術者はルシエル
異教徒の地で五日間過ごしていた、「フロート」のカガリとソウシ。
そこへ、招かれざる客が訪れる。
地響きと共に現れたその魔術士とは、紛れもない「ルシエル」だった……!?
「何で…………まさか、敵って。第二陣のフロート兵とは、ルシエル様のことだったのですか?」
思わず白いローブ姿で現れた男、「神子魔術士」を「ルシエル」であるとすぐさま断定すると、構えていた剣を標的から外し、地面に切っ先を付けた。ルシエル様ならば、この現状をきちんと説明してくださると素直に思ったからだ。ルシエル様は、誰にも秘密にしているが、私の師匠で間違いない。この場に居るものは、皆「ハース信仰者」であり、フロート情勢に疎い。私のことを「疫病神」だと知っている宣教者も居るが、それが「上層部」だけであるということは、すでに調査済である。
もうひとり。私と共に五日間。此処に居たフロートの使者……ではないようだったが、「ソウシ」は、まだこの入口にまでたどり着いていない。今ならば、私とルシエル様のふたりで、内密の話が出来る。私は、問いかけたままルシエル様からの返答を待った。
そのとき、ようやく私は目の前に居る「ルシエル」様に、違和感を覚えた。
「ルシエル様……?」
「…………」
言葉は無かった。しかし、轟音と共に地面に亀裂が走っていく。一瞬、プレート移動の地震でも起きたのかと錯覚したが、目の前のルシエル様の周りだけが、静寂を保っている不自然さに気づき、これが「魔術」の効果だということを察した。それでも、術者が師匠であるとは思いたくなく、思考が直結しなかった。
ひとは、受け入れがたいものには蓋をする種族だ。
生粋の人間種族ではない私も、例外ではなかったらしい。
「闇魔術士め……この聖地を滅ぼすつもりか!」
「おぞましい動物が……清浄化せよ!」
ハース信仰の魔術士……つまりは「光魔術士」が立ち向かおうと礼拝堂奥から出てくる。髪の毛の色は茶色だったり金髪だったりするが、「黒髪」を染めている、脱色している「黒魔術士」の可能性が高い。攻撃魔術を行えない「白魔術士」がどれだけ矢面に立ったところで、神子魔術士である……それも、「世界最強の魔術士」と名高いルシエル様が「本気」で攻め入ろうとしているのならば、敵うはずがなかった。
いや、たとえ「黒魔術士」を此処で出してきたとしても、ルシエル様の前では無意味だろう。私は、この異常な空気を漂わせているルシエル様は、「正気」ではないと認め、自分を追い越しルシエル様の方へ向かって駆け出すハースの魔術士を止めるべく、声を張り上げた。
「待て! この方に手を出してはいけない! 無駄死にするぞ!」
ルシエル様は、「人殺し」などしないお方だ。でも、普通ではない心理状態のルシエル様が暴走を起こし、ラナンを攻撃したという事件があったばかりだ。ルシエル様も、「完璧」ではないのだと、此処は厳しい見解を下すべきだと自らを律した。
「退け、異教徒剣士……我らの邪魔をするな!」
「邪魔をしているのではない! 忠告しているんだ!」
私はルシエル様とハース信仰者との間に身体をねじ込み壁となった。私には「魔術」は扱えないが、「風」なら使える。心の中で「風」を念じると、ルシエル様とハースを二分するように、風が巻き起こった。
「剣士も魔術士か!?」
「闇魔術士の密偵か!?」
荒れる聖地で、遅れてこの入口までたどり着いた「ソウシ」は、剣を腰に携えたままで声を発した。落ち着いているように見えて、どこか焦りを感じているようにも見える。ソウシは、第二陣のフロートからの遣いが来ること。そして、その襲来者がルシエル様であることを、知っているような雰囲気だったのに、何故、今更青ざめた顔をしているのか。私には分からないところだった。
「彼はただの剣士です。皆さん、此処は私たちに任せてください。礼拝堂奥は、頑丈な空間です。簡単には崩落しません。そこに身を隠していてください」
「愚かな異教徒の言葉に、耳を傾けるな!」
「…………ッ!」
私は思わず舌打ちしてしまった。その悪態に、ハース信仰者はますます発破をかけられるかのように、苛立ちを露わにすると、恐れることなくルシエル様の方へと手をかざし、一様に魔術の詠唱を口にした。
「ファイアー!」
言葉と共に、轟く炎が空気中の酸素を巻き上げながら回転し、ルシエル様へ向かって襲った。しかし、速度も威力も、ルシエル様の比ではなかった。六人の「光魔術士」が一斉に炎を放ったというのに、ルシエル様は瞬きひとつしなかった。
恐ろしくて、棒立ちになっている……なんてことは、万に一つもない。不敵な笑みを浮かべている訳でもないが、淡々とそこに居る師匠は、再び全く動きを見せないままで、不思議な「威圧感」を醸し出した。
私は、魔術士ではないため、魔術士が詠唱前に創り見せるという「設計図」など、読み取ることは不可能。ただし、「獣」の血が騒ぐのか。魔術が発せられる寸でのところで、その空気の微かな振動を、肌で感じ取ることならば、出来た。それがこの、「威圧感」だと察知し、私はすぐさま「風」の防壁を編み出した。
相手がどんな攻撃魔術で応対してくるのかなんて、分からない。しかも、ルシエル様相手にして、自分の風が役に立つのかどうかなど、立証したことがない。もしかすると、競り負けるのではないかという不安から、嫌な汗が頬を伝った。
(頼む…………凌げ!)
