28章 新事件発生―――60:40:00
「え……?これじゃないよ、私達が見たの」
やけに生っぽい木乃伊を示し、セミアが呟く。
「もっと死にたてほやほやで、目から血の出てる若い男の人だったもん」
地上に戻ると丁度、コックが食堂を通過するのが窓から見えた。どうやら上司である車掌へ、警察に通報する許可を得に行くようだ。
「知っています。どうも墜落前後に、何らかのトリックで遺体が入れ替わったらしくて……私としては、事前に知っていた誰かさんの御意見を拝聴したいのは山々ですが」
ギロッ。
「今は取り敢えず、彼の身元を特定するのが先決です。―――イスラさん、遺体の所見をお願い出来ますか?」
「はい」
ビニール手袋を渡された保護者は、徐に下ろされた遺体の顎に触れる。車両内の照明で、検死の光量は充分だった。
まだ三分の一程毛髪のある頭部をしばらく観察した後、徐にジャケットとシャツのボタンを外す。
「年齢は……少なくとも五十代以上。鳩尾から下腹部への切開跡がある事から、どうやら内臓は抜かれているようです」死体の頭を数回振り、「脳も、ですね。恐らく藁か綿で詰め物はしているのでしょうが、それでも本物よりは大分軽いです」
「成程。道理で運搬が楽だった筈です。それでイスラ様、肝心の死因は?」
「顕わになっている箇所には、特にそれらしい痕跡はありません。服を裁断して構わないなら、更に詳しく調べますが」
「いえ……仮令外傷があろうと無かろうと、遺棄犯は死亡後にここまで手の込んだ真似をしています。最早死因自体は余り問題ではないかと」
「正論だ。だったらどうする?」
天使の手から用済みの手袋を外してやりつつ、大学時代の先輩が問う。
「―――残念ですが、予告状通り事件は起こってしまいました。未然に阻止出来なかったのは無念ですが、こうなった以上政府館へ」「そう上手くいくといいけどね」「っ!!?」
掴み掛かってきた鬼女の腕をサッ!と避け、それよりセミアが何か気付いたみたいだよ、ね?と指摘する。
「本当ですか、セミアさん?」
衛兵の問いに、彼女は夢世界から一冊の医学書を掴み出して開いた。おや、珍しく自前の本には載っていない珍知識らしい。
「……ああ、やっぱりそうだ。これ、プラスティネーションだよ。私も見るのは初めてだけど、本の通り凄く綺麗」
「ぷら、何だって?」
「プラスティネーション。遺体の水分と脂肪分を石油系合成樹脂に置換する、最新鋭の木乃伊作成技術だよ。ほら、林檎みたいな甘いのと、ビニール製品特有の臭いがするでしょ?これが使われているアセトンと合成樹脂なの」
懇切丁寧に説明するも、この場のメンバーの科学知識は良くて常識程度で、誰一人付いていけない。
「木乃伊を、作る??何のために?」
どうにか口を開いたレイが問う。
「それは勿論、医学の更なる発展のためとか、あとは……観賞用?そんなに珍しくないよ。動物だって剥製にするでしょ?」
フォローにならない説明を入れる義妹。
「ん、分かりにくい?もっと詳しく話そうか?」
「いえ、結構です」
「とっとと要点だけ話せってさ、セミア。因みに訊くけど、これって誰にでも作れる?」
パラッ。
「無理だね」キッパリ。「まず内臓の処理に外科医並の技術が必要だし、必要な機材や薬品も軒並み高額。この一体を作るだけでも数百万は掛かっている」
おや、お高い。
「作成期間は?」
「結構掛かるよ、完成まで三、四ヶ月って所かな。でもプラスティネーションの場合、普通の木乃伊と違って死んで数時間後には処置を始めなきゃいけない。他殺自殺病死に関わらず、作成主は準備万端で息が止まるのを待っていた筈だよ」
「では上司に、三ヶ月以前の該当する行方不明者を当たってもらいます。とは言え、一体何百人いる事やら……」
溜息。
「そうだ、那美。他の乗客達に心当たりを訊かなくていいのか?」
「ああ……」
そこで何故か政府員はこちらを振り返り、射抜くような視線を向けた。
「クラン、正直に答えて下さい。この列車に彼の知人は乗車していますか?」
「YES。でも絶対白を切るだろうね」
「ですよね……では、応援が来るまで遺体はここに―――」
ガラガラガラッ!!「た、大変です皆さん!夫が何処にもいません!!」




