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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Punisher
112/190

Loving Closer/Coming Crawler 7

 放たれた粒子の光弾はソレを砕き、2つの弾頭はその破片を穿ち眩光を撒き散らす。

 有視界戦を第一に考えられていたクリムゾン・ネイルには申し訳程度のセンサー媒体しか格納されておらず、その結末がこの偽りの赤を生む事となった。

 センサーの保護機能により生きた視界で捉えた、左右に配置される柱を蹴りシャドウが跳躍する。

 未だ光の中で溺れ続け、ただ闇雲に弾丸をばら撒く赤を眼下に見下ろしながらシャドウは右腕を振り上げた。


「さようなら――」


 ――ミリセント


 愛しい名前を心中で付け足し、エイブラハムは粒子の刃でカーマイン・センテンスの胴体を切り裂く。


「それでも勝ったのは僕だ」


 赤が青白い粒子の刃に犯されるのを見ていたシューマンの呟きをナイトメアズ・シャドウの外部マイクが捉えた瞬間、エイブラハムの脳裏に最悪の映像(ヴィジョン)が再生される。


炸裂装甲エクスプロッシヴアーマー!?」


 剥離する赤い装甲を意識した瞬間、ナイトメアズ・シャドウは粒子の刃を消し、カーマイン・センテンスを蹴って飛び退くが逃げるにはもう遅かった。

 飛散する赤い合金の装甲を仰け反るようにシャドウは回避するも、ソレは捉えた影を逃そうとはせず影の胸部を確実に捕らえた。


 漆黒の薄い装甲の胸は大きく陥没し、赤いバックのディスプレイは炸裂し、ナイトメアズ・シャドウはバランスを崩す。


 強烈過ぎる衝撃と腹部を中心に広がる激痛を受け入れながら、エイブラハムは失った視界を強化された平衡感覚を総動員する事でナイトメアズ・シャドウを無様であっても無事に着地させる事に成功する。


 動きを止めた空間に対峙する2体。

 カーマイン・センテンスのグレネードキャノンの砲身を蹴り飛ばした足は火花を上げ、赤い装甲を失ったボディは鉄色の中身を晒す。

 対峙するナイトメアズ・シャドウは鋭角に突き出たデザインの胸部を、飛散した赤い装甲に潰され、黒い装甲の端々は合金の弾丸に削り取られていた。


 ディスプレイを破壊され、それすら確認出来なくなったコックピットでエイブラハムは熱を感じる腹部に目をやった。

 コックピットの内壁、つい先ほどまで戦場を俯瞰していたディスプレイ、それらの破片が深々と突き刺さり血染めのカッターシャツを新鮮な赤で染めていく。

 カーマイン・センテンスに叩きつけられた際に破裂した内臓は鋭利なそれらで更に切り裂かれ、回復は望めないだろう。


 しかしここまで生き残れた事自体が奇跡だったのだ。

 時には100を越える相手を殺し、自分よりも巨大な生体兵器や機動兵器と相対し、挙句いつバグによって停止するか分からない体を抱えて生きてきた。

 それでもエイブラハムは愛する女の模倣物を殺し、迫る凶弾から愛する娘を守り通して見せた。

 それらをやってのけたのは破壊者(デストロイヤー)でも、壊殺者(ブレイカー)でも、復讐者(アヴェンジャー)でも、アドルフ・レッドフィールドでもない、エイブラハム・イグナイテッドなのだ。

 愛する女をその彼女が望まぬ生から解放し、辿り着くべき終わりに足を掛けられたのは。


 喘ぐように息を大きく吸い、目線を上げたエイブラハムの視界に小さな白が飛び込んでくる。

 大きな青い双眸で覗き込んでくるアンジェの白くてやわらかい頬にエイブラハムは手を伸ばすも、自らの血で汚してしまう事を恐れ恐れ止めてしまった左手をアンジェリカが掴み自分の頬に寄せる。


 そんなアンジェリカの行動に驚きつつも、エイブラハムは愛しげな笑みを少女にこぼす。


 エイブラハムは気付いていた。

 不自然な邂逅、紛い物(ディスオルタナティヴ)に与えられたいくつもの才能と記憶、最新鋭にして最速の漆黒の機動兵器、まっさらな状態まで戻されてしまった有色の少女。

 その全ては退色していない青い双眸を持つ少女を、復讐者(アヴェンジャー)をも越える回答者(アンサラー)に仕上げるためのものだったのだ。


「おとーさん」


 鈴の鳴るような声で発せられた舌足らずな名称に、エイブラハムは驚愕から目を見開き、やがて涙を溢れさせていく。

 戦う度に進められていた最適化のおかげかは分からない。だがアンジェリカは失ってしまったと思われた言葉を取り戻し、自分の事を父と認めてくれた。メリッサの事をもっと思いやってやれなかった事は、とても後悔だってしている。

 それでも、これ以上の喜びなどエイブラハムにあるわけがなかった。


 自らに向けられた言葉に刻みつけながら、エイブラハムはアンジェリカに感謝する。

 彼女のおかげでミリセントの望まぬ生を終わらせることが出来た、紛い物を呼ばれた自らの出自を知れた、生きる理由を与えてくれた。


 戦いの渦中に居る事は不幸かもしれない。

 作られた出自を知る必要は無かったかもしれない。

 アンジェリカと出会わなければこんな死に方をせずに済んだかもしれない。


 しかし、その生に自らが望む終わりは存在しなかっただろう。

 もはや、望むものなど何もない。


「……ソウ……アレは私の分もあるんでしょう?」

『イエス、代行者(プレイヤー)


 先ほどのダメージがスピーカーにも影響しているのか罅割れたマシンボイスがそう告げると、エイブラハムのシートの上部が小さく開かれてケーブルで繋がれた端子が落ちてくる。

 エイブラハムはそれを握り締めながら、血が滴る唇でアンジェの額に口付ける。


「こんな事でしか、あなたに応えられない私を許してください」


 脳裏によぎる映像(ヴィジョン)は愛する女の、エイブラハムに刻み付けた言葉。

 その言葉を最後にエイブラハムは、アンジェに笑みをこぼしながらその青い双眸を頬に添えていた左手で隠す。


「幸せになりなさい、アンジェ」


 そしてエイブラハム・イグナイテッド、比類なき白(ディスオルタナティヴ)と呼ばれ、代行者(プレイヤー)終焉者(クローザー)の役目を果たした男の眼球に金属の端子が差し込まれた。

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