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卵割りタイムアタック

「師匠、効率ってなんでしょうね?」

「そうじゃのう。頭を使って、頭を使わんことじゃな」

「なるほど、難しいですね」


 視界に映る三本の矢。

 無意識のまま両腕が動き、交差する軌道へと弓弦を弾く。

 飛んで来た矢は、僕の放った矢と相殺されて地面に進路を変えた。


「最善手というのは、まぐれからは生まれはせん」


 それぞれの矢の影に潜んでいた三本の矢が、浮かび上がるように僕の足元へ近付く。 

 極眼ホークアイが、それを間際で察知する。

 新たに矢をつがえ、ぎりぎりで食い止めた。


「知恵を絞ってこそ、見合った答えが得られるもんじゃて」

「……知恵ですか。どうやったらそんな知恵がつくんです?」


 ――上か。

 風切り音に空を仰ぐ。

 弧を描いて落ちてくるのは六本。


 ここでばら撒くバラージと、次の師匠の一手を捌ききれない。

 ぎりぎりまで引きつけて、少ない矢数で対処するしかないか。

 

「そうじゃのう。ふむふむ…………」


 勿体ぶるように師匠は答えを焦らしてきた。

 しばしの沈黙のなかに、僕は違う答えを見つける。


 師匠の弓弦の音が止まっている――ということは。


 十二本の矢を咄嗟に撃ち放つ。

 曲射を囮にした無拍子・五連射サイレントペンタショット――師匠の切り札だ。


 案の定、五本の矢がすぐそこまで迫っていた。

 静か過ぎることが、逆にこの技の存在を知らしめる。

 というか、知らないとマジで分かんないって、これ。ここまで気配が消せるものなのか。


 辛うじて頭上の六本と目前の五本に矢を合わせながら、残った一本を牽制に回す。


「糞っ、気付いたか」


 ちょっと悔しそうな師匠の声に、少しだけ鼻が持ち上がる。


「知恵が欲しけりゃ、物事をよく見るこったな。それで分かる奴には十分、分かる」

 

 師匠の弓が持ち上がり、僕の放った矢がくるりと絡め捕られた。

 そのまま矢は弓弦にするりと落ち込み、ギュッと引っ張られて主の方へ向き直る。



「じゃから、褒美に見せてやるわ。目に焼き付けておけ……死んだらすまんが」



 師匠が足幅を広げ、腰をやや落とす見たことのない構えを取る。

 腕が奇妙にねじれ、ギュリギュリと弓が歪に引き絞られていく。


 まずい。

 凄く痛そうなのが来そうだ。


 まだ力が戻っていない体に鞭打って、僕も必死に矢をつがえる。

 この状況じゃ、選択肢は一つしかない。



 見極めて仕留めるクリティカルアローしかない。


 

 轟と師匠の弓が震えた。

 速い。 

 が、極眼ホークアイなら何とか捉えられる。


 限界までなんとか絞れた弓を、懸命に持ち上げて照準を定める。

 極致の一点を見定めた僕の身体が、独りでに動き最上の一矢を生み出した。


 飛来する矢を、僕の矢が完璧に迎撃する。

 同じ弓で同じ矢だ。威力はそう極端に変わらないはず――。



 真正面から当たった僕の矢は、空中で撃ち砕かれて綺麗に四散した。


  

 師匠の矢は、勢いを全く緩めず僕の胸当てにぶち当たる。

 そのまま胸当てを突き抜いた矢は、僕の体をついでのように貫通した。


 滅茶苦茶に痛い。

 一瞬で思考が霧散するのが分かる。

 何も考えられずに朦朧としていると、治癒士ヒーラーのお姉さんが息せき切って駆け寄ってくるのが見えた。


 

 ちらりと師匠に視線を移すと、片手を上げてごめんねって顔をしていた。

 

 

   ▲▽▲▽▲



「それで大丈夫だったんですか?」

「うん、流石に心臓は外してくれたっぽいよ」

 

