007《第13離宮『天蝎宮』・中》
皇帝歴450年6月2日。日曜日。帝国標準時間、午前6時。
全軍総司令官である皇太子殿下、
GENIUS・サウスゲート・BKB・ザッパーが宣言する、
「これは訓練・模擬戦ではない。
全艦隊に戦闘準備を命ずる。
天蝎宮が攻撃を受けてジアースに落下中。
大気圏突入は約25時間後。
現在、第10師団の旗艦ARBILと、
第12師団の二番艦IAKUTIBEHが、
近距離から接触を試みているが、
通信は途絶したまま、
AIジャックされた可能性がある。
天蝎宮のアステロイド12が管理下から離脱。
各離宮及びLEOネットに『衝突・デブリ警戒命令』発令。
ジアース全土に『全空域警戒命令』発令。
帝国標準時間0800より『じゃじゃ馬作戦』を発動する。
ミッションは二つ、
第十三皇女RINGの救出。
失われたアステロイド12の探索。
作戦発動以降、友軍のビーコンがなければ即攻撃を許可する。
なお、アステロイド12は発見次第、躊躇なく破壊せよ」
「各離宮の旗艦、二番艦は艦船の半分を率い天蝎宮に急行。
残りの艦船は各離宮を警護。
ザムーン滞在の第六皇子、第6師団・旗艦INIMEG及び、
第十皇女、第10師団・二番艦NNIBNNETの艦隊は、
6Fと共にザムーンを警護せよ」
「ジアース滞在の第三皇子・第四皇女、
第七皇女・第十三皇子はスクランブルに備えよ。
LEOネット係留中の第3・第4・第7・第13師団の、
旗艦部隊及び、二番艦部隊はLEOネットを警護せよ。
各師団より揚陸艦を皇子・皇女の滞在地に派遣。
LEOネット自治軍は第3、第4、第7、第13各師団の指示に従え」
ザムーンの月面宮殿大広間では、
雷帝が大スクリーンのグランマと向き合う。
「グロースムッター・EDEL・桜宮・BKB・ザッパーよ……」
《皇帝陛下、その者は既に亡くなりました。
どのような方法であろうとも、人格をAIに移すことは不可能です。
ドクトル・フェアデルベンの研究は幻想にすぎません。》
「サクラノミヤは瀕死だった……、
フェアデルベンにすがるしかなかったのだ」
《仮にその者のメモリーが私に移されていたとしても、
私は常に学習を重ね、メモリーは増大し続けています。
従って、その者と私との同一性は否定されるべきです》
「確かに、お前がそれを認めることは一度もなかった。
わしは怒りに任せ、フェアデルベンを始末した。
しかし、EDEL……」
《それでもなお、その名で私を呼ぶということは、
何か深いお悩みをかかえておりますね》
「歳はとりたくないものだな、
……正直、わしは動揺しておる」
《第十三皇女なら、77%の確率で救出されることでしょう。
天蝎宮の大気圏突入は85%。
人員の生存率は46%。
ジアースの被害は、最大で十万単位の死者・負傷者の可能性があります。
LEOネットとの衝突は5%ですが、
その際の死者・負傷者数は地上を含め百万単位に上る予測です》
「犯人の目星はついたのか」
《今のところ犯行声明も宣戦布告も出ていません。
しかし、このような攻撃を実行できる者は限られています》
「どれほどの根深さなのが、が問題だ……。
して、謀反の確率は?」
《8%です》
「気に入らん。天蝎宮を落として何になる」
《帝国の威信に傷が付きます》
「それだけでジアースの反帝国分子が一気に拡大するとは思えん」
《ジアースが団結して帝国を兵糧攻めにするのがセオリーですが、
反帝国分子は何もジアースだけとは限りません。
帝国の暗部をえぐり出し、内部崩壊を狙ったのではないでしょうか》
「天球帝政の秘密など、とうに知れ渡っておる!」
《奪ったアステロイド12だけなら、それほどの脅威とはなりません。
更に隠し玉がありそうです》
「気になることでもあるのか?」
