立場と目論み
行方不明となったルシエル。
一緒に「転移」してきたと訴えるレナンだが、その姿がない以上、安心できないレジスタンスのサノイ。
ふたりは意見がぶつかり合い……?
誰。
何も、感じない。
誰。
何も、思い出せない。
誰。
俺は…………誰だ。
※
「どれだけ投与した?」
「致死量は軽く超えていますよ、陛下」
「致死量?」
通常、「致死量」と言われれば、投与された時点で死を迎えるはずだ。だからこその、表現。しかし、この目の前に横たわる男には、それの倍以上の毒を盛っても、「己」を捨てはしなかった。生命活動も止まらない。不思議なことに、自己治癒力が高まる一方で、「死」が近づけば近づくほど、強固たる「魔力」が露出していた。
正直私は、この男を本当の意味で「脅威」と感じた。
だがそれも、もう終わりだ。この男は口元からだらしなくヨダレと血を垂れ流し、目からも血涙が流れていた。皮膚に留まらず、肉片が飛び散るほどの鞭で打たれた痕が残り、自力では動けないほど、身体の骨や筋はバラバラだった。
「我々は、少々の毒では死なないように訓練を受けているのです。致死量で、死ぬほど弱くはありません…………ただ」
「ただ?」
「この男の身体は、異常です」
「そうか」
男の腹部の傷は、未だ塞がる様子はない。ドクドクと失血が続いている。唇が青くなってきているのは、チアノーゼを起こしているからか。それとも、失血し過ぎで寒いのか。或いは、両方…………か。
「このままでは、使い物にならん」
「分かっております、陛下。一度壊してしまえば、此方のもの。再構築してみせます」
「よかろう。どれほど時間はかかる?」
「一週間ほど、お時間をください」
「許可する」
「ありがとうございます」
この、薄気味悪いかび臭い部屋から、陛下は姿を消した。あまり、留まりたくはないのだろう。私とて、このようなところを好んで選んでいるのではない。この男たち、「光」属性の民から、身を隠す手段として選んでいただけだ。そのため、これまでこの男は私を見つけることが出来ずにいた。
「無様だな」
どれだけの言葉を吐き捨てたところで、転がっている男が反応を見せることはもう、無い。私は最終段階まで来たと判断し、最後の一粒である毒草を男の口に練り入れた。
あとは、五日ほど意識を失い、目覚めたときには私の「人形」として生まれ変わる。
すべては、シナリオ通り。
私の「アスグレイ」としての、シナリオ通りだった。
※
「ライエス? 異教の神か?」
「違う。いや、宗教なんざ信じてないけど…………」
そう言いつつも、ラバース兵のときにはよく、礼拝堂に足を運んでいた自分の姿を思い出す。信じていない「神」に、縋ろうとしていたのか。「神」くらいにしか、自分でも分からない「道」を、示して欲しいと頼めなかったのか。
結局、道を示してくれたのは「ルシエル」という「魔術士」だった。
「ルシエル…………そうだ、ルシエルを探さないと!」
「落ち着け。ルシエル殿の行方も大事だが、私にとっては急に魔術に目覚めたというお前の実状を把握することも、十二分に大事なんだ」
「…………疑ってるのか?」
「ラバースの密偵だとは思っていない。魔術士でも、きっとあるのだろう。だが、ルシエル殿の密偵ではないという根拠はない」
「! 俺は、そんなものじゃない! それに、アイツは俺をレジスタンスに行けと、導いてくれただけで、何かを企んでいるようには見えなかった!」
つい、声を荒げる。しかし、サノイは冷静さを失わなかった。ふと息を吐き、細く整えられた眉を寄せ、厳しい目つきで俺を見る。
「レナの目からは、見えなかったかもしれない。だが、現にルシエル殿は此処へは来なかった。それが、事実だ。何かを隠したがっている可能性が、無いとは言えない」
「ルシエルが、俺に何かをさせようとしているとでも言うのか!?」
「そうだ。ルシエル殿に操られている線も、私は考えている」
「ふざけるな! ルシエルの……アイツの、何を知っている!? アイツは、そんな卑怯なことをする奴じゃない!」
一気に身体中の空気を吐き出した。制御していなければ、莫大な攻撃魔術をついうっかり展開してしまいそうなほど、俺は怒りに駆られていた。アドレナリンが身体中を駆け巡る。熱い。
「ほんの一ヶ月程の仲ではないのか? そこまで酔狂出来るとはな」
「ば、馬鹿にするな!」
「おいおい、外まで丸聞こえだぞ? レナ……サノ?」
「ラナン……」
