それぞれの道
第三章。
ミスト大陸からセリアス大陸へと戻るラナン一行。
そして、フロート城ではルシエルの部屋を、カガリが訪ね……?
変わったことは特にない。
旅仲間に、魔術士となったレナ。
ミスト大陸で勧誘した、エリオス王国の生き残りの皇子が加わったこと。
それ以外は、何も変わらない。
「ラナ」
「うぃ、どうした?」
もうじき、レラノイル港に着く。もちろん、夜だ。夜にしか、この隠し船は運航していない。フロートの船を模造しているこの反フロートの船の乗組員は皆、ミスト大陸の宗教、ハース信仰の信者だ。黒いTシャツを着ているのも、白いローブを身にまとう、フロート最強の魔術士部隊「レイアス」に対しての当てつけだった。
下船前というときになって、ふたり部屋のひとつから、エリオスの末っ子であるジンフィール。年は二十四とサノと同い年であるが、それにしては幼く見えるオレンジの双眸を持った青年だった。背丈は百六十少しほどある。小柄だ。
「兄様と俺は、サノイと一緒に行動するんだよな?」
「あぁ、そうだ。しばらくは、こっちの大陸での生活に慣れて欲しいし。世界がどう変わっているのか。何故、革命が必要なのかを知って欲しいんだ」
「……フロートに、狙われたりはしないのか? 兄様は、本当に視力が弱いんだ。光を微かに感じる程度にしか……見えないんだぞ」
俺は大きく頷いた。甲板に出て、風を感じながら言葉を続ける。今日は南の風。エリオスから、後押しされているように感じる。
「分かっている。だから、サノと同行させる。サノは優れた魔術士だ。俺は、ジンレートにも引けを取らないと思っている」
「ジンレートは…………」
オレンジの双眸が、憎しみに揺らぐ。それを見て、ジンレートに対して私怨があるように感じ取れた。
単に、ジンレートといえばレイアスの隊長であるから、目の敵になっているのかもしれないが、ジンレートは好戦的で、ルシエルとは違う。その魔力を、フロートの為にしか使わない。どれだけの血が流れようとも、構うことはなかった。
「クレスとセアラって子が居るんだ」
「……?」
「そのふたりは、エリオス国の統治する村の出らしい」
「…………そう、か」
「悪魔狩りの被害を逃れる為に、早々に村を出たとも聞いた。そのふたりも、後で合流するよう手配している」
「…………」
「皆で、変えよう。世界を、取り戻そう」
「…………俺は」
ジンフィールこと、ジンは表情を陰らせた。兄を、危険な目にさらしたくないのだろう。その気持ちは、痛い程分かった。
俺にも、大切な弟がいる。
「気持ちはわかる。俺も、レナを巻き込みたくはなかった」
「だったら!」
「それでも……一緒に変えたいと思う、ワガママな気持ちもあった。それに、何より……一緒に居たいんだ」
「…………」
「離れ離れで、ずっと居た。レナは、今何をしているだろうか。まだ、フロートに居るのか。ちゃんと、眠れているだろうか。ちゃんと、食事は与えてもらえているだろうか、って。命を狙われている身であっても、やっぱり、心配だった」
「敵、同士だったのか?」
「あぁ」
ふっと息を吐く。息が白くなるほど、空気が冷たい。身体も冷えて来ていた。セリアス大陸は、雪など降らない。それでも、冷えるものは冷える。
カガとソウは、別の船ですでにフロートとラバースへと戻ったらしい。ルシに関しては、いつの間にか消えていた。カガが言うには、もう大丈夫だと言っていたけど、ルシの右肩の問題は解決していない。本当に無事なのか。色々な意味で心配だ。
「さ、下船するぞ!」
俺は、タンタンと甲板を鳴らして部屋へ戻ることにした。部屋では、レナが荷造り……と言っても、薬草関係の片づけ程度しかないけど、それをしていた。
レナは、教祖と何やら話をしていたらしい。何を話したのか、何をしてきたのか、俺にも、誰にも話してはくれない。ただ、前より寡黙になったような気がする。ひとりで、背負い込まないで欲しいのに、と思うけれども、俺もひとのことは言えない。
突然入ると、レナは怒る。だから、軽くドアをノックした。七回叩く。それが、俺だという合図だった。
「入れよ」
「うぃ」
「なぁ、ラナン」
「なんだ?」
レナは、片付けを終えて靴を履き直していた。ベッドに腰を下ろして、俺が来ることを読んでいたように扉の方を見ていた。
「なんで、七回もノックするんだよ。長い」
「敵は、七回もノックしないだろ?」
「悠長にノックするもんか。敵ならな」
