバットをほうり出した。
殺人。
意外なほど、心はぶれなかった。
最後まで、冷徹にやってのけた。
だけど、だいぶ疲れた。
まだだ。
まだ。
まだ、やらなきゃいけないことがあるんだ。
僕は自分に気合いを入れる。
さて。
残り、三人。
すべて地獄に送ってやる。
それまで。
警察にも、誰にも手出しはさせない。
幸い、ここは誰かが入ってくるような場所じゃない。
何日かは隠しておけるだろう。
携帯と財布を漁る。
どちらも今後の大切な情報源だ。
しっかりと回収する。
ついでに、電池はさっさと抜いておく。
データを引っこ抜くとき以外、もう電源はいれない。そんなことはしないと思うけど、位置確認でもされたらおしまいだ。
僕は最後に写真を撮った。
松岡の写真。
血に染まった姿をデジタルデータに変えてポケットに収める。
とりあえず、始まったのだ。
僕の復讐が。