俺は目を一度伏せた。その様子を、サノイは観察しているように見えた。それが気になって、すぐに視線をあげラナンにぶつけた。
サノイにずっと疑われたままでは、俺はレジスタンスとして働けない。心底そう思った。疑われるくらいなら、ラナンとは別になったとしても、もう、「敵」じゃないんだ。
ラバースから追手が来るのかどうかは、分からない。俺はラナンとは違って、一隊の隊長でもなければ、副長でもなかった。ただの平兵士だ。俺に価値はない。追手を付ける理由がないと考えられる。
ただし、俺は偉大な「兄」の弟だ。ラナンがレジスタンスのリーダーである限り、俺もこれからは……いや、これからも、マークされ続けるのかもしれない。
「ラナン。俺は…………」
レジスタンスには、入らない。
そう、言いかけて言葉を呑んだ。
「一緒に、生きるんだろ」
ラナンが俺の考えを読んだのか。先手を打ってきたからだ。俺は口をつぐんで、そのまま視線を泳がせた。真っすぐに見つめてくるラナンの瞳に、陰りはない。
「せっかくラバースから……フロートから抜け出せたのに。また、戻るとでもいうのか?」
「そうは言ってない」
「じゃあ、ひとりになるのか?」
「…………」
俺は、否定しなかった。それを見たラナンは、どこか悲しそうな目を一瞬だけ見せた。そして、扉を開けたまま、中には入って来なかったのに、足を動かす。俺を通り過ぎると、サノイのところまで進んだ。
サノイは、俺たちと比べてずっと背が高い。頭ひとつと、半分ほどの差はある。それでも、ルシエルはもっと長身だ。本当に、貴族みたいなひとだと思う。
「サノ。言い過ぎだ。かいくぐりすぎだぞ」
「すまない、ラナ。だが、慎重になって、困ることはない」
「レナを疑うのはやめてくれ」
「違う。私が疑っているのはルシエル殿だ」
「ルシだって、悪い奴じゃねぇよ」
ラナンは、俺の肩を持った。そんなつもりじゃないのかもしれないし、サノイの言い分の方が、本当は「正しい」と思っているのかもしれない。それでも俺は、ラナンの対応が嬉しかった。
味方が、欲しかった。
ずっと、独りだったから…………味方が、ラナンだけは、味方で居て欲しかった。
「ラナ。甘い考えは捨てろと言っているだろう? 足元をすくわれる」
「そうならないよう、気を付けているさ!」
「気を付けていて、死にかけていては世話ないな」
「ッ…………そう、だけど」
「ラナンが…………そんな怪我を?」
「ルシエル暴走事件と言っただろう」
「ルシエルに、そんな大怪我をさせられたのか?」
「…………」
ルシエルを慕っている俺を気にしてか、ラナンは言葉を濁すどころか何も発しなかった。それが逆に、「肯定」を意味しているとは、本人は気づいていないのだろう。ラナンは、昔と変わらずに優しかった。すべてを「否定」して、自論しか持てない子どもは、俺だけだということに気づいた。
(ルシエルから実際、被害を被っているなら、慎重になるのは当たり前だ。それに、ルシエルから師事を受けた俺とは違って、ラナンやサノイにとってはただの敵…………)
俺はラナンを手で軽く避けると、サノイに向き直った。その様子を、サノイは黙って見守っている。
俺は、頭を深く下げた。
「すまなかった!」
「? 何を謝っている?」
「…………ルシエルのことを、俺は信じている」
「知っている」
「だけど、アンタたちがルシエルを警戒するのも…………分かった」
「そうか」
「…………それだけ、か?」
「? 他に、何がある?」
「い、いや……責める、とか」
「何のために?」
サノイは、あっさりとしていた。眉を寄せたまま、気難しい顔をしている。心底、分からないというような対応だ。ラナンは、後ろから俺の肩をポンっと叩いた。そして、笑顔を見せる。
「レナ。お風呂、どうぞ? お湯、あっためておきましたから」
「え、あ、あぁ……」
「ラナも。もう一度、浸かって来たらどうです? 僕とサノは、先に寝室へ行きますから。ふたりは、好きな時間にどうぞ? ね、サノ」
「そうだな」
リオスが加わることで、サノイの負担も明らかに軽くなったようだ。俺はラナンとふたりきりとなり、息を吐いた。
「さ、風呂いこうぜ?」
「ラナン…………」
「うぃ?」
「…………何でもない」
俺は、「ルシエル」のことを言及しようとして、今は時じゃないと首を横に振った。そして、ラナンの左手を握った。
「風呂、入ろう?」
「うぃ!」
俺たちは、リオスによって温められた風呂場へ向かった。




