3章 旅路への誘い―――92:00:00
「あーあ、またクランちゃんの一人勝ち」
ポットに残った温い紅茶をカップに注ぎつつ、宮廷魔術師は苦笑。
「セミアちゃんの言う通り、本当に何でも強いんだねぇ。腕試しに大会でも出てみたらどうだい?」
「見た目通りの平和主義者だからね、遠慮しとくよ。あ、リオウ大臣」
イスラが出て行ったのと反対のドアが開き、額の広い中年男性が入って来る。カードの散乱したテーブルを見、今日は大富豪ですかな?そう尋ねた。
「御明察。大臣も混じるかい?」
「済まないが止めておく」
私を見て首を横に振る。失礼な家臣だ、プンプン。
「ところで昼食はまだか?」
「うん、セミア待ちだよ。出版社に原稿を届けるついでに、皆に美味しいドーナツ買って来てくれるってさ」
「ほう」酒も甘味も好物なオッサンの、年齢で弛んだ頬が一層緩む。「そう言う事なら、もうしばらく我慢しよう」
「でしたら代わりにコーヒーでも如何ですか?お二人も」
衛兵の気の利く提案に、三人揃って首肯する。
「じゃあ淹れるまで、軽くポーカーでも如何?」にこっ。「カードでは一番苦手だから、ひょっとすると勝てるかもよ」
「以前同じように仰った将棋で、段持ちの私は十連敗させられましたがね」
そう失笑しつつも、小国の重鎮は老婆の隣席へ座る。新たなゲーム開始のため、私は散らばったトランプを集めてシャッフル。
「不正防止に二人も切っとく?」
「そうさせてもらおうかねぇ。ところでクランちゃんはカードを全部覚えているのかい?」
シャッシャッ。
「まさか。そう言う暗記系のイカサマは、私よりセミアの得意分野だよ」
長く古書を見、様々な紙に触れてきたせいだろう。あの子は僅かな折れ目や傷に敏感だ。実際、今使用しているトランプの半分近くは、裏を見ただけでどのカードか分かっている節がある(しかし勝てた試しは無い)。
テーブルシャッフルを三回した後、老婆は数十年来の同僚へカードの山を手渡す。大臣は用心深げにペラペラ捲った後、玄人ばりのシャッフルばかり三種類繰り出した。
「へえ、巧いね」
「昔、趣味でマジックを齧っていたので。尤も、腕前は前女王の方が巧かったがな」
「シスカが?まぁ彼女、手先器用そうだったしね」
故人を思い出したのか、宮廷魔術師がにこにこ回想する。
「何でも旅費を稼ぐために覚えたらしいよ。小さい頃から頑張り屋さんだったから、きっと毎日一生懸命練習したんだろうねぇ」
「そうですな。こう雪が深々と積もって出掛けられない日は、よくこの広間でカードマジックを披露していたものだ……色々あってすっかり忘れていたが、葬儀からまだ半年も経っていないんだな……」
しんみりしつつ、リオウ大臣は切り終わったカードを私へ返す。
「感謝するぞ、クランベリー女王。皇女達や私達が落ち込まないでいられるのは、ひとえに」
「止めてよ、湿っぽい。さ、ゲームを始めるよ」
せわしない足音が聞こえてきたのは、さあカードを配ろうと言う時だ。
バタンッ!「あ、おかえり」「ただいま。じゃなくて二人共、準備して!!」
丁度コーヒーの乗ったトレー持参で帰還したアスが?顔をすると、義妹は一メートル近い長い脚で地団駄を踏む。その拍子に抱えたドーナツの袋と、下の無駄に巨大な乳がぷるぷる震えた。
「あのね、取り敢えず主語を入れて。で、何?」
「四人で取材旅行に行くよ!出発は明日の昼だから!!」
鼻息荒いセミアの手には、星空を模した紺色の紙片が握り締められていた。金箔で『トワイライト・スターレイン号乗車券』と印字された―――それはそれは素敵な連続殺人旅行へのチケットを。




