31章 再出発―――58:00:00
プシュー……ゴッ、ゴッ、ゴゴゴゴゴ―――!「う、動いた!?」「何でだ!!?」
数時間振りの震動に、私とコックを除く五人が一斉に展望窓へ駆け寄った。その間にもグングン遠ざかる樹々の影。同時に山々で隠れていた星空が頭上へと広がっていく。
「やっぱ動かしたのか……で、あんただけは驚かないんだな。その様子だと、二通目の中身もお見通しって訳か?」
「ああ、車掌さんの子供達が誘拐されてた件?」
バッ!一斉に振り返る十の眼。
「殺されたくなければ予定通りにスターレイン号を運行させ、定刻までに終点セヴォイまで行け―――捜査官が那美でラッキーだったね。他の政府員や警察官だったら、確実に小より大を取ってたよ」
「俺もそう思う。あの人には可哀相だが、こっちだって既に死人が出ている。普通に考えれば運行は中止だ」
痛ましげに頭を横にした彼へ、私は告げる。
「でもさ、どちらにも『捜査機関へ行方不明者の捜索を依頼するな』とは書かれていなかったんでしょ?」にいっ。「車掌さんへの電話でも、多分言ってない筈だよ」
「た、確かに……犯人が単に書き忘れたのか?それとも」
目的とは関係無い些末事か。
「にしても大発見だ!早速宝さん達へ教えて」バタンッ!!「クラン!!!」
ドアを蹴破ったアルバイターは私を名指しし、今にも胸倉を掴みかねない様子で詰め寄った。纏ったオーラは既にレッドゾーン、本気でヤバい。
「どうしたの那美、ひょっとして更年期?」
「巫山戯ないで下さい!あなたの事ですから、今更状況説明なんて要りませんよね!?」
「『連合政府は誘拐犯の脅迫に屈し、可愛い二人の子供の命を優先する事にしました。つきまして今夜拾得の木乃伊の件は、終点まで極秘扱いをお願いちょ』だって?」
「私はそんな変な語尾使いません!!」
「げ。嘘でしょ、那美?副車掌さんと旦那さんがまだ見つかっていないのに出発しちゃうの?」
「セミア君の言う通りだぞ、宝君。きちんとあの人に相談したのか?」
先輩の指摘に、当たり前です、うちのボス(笑)じゃ頼りになりませんから、遅れて現れた本人を前に堂々とのたまう。
「おい小娘」
「何やっているんですか先生。ここはいいですから、大人しく運転席へ戻っていて下さい。にしても列車の運転免許を持っているなら、最初から言っておいて下さいよね」
そう言って犬のようにシッシッ、ボス(?)を追い返す。遠ざかる悪態が聞こえなくなった頃、彼女は話を続けた。
「脅迫者と誘拐犯は間違い無く同一人物、つまり署名の『北極星』です。目的は恐らく、司法機関の手の届かない場所での連続殺人。恐らくこちらが要求を飲む飲まないに関わらず、奴は残りのターゲット達を手に掛けるつもりでしょう。電話に出た上司も、事態の余りの重さに唸ってばかりでした」
コホン。
「政府の理念は人命第一。ですが犯人は卑劣な方法、選りにも選って幼い子供達を人質にこちらの手段を封じてきた。到底赦せませんよね?」
バシッ!拳を掌で受け止めた拍子に、風圧で前髪が一瞬持ち上がる。
「確かに正論だが、そいつがクランと何の関係がある?俺達は事件に巻き込まれた被害者だぞ」
レイ、せめてもうちょっと頭使いなよ。この状況で那美が何を言いたいかぐらい……ほら、他の全員は既に察しが付いている様子。
「―――クランベリー・マクウェル、連合政府の勅命です。あなたの持つ力で、列車内にいる犯人を即刻突き止めなさい」パンッ!「出来ないなんて言わせませんよ?拒否するなら今この場を以って、あなたを公務執行妨害の現行犯で逮捕します」
ほう、那美にしては大きく出た物だ、手錠も持っていない割には。
「ちょ、ちょっと待てよ政府員さん!?幾ら頭が良くたって、未成年に脅しは」
「部外者は黙っていて下さい。―――私は不本意ですが、クランをよく知っています。彼女はとっくに見抜いているんですよ、この事件の本質を。でなければ目撃証言と発見された遺体が異なると、どうして事前に知っていたんです?」
「うっ……」
「そんな事が分かるのは、既に真相を知る探偵か―――犯人だけです。犯罪者扱いしないだけ有り難いと思って下さいよね」
理論的な結論に、今度は四天使が噛み付く。
「横暴です!大体、クランベリーと彼等に面識などありません!!」
「でもあなただって、四六時中彼女を見張っている訳ではないでしょう?……いえ、済みません。私も流石にクランが殺人犯だとは思いません。しかし、事は急を要するんです。保護者として彼女を説得して下さい。このままではまた誰かが死ぬんですよ?」
そう頼むと那美は腕を組み、険しい表情でこちらを見下ろしてきた。期待に大欠伸で応えつつ、口を開く。
「―――嫌」「え?」「この程度の事件、自分で考えなよ。大体民間人を頼っているようじゃ、当分はアルバイト脱却不可だね」
憤怒の掴み掛かりを紙一重で避け、ヒラリと入口へ。
「一抜けた。皆、お休み」
「あ、おい!?」
「くーちゃん!!?」
追い掛けて来た忠犬と、一瞬目が合う。が、一瞬早く閉ざした扉で遮る形になってしまった。
バタン。「ふぅ、やれやれ―――どうせいるんでしょ、ベアトリーチェ?」
呼び掛けに二号室の奥、二号車との連結部のドアが開く。仮にも夫が失踪したばかりだと言うのに、旧友は可笑しくて堪らないと言った様子だ。
「もう十一時過ぎだよ。年寄りにはそろそろ辛いんじゃない?」
「ちゃんと昼寝したから大丈夫。それより、久し振りに二人きりで話したいわ。どうせほとぼりが冷めるまで帰らないんでしょう?」
「ご尤も。じゃ、お言葉に甘えて」
完全なる空きっ腹を抱え、私はギャアギャア騒がしい一号室前を離れた。




