終章 瞬く地上のポラリス達―――-123:00:00
廊下からの慌ただしい足音に、私はクローゼット内の埴輪車掌を愛でるのを止めた。襟の右側へ衛兵とのツーショット、左側へ出発前の集合写真を引っ掛け、扉を閉める。その数秒後、
コンコン!「クラン、入るぞ!」「どうぞ」ガチャッ!
乱れた呼吸を整えながら、皇太子は爽やかな(少なくとも本人的には)笑顔で一通の茶封筒を差し出した。どうやらダイレクトメールのようだ。差出人は、
「劇団スターリットスカイ、だとさ。聞いた事無いな。興行の打診か何かか?」
封を切り、ざっと手紙に目を走らせる。
「ううん。今度探偵業も始めたので、御用があればどうぞ、だって」
「あっはは!そいつは傑作だ!!」
何が可笑しいのかお腹を抱えるレイ。
「クオルにはもうクランって言う、超有能な女名探偵がいるんだ。残念だがそいつ等、切手を一枚無駄遣いしたな」
言葉を無視し、別に封入されていた薄桃色の便箋を黙読し始める。
―――クラン、元気にしている?お陰さまで私は毎日忙しいわ。下手すると殺人計画を実行していた頃よりずっとね。
五日前に別れた旧友の声が聞こえてきそうなぐらい、文章は感情豊かだった。夫の世話の合間に綴ったのか、端には石鹸の匂いがする水跡が一つ。
―――安楽椅子とは言え、この年で探偵デビューなんて可笑しいでしょ?でもうちの劇団は、何て書けばいいか……とにかく『魔人眼』すら霞んでしまう程個性的な子ばかりなの。私が言うのも変な話だけど、キム達もよくあれだけ社会不適合者を集めたものだわ。
続く物騒な文言に背筋を冷たくし、この劇団には金輪際関わらないぞと固く固く誓う。
『まあ、積極的な方。ですけど会っていきなり接吻なんて紳士的じゃないわ。それに夫は良識人の上に肝の小さい人だから、生きていたらショックで三日は寝込んでいる所よ?』
『わー、わー!!』
『発狂する気持ちは分かるけどグランダ、取り敢えず落ち着いて!』
『ああ、これは御無礼を。あなたのようなウィットに富んだ女性は、妻に続いて二人目です』じゅるり。『是非御亭主共々友人になって下さい。いえ、叶うなら師と呼ばせて頂きたい』
『その前に手前、父さんに土下座して謝れ!舌入ってただろ今絶対!?謝罪しねえと手前、その腐った脳髄ごと頭吹っ飛ばすぞ!!』
『どうぞやっちゃって、新作のネタにするから。にしても惚れ惚れする程素晴らしい技術ですね。最早芸術作品の域だわ』
『お母さんまでそんなぁ……』
大方そんな所か。何にせよ、本人達が楽しければオールOK。
―――そう言う訳だからクラン。仮令ディーさんの件でも、この番号へだけは電話しない事をお勧めするわ。彼等はとにかく『やり過ぎる』もの。幾ら神様だからって、あなたのお兄さんが敵う集団じゃない。それに―――
数行開け、最後の一文はポツンと気持ち小さな文字で書かれていた。
―――もうじき『その時』が来るんでしょう?
「―――ありがと、レイ。もう戻っていいよ」
私の一言に、好奇心丸出しで乙女の部屋を眺めていた皇太子はハッ!我に返る。
「あ、ああ。そうだ、練習前に集まった連中で麻雀やっているんだが、クランもどうだ?」
「んー……止めとく。もう少しのんびりしていたいし」
「そ、そうか……まぁあんな散々な旅行の後だし、まだ疲れてるよな。分かった」
引っ掛かる言い方をし、名残惜しそうな視線を向けながら出て行く。数十秒後。控えめなノックと共に、頼んであった薪を手に衛兵が入って来た。
「ありがと。待たされてたの?」
「ええ。手紙も横からいきなり強奪されて、いたたた……」
薪束を暖炉横へ置き、打ち付けた腰を押さえながら呻く。
「その手紙、ベアトリーチェさんからですよね?」
「うん。よく分かったね」
「宛名が女王様でしたから。お元気にしていますか?」
「充実した老後みたいだよ。今の所連合政府の手も及んでないようだし」
「那美さんが聞けば憤慨するでしょうけどね……良かった」
あの後、本物の政府員達が大挙して現れ、騙されたと悟った那美とおじさんはひたすら事情説明。ラントも携帯でシャバムにいる曽祖父へ成り行きを話していた。
かく言う私達も纏めて駅舎前のカフェへ案内され、リリアが見守る前で事情聴取を受けた。そんな中、本物のKKだけは一足早く部員達に引き摺られて退場。肝心の列車にはまだ一歩も乗っていないのに、可哀相な学生さんだ。
―――いいですか、クラン。もしベアトリーチェ・ニーから連絡があったら、すぐに私へ連絡するんですよ?まさか外にも協力者がいたなんて……今度会ったら絶対逃がしません!
あの様子では当分、環紗に住む犯罪者達は枕を高くして眠れないだろう。ま、罪状に対する理不尽な怪我が増えるのはともかく、検挙率が高いに越した事は無い。
再度クローゼットを開き、埴輪車掌の腹ポケットに手紙を収める。一方収められていた写真は顔の真正面、襟口の中央にディスプレイした―――良し。
「ところで下は随分大盛り上がりみたいだね」
「当たり前ですよ。何せ仁義無き賭け麻雀ですから……はぁ」
溜息。
「その様子だと、損したのはレイだけじゃなさそうだね。え、もしかしてアス」
「やってませんよ僕は。と言うか、御存知なら早く助けて下さい!赤毛の四天使様が突然胴元を名乗り、部下の彼女を使って皆さんからお金を巻き上げているんです!あの方途轍も無く強くて、セミアさんですら一巡終えないままやられてしまいました」
ほう、それは意外な才能だ。人は見かけによらない、と無意識に片眉が上がる。
「って事は、まだ誰も勝ててない訳?」
「ええ。レイさんがさっき牌から卓まで全部調べましたが、イカサマは発見出来ませんでした。横で見ていた僕の心証から言っても、彼女は恐らく普通に巧い人です」
パシッ!空中で牌を叩き付けるジェスチャーを行う。
「戦闘経験が豊富なようですから多分相手の眼力や呼吸、所謂気配で安牌と危険牌を判断しているのでしょう。おまけに切る時もこう、いちいち凄い殺気で」
「常時プレッシャーが掛けられた状態、と。それは強敵だね」
肩を竦めると、衛兵はベッドに丸めてあったカーディガンを手にした。
「―――全く、テーブルゲームの女帝と言われた私に無断でなんて良い度胸だね」
「何時付いたんですか、そんな二つ名……まあいいです。一つ宜しくお願いします、女王陛下」
毛織物を背後から羽織らされながら、クローゼットの取っ手に指を掛ける。
中央の写真にはシャンパングラスを持ち、一様にVサインする大勢の老若男女が写っていた。とりわけ愛息と伴侶、二人の鉄道乗務員や多くの劇団員に囲まれ、赤いショールを纏って乾杯する旧友は正に―――
「何処までも付いて来てよね」「何言っているんですか。お供は大広間までですよ」
―――食べちゃいたいぐらいの笑顔をした、宇宙一幸せ者のお婆ちゃんだった。




