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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第3章 撃鉄はいつ起きるのか
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3-7 引き金は引かれた

 立ち上る硝煙はなく。

 落ちる薬莢もなく。

 漂う火薬の匂いすらない。

 本当に、ただただ耳慣れない銃声だけが大きく辺りに木霊していた。


「…………………………は、ぁ?」


 日々也の口から、思わず間の抜けた声が漏れる。

 生まれて初めて実際に聞いた凶悪な音が、少年の思考を掻き乱していた。

 どうしてロレッタは拳銃を天高く構えている?

 弾は込めていないのではなかったのか?

 そもそも、あれは本物の――――――――――?

 答えが出るよりも先に、様々な疑問が湧いてくる。突然の出来事に、上手く状況が飲み込めない。

 だから気づいたときには、既にロレッタは銃口を日々也へ向けていて。

 少女が引き金に指をかける頃には、もう、全てが、手遅れ、で、


「ボサッとすんな、ドアホ!!」


 リュシィとロレッタ、二人が動いたのはほぼ同時だった。

 ほとんど体当たりに近い形で突き飛ばされた直後、破裂音とともにリュシィの背後を小さな物体が通り抜けていったのを目にした日々也は倒れ伏した痛みで我に返る。

 そんな出口のない思考の迷宮から脱した彼を最初に襲ったのは、圧倒的な現実感であった。

 心臓が早鐘を打ち、冷や汗が流れ落ちる。

 ほんの数秒前まで仲良く会話をしていた少女が突如として拳銃という凶器でもって自分を狙った事実に、心の底から恐怖の感情があふれ出してくる。

 そして、それはどうやら周囲の人間たちも同じらしかった。まばらにいた通行人はいきなりの大きな音に目を丸くし、次いで近くに立つ少女が手にした物を認識するやいなや、悲鳴を上げて我先にと逃げ出していく。

 幾人もの恐れおののいた声が重なり合い、あっという間に周囲が騒然とし始めた。その様子を、ロレッタはさして興味もなさそうに眺め、


「やはり分かりやすい武器というのはいいな。誰でも簡単に身の危険を感じられる。魔法にはない利点だ」


「……モデルガンじゃなかったのかよ?」


「偽物だと言った覚えはないが?」


 皮肉めいた言葉が自然と口をついて出た日々也に対し、ロレッタは再び視線と銃口を向ける。しかし、意識がそれていた一瞬の隙をリュシィは見逃していなかった。

 少女が狙いを定め終えるより先に、彼の足下から黒い影が立ち上がる。以前、模擬戦の際にも使用していたリュシィの得意としている魔法だ。

 影は拳銃を持つロレッタの腕を素早くひねりあげると、彼女を無力化するため押さえ込みにかかる。

 だが、


「『影法師(ドッペルゲンガー)』か。面白い魔法を使うじゃないか」


 表情一つ変えることなく、空いた手で二丁目の拳銃を取りだしたロレッタはいとも容易く影の胴体を撃ち抜いた。

 三度の銃声とともに影が弾け飛ぶ。散った上半身は煙のように霧散し、残った下半身は垂らされた墨汁のように地面へと落ちていき、元の単調な平面へと戻る。

 厄介な戒めからは解放された。少女は次こそ目的を果たすため、改めて武器を構え直す。

 などということはしなかった。

 軽快に地を蹴ったロレッタは、追撃するどころか日々也たちから距離をとる。直後、リュシィがチッと舌打ちをした。

 突き出された彼の手の先には既に展開され、発動を待つだけの魔法陣が一つ。浮かぶ文様から察するに、十中八九『七条の矢』であろう。本来、ロレッタからしてみればそんな護身用程度の魔法では妨害にすらなりはしなかったはずだ。お互いの力量差をどれだけ厳しく見積もろうと、回避行動中に標的を狙い撃つことは余裕でできる。それが、この数瞬のやりとりで彼女が下した客観的な評価だった。

 だが、万が一の可能性も捨てられない。

 日々也が体勢を立て直す猶予を与えることで、二対一の構図になってしまってでも確実な方をとる。ゆえの判断。逆に言えば、ロレッタにとって日々也たちはその選択が可能なほど格下だという証明であり、自信の表れであった。


「ちょいちょいちょいちょい、急になんやねん。お前、怒らせるようなことしたんか?」


「一部始終を見てただろ。僕に原因があるんだったら教えてほしいくらいだな」


 ロレッタへ注意を払いながらも軽口をたたき合う日々也とリュシィ。そうでもしていなければ精神的に呑まれてしまう。少女と違って、彼らはそこまでギリギリの状態に追い込まれていた。


