008《第13離宮『天蝎宮』・後》
謎の『天蝎宮生中継』が始まったのに呼応して、
帝国がジアース及びLEOネットの各放送媒体に強制介入した。
どの放送でも右半分は帝国放送局の流す映像に固定される。
皇女、MAJA・マールル様が軍服で会見した。
「第13離宮が攻撃を受けて落下中です。
アステロイド12が何者かに奪われました。
各離宮及びLEOネットに『避難準備』を命令します。
ジアース全土に『防空警戒・避難準備』を命令します。
帝国宇宙軍は作戦行動中です。
天蝎宮のライブ配信といわれている映像に関して、
帝国は一切関与していません」
短い声明だったが30分ごと繰り返し放送された。
これにより一般市民は事件の発生と概要を知ることとなる。
さらに帝国放送局は刻々と変わる対応状況を伝えた。
敵に手の内の一部を晒すことにもなるが、
圧倒的な力の差を見せつける方法を選んだ。
LEOネットの周囲にどこからともなく、
数千のそろばん玉型岩石が集まってきた。
直径は50~100メートル。
失われた天蝎宮のアステロイド12と思われたが数が桁違いだ、
すぐに帝国から発表があった。
「LEOネットに防御用のアステロイドシャワーを展開しました。
完全に制御されていますので、
市民は安心して避難準備を進めてください」
帝国に弓引く者には容赦なく鉄槌を下す、
雷帝の性格は広く知れ渡っている。
LEO市民は発表の真意を見抜いた。
制御されているのなら、攻撃用にも使えるはずだ、
そもそも「降り注ぐ」という命名がおかしい。
これは防御の名を借りた恫喝である。
LEOネットのEWラインとNライン・Sラインの交点は、
巨大な球形のターミナル都市になっている。
そこからジアースの重要拠点に向けて強力なレーザーが照射された。
「機密通信用のレーザーを90秒ずつ、
各地の帝国拠点に照射します。
大気で拡散されるため人体に害はありませんが、
不要不急の外出は控えてください」
ジアースの帝国拠点といえば、
各国、各自治区の大都市の一部に他ならない。
各国政府機関は直ちにレーザーを分析した。
通信などではないことはすぐに窺えた。
それでは照射の真の目的とは?
市民の多数が思い描いた用途はただ一つ。
何か重い物をピンポイントで落とすために違いない。
LEOネットの中央部には「Sチューブ」と呼ばれる、
真空磁気浮上式車両が走っている。
ジアース側の内縁部には複々線の「Bチューブ」が、
外縁部には複線の「Eチューブ」が設置されている。
ザムーンの「Mチューブ」と規格は同じだ。
Bチューブ、Eチューブともに非常事態にあたり運休となる。
実際のところネット市民に逃げ場はないのだ。
Bチューブ4路線のうち二つに変化が生じた。
ターミナル都市同士の中間部で接続部が切り離され、
ジアースに向けて垂れ下がった。
これが地上への投下ラインとなる。
もし車両が走行していれば大変なことになるが、
今は臨戦態勢……。
何か重い物を加速して落とすための放出兵器に変化した。
市民移動用の通常車両に硬化樹脂を充填すれば、
燃え尽きずにジアースまで届けることが可能だ。
充填直後に送り出しても投下時には余裕で硬化は完了する。
ラインの微調整で配達先は自由に決められる。
外縁部のEチューブも同様に変化していた。
こちらは艦隊補給のための射出ラインとなる。
真空磁気浮上式車両の規格に合わせた「エネルギーツーク」は、
そのまま宇宙軍艦船にセットできる。
中身は、バッテリーやロケット推進用燃料タンク、
食糧貨物や水タンク等、多種多彩である。
各ターミナルでは補給物資の準備が始まった。
帝国のメガフロートは2500メートル四方。
対角線が1キロの正六角形の浮体1個を中心にして、
周囲に同じ物を6個組み合わせている。
ジアースの海洋上に50余りのメガフロートが配置されていた。
その中でも、南緯48度52分。東経123度23分。
南太平洋上に、7キロ四方余りのギガフロートが浮かんでいる。
帝国最大の浮体は『ポイント・ネモ・ベース』と呼ばれていた。
通常のメガフロートを7個組み合わせた本体に加え、
外側の6個それぞれに対応して、
10キロ沖に一つのメガフロートが水面下で繋がっている。
ポイント・ネモ・ベースの中央部は、山のように隆起していた。
その山頂は6基のマスドライバーの射出口になっている。
規格は勿論、ザムーンの「Mチューブ」や、
LEOネットの「Sチューブ」等と同一である。
ポイント・ネモの天候は快晴。
10分に1個の割合で「エネルギーツーク」が射出された。
帝国放送局の映像では補給物資の詳細を伝える。
バッテリー・燃料タンク・食糧貨物・水タンク……。