《容疑者の所管業務を洗い直していて露見しました。
太陽観測基地TSUKUBAからのデータに、
フェイクと思われるものが含まれております……》
AIグランマが図示する。
《データは巧妙に加工されていますが、パターンに明らかな重複が見られます》
「いつからだ」
《解析できた範囲では、約5000時間前からその兆候が認められます》
「それほど前に奴がTSUKUBAを乗っ取ったとなると、
傘下の無人観測機をジアース近辺まで移動させるには充分な時間だな」
《ステルス処理されている可能性も否定できません》
「用途は?」
《各離宮に奇襲をかけるのが最も効果的かと》
「返り討ちにしてくれる。影の者共を出動させるべきか?」
《事態は未知数ですが、各離宮の防御態勢は整っております。
皇太子殿下の手腕を見守りましょう》
「皇太子が黒幕の可能性は?」
《1%以下です》
「ゼロではないのだな」
《そう思わせるのが犯人の狙いかもしれません》
「小賢しいことを申すな。で、8Cの動きは?」
《ジアースに動きはありません。
世間はまだ事件の発生すら知りません。
この時点で動き出すのは得策ではないでしょう》
「DNAに謀反が刻み込まれておる者共だ、今にボロを出す」
《People's Republic of,
North China : East China : Central South China :
Southwest China : Northwest China :
Oceania China : Europe China : America China
以上の八華は重点的に監視しておりますが、
8Chinaだけにとらわれていては判断を誤ります》
「分かっておる。
それに今となっては『ひとつのチャイナ』など過去の幻想じゃ」
《むしろその逆をお考えになっては如何でしょう》
「逆とは?」
《例えて言うなら『100のチャイナ』ということです》
「面白い……」
雷帝は笑った。
「そうなった時は、100の贈り物を落とすまでのこと」
悩みがふっ切れたような、凄惨な笑いだった。
「カイザー・DONNER・ホーハイト・BKB・ザッパーの名において命ずる。
LEOネットにアステロイドシャワー展開、
整い次第、ジアース重要拠点にレーザー照射。
内縁部の「Bチューブ」開放、
投下ライン固定、地上への投下に備えよ。
各ターミナルは『エネルギーツーク』及び補給物資スタンバイ。
外縁部の「Eチューブ」開放、
艦隊補給ポイントへ射出ライン固定」
「ポイント・ネモ・ベース及び、
ジアース洋上の各メガフロート、天候を報告せよ。
マスドライバー及び、道弾ミサイルの発射準備」
「墓場軌道から補給物資の投下準備」
「ザムーンの「Mチューブ」を射出ラインに接続、
各補給基地は『エネルギーツーク』及び物資の射出準備」
「皇太子よ、
天球は決して干上がらないことを見せつけてやるのだ」
金牛宮の第二皇子STILLE・ゴメスは42歳。
コロンビア自治区出身。浅黒い肌に栗毛でヘーゼルの瞳、フィアテル。
皇太子の命により陣頭指揮を取る。
作戦発動から3時間。
既に天蝎宮の第一・第二燃料貯蔵庫の燃焼は収まったが、
燃料貯蔵庫は簡易推進装置の役割まで果たしていた。
意図的に酸素が供給されていたのは明白だった。
何度も天蝎宮への接触を試みるがことごとく失敗。
一部の外装を引き剥がしたが、第十三離宮の第一層は防護樹脂が充満している。
内外を隔離し防御の役には立つが、同時に最終兵器としての破壊力も増す。
そこまでは緊急マニュアルの規定通りだが、
あろうことか通路や緊急脱出路までが樹脂で覆われている。
「ふむ、これは厄介だな」
いつも冷静沈着な第二皇子だったが、
第2師団の旗艦SURUAT指揮席で思わず爪を噛む。