「そうだな」
俺は、改めてレナに聞いてみることにした。もやもやしたままでは、戦いにも支障が出るかもしれない。
魔術士になったレナに、どれだけの力が宿ったのかなんて分からないし。もしかしたら、俺が考えていることなんて、実は筒抜けなのかもしれない。それでも、それすら聞かなければ俺には分からないんだ。
「レナ。教祖と何を話していたんだ?」
「……今更、何だよ。もう、ミスト大陸からは離れたんだ。関係ないだろ?」
「関係ないのか?」
「…………」
レナは、黙り込んで目をそらした。何か、隠している。それは明白だ。でも、教えてくれない。俺のことを、信用していないとか、そういう次元じゃないのだろう。
兄としても、レジスタンス「アース」のリーダーとしても、此処は、問い詰めてでも聞きだす必要があると思った。でも、レナは口が堅いし、こうと決めたら簡単にはその道を曲げない。それも知っている。
「レナ。困ったら、言ってくれよ?」
「あぁ、分かってる」
「…………さ、もう降りるぞ。リオたちのところへ行こう。ジンには声を掛けてある」
「分かった」
ゆっくり立ち上がると、レナは何かを決心したのか。険しい顔をしてから俺の方を再び向いた。
「ラナン」
「ん?」
「…………いや、何でもない」
「……そっか」
にっと笑う。
いつか、話してくれるのを待とう。
俺は、そう決めた。
※
「ルシエル様」
「おかえり、カガリ」
ノックもせずに飛び込んで来たのは、弟子のカガリだった。ただ、私の部屋には魔術によって鍵がかけられている。私が許可を出しているものしか、此処を突破することは出来ない。鍵穴は、単なる飾りで、実際にはその穴にある鍵など存在しない。
「御無事で何よりです…………よかった」
「お茶を淹れるよ。さぁ、座って」
「はい」
「久しぶりだね、こうしてお茶を飲むのも」
「…………はい」
何故か、カガリは照れていた。照れながらも、ほっとしている顔をしている。本当に心配をかけてしまっていたのだと、私は心底反省した。
実のところ、まだ、右肩の疼きは治まっていなかった。時折、意識を持っていかれそうにもなる。だが、自制できないほどでもない。この毒草の効果にも、慣れて来たのかもしれない。昔から、幾つもの毒草は、一通り味見をしてきていた。身体を毒で制していたのだ。
(耐性がある私ですら、壊れてしまう毒草……名もなき草、か)
お茶を急須でトポポポ……と、淹れる。それでも、毒草のことが頭をよぎって眉間にしわが寄ってしまう。
何より、後ろで手を引いていたのが「ザイール」であったことが、私には荷が重かった。
(兄上が、生きていたとはな…………)
嬉しいとは、思わなかった。私は、冷たい人間だ。だが、兄上も私を「面倒」だとか、「道具」としか見ていないだろう。だからこそ、今回。私に「名もなき草」を試したのだ。耐性があると知っていながら、私を実験台にした。
それは、ある意味幸いだったかもしれない。私以外の誰かに、あんな毒草を使われでもしたら……それこそ、カガリに使われたら。
「ルシエル様?」
「!」
お茶が、湯飲みから溢れていた。
「あ、あぁ……すまない。つい、うっかり」
「……まだ、本調子ではないのですね。私が淹れますから、ルシエル様は座っていてください」
カガリが席を立とうとするものだから、私は手で制した。
「大丈夫だよ。淹れ直すから、待っていて?」
「でも……」
「大丈夫」
私は、心の中で続ける。
(お前は、私が守る)
ザイールは、顧問としてフロートに留まることになった。だが、私よりも魔力は劣る。この部屋の突破は不可能。毒草に関しての知識が上ならば、私はそれを超えるだけの勉強と、解毒剤の方法を考えるまで。
(もう、何も失わない)
次に入れたお茶には、一本の茶柱が立っていた。
それを見て、私は微笑みカガリに渡す。
「茶柱だ。いいことがあるよ、カガリ」
「…………そう、ですね」
目を細め、カガリはお茶をすすった。
「あちっ」
猫舌であるカガリには、熱かったらしい。顔をしかめて、私の方を向く。そんなカガリをとても、可愛いと思った。
なりふり構っている場合ではない。もう、ザレス国王にもばれている。私に忠誠心がないことは……それならば、それなりの方法でカガリを守らなければならない。城に居る限りは安全だと、カガリに居場所を与えたい。
それが、せめてもの私の贖罪に繋がるのではないだろうか。
そう、信じるしか私には道がなかった。




