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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第二章 ~選ばれし者の章~
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レジスタンスの不安

魔術士となり、レジスタンスに加わったレナン。

しかし、それに懸念を抱き続けるのはリオス。

サノイと共に、悩む中。

ひとり、未来を見据える者とは……?

 ルシエル様が消えた。


 ザレス国王も、ジンレートも知らぬ存せぬ。


(そんな訳があるか……それに、ルシエル様が消えて何故、この落ち着き様?)


 私は今、海を見つめている。


 この先には、大陸がある。


 異教徒が支配する「ミスト大陸」である。


「セルヴィア」信仰ではなく、「ハース」信仰。


 十年前に一度訪れた場所に、再び派遣されようとしている。


(こんなときに、大陸を離れていいのか…………?)


 私は後ろ髪をひかれる面持ちのまま、乗船した。



「最終投与から三日。まだ、目覚めないか」

「…………」


 私は、血なまぐさい部屋に魔術の光量を灯しながら、薄暗さの中でもわかるほどの流血。どこまで流れたら止まるのか。鮮血のはずだが、毒で酸化でもしているのか。黒々とした汚らしいものに見えてくる。


「そのまま死ぬような器じゃないだろう? 犬」

「…………」

「ワン……とでも、吠えてみるか? お前の大切なものを奪ってしまえば、きっと啼くのだろうな」

「…………」


 ほんの数ミリも動かない。血の流れが止まっているのならば、「死体」と認識するのは早いだろう。

 横たわる犬の長い髪を掴みあげる。無理やり引っ張り上げると、首がだらんと垂れ、口元からは依然とだらしなく液体が滴れる。白かった服は、もはやその面影がない。


「…………」

「?」


 ほんの僅かだが、左手の人差し指が動いた気がした。いや、気のせいではないだろう。この犬には気を付けないといけないことを、私は重々承知している。指を掴むと、そのまま本来曲がるはずのない方向へと、関節を曲げてやった。


 ボキ。


 鈍い音が響くだけで、犬は啼かなかった。


「完成形が近いな。犬から私の人形へと変貌したか」


 私は薄い唇を、下弦の月のように動かした。



「よく、眠っていますね」

「そうだな」


 ラナとレナ。


 双子の兄弟は、風呂を出てから隣の部屋で横になっていた。足音を立てないように二階へと上がり、部屋に入っていたようだが、私もリオもベッドに横になってはいたものの、ふたりが気になり起きていた為、その気配にはすぐに気が付いていた。第一、足音を消したくらいで気配も察知できなくなるようでは、鍛錬が足りないというものだ……とは、今日のところは言わずにおく。

 ラナは非常に慎重な男だった。いつも大胆不敵に見えて、その中には緻密な計算と計画が練り込まれているということを、私もリオも承知していた。だからこそ、多少の無茶は目を瞑ってきた。

 しかし、ここのところのラナは、どうも集中力に陰りが見える。まだ、ルシエルにやられた傷が不完治なのか。それとも、別のところに理由があるのか。探ろうとすると、勘ぐって逃げられてしまう。


「どう思います?」

「? 何がだ?」


 不意に問いかけて来たリオの方を向き、私は問い返した。リオは、浮かない顔をしたまま、後を続ける。銀色の瞳が、今日はくすんで見えた。


「レナは本当に、魔術士となってレジスタンスへ加わるつもりなんでしょうか」

「…………今更懸念をぶつけるのは、レナが可哀相だ」

「そうかもしれません。ですが…………」

「…………ラナがきっと、確認しているはずだ」

「ラナは、レナには甘いです。知っているでしょう?」

「ラナは誰にでも、甘い」

「なら!」


 リオは、声を大きくしたところで、隣の部屋で当人である双子が眠っていることに気が付き、声を再び潜める。物音と気配がしないことを確認してから、一息吐く。


「なら……確実な判断は、下せないのではないでしょうか」

「だから私は、はじめに言った。私側につかず、レナを信じたのはリオ。お前だろう? だったら、信じ切るしかない」

「…………そう、ですね」


 今更、だと気づいたのか、諦めるしかないと思ったのか。リオは口をつぐんだ。ゆっくり立ち上がると、ポットに入っていたお茶をコップに注ぎ、私にも渡してくれた。それを受け取ると、一口つける。ラナとレナが風呂に行っている間に、リオがキッチンを借りて煎じたお茶だった。流石は古代の国と呼ばれる「日本国」の末裔とされる村の出であるリオの煎じるお茶は、クライアントの文化とも、エリオスの文化とも、また、フロートの文化とも違った独特な苦みと渋みを持ったお茶だった。まず、お茶の色が緑である。


「少し、眠った方がいい。ラナとレナのことなら、私が見ている」

「あなたにばかり、負担はかけられませんよ」

「私なら問題ない」

「ダメです」

「……ならば、交代で休もう」

「あなたが先です」

「…………まったく」


 ラナもリオも、頑固なところがあった。そういう私も頑固ではあるが、このふたりの意思を動かすことは、難しい。特にラナは、このレジスタンス「アース」のリーダーである。リーダーであるラナは、やはりイニシアチブを持つべきであり、従う必要性がある。そのため、上下関係は無いに等しいこの「アース」だが、それでもラナの指示は特別だった。


(レナを監視しているのか? ラナ……)


 言われてみれば、ラナが私やリオに黙って眠るということは、ほとんどない。ラナは、レナと共に居ることで……そして、私とリオから離れたところに誘導することで、私たちを守ろうとしているのかもしれない。


「…………」


 ふと、口元に笑みを浮かべた。苦みのあるお茶が、落ち着きも与えてくれる。


「リオ、眠ろう」

「え?」

「レナのことは、ラナに任せておけば大丈夫だ」

「?」

「私たちのリーダーだ。レナのことは、リーダーに任せよう」

「……そう、ですね」


 リオもお茶をすすると、落ち着きを取り戻したようだ。実際、私たちは疲れていた。久々の宿だったということもあり、ベッドで横になると、すぐに眠気が襲って来た。窓側を私が、壁側をリオが使い、そのまま眠りへと誘われた。



「…………」


 気配が消えた。


「…………」


 考えなければいけない。


「…………」


 魔術士となった、レナ。


「…………」


 敵か味方か、分からないルシ。


「…………」


 考えなければいけない。


「…………未来が、変わる」


 静かに、微かに呟いた。



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