四層たぶん最後の隠し通路
「………………金貨50枚……ですか」
「はい」
リリさんのにこやかな笑顔を見る限り、嘘や冗談ではないようだ。
「本当に50枚です?」
「はい。どうかされましたか?」
疑いが顔に出てしまったのか、僕の素振りにリリさんは小首を傾げ軽くまばたきする。
長い睫毛が揺れるさまに少しときめきながら、もう一度だけ確認してみる。
「査定が間違ってたりしません?」
「いいえ。お持ち帰りの魔法具『天使の卵片(小)』、買取査定額金貨50枚で間違いありませんよ」
初階天使が消えた後に、残されていた真っ白な殻の欠片。
ピカピカと光ってはいたがゴミと大差ないソレが、こんな高価だったとは。
危うく踏み潰して、なかったことにするところだったよ!
流石にこの短期間で、魔法具持ち帰り過ぎは不味いかなって。
見た目もただの光っている卵の殻だし、そんな大したモノじゃないかなと。
だが同じように見た目がいまいちだった悪魔の指でさえ、金貨5枚という驚きの値段だったのだ。
価値がなければ巻き戻して、拾わなかったことにすればいいかと思って、査定に持ち込んだのだが……。
モンスターを見掛けで判断するなという教えが、ドロップアイテムにまで通用するとは。
迷宮は本当に奥が深い。
大金をふいにせずすんだのは幸運だったが、なぜか理不尽な怒りがこみあげてくる。
金貨といえば僕の買った家の値段が7枚だった。あと六軒も買えるじゃないか。
ミミ子なんて12枚だ。あんな殻がミミ子四人より高いなんてあり得ない。
そもそもうちの可愛いミミ子に、値段なんてつけられるか!
あと僕の大事な相棒の赤弓と、同じ値段なのも気に入らない。たかが卵の破片の癖に!
「それでどうされますか?」
柔らかなリリさんの声に、慌てて正気に戻る。
無意味に怒ってる場合じゃなかった。
「すみません。どうしてそんなに高いんですか?」
「分かりません」
「えっ?」
「私の職員レベルでは、この天使の卵片という名前と査定金額しか閲覧出来ないんです」
この異常な買取額に情報の秘匿か。
よっぽどの使い道があるんだな。
しかもそれを教えず買い取ろうなんて、相変わらず迷宮組合もえげつない。
「ちょっと考えさせて頂けますか」
「はい、分かりました」
リリさんがてきぱきと持ち越しの書類を仕上げてくれたので、預かり証に署名する。
仕事の話が一区切り付いた途端、リリさんのにこにこ顔が急に曇った。
上目づかいで僕の顔を覗き込みながら、少しトーンを落とした声で話しかけて来る。
「その……訓練所で、大変だったと聞きました」
「あら、噂になってましたか」
「胸に矢が当たって突き抜けたって聞いて……私、とっても心配したんですよ」
そのままリリさんは手を伸ばし、僕の胸にそっと手を触れる。
優しく触れられた指先からは、リリさんの気遣う気持ちが暖かく伝わってきた。
彼女の手を握り返した僕は、出来るだけさりげなさを装って決意を述べる。
僕にもちょっとくらいは意地がある。
「近い内に頑張って、リベンジしてみせますよ」
「もうっ………無茶は駄目ですよ」
そう言いながらリリさんは、いつもの笑顔を魅せてくれた。
▲▽▲▽▲
「御使い様の聖片ですか。そのお値段だと、少々安い気もしますね。はい、どうぞ」
夕食後の居間。
僕はメイハさんに膝枕をして貰いながら、ソファーに横になってデザートを味わっていた。
あーんと口を開けると、スプーンに乗った白蜜桃のシロップ漬けを優しく食べさせてくれる。
うん、とっても甘い。
師匠との稽古で重傷を負ったばかりなので、皆さんが甘やかしてくれるのだ。
「そうなんですか? やっぱり見た目は関係ないんですね」
「御使い様は魂のみの存在で創世の門を守っておいでなのですが、こちらに来る際にその祈力と引き換えに受肉されます」
「わざわざ卵に変わるんですか?」
「聖なる御姿です!」
少しだけむっとした顔になるメイハさん。
新鮮すぎて思わず、もっちりした太腿に顔を埋めてすりすりしてしまう。
「もう、くすぐったいです。やめて下さい」
お返しなのか、僕のつむじに指をあててぐりぐりしてくる。
そんな仕草も可愛いらしい。いや、美人がするなら、どんな仕草も許してしまう気がする。
「つまり聖片には、祈力が残っているってことですね」
「ええ。そしてその祈りの力は、正式な手順を踏めば誰でも恩恵を賜ることが出来ます」
「え、それって凄くないですか?」
以前、聞いた話だが、祈力は神殿にお布施や奉仕労働をしないと一切回復しない。
しかも奉納自体は、一日に一度までと決まっている。
治癒士が、回復できる量には上限があるのだ。
だがそれ以外の方法で祈力が戻るなら、ルールをかいくぐることが出来る。
なるほど……ピンチの時に使える霊薬といった感じか。
だがいくら咄嗟の回復に使えるとはいっても、金貨50枚は多すぎないかな。
僕なら使うのに、かなり決心が要る気がする。
まあ誰にでも使えるのなら――誰でも!?
