15章 物騒な恋文―――68:10:00
そこまで話し終えた所で、廊下から二つの足音。その数秒後、トントン、ドアがノックされた。「くーちゃん、いる?」
「うん。イスラとちょっと話してる所」
「あ、そうなんだ。私達、今から上り方面の車両の取材に行って来るから。もし用があったらこっちへ捜しに来て」
「ついでにシャワー券も購入しておきますね」
「わざわざ報告ありがと」
外の気配が消えたのを確認し、私は頬杖を入れ替えて続きを促した。
中にいた政府員、宝 那美に促され一号室へ。そこでラントはようやく、ソファの隣へ重い旅行鞄を置く事が出来た。ここまでずっと耐えた肩を軽く上下に動かし、後輩の正面へ。二人は猫背気味に顔を近付け合い、私にも座るよう告げた。
長袖のベージュのシャツに黒ジーンズと言う、冬の屋外に出るには些か寒い格好の彼女が口を開く。
「幾ら何でも早過ぎですよ先輩!まだ一時間以上もあります。一体どうやって時間を潰すつもりですか!?」
唯一洒落た女性物の腕時計を見ながらの指摘に、彼は丁寧に事情を説明した。具体的に言えば、最寄り船着場における定期船の運行便数の少なさを。
「ところで宝君。君がいると言う事は事件か?車掌は特に何も言っていなかったが」
「ええ。乗客には緘口令を敷くよう、私が指示しましたから」
「ところで、それは何ですか?」
テーブルに置かれた、長さ五十センチ弱の黒い金属棒を指差し尋ねる。彼女は親指と人差し指で軽く抓み、器用にくるくると弄んだ。
「不死省から借りてきた、最新鋭の魔術機械式爆弾探知機です」
「ば、爆弾!?」
反射的に叫んだ私に、彼女は小さく首を横に振る。
「安心して下さい。全車両を隈なく調べましたけど、幸い何処にも反応はありませんでした。後は外の報告次第です」
「!?さっき見た整備士達もか……」
顎に手をやりしばらく熟考した後、彼は徐に口を開く。
「……脅迫状か何かが北斗社に直接来たのか?あの人は何と?」
「先の質問はYESです。今朝、会社の私書箱に差出人も消印も無い手紙が。それで上司は念のため同乗して捜査しろ、と」
ギシッ、鍛えた腹筋で立ち上がる。
「付いて来て下さい。私が話すより、直接現物を見た方が早いです」
彼女の案内で、私達は来た通路を逆に辿る。そうして乗車口の更に向こう、一号車の食堂まで移動した。
そこでは那美嬢の上司であるベルイグ氏と、彼の盲いた女中が隣り合って座っていた。二人の前には乗務員らしき二十代の女性。丁度二人にミルクティーを給仕している最中だった。
「やっと戻ったな小娘。どうだ、何か見つかったか?」
「全然。と言うか、こんな時ぐらいマトモに働いて下さい!折角不死省で頭を下げて二本も借りて来たのに、早速何処へ無くしたんですか!?」
「ああ。あの探知機でしたら、先程コックさんにお渡ししましたよ。キッチンだけは御自分でもう一度調べておきたいと仰られまして」
伴侶の丁寧な説明に、そう言う訳で我輩は休憩中だ、文句無いだろう?亭主は鼻を鳴らした。
「あれが無くても捜査ぐらい出来……ああ、もう。例の予告状を先輩達に見せたいんですが、いいですよね?」
「別に構わ―――ん?ああ。誰かと思えば、ねぼすけの子守ではないか。休暇か?」
「ええ、まあ……そんな所です」
曖昧な返事を鼻で嗤い、彼は空いた椅子に置いた黒鞄をゴソゴソ。透明なクリアファイルを取り出す。
収納されていたのは、意外にも脅迫には似つかわしくない洒落た草色の便箋。書かれた丸文字と言い、蔓を模した爽やかな罫線と言い、文面に対して酷く不釣合いだった。
―――前略 業深い北斗社の皆様へ
礼儀正しく且つ物騒な出だしの後、本文はあっけない程簡潔に〆られていた。
―――輝く地上の流れ星は、不善を剥離しながら墜落を目指す。これは戯言ではない。私が輝く漆黒の世界で、最初の悪である『殺生』は赤く燃え尽きるだろう。