 装備の再確認をしつつ、心配そうな顔で尋ねてくるキッシェに頷いて見せる。

 留め具に緩みはないし、靴紐も結び直したばかりだ。


「話を聞いてると凄く面白そうですね。矢で撃ち合いする稽古なんて」

「傍で見てるなら、楽しいかもね」


 確かにギャラリーが、訓練所に入りきれないほど居たしな。

 あんな大勢の前で死にかけたのは、とても恥ずかしい思い出だ。


 ちょっと気分が盛り下がったお返しに、両手斧に機嫌よく砥石を当てていたリンに、毒々しい模様の乾燥茸を手渡す。

 少女の表情が一瞬で、げんなりした顔に変わるさまを意地悪く楽しむ。


 安価な興奮剤である勇み茸は、見た目通りにとても不味い。

 舌の痺れが酷いと、リンが散々愚痴ってた。


「…………ところで知恵はついたの? 兄ちゃん」

「むりむり。そんな簡単に奥義が盗めたら苦労しないよ」

「…………そっか残念だね」

「でも師匠の言ってたことは、少し分かった気がするよ」 


 『集中コンセントレーション』の呪紋を掛けてくれる少女に、僕はにやりと笑ってみせた。

 転んでもちゃんと躓いた石の場所を覚えてから、巻き戻せロードるのが僕の良いところだ。


 奥義は無理でも、それなりに得るものはあった。

 詰まるところ頭を使って、頭を使わないって比喩は、方法や手段を考える時は知恵を絞って、実行に移す時は没頭するほど集中しろってことだと思う。

 そのためにもきっちりと、前準備を整えておいた。


「旦那様……その、導師マスターの御病気のお話は……」

「ああ、それだけど初階天使ロウエンジェルの癒やしくらいじゃ、効果なかったって」

「もう試してらしたんですね」


 水壁ウォーターウォールを宙に浮かべながら、キッシェが残念そうに呟く。

 以前の試行錯誤で、キッシェの作った熱湯がリンに掛かって火傷した事件があったが、実はあれには続きがある。


 卵天使が殻を再生した際に、側に居たリンの火傷も治してくれたのだ。

 流石、慈悲深き創世神の御使い様。


 殻が光って回復するタイミングで近くにいると、こちらの怪我や状態異常も無料で治療されてしまう。

 それを利用して、ロウン師匠の奥方ラギギ様の黒腐りの病を治せないかと考えたのだが、そう簡単に行くものではなかった。


 まあその代わり、僕の考えた作戦は上手くいきそうだ。

 

 かなり前に持ち歩いていた消耗型魔法具である勇気の粉だが、あれはやはり使用し過ぎると問題が起きるらしい。

 疲労が溜まりやすくなったり、喉が異常に乾いたり、酷くなると幻覚症状まででると受付嬢のリリさんに教えられた。


 まあ強精薬スタミナポーション程度でも飲み過ぎると、身体がおかしくなるしね。


 だがそのデメリットを、治してくれるモンスターが居たらどうだろう。

 そう、飲み放題だ。


 とはいっても粉シリーズは結構な値段がするので、効果が消されまくるリンは安い方の興奮キノコだ。

 僕の方は勇気と剛腕と敏速の三種類の粉を使って、時間ギリギリに治してもらうのを予定している。

 

 水と一緒に粉薬を飲み込んでドーピングを済ませた僕は、最後にミミ子の尻尾に触って気持ちを少し落ち着ける。


「いくよ」

「はい」

「いつでもどうぞ!」

「…………頑張ってね」

「すやすや」


 隠し通路第三の番人部屋、卵割りタイムアタックの始まりだ。


 

   ▲▽▲▽▲



 ここから先は、頭を空にしてひたすら機械的に動作を繰り返すだけだ。

 多分、文字で起こすとこんな感じだろう。



 ナナシはばら撒き撃ち改(バラージ2)を放った→32ダメージ。

 リンは勇み茸を使用した→リンの攻撃力微上昇、防御力下降。

 ナナシは弓を構え、天使に矢を放った→2ダメージ。

 ナナシは三々弾トライバーストを放った→18ダメージ。

 天使が癒やしの波動を使った→すべての傷が回復する。 

 ナナシは強精薬スタミナポーションを使用した→ナナシのスタミナが大きく回復。

 キッシェはばら撒き撃ちバラージを放った→3ダメージ。

 リンは回転斬スイングブレードを放った→12ダメージ。 

 ナナシは弓を構え、天使に矢を放った→クリティカル! 3ダメージ。


 

 うん、もう良いか。

 規則正しく体を動かしながらも、頭の一部がどうでも良いことをつらつらと考え続ける。 


 三々弾トライバーストは、効率を突き詰めた結果、編み出された新技能だ。

 ばら撒き撃ち改(バラージ2)だと矢が多すぎて体に掛かる負担が重い。じゃあ数を一気に減らして三本にしよう。

 四連射クワッドショットだと腕がすぐに動かないや。じゃあ三連射トライショットでいいか。


 これを組み合わせたのが同時三矢の三連射。計九矢を撃ち込む五月雨撃ちレインアローの簡易バージョンだ。

 ヒントは治療院の下位の秘跡を組み合わせて、上位秘跡に劣らない効果を発揮していた光景から得た。


 三々弾トライバーストの素晴らしい点はコストパフォーマンスの良さだ。

 負担が軽いので、再使用時間クールタイムが非常に短い。

 さらに矢数が少ないので、使い分けることも可能となった。


 具体的にはこんな風だ。

 三本の毒矢ポイズンアローが、殻の上に腐敗毒をぶちまける。

 そこにすかさず黒骨の矢ブラックボーンアロー三本が火を吹いて突き刺さる。

 止めとばかりに三本の鏑矢ワスプアローが衝撃を追加する。


 通常射撃に三々弾トライバーストを織り交ぜながら、ひたすらにダメージを突き詰めていく。


 モルムが高らかに鳴らした警笛が、残り時間一分を切ったことを告げる。

 すでに天使の回復の回数は二桁を超えており、卵の殻は忙しく明滅を繰り返している。


 僕の方も粉の影響か、血管がどくどくと脈打ち視界が少し霞がかる有り様だ。

 もっともこの霞は薬の影響だけではなく、実際に部屋の中には霧がゆるやかに漂っていた。


 キッシェとミミ子が、力を合わせて生み出したミストシャワーの冷却効果は抜群だった。

 おかげで四分間の連続攻撃の後でも、息切れは殆どない。

 卵に近づいて、ドーピング効果を副作用ごと消し去ってもらった僕は、強精薬スタミナポーションを再度飲み干す。


 止めはもう決まっていた。


 物言わぬ真っ白な卵から数歩さがる。

 息を整えその後は何も考えずに、身体の動きに従う。



 ――五月雨撃ちレインアロー



 雨あられと降り注ぐ矢を受けて、初階天使ロウエンジェルはブルブルと震えたあと、殻を飛び散らせて消滅した。



貫穿ぬきうがち―ロウン師匠の秘技。回転×スピード×体重=破壊力理論

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