58章 孤独なる『赤』―――21:00:00
ヘルン支部の政府員達が現場へ現れたのは予想通り、事件発生から僅か二分後。事前に先回りして到着し、警戒中の矢先の駆け付けだった。
それから現場検証と聞き取り調査を受け、約四時間半。ようやく解放された頃には正午になっていた。
―――成程な。しかし、犯人は自殺。その上、俺達の支部が遠いこの村での捜査は困難だ。今応援を要請しているが、早くても夕方になる。
―――列車内の新たに出た遺体とここは俺達に任せて、お前達はこのまま旅を続けろ。全ての捜査は明日の運行終了後、セヴォイへ到着してから行う。
そんなリーダー、スコルピオン氏の寛大過ぎる御処置に因り、無事残り約一日の行程は続行。最終出発時刻はようやく予定表に追いつき、午後二時と相成った。
外出許可も出た事だし、とっととリリア達への土産を買って、余裕があればランチも済ませてしまおう。あとは夜まで一眠り。昨日一昨日と、私にしてはいい加減夜更かしし過ぎだ。
さっきまであれ程溢れ返っていた人々は、一体全体何処へ消えたのか。市の終わった山村は閑散としていた。それでも村の数少ないショップである駅前売店には流石、朝に弱い観光客向けに様々なお土産が並んでいた。
「取り敢えず名物のリーフパイは必須だよね。あ、この革のブックカバーいいなぁ」
「大臣へはワインとして、婆さんと姉さんはどうするかな。ま、適当に甘い物でいいか」
「うーん。教室で出すなら抹茶に合う物がいいですね。となると、このミルクカステラ辺りでしょうか。相変わらず月謝滞納常習犯ばかりですからね、こちらもコスパ重視でいかないと」
「このストール、肌触りがとても気持ち良いですね。デザインはどうですか、旦那様?」
「ああ、チェック柄で色も悪くない。もしお前が着るなら、こちらの方が我輩は好きだがな」
何と言うか、至って平和な買い物風景だ。今朝、立て続けに二つも死体が出たとは思えない程皆暢気。とても私の事は言えない。
「あの、少しいいですかクランベリー」
「ん?」
保護者は平積みの菓子類を呆然と見つめつつ、溜息を吐いた。
「あぁ、別にクッキーとかでいいんじゃない?温泉でもうお饅頭は買っているんでしょ。それか」
がさごそ。手前の布製品の陳列棚を探り、臙脂色の毛糸の塊を取り出す。「こう言う実用品は?」
「手袋ですか……確かに、まだ下界はしばらく寒い時期です。練習の際も、よく御手を擦り合わせていらっしゃいますし」
感嘆しながら首肯。
「流石は主の血を分けた肉親、素晴らしいアイデアです。ありがとうございました」
「お褒めの言葉どーも。あ、ラント。こっち来て一緒に選んであげて」
自宅と職場用のリーフパイの箱を抱えた裁判官に後を任せ、一足先に外へ出る。店員から聞いた、市の売れ残りが集まる雑貨屋へ足を運ぶためだ。掘り出し物(埴輪とか埴輪とか埴輪とか)があるといいなぁ。
期待に胸高鳴らせつつ、歩く事五分。目的の店に入り、早速年齢差のあるペアを発見した。
「早いね、お二人さん」「くーん」「あ、女王様」
ストーブの効いた店内でベアトリーチェとアスが見ていたのは、時節柄目を惹かれるのだろう。既製品ではない、アルパカ毛百パーセントの防寒着。お値段もそれなりに張るが、民芸品には珍しくサイズも揃っていて親切だ。
「あったかそうだね、それ。買うの?」
「いいえ、彼と一緒に眺めていただけよ」
振り返ってにっこり。
「こんな年寄りの話し相手になってくれてありがとう、親切な衛兵さん。自由時間も余り無いし、私に構わず保護者さんのお土産を選んできなさい」
グイッ!私の腕を取る。
「後はこの怠け者な友達に付き合ってもらうから」
「分かりました。では女王様、僕はこれで」
店を出て駅前へ向かう彼を見送り、早速物色を開始。―――が、埴輪及び、それに類する物はただの一個も無かった。チッ、湿気た店だ!明日にも潰れてしまえ!!
最後の望みを何だかんだで未確認の車内販売に託し、呪いを掛けて物色終了。そこでようやく旧友の手元を見ると、彼女も同じく何も持っていなかった。
「あれ、息子さんに買って行かないの?」
「意地悪ね。分かっているでしょうに……あーあ、虚しい事この上無いわ」
溜息。
「ところでさっき彼を借りちゃったけれど、気を悪くしないでね。あの子、私が一人だったから気を遣ってくれただけなの」
「分かってるよ。こっちこそ御免ね、若い男の子との貴重なスキンシップを邪魔して」
その時ふと奥の棚に目が行き、腕を伸ばす。
「ねえ、ベアトリーチェ。これなんて良くない?」
ハンガーに掛けられた、鮮やかな赤のショールを手に尋ねる。商品POPに因るとこの地方の民芸衣装で、長寿を祝い還暦に贈られる物らしい。要するにちゃんちゃんこの類似品だ。
「折角だからプレゼントするよ。そう言えば誕生日って何時だっけ?」
「明日よ、皮肉な運命よね。それともキリが良いのかしら」
右腕の古傷を押さえ、自虐的に呟く。
「くーん?」
「心配させてごめんなさいね、ボビー。大丈夫よ」
毛並みに沿って撫で撫で。
「ただ、もうすぐこの旅も終わりなんだと思って、少し感傷的な気分になっただけ」
「ベアトリーチェ……」
言葉を失った私を、彼女は深い闇に囚われた『魔人眼』で以って眺める。
「でも慣れない気を遣ってくれてありがとうね、クラン。有り難く頂戴するわ」
「―――うん。じゃ、お会計してくるね」
そう思い詰めちゃ駄目だよ、ベアトリーチェ。だって今回に限っては―――完璧に読み間違えているんだから。
ハンガーごと胸に抱えて老齢店員のレジへと向かいながら、私は心中でそう語りかけた。