「ふむ、原因。原因か。確かに、理由も分からぬままでは居心地が悪いだろうな」


 そんな二人の心境を知ってか知らずか、ロレッタは手慰みに片方の拳銃をくるくると回して弄び、


「『連続児童誘拐未遂事件』、と言えば察しはつくだろう?」


「……………………………………………………まさか」


 ロレッタの放った言葉で、日々也の中に嫌な仮説が生まれる。信じられない、絶対に信じたくはない最悪の仮説が。


「報告を受けたときは私も驚いたよ。しかし、少々派手に暴れすぎたな。私たちの間で、今やキミはちょっとした有名人だ」


「お、前。お前、はっ!!」


「うちのボスもそれなりに興味を持ったようでね。つまるところ、これが私に与えられた任務で、この街にきた理由というわけさ」


 一瞬で日々也の頭に血が上った。

 ロレッタは、こいつは、言外に語っているのだ。

 先日、街で起こった事件。自分はあれに少なからず関係する立場にあるのだ、と。

 気丈に振る舞うミィヤの姿が、不安げなサクラの様子が、未だに忘れられない。思い出すだけで、友人たちを傷つけた奴らに対して腸が煮えくりかえりそうになる。そして、今まさにその相手が目の前にいる。ロレッタやレオがどのような組織に属しているのかは知らないし、興味もない。

 ただ、相応の報いを受けさせるだけだ。それだけを考えて、拳を握りしめた日々也が一歩前へ出る。

 そんな彼を、リュシィは急いで制止した。


「待てや、ヒビヤ! いきなり突っ込んで何とかなる相手ちゃうやろ!」


「リュシィ……!!」


 あの事件は内容が内容だけに報道規制がかけられていた。故に、リュシィは詳細どころか日々也が関わっていたことすら知りはしない。だが、彼の反応から因縁があることぐらいは推察できた。

 だからこそ、止める。冷静に状況を分析できる立場のリュシィには、ロレッタの発言が明らかな挑発だと理解できたからだ。


「ふむ、リュシィだったか。なかなかの名サポーターらしい。……………まぁ、もう遅いのだがな」


 ふと、日々也の頬を冷気が撫でた。時期的にあり得るはずもない現象。同時に奇妙な感覚を覚えた彼は視線を下へと向ける。

 そこには、氷に覆われた自らの脚があった。


「な、ぁっ!?」


 氷は薄く、少し力を込めただけで砕けてしまう程度のものでしかない。しかし、その一瞬の束縛と動揺は少年がバランスを崩すのに十分すぎるだけの効力を持っていた。

 結果、無防備に体を晒すことになってしまった日々也へ、ロレッタは照準を合わせる。

 そして、


「『七条の矢』!!」


 リュシィの叫びに合わせるように、七度の銃声が鳴り響いた。放たれた魔法の矢は発砲音が聞こえるごとに撃ち抜かれ、ことごとくが光の残滓となって消えていく。

 もはやこの程度は予定調和。防がれることなど予期していたと言わんばかりにリュシィの影が立ち上がり、ロレッタ目掛けて突撃していく。少女も負けじとすぐさま対応しようとするが時既に遅く、懐に潜り込んだ影の振るう拳をいなすのがやっとであった。

 二人を相手にしながらも武器を使う余裕はなく、片方の攻撃を凌ぐことのみに集中している状況。一見すれば、現在のロレッタは圧倒的に不利な立場にいると評していいだろう。だが、彼女の表情に焦りの色は一切ない。それもそのはず。もう一人の敵対者である日々也が動かない。否、動けないからだ。

 こちらの世界に来てから二つの大きな事件に関わったとはいえ、日々也は元来ただの高校生。そんな彼が、魔法だの銃弾だのが飛び交う本物の戦闘に割って入るなど不可能に近い。加えて、今の彼には使用できる魔法もなかった。『流転回帰』は他者の魔法を回収し、自分のものとして再利用する魔法。このように突発的な事態には全くの無力なのだ。

 つまりは完全な戦力外。だからこそ、ロレッタもリュシィの対処にのみ集中している。それを理解した上でなお、日々也は己の不甲斐なさに歯噛みすることしかできなかった。

 その間にも、戦況は着実に変化していく。

 少しずつ。本当に少しずつではあるものの、ロレッタが影の動きに対応しつつあった。


「……ッ!」


 リュシィの額に脂汗が浮かぶ。遠からずこの膠着状態も終わりを迎えるだろう。そうなる前に、打つ手を考えなければならない。

 既に限界が近い中、少年は必死に思考を巡らせる。

 やがて、決定的な瞬間が訪れた。

 余裕が生まれるまであと数手。ロレッタが冷静に分析し、反撃に移ろうとする。

 刹那。

 影が大きく伸び上がった。


「む!?」


 僅かな動揺と警戒。それによって動きの鈍った少女を影はシャボン玉のように包み込んだ。

 視界が暗闇に閉ざされると同時、リュシィの狙いを悟ったロレッタはすぐさま銃弾を撃ち込み、『影法師』を吹き飛ばす。

 しかし、


「逃がしたか。やはり名サポーターだな」


 既に、二人の姿はそこにはなかった。

 してやられたと、銃を下ろしたロレッタは鈍色の空を仰ぎ見る。


「……………オオゾラヒビヤ。冷めたようでなかなか熱い男だったな。あれほどの善人にこのような仕打ちをしなければならないとは、本当に嫌になってくる」


 思わず口から漏れたため息は己の失態からくるものか、はたまた仕事への不満からなのか。少女には、まったくもって分からなかった。

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