50章 待ち伏せ―――30:15:00
「……ありゃ、先に誰かに持って行かれたみたいだね」
主が客死し、空室の二号室へ。だが目的の電気ポットは持ち出され、棚の上の空間はポッカリ空いていた。折角残りの一日余り、部屋で温かいお茶片手に過ごせると思ったのになぁ。
「勝手に証拠品持ち出して、後で那美に怒られても知らないんだから」
「現在進行形で泥棒に入っている方が仰らないで下さい。―――にしても、綺麗に片付けられていますね」
懐中電灯で室内を照らし、呟く衛兵。
「今朝殺人があったばかりとはとても思えません。車掌さんが掃除したのでしょうか?」
「元からだと思うよ。現場保存義務もあるし、必要最低限しか触っていない筈」
「それもそうですね。しかし、もう一人の『北極星』の目的は一体何なのでしょう?遺体を駅から山まで運ぶとなると、掛かった労力も相当な筈ですが」
「さあね」
『約束』を守った。そう正解を告げた所で、彼が到底理解出来るとは思えなかったので適当にはぐらかした。
用済みの二号室を出、通路を引き返す。不審な手品師も床に就いたのか、通り掛かった四号室からは何の音もしなかった。
「今度は何処へ行くおつもりですか?バーはもう閉まっていますし」
三号車に移動した所で衛兵が口を開く。
「何処って、自分の部屋に決まっているでしょ?ま、生憎直前でキャンセルしちゃったけど」
「え?―――あ!まさか女王様、埴輪車掌欲しさに自力でチケットを入手なさっていたんですか!?」
「まーね」
つくづく持つべき物は金持ちの長兄だ。伊達に長年宇宙一の大企業の会長をやっていない。『荷物』の件もあるし、今度龍商会ビルへ行ったら目一杯買い物してあげないと。
「でもキャンセル待ちがいなかったのは誤算だったね。話題の初運行だし、絶対誰か取ると思ったのに。ま、お陰でこうして待ち伏せ出来るんだけど」
「??犯人を、ですか?」
「ううん。無券乗車者」
昼まで木乃伊がいた十号室は、好都合にも鍵が開いていた。忘れたか故意かはまた別のお話。首尾良く忍び込み、家臣へベッドに変形中のソファ下へ隠れるよう指示する。素直に応じた彼は入口から見て右、私は左側に潜り込んだ。
「すぐに来て頂けると有り難いですね。身体の小さい女王様はともかく、僕はとても一時間も堪えられそうにありません」
四肢と首を目一杯縮め、懐中電灯の光を絞りながら弱音を吐く。
「大丈夫―――ほら、あそこ。何だか見覚えのある物があると思わない?」
そう言って、床に置かれた円柱形の機械を指差す。コンセントは刺されたまま。湯の流出口上のランプが赤色の所を見るに、セッティングしたのはほんの十数分前だろう。と、瞬きした瞬間に緑へと変わった。沸騰完了だ。
「ええ……でもまさか二号室から、無人のこの部屋へ運ばれたとは誰も思いませんよね」
ガタンッ!もぞもぞ……。
「真夜中に、しかもここまで窮屈な思いをして会いに来たんです。あれで是非お茶の一杯ぐらい淹れて欲しい所ですね」
「賛成」
ガタンゴトン、ガタンゴトン……訪れた静寂に車輪の心地良い音が満ち、ついうとうとしかけた時、
「―――あの、女王様」「ん?」
闇の中、衛兵が唇を舐める気配がした。
「あなたが一昨日、那美さんへ犯人を教えなかったのはもしかして―――庇っておいでだから、ですか?」
聞いて最初の吐息は、自分でも驚く程重々しかった。
「もしそうだとしたら、軽蔑する?」
「まさか。僕はただの囚人です。恩義ある主人を嘲る権利などありません。ですが」
「あと三十時間と少し、かな」
サイドテーブルの時計を確認するまでもない。旅が始まってからずっと、私は巻き戻せない時を敢えて意識せざるを得ない状態なのだから。
「―――楽しもうよ、アス。皆でこんな豪華列車に乗って旅行なんて、きっともう二度と無いもの」
らしくない台詞に、そうですね、確かに、彼は慎ましやかに首肯。直後、ベッドの真上から目的の気配が現れた。