これほどの備えがあったことを市民たちは初めて知った。
七つの海に散らばった、50余りのメガフロートのうち、
海域の天候が安定しているのは半分ほど。
しかし映像を伝えるにはそれで十分だった、
地対空ミサイル、弾道ミサイルの発射準備が着々と整って行く。
それは陸上の帝国領基地も同様だった。
帝国放送局が洋上基地、陸上基地の守備範囲を解説する。
「帝国軍基地の地対空ミサイル迎撃エリアです……」
基地中心に円形の迎撃エリアが示されるが、
エリアは重なり合い、ジアース全域を網羅している。
「どの空域に未確認の飛来物がきても、
二重三重の備えが整っています。
ジアース市民は落ち着いて避難準備を進めてください」
ジアース市民は知っている。
帝国が自ら落とした贈り物を迎撃するはずがない。
素人目にも、地対空ミサイルと弾道ミサイルの区別は容易だ。
地対空ミサイルの迎撃範囲とはすなわち、
弾道ミサイルの攻撃範囲となる。
皇帝陛下は本気で脅しを仕掛けている。
どこの誰かは知らないが、帝国をむやみに刺激しないでくれ。
自分たちが巻き添えになるのはご免だ。
雷帝の所業は充分骨身に染みている。
誰もが「華憂」を現実の脅威として実感しているところだ。
帝国放送局と「天蝎宮ライブ中継」に釘付けとなる。
対地静止軌道の上空約500キロに、
墓場軌道と呼ばれる衛星等の廃棄場所がある。
スペースガード衛星の活動や、
宇宙軍艦船による掃海任務で集められた、
スペースデブリもここに集められる。
資源として再生する宇宙プラントが稼働しているが、
実は政治犯などの監獄としての役目が主である、とされていた。
過去に運用を終えた衛星の中には、
原子炉を持つ厄介な物もあったが、
そのまま硬化樹脂で覆い、
太陽に向けて投下したことになっている。
墓場軌道上に大量の補給物資が備蓄されていた。
帝国放送局が映像を公開して解説する。
「ここには主に、保存のきく補給物資が集められています。
岩石は各離宮、及びLEOネット防護用の予備です」
市民たちは発表の意図を理解した。
ジアースへ落とすための岩石は無尽蔵である。と。
硬化樹脂で固められた人工構造物なども、
静かに出番を待っていたが、画面を見て専門家は驚愕した。
その中には、かなりヤバい代物が残っている……。
ザムーンでは地下に張り巡らされたMチューブが軍事供用された。
帝国放送局の映像には大きなクレーターの先端部分が映されている。
ぽっかり空いた射出口から補給物資が打ち出されていた。
「ザムーンでは水プラントと空気プラントがフル稼働して、
エネルギーツーク型の補給タンクを生産しています……」
明らかに複数のクレーターに射出口が確認できた。
「場所は申し上げられませんが、
Mチューブ直結のマスドライバーです。
現在、艦隊補給地点に向け、5基が稼働中です」
言外に他にも射出口があることを匂わせた。
ザムーン在住の市民から、稼働中の射出口の情報が寄せられ、
ジアースからでも望遠レンズで確認することができる。
市民たちは悟った。
帝国は準備万端。天球は簡単に干上がらないことを。
作戦発動より3時間経過。帝国標準時間、午前11時過ぎ。
作戦に参加する各師団の旗艦・二番艦が集結した。
『天蝎宮』と同じ高度を維持しながら、四方から取り囲む。
旗艦は皇太子殿下のOGRIV以下、
第2師団SURUAT、第4師団SECSIP、
第5師団SUIRATTIGAS、第7師団NROCIRPSC、
第8師団SEIRA、第9師団SUIRAUQA、
第10師団ARBIL、第11師団RECNAC、
第12師団SUHCUIHPO。
二番艦は皇女MAJA・マールル様のEMOTO、
第2師団ISUO、第3師団ISIS、
第5師団ETI、第6師団OGATUH、
第8師団IJUTIHO、第9師団EMAGUZIM、
第11師団INAK、第12師団IAKUTIBEH、
そして乙女宮のアリアナと、ベンナラスが乗り込んだ、
第13師団IROSAS。
20艦それぞれが艦隊を率い、
100艦にも及ぶ史上最大の包囲網が形成された。
現在、最も小回りのきく第12師団の旗艦、
蘇蛇宮のANGENEHM・サントス率いる、
SUHCUIHPOがアタックを試みている。
傍らで天蝎宮をよく知るTAKTIKER・ケイロスの、
第12師団IAKUTIBEHがサポート。
第二皇子STILLE・ゴメスは解析結果を確認した。
天蝎宮の中継映像と宇宙軍によるコンタクトの相関関係だ。
物理的な接触を試みるたびに離宮は揺れる。
外部から観測した振動と、映像から読み取れる僅かな振動。
一つの結論を導き出した。
「中継映像はLIVEではない。4時間遅れである」
しかし、どうやって?