祈ると同時、ルシエル様の攻撃魔術が動いた。やはり、詠唱は無い。それどころか、身動きひとつしていない。それなのに、ありえない威力の「炎」の龍が現れた。もちろん、本物の生きた龍のはずはない。そんなものは、伝説だ。ルシエル様が創り出した、「化身」であることはすぐに知れるが、此方の炎を、炎をもってして屈服させようとするところが、あまりにも攻撃的思考過ぎて、「らしく」なかった。
まるで…………アイツのような、やり方だった。
「カガリ!」
「!」
意識が別のところへ一瞬動いたところで、炎の龍の頭は、数多もの首を持つ異形と化し、ハース信仰側の術者と私、そしてソウシに向かって鋭い刃のように襲い掛かってきた。
私の剣は「魔法剣」と呼ばれるもので、魔石が組み込まれている。それによって、魔術の攻撃をある程度ならば、無効化させられる。その剣を信じ、私は眼前に迫った鬼のような形相の「龍」だったものを切り裂いた。上から斜め下へと振り下ろした切っ先から、風が巻き起こり、炎は外の空気へと逃げていった。
ソウシは、どうやら「ラバース」で支給されている鉄の剣を携えていたらしい。それは、青銅剣よりはもちろん、硬度がある。だが、魔術を前にしてはただの「金属」だ。術者がルシエル様であり、属性は「炎」の魔術。どう考えても、ソウシに分は無い。
「ソウシ!」
「私なら平気ですから! ハースの者たちを援護しなさい!」
「……!」
力強く頷くと、間髪入れずに私はハースの術者に襲い掛かっていた炎目がけて、疾風を巻き起こした。私の脚では、間に合わないと判断したからだ。風の勢いならば、まだ龍に追いつけると可能性に賭けた。
「伏せろ!」
今度は、私の言葉にやけに従順となり、ハースの術者は頭を抱えて地鳴りの続く協会にひれ伏すよう、しゃがみ込んだ。炎が術者を食って掛かろうとするところで、私の疾風がそれに覆いかぶさり、激しい爆風と共に炎を掻き消した。
多少の火の粉は被っているようだが、もとは「白魔術士」を信仰するハース信者たちだ。あとで、火傷の治癒を受ければそれでいい。命に別状はなさそうだ。
「第二波が来ますよ! カガリ!」
「あぁ…………守り抜く!」
ソウシは前衛に立ち、鉄製のフロートの紋章が描かれた剣を構えた。その三歩後ろに下がったところで、私は魔法剣を掲げ、ハース信者たちを守る為の陣を図った。
(…………来る!)
しばらく静寂したかと思えば、こちらの隙を突こうとでもしたのか。再び炎の龍が現れた。最も、先ほどよりおどろおどろしい形相の龍だ。「神」というよりは、「鬼」に近い。
(この術……やはり、ルシエル様というより…………)
「カガリ!」
隙を狙っていることは、重々承知していた。それなのに、目の前に現れたそれを見て、私はその「隙」を相手に与えてしまった。相手が相手なだけに、深手を負うことは覚悟しなければならないと、私は後手に回ってでも、その攻撃から「命」を守ろうと試みた。
鬼は私の利き腕である右腕に喰らいつくように絡まった。その実態は「炎」だ。皮膚を妬き、筋肉までジュっと燃やし焦がしていく異臭がする。このまま絡まれたままでは、神経どころから、腕そのものを引きちぎられると判断し、剣を左だけで持ち直し、私はその「鬼」を退治すべく、自らの腕に剣を突き立てた。
「グッ…………!」
唇を噛み締め、痛みに耐える。鬼は、剣からあふれ出した風によって離散し、消え失せた。しかし、これでも第二波を止めたに過ぎない。
ルシエル様は、一歩たりとも動いていない。瞬きもしなければ、口も開かない。当然、詠唱など行っておらず、それでも圧倒的魔術で私たちの前に立ちはだかっていた。
「カガリ、大丈夫ですか!」
「ソウシ……どうなっているんだ! 知っていることがあるなら、今すぐに教えてくれ! 何故、ルシエル様が此処に!? 何故、ルシエル様が攻撃を!?」
右腕に突き刺した剣を引き抜くと、その分。抉れた肉片から血が噴き出した。それでも、腕すべてを失くすよりはマシに決まっているし、神経も繋がっていることを確かめた。
多少、痺れている。神経をかすった可能性もある。だが、自分の意思で指や関節を動かせることから、大したことは無いと安堵した。
しかし、混乱していることは確かだ。私は、此処に居るのが旧友であることもあり、完全に取り乱していた。
「落ち着いてください、カガリ。これは…………これは、誤算です」
それで、何故落ち着けるのか。
その答えを、私は焦った。




