赤い龍
異教徒の地にて、ルシエルと思われる「魔術士」と敵対するカガリ、ソウシ。
「赤い龍」の攻撃を前に、カガリは錯乱。
一方、レジスタンスも異教徒の地を目指し、船を手配する。
「誤算ということは、何か分かっていることがあったのだろう!? ソウシ、何を計算していたんだ。言え!」
「そんな細かいところを、今は説明している場合ではないでしょう! あの者から、ハースの聖地を守らなければ!」
まるで動かない人形のような魔術士、暫定ルシエル様。ソウシは、「あの者」と他人行儀で呼びつけた。
圧倒的攻撃力で、此処に召集された精鋭部隊は青白い顔をして、腰を抜かすもの。祭壇のある奥の部屋にまで逃げ込むもの。これでは統率が取れているとは、お世辞にも思えない。
「攻撃魔術」は、フロートの支配する世間体からはまったく見えない位置と立場に隔離されていることまで、分かった。しかし、いざ交戦状態となったならば、やはり「悪魔」として命を狙われてきた「黒魔術士」……所謂此処での「光魔術士」が戦線に立つ仕組みにはなっている……らしい。ただし、フロートのレイアスや傭兵よりも、「応対術」というものが、身になっていなかった。要するに、戦いにおいては「力」があっても、頭脳的には「素人」ということだ。力があっても、使い方が上手くいかなければ、鬼に金棒とはいかない。そんな曖昧な姿勢で、「世界最強」の称号を持つ、ルシエル様に敵う理由が見当たらない。
「どうするんだ、ソウシ! 策はあるのか!?」
「話は後でしますから! カガリ、まだ来ますよ!」
「だから!」
「策などありません!」
「……ッ!」
そう言いきられてしまっては、仕方なく私は剣を構え直す。ここで食い止めなければ、犠牲者が出るのは明らかに見えている。退くわけにはいかない。視線を、逃げ行く魔術士たちから、ソウシへと移し、そして標的を「ルシエル様」へと絞る。
「ルシエル様……此処は、通しません」
「…………」
やはり、応えてくることはない。それでも、確実に相手は私たちを「攻撃」する為の何かを狙っているように見えた。目は相変わらずどこを見ているのか分からない、光のともらないくすんだ色をしている。いつもの、慈悲深い青い瞳の輝きはない。それでも、変わらずに額に切り傷は残されていた。それが悲しくも、この方が私の師匠だと裏付けているようだった。
「来ますよ!」
「待て…………上だ!」
「!?」
私たちの頭上に、轟く龍が現れた。先ほどと同様に炎で出来ている。ルシエル様は、もともと炎の魔術を得意とはされていた。料理で炎を使い、室内を光球にて常に照らし、いつ入っても暖房を利かせているように温かい空気で保たれているのは、「炎」の魔術の応用だと説明していた。
しかし、ルシエル様は私が居るときには、その属性の魔術はほとんど使わなかった。それは、私が「炎」を苦手としているからだ。
「降ってくる……これでは、逃げ場がありません!」
「…………ッ」
「カガリ、一旦退くしか……仕方がありません、逃げますよ!」
「…………、……」
歯を食いしばる。今、怯えている時間はない。それでも、先ほどの腕に絡んだ炎の熱さと痛みが過去の記憶を鮮明に呼び覚ましている。さらに、「視覚」という情報から、私の村が滅ぼされた「炎」への恐怖、村人たちを焼いてしまったあの悪臭が取れない。
「カガリ!?」
「ぅ、やめて…………くれ! ハルナ! 殺さないでくれ!」
「カガリ!?」
次の瞬間。
私たちの目の前は、真っ赤に染まっていた。
※
「…………」
「どうした? ラナン」
「うぃ、いや……なんか、ううん。何でもねぇ」
「?」
レラノイル港まで着いていた俺たちレジスタンス。乗船手続きは、金の管理をしているリオスの担当だった。ミスト大陸までの船は、観光用の船でも、貿易商人の使う大型船でもない。裏ルートより、黒魔術士やフロートから逃れるために、亡命への渡船しか手段はないらしい。そのことを、俺以外の三人……特に、サノイは詳しく知っている様子だった。その為、此処は通常の切符売り場ではない。資金も通常より高くかかると聞いている。この大陸から、ミスト大陸より遠いサノイの国、クライアントまで行くより十倍近い金額を請求されるらしい。そこまでして、何故ラナンは異教徒の地を目指すのか。まだ、目的を聞いていない。
「今日の夜。十一時に此処を発ちます」
「十一時? 何でそんな半端な時間に……?」
