第九話:アスタリスク・サーカス
機械の心臓が砕ける音と共に、唸りを小さくしていく音が響き渡る。殺気の黒い靄も弾けるように吹き飛べば絡みついていた緊張もまた吹き飛ぶもの、急に戻ってきた剣の重みに引っ張られながらも俺はため息をつく。どうやら翅機械は倒せたらしい。
剣を鞘に戻し振り返れば、他の機械も動かなくなったらしく船のほうから歓声が聞こえる。結構な人数が船の中に避難していたらしく、ここからでも歓喜の黄金色がきらきら風に輝いて草原を明るく彩った。
靄がここまできれいに見えたことなんて初めてだ、きれい、なんて思うことすら久々かもしれないけれど。しみじみしていたらふっと脚の力が抜けてしまった。
「やったよお兄さん! 止まったみたいだ!」
「え、あ、お、おう! やったな!」
その場に座り込んだ俺に半分以上飛びつく勢いで援護してくれた少年は、俺の両手をそのまま手に取ってわーっと笑顔で盛り上がる。その純粋な笑顔に俺も思わず笑ってしまった。
そんなこんなで盛り上がっていると、船の方から「おーい」という声と共にオルガと、数人が駆け寄ってきた。
船のほうに群がっていた機械もあらかたさっきの認識で間違いはなかったらしく、人が連れ去られることもなかったそうだ。
「チカ、やるじゃん!被害も想像より少なかったし、グッジョブだよ」
「そうかな」
「そうともそうとも、悲劇も起こらずに済んだしね」
かすり傷で若干疲れているらしいオルガの姿は少し心配になったが、本人はそんなつもりは欠片もないらしい。
オルガの視線の先には、あの少年と、同じ髪色をした女性が抱きしめあって互いの無事を確認している様子があった。
安堵と、安心の灰桜。にじみでているのは太陽の匂い。
一点集中の戦いで守れたものはそこにあった、今ばかりは自分を褒めてもいいだろうか。
「……そうだね、本当によかった」
女性はこちらのほうに気がつくと、嬉し涙を拭って立ち上がり軽く会釈をする。少年のほうは少し恥ずかしいようで鼻を擦っていた。
「スートを、私の弟を助けてくれて本当にありがとうございます。旅のお方。お礼と言ってはなんですが是非──「見ーつーけーたー!!」
安堵もつかの間、俺の脇腹にピンポイントで何かが突っ込んできた。
あまりの衝撃に驚きの声を上げるが転ぶほどではなく、なんだなんだと突っ込んできたそれを見ると不思議なことに十歳ぐらいの女の子がひっついているじゃあないか。余計に頭がこんがらがった、急に何が起きた。どうしたことだこれは。
言葉も出ずに女の子を眺めていると、その女の子は俺のほうを見上げると満面の笑みを広げた。
「やっと見つけた! あたしの勇者さま!」
「はぁ!?」
すぐさま素が出るぐらいにはびっくりした、やめてくれそういう呼び方は、やめてくれ。
後ろでは「わー姫さまー!?」と少年……スートが叫んでいる。姫様? こんな小さな女の子が? 確かに服装は装飾はすくないものの、絵にかいたようなお姫様的なドレスを着てはいるが。
オルガに助けを求める視線を向けると、「ごめん、運の悪さまではカバーできない」と謝られてしまった。
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女性はフロウラと名乗り、お礼をしたいからぜひ船のほうに来てほしいと言った。その言葉に甘えて俺たちはフロウラさんの船、風船という移動拠点にお邪魔することになった。風船は長距離移動する人たちの拠点として使われているものらしい、とても幻想的な話だ。
安藤は先に風船の修繕の手伝いに走っているようで、オルガもそれを手伝ってくると先に行ってしまった。
「私たちは旅団アスタリスク、各地で公演をしながら旅をしているの」
「公演、ですか?」