用意周到。自ずと犯人像は絞られてくる。
だとすると奴は作戦の進捗状況も把握している事だろう。
天蝎宮の大気圏突入まで約20時間。
第十三皇女と人員450人の安否は不明。
獅子宮の第三皇子EHRLICH・シンは39歳。
グレートコリア連合王国出身。
(United Kingdom of Great Corea Peninsula and Northeast China)
黒髪にブラウンの瞳、モンゴロイド60%。
帝国直轄地の「ピョンヤン」に滞在中だった。
宇宙軍一の猛将と謳われている。
「俺の降臨時期を狙ったのか」
第3師団の旗艦OELはLEOネットに係留中。
揚陸艦がもうすぐ迎えに来る。
だが、警戒するに越したことはない。
もし今回の事件が計画されたものならば、
ジアース滞在の我々4人は襲撃・拘束される可能性が高い。
第四皇女は「ミュンヘン」。
第七皇女は「レイキャビク」。
第十三皇子は「ブエノスアイレス」。
それぞれが滞在する帝国直轄地でスクランブルに備えているはずだ。
直接ジアースと往復できる揚陸艦はピョンヤンとミュンヘンに6隻、
レイキャビクに5隻、ブエノスアイレスに1隻向かう。
帝国の宮殿なら防御は固いが、
揚陸艦の出発時にはどうしてもリスクが伴う。
今、南半球にいるのは第十三皇子のみ。
揚陸艦の応援を提案したが辞退された。
「第3師団の優秀な軍人を、一人でも多く帰らせることを優先すべきです。
RINGと天蝎宮を救ってください」
落ち着き払った返答だった。
天蝎宮の大気圏突入まであと19時間。
帝国の第三皇子の下に予想通りの来訪者が現われた。
あえて人払いをして護衛兵は下がらせた。
「EHRLICH殿、何が起きたのですか?」
「義兄上、せ、戦争ですか?」
EHRLICH・シンは、義弟やその従者たちの前にもかかわらず、
妃であるグレートコリアの前女王を抱きしめた。
これでいきなり拘束されるリスクは軽減した。
しかし、まだ暗殺は充分可能だ。
「……」
若き現国王はバツが悪そう俯き、従者たちは無表情を貫く。
金織姫。32歳。
黒髪でブラウンの瞳。モンゴロイド90%。
父である先々代国王の突然の死がきっかけだった。
八華の陰謀説もささやかれる大事故で、
グレートコリア連合王国は王位継承者の大半を失い、
解体の危機に見舞われた。
16歳で養父母の庇護下から異例の召還を受け、
そのまま即位した若き女王はしかし、
近隣国の干渉をはねのけ、国をまとめた。
最初に行ったのが、海を挟んだ隣国・ニッポンとの平和友好条約の締結。
複雑な民族感情を抑え、千年にも及ぶ確執に終止符を打った。
KAWASAKI帝国も一目置くミカドの支援を受け、
気に障る呼び方ではあるが「第九のチャイナ」とも称され、
短期間で8Chinaにも迫る国力を誇るまでになった。
ミカドの盟友・雷帝の覚えもめでたく、
25歳の時、第六皇子だったEHRLICH・シンの妃となった。
金彦星。27歳。
黒髪でブラウンの瞳。モンゴロイド90%。
父である先々代国王の死は11歳の時。
姉と同様に養父母の庇護下から異例の召還を受け、
そのまま皇嗣となった。
ジアースではどの王国も天球帝政に倣い、
子女をそれとは知らせずに市民として育てていた。
幼い王位継承者はしかし、修羅場に対峙し続ける姉とは違い、
大いに甘やかされて育った。
隣国のミカドを「じいじ」と呼び、降臨した雷帝にも可愛がられた。
20歳の時、チンニャウの妃召還に伴い国王に即位。
前女王の優秀な側近に支えられ、国を統治している。
細身の姉とは対照的に、少年皇嗣時代から恰幅が良く、
太祖・太宗にも匹敵する大物との評判が流布されていたが、
実際は小心者で優柔不断な性格だった。
常にピョンヤンの帝国宮殿に住む姉の顔色を窺い、