「誰でも使える?!」
「きゃっ! もう急に動かないで」
「ごめんなさい。それでさっきの――」
「ええ、誰でも祈力を得ることが出来ますよ。選ばれてない方でも」
創世の母に選ばれし者。
祈力を生まれながらにして持つ女性は、そう呼ばれている。
才能と同じく生まれつきで素質の有無が決まり、血統を外れるほどに選ばれる可能性は限りなく減っていく。
ゆえに治癒士は、尊重され子沢山であることが奨励される。
また上位叙階になると、王族の血筋に迎えられることもあるとか。
そりゃ優生思想に傾くのも頷ける。
だが誰でも使えるようになると、その前提が崩れてしまう。
「不味いんじゃないですか?」
「いえ、そんな大袈裟な話ではないですよ」
「ああ、祈力を使うとそれっきりとか?」
「ちゃんと神殿に奉納すれば、回復しますよ。ただそれだけなんです」
どうも素質のない人が聖片を使って祈力を得た場合、それ以上の成長がないのが殆どらしい。
なので授かる秘跡も下位叙階の回生が精々で、治傷まで行けたら御の字だとか。
いや回生が使えるだけでも、すごく便利だとは思うのだけど。
「稀に隠れた素質があった時は、切っ掛けになって目覚めることもあるんですが」
「それでしたら、あの値段も頷けますね」
「聖片は地方の町や村の方が、買い求める場合が多いそうですよ」
治癒士さんもそんなに居る訳ではないので、各町や村に治療院を開くのも難しい。
なので卵の欠片で強引に、人造の治癒士を作り出すのだとか。
もっとも流石にその辺りは、大っぴらにできないらしいが。
この話もここだけのもので、僕も外で話す気は毛頭ない。
何はともあれ、これでかなりの戦力増強になる気がする。
回数限定とはいえ、効果が強力で副作用もない強精薬だと思うとかなり頼もしい。
あ。
僕の小隊メンバーは無理か。みんな、その……済んじゃってるし。
急に気が抜ける。
察してくれたのかメイハさんは黙ったまま、僕の頭をゆっくりと撫でてくれた。
「話は終わったか? 剥けたぞ、主殿」
ぐいっと引き起こされた僕の体が、反対側に座っていたニニさんの太腿に引っ張り込まれる。
メイハさんとは違いニニさんの腿は張りがあり過ぎて、僕の頭が軽く何度か弾む。
「ほら、あーん」
先程からニニさんが無言で取り組んでいたのは、どうも林檎の皮むきだったらしい。
冬場に採れる小ぶりな雪林檎という品種は、甘味が少なくとても酸っぱい。
しゃりしゃりと林檎を噛み締めると、強い酸味が口の中に広がっていく。
おもわず唇をすぼめると、勘違いしたのかニニさんがそっと唇を重ねて来た。
「それで、私に訊きたいこととはなんだ?」
唇を離した後にうっすらと頬を染めて、ぶっきら棒な口調になるニニさん。
なんだかグイグイと、攻め込まれているような気がしてくる。
「えっと、なんだっけ……そう、鏡だ」
「鏡?」
「次の通路が、全面鏡張りだったんです」
卵が消えたあとに当然だが、隠し通路の様子は確認済みだ。
両手斧で殴っても傷一つ付かない謎の素材で出来た壁は、曇りが全くない綺麗な鏡面仕立てになっていた。
壁だけでなく床や天井も鏡張りのため、無限に空間が広がっているような錯覚を受ける。
正直、遊園地にありそうなこの通路が、護法とどう関わりがあるのかさっぱり予想がつかなかった。
せめて注意点の手掛かりでもと思っていたのだが……。
「鏡とは己を律する指標だな」
「はい」
「だからよく見て、気を付ける必要がある」
「はい」
「身だしなみを整えることは、最低限の礼儀だからな」
……。
…………。
………………。
「え?」
「うん?」
「それだけですか?」
「他に鏡の使い道があるのか?」
当たり前のことを、普通に語られてもどうしようもない。
なんだか理不尽な気持ちになったので、ニニさんに八つ当たりしておく。
「ニニさんの役立たずー」
ついでにおへそ目掛けて、頭突きもしておく。
鍛え上げた腹筋が、たやすく僕の頭を弾き返す感触がなんだかとても気持ち良い。
「こら、オイタするな」
最後はお腹に鼻を埋めてくんくんしていたら、ニニさんにデコピンされてしまった。
雪林檎―白い斑点模様が雪のようなので名付けられた