「半端だからこそ、だろうな。警備兵も交代に当たる時間帯だ。手薄なところで出向する」
「へぇ……船は、此処にはまだ着いていないのか?」
「いえ、あれですよ」
「え、どれ?」
俺は周りを見渡してみた。それでも、「渡船」というような舟が見当たらない。大きな観光船、遊覧船、貿易船。その横には釣り人用の漁船のようなものが幾つかあるが、まさかあれだとは言われないだろう。
「あそこに、帆を畳んでいる大型船があるでしょう? あれです」
「右から……三つ目?」
「そうです」
「…………嘘、だろ?」
「本当です」
赤い龍の紋章が書かれている。それは、フロートの船である証だった。その為か、一般の船よりも二回りほどは大きいし、木造ではあるが、造りもかなりしっかりしている。痛んでいる雰囲気も無く、おはらい箱になったものが、亡命船へとなったようにも見えない。
「フロートの中にも、亡命を手助けしている者がいる。そういうことです」
「俺たちは、お尋ね者だろう!? 簡単に、乗せてくれるのか!?」
「高いお金を払ってきたじゃないですか」
「金で何とかなるのかよ!」
「ある程度のことは、なるものです」
「…………マジかよ」
リオスがにっこりと笑みを浮かべている。これは、冗談を言っているのか本気を言っているのか、まるで分からない。どちらにしても、フロートの船で異教徒の地へ行くとは思ってもおらず、俺は少なからず動揺した。
「あれは、フロートの船じゃないさ」
「え……!?」
「ラナ。もう、種明かしですか?」
「リオス?」
「レナだって、もう仲間なんだ。そう、隠し事ばっかしてたら、拗ねられるぞ?」
「な、なんだよ……嘘なのか!?」
「すみません、つい」
「つい、って…………」
俺はガクっと肩を落とした。だが、別の船だとしたら、どれなのだろうかと再び周りを見渡してみる。どちらにしても、それらしき船はない。それよりも、三番目のフロートの船がやたら気になってしまって仕方なくなった。この近辺に、フロート兵が居るということだ。俺たちは皆、顔が割れてしまっている。隠れるべきではないのかと、疑問視した。
「レナ。あの船で、間違いはねぇんだ。フロートが運営していないっていうだけでさ」
「どういうことだ、ラナン」
「あの紋章。ちょっと、違うんだ」
「…………?」
「よく、見てみろよ。一見、ふたつの角を持つ四足の龍神。フロートの紋章に似ているけど、違う」
「え? ん…………ん?」
言われてみると、違和感がある。でも、どこにそれを覚えたのかが、分からない。俺は、じっとまた、見つめ直す。フロートの紋章は、嫌というほど見てきている。今はもう、着替えているけど、ずっとフロートからの支給品である、ラバースの制服を着続けていたんだ。
「口……口だ。口が閉じてる」
「そう。フロートの圧政に対し、歯を食いしばる龍。異論を唱えず、無言のまま抵抗を決めた神……だよな、サノ」
「あぁ」
「サノイが、何か関係あるのか?」
「デザインをしたのは、私だ」
「は!?」
「サノは器用なんです」
「そういう問題じゃなくてさ……」
いちいち、どこかズレたツッコミを入れてくるリオスは、わざと茶化しているのではないということは、分かっていた。俺が、無駄に緊張していることを、察してくれているのだろう。
そして、どこか妙なのはこのレジスタンスのリーダーである、ラナンもそうだ。俺は、ラナンと行動を別にしていたし、むしろ……殺そうとしていた。五年も経って、やっとまた、仲間に戻れたけど、正直どう接していいのか分かっていない。ラナンは、こちらに近づきすぎず、遠ざかりもしない。微妙な距離に居る。
「とにかく。あの船の者はみんな、偽フロートだ」
「レジスタンスなのか?」
「俺たちの仲間はいないけど、まぁ。似たようなもんかな。海での戦いをしているっていうのか?」
「なるほど」
俺が納得したのを見て、ラナンは満足したらしい。さっき、妙に眉にしわを寄せて険しい顔をしていたけど、今はそんな表情嘘のように、あっけらかんとしたいつもの顔で、空を見ていた。
「なーんか。嫌な空だ」
「そうか?」
「うん…………赤いな、やけに」
「え? 俺には……青く見えるけど?」
「青、ですよね?」
「青、だな」
「うぃ? そうか?」
ラナは、目を細めて不適な笑みを浮かべていた。
何かを知っている。
何かを見ている。
そんな目…………だった。