「アスタリスクはサーカス旅団なんだ、結構有名なんだよ! でも、敵に襲われることも結構多くて……」
「そういうものなのか?」
「うん、僕たち訳ありでさ。ちょっとだけ狙われやすい種族なんだって」
団長さんの仕事が落ち着くまでフロウラさんとスートとで風船の中を見て回る。フロウラさんはアスタリスク・サーカスの歌姫だそうで、スートはその身の回りのお手伝いをしたり雑用とかで走り回ったりして生活をしているのだと聞く。
種族に関してはよくわからないが、よくよく見てみればフロウラさんもスートも、透き通ったようなきれいな髪をしている。おおよそ普通の髪の色ではない。それが特徴か原因は分からないが、たまに襲撃を受けて仲間を連れ去られかけることもあるのだそうだ。
でも、サーカスの中の雰囲気はかなり良い印象がある。
漂う靄は襲撃の後ということもあって悲しみや疲れの寒気がするが、それを覆い包むように暖かな……いうなれば人情とか、家族とか、そういう類の感情が船の全体に染み渡っている。その空気には俺も思わず気が緩んでしまうぐらいだ。
きっとここの人たちはいい人、というのが多いのだろう。
「それで……キミはいつまでひっついてくるんだ」
ここまでズルズルとひきずってはいるものの、俺の背に抱き着いたまま一向に離れようとしない謎の姫様。
これ、一体どうしたらいいんだろう。フロウラさんに聞いても流石にどうしたらいいかまでは分からないらしい、とりあえずもうだいぶ背中が痛いから離れてほしいのだが、なかなか頑なな根性をしているらしい。
「もう逃がさないもん」
「いやあのね、そうじゃなくてね」
姫様はぷくーっと頬を膨らませそっぽ向く。キミの腕力凄いね。
どうしたものかなぁと悩んでいると、修繕中の船の壁の前で安藤が青い髪をした青年となにか話している様子が見えた。
此方が声かけるよりも早く、向こうはこっちに気が付いたようで此方に歩いてくる。相変わらず大して変わった様子もない、が、修繕の手伝いをするためかいつもの暑苦しい外套とコートは外したらしい。随分こざっぱりした服装に代わっていた。
「上手くやったみたいだな。で、それは」
「俺もよく分からない」
安藤は「あー」と軽く掌を額に当てて、まーじかーと完全の素のぼやきをこぼす。
小首をかしげていると、先ほどまで安藤と話していた青い髪の青年が近寄ってきては会話に入ってきた。
「姫さん、やっぱりそこにいたか」
「いいでしょセージュ! ようやく見つけたんだもん!」
知り合いらしい。ついでに何だか微妙な顔をしている安藤に青年と知り合いなのか聞いてみると、「上司」だと帰ってくる。
にしても。姫様はまぁ、よくわからないとしても。青年のほうにはどうにも見覚えがあった、記憶のほうがすこしぼんやりしていてちゃんと思い出せないが、どこかであっただろうか、あったとしたらどこで? 思い出せない。
「子守りをさせてしまったみたいでごめん、勇者君」
「え、えっと……」
「冗談だよ。キミがチカくんだよね、話には聞いてるよ。うちの姫さんが厄介掛けたね、ほら、姫さん。チカくんが困っているから少し離れてあげてください、
逃げませんから」
青年がそう姫様をなだめると、姫様はしぶしぶといった風にようやく手を放してくれた。若干涙目になっているのが少しかわいそうで、「逃げないから、そうむくれないで」と声をかけると姫様は満足したようでまたひっつこうとしたが、一歩手前でこらえてくれた。
「僕はセージュ。セージュ=アーベルジュ・カムラン、まぁ……ちょっと訳ありでね。この旅団に世話になっているんだ。姫さんと一緒にね。姫さん、挨拶挨拶」
「言われなくてもやるって! あ、あたしはアンジュ・ラン=アルテマ! アルテマのお姫様なんだからね!」
あ、これは確かに運がないわ。
頭を抱えるのも仕方がない不運は、まだまだ続くらしい。