帝国標準時間、13時頃。
通信妨害の続く天蝎宮。
玉座の右手で横たわっていたフブキが、ゆっくりと立ち上がる。
遅れて、左手の防護カプセルにもたれ掛かっていたクリンゲルも続いた。
安堵した様子の第十三皇女・RING。
メイド姿と、執事姿のアンドロイドは静かに歩み寄った。
主人の護り刀「あさひ丸」を手にしたフブキ。
その間合いに入る直前、執事の左手がメイドに向かって伸ばされた、
指先から放たれた電撃がフブキを弾き飛ばす。
「クリンゲル! 何をするのですか!」
主人である第十三皇女が叫んだ。
〈RING様、申し訳ありません。
この執事体は既に乗っ取られていたようです。
ロックされたまま離脱も叶いません〉
壁際まで吹き飛んだフブキが立ち上がる。
仮面が外れていた。左頬に認識章。
「フブキ、大丈夫ですか!」
〈RING様、ご心配には及びません……。
危険ですので離れていてください。
トカルスカ様、RING様を頼みます〉
首席執事が第十三皇女を抱えるように避難させる。
二体のアンドロイドは主人を避けるように玉座の裏側で対峙する。
「争ってはなりません!」
主人の命令にクリンゲルは一礼した。
〈争う気は毛頭ありません。フブキに開放してもらうのです〉
そう言いながらも、間合いを詰めるメイドに対して再び構える。
〈RING様、クリンゲルを開放します。
ご許可を……〉
相棒から目を離さずに、あさひ丸を構えた。
「ど、どういうことですか!」
〈あさひ丸の使用許可をください……〉
その刹那、再び電撃がフブキを襲った。
メイドは辛うじて電撃を吸収する。
〈RING様、次の放電までが勝負です。
私の回復が早いか、クリンゲルの充電が早いか……〉
そこでフブキが両膝をついた。ダメージは決して軽くない。
クリンゲルからも懇願された。
〈あと数秒で充電が完了いたします。
私からも願います、
フブキにあさひ丸の使用許可を……〉
三度、電撃を放つ構えを取った。
「分かりました。
フブキ、あさひ丸を使いなさい!」
〈御意!〉
フブキがあさひ丸を中段に構えると、
ライトセーバーが発動した。
裂帛の気合と共にあさひ丸が一閃した。
同時に電撃がフブキを再び吹き飛ばす。
主人に忠実なメイドは壁に激突した。
従者たちから悲鳴が上がった。
愚直な執事に対してだ。
クリンゲルの執事体は、
右腰から左脇の下にかけて、
一直線に切り裂かれた、
勢いで左腕も宙を飛ぶ。
ゆっくりと上体が滑り落ちる。
透明なオイルが流れ出す。
これでは腹部に収納された本体も無傷な訳がない。
が……、
コロンとクリンゲルが転げ落ちた。
〈ミッション、クリア……〉
壁際のフブキが上体を起こす、
またも従者たちの悲鳴が上がる。
自ら異様に曲がっている首をすげ直した。
〈……自己修復中……98%完了……通常行動に支障なし〉
あさひ丸を拾うと立ち上がった。
クリンゲルの外縁部に小さな傷、
一瞬、火花が散ったが内部から樹脂で修復された。
〈損傷は1%以下、フブキ、お見事でした〉
フワリと宙に浮かび、玉座横のホームベース上をホバリング。
底面からのレーザーが幾つかの接続ポートを焼いた。
外部からの不正アクセスを排除した上で、
ホームベースで燃料等を補給する。
「お、終わったのですか」
〈RING様、ご心配をおかけいたしました。
再起動時の干渉は、二体とも排除できました〉
フブキがゆっくりと歩み寄るが、
ダメージが残るのか、上体が揺れている。
〈これより外部との通信を試みます〉
クリンゲルは天井近くまで浮上すると、
内蔵されていた金属幕を展開する。
直径は5メーター近いパラボラアンテナだ。
〈トカルスカ様、皇女用タブレットはお持ちですね?〉
アンドロイドメイドの問いに、首席執事は応える。
A4サイズ。革の外装に帝国紋章。
〈ロックされたままで結構です。
筐体に『PLATANE JA10・3086323』を遷します〉
差し出されたタブレット側面を撫でて、
一部の接続ポートを使用不能にすると、
フブキは左掌を添える。
「プラターネJA10・30……?」
第十三皇女の疑問にフブキが答える。
〈私たちのプラターネです〉
「プラターネはどうなってしまったのですか?」
〈悪意のある改変がなされました。
おそらくスクリールも……。
今回の事件はそれが原因と推定されます〉
大スクリーンには、プラターネとスクリールの認識章が、
ランダムに動いていたが、新たにもう一つのプラターネが加わった。
画面上でプラターネ同士が衝突すると、
白地の認識票は赤と青に変化した。
「それでは犯人は……」
〈お話の途中、失礼いたします。
通信が可能になりました〉
クリンゲルが指向性の高い電波で捉えたのは、
天蝎宮を取り囲む大包囲陣のうち、
皇女MAJA・マールル様の二番艦「EMOTO」だった。




