My Sweet Shadow/I Leave Hollow 2
かつて最強と呼ばれた黒髪の傭兵が守ったそのコロニーを襲撃しようとする者は少なく、住人達に暖かく迎え入れられた2人は穏やかな日々を過ごしていた。
しかしアンジェリカの身長がメリッサを越えた頃、アンジェリカは旅に出るとメリッサに告げて猛反対を受ける。
旅の過酷さを改めて痛感したメリッサは、大事な妹にそんな辛い思いをさせたくはないと言い、アンジェリカはそれでも知らなければならない事があると引こうとはしなかった。
姉の思いやりと妹の珍しい我侭から起きたイグナイテッド姉妹のケンカはコロニー中に知れ渡る事となり、どちらが勝つかで賭場を開いた者はソレを知った武力では劣る筈の姉の鉄拳の前にその屍を晒す事となった。
それでもおおらかな人柄で人々に好かれる姉と、見目麗しくコロニー中の注目を浴びる妹の対立への注目は消える事はなく、メリッサは条件を出してそれを飲む事が出来るのならば旅立ちを認めるとアンジェリカに告げた。
条件は3つ。
毎日端末で必ず連絡をすること。
成果が上がらなければすぐに帰ってくる事。
もし誰かと結婚したりというコロニーを移り住むような事になっても、必ず一度はメリッサに顔を見せに帰ってくる事。
エイブラハムに出会ってしまったからか、それとも元々の性質からか理解は出来ないが、生涯1人で居る事を決めた自分とは違う道を選んで欲しい。
そんな姉にアンジェリカは結婚などする気はないと苦笑を浮かべながら、その条件を飲んで旅立った。
旧コロニーS.O.D.、旧コロニーKyzyl、そして旧コロニーGlaswegian。
かつて企業の影響力を強く受け企業の施設跡地を巡り、そして演目:終末劇の資料を手に入れてコロニーLibertaliaへ帰還した。
立派とは言えないソファに深く腰を掛け、凝り固まった体を伸ばすアンジェリカの脳裏には、旅立ちの際に悲しげな表情を浮かべて自らに問い掛けるメリッサ。
昔の自分を探しに行くのか?
そう問い掛けられた声にアンジェリカは首を横に振った。
アンジェリカが探していたのは失った記憶達ではなく、父と自らの事だったのだ。
そもそもアンジェリカはエイブラハムと出会う前の人生を、どうでもいいものとして興味などない。
幸せを感じられたのはエイブラハムと出会ってからである以上それは仕方ない事であり、その自らを日の当たる場所へ連れ出してくれた父の命に絡みついていた束縛がアンジェリカにはとても憎いものに感じられた。
バックアップとして生み出され、どう生きても長くはなかった歪な生、自らの為に死ぬことを運命付けられた演出。
資料を読み解けば読み解くほどに父に課せられていた重すぎる束縛はアンジェの逆鱗に触れ、必要な資料を抜き出した旧企業の施設はアンジェが立ち寄った場所から順番に破壊されていった。
機動兵器が1つ残らずその生を終え姿を消し、人々の切り札は戦闘車両へと回帰した。
しかし悪夢の終焉者と銘打たれた白銀の太刀はそれすらも斬り捨て、アンジェは名実ともにコロニーLibertaliaを守る最高の用心棒となっていた。
「アンジェ、フェルナンドさんが話があるって。多分今度の取引に用心棒として着いてきて欲しいとか、そういうのだと思うけど」
合金の扉を開けながら灰髪の女――メリッサ・イグナイテッドは血の繋がらない妹に告げる。
顔に刻まれ始めた小じわが経た年月を感じさせるも、快活な様子は変わることなくメリッサを年齢よりも若く見せていた。
「そういう面倒なのを受ける気はないんですがね」
そう面倒だと言わんばかりに呟きながら、アンジェリカはソファに掛けていた赤い外套を羽織り腰に白銀の太刀を付ける。
「そう言わないの。でも、あんまり危険そうなら断ってしまいなさい。アンジェまで危険な事に首を突っ込む必要はないんだから」
「分かりました。でもとりあえず話だけは聞いてきます」
背後に聞こえるメリッサの自らを送り出す言葉に背中を押されながら、アンジェリカは姉妹の家からささやかな日の下に出る。
最初に見た空は太陽が恐ろしくてエイブラハムの足にしがみついていた、幼い自らを思い出してアンジェは苦笑を浮かべる。
もう自らを守ってくれた父、演目:終末劇で、機動兵器に関するソフト等を掻き消されてから聞こえなくなった自らを父と巡り合せた"声"。
その2つは消えてしまったが、それらに愛され守られていたアンジェリカは確かにここに生きている。
父のように自らの終わりに相応しい物を見つけるには到っていないが、それでもアンジェリカはただ父と姉が愛してくれたこの生を全うしていく 。
そしてアンジェリカと名付けられてた女は、愛する父の影からささやかな日の明かりの下へ出る。
愛しい温もりは去り、荒野の乾いた風がささやかな日の光に照らされ光を放つ白髪をなびかせた。
「お父さん。私は、幸せです」
断罪者の名を捨て、生きていくことを選んだ女は決して届く事のない太陽へ手を伸ばす。
愛する父へそう告げた言葉は、そう在る事が当然のように風に消えていった。