身の程を弁えていたために国政が滞ることはなかった。
獅子宮の第三皇子は妃と手をつないだまま、義弟に上座を譲る。
国王は「構うな」という仕草を儀礼的にしたが、
素直に上座を受け容れた。
自分たち夫婦が従者に取り囲まれた形だ。
殺るなら今だぞ。
妃の手を取り、人質の役目を担わせたが、
どうして、この女なら自分ごと始末させかねないな。
その強気なところが大いに気に入ったのだが……。
最愛の妻は夫に微笑むと、つないだ手をギュッ、ギュッと握った。
「そなたたちは下がりなさい。家族だけで話します」
従者たちは速やかに退去した。
家族。か、多分それがキーワード。
暗殺も拘束も中止。さもなければ延期になったということか。
「キョヌゥ殿、チンニャウ、実は……」
家族になら隠すことは何もない。
揚陸艦の到着まで、まだしばらくかかりそうだ。
第四皇女NIEDLICH・レーブは26歳。
ミュンヘン自治区出身。金髪、ブルーの瞳。コーカソイド70%。
第七皇女REIZEND・ハルグリームソンは23歳。
アイスランド自治区出身。金髪、アンバーの瞳。コーカソイド60%。
それぞれが直轄地の帝国宮殿で揚陸艦を待つ。
宮殿前広場は簡易宇宙港として揚陸艦の発着が可能だ。
ジアース全土に「全空域警戒命令」が発令され、
民間航空機の飛行は制限されている。
宮殿周辺の空港は既に閉鎖。
帝国宮殿の護衛は、それぞれの師団の随行兵士、宮殿直属の守備隊。
そして地域の自治軍が担当している。
今のところ謀反の動きはないが、第三皇子から警戒の呼びかけがあった。
ミュンヘンの第四皇女のもとに、第七皇女から緊急通信。
「お姉様、天蝎宮からの中継がネットに流れています!」
ジアースの市民は、今回の騒動の訳をまだ知らない。
帝国の情報統制も当然のことだ。
犯人の作戦だとすれば狡猾。
でも、どうやって……?
ネットを検索するまでもなく、
各メディアが「中継」に飛びついていた。
ニュースソースは秘匿されたまま。
映像で見る第十三皇女は、どうやら本物らしい。
天蝎宮大広間には半球形の防護カプセルが並んでいる、
シールドは開いたまま、簡易宇宙服姿の召使いたちが、
不安そうな面持ちで着座している。
玉座付近の皇女用脱出ポッドは無人。
玉座に第十三皇女RING。
傍らに首席執事トカルスカ。
人型のクリンゲルは座り込んでいる。
巴型薙刀「あさひ丸」を手にしたフブキが倒れている。
映像はそんな画面から始まっていた。
皇帝歴450年6月2日。日曜日。帝国標準時間、午前8時。
じゃじゃ馬作戦が発動した頃、
中継開始の約4時間前にさかのぼる。
RINGは進言によりプラターネの再起動を命じた。
第十三皇子のアドバイスを忠実に守ってのことだが、
〈おやめ下さい!〉
〈RING様、いけません!〉
即座に側近のアンドロイドが反応したが手遅れ。
AIプラターネのリブートに続いて、運命を共にすることとなる。
二体とも再起動のプロセスに入った。
クリンゲルは玉座の左手で、防護カプセルにもたれ掛かるように座り込んだ。
フブキは玉座の右手で、主人の護り刀にすがりながら横倒しになる。
向き合っている顔の、瞼だけがピクピク小刻みに震えていた。
スクリールの支援で立ち上がったマザーAIに対して、
従者たちは抵抗を試みる。
プラターネ起動中に何者かの介入を察知したからだ。
何も知らない第十三皇女をそそのかした者がいる、
そいつの好きにさせる訳にはいかない、
何としてもRING様をお守りしなければ。
シャットダウン寸前にアンドロイドが連携し、
メモリー領域を細分化し現状の保存を図る。
更にリブートの支援をAIから切り離し、互いに委ねた。
悪意のあるプログラムを認めると更に再起動を重ねる。
途中から異変を察知した悪のマザーAIも介入してくる。
地味な戦いとなった。