Loving Closer/Coming Crawler 5
エイブラハムの電磁刃によって失われた右腕武装を、コンテナに格納されていたサルファー・エッジの予備のライフルで補填したカーマイン・センテンスがシャドウに追い縋り、ナイトメアズ・シャドウはカーマイン・センテンスがばら撒く弾丸を回避し斬り払う。
改修機でしかないカーマイン・センテンスと最新鋭機のシャドウの機体性能には大きな差があるが、それでもナイトメアズ・シャドウがカーマイン・センテンスを撃破する事が出来ないのは乗り手の技量が大きかった。
クロム・ヒステリアの実働データがあったとしても、復讐者という企業の天敵と戦ったミリセントの記憶から作られたAIとエイブラハムの技量の差は赤と影の機体性能以上だったのだ。
勝負を掛けようにもミリセントの実力を把握しているエイブラハムは踏み込むのを躊躇し、カーマイン・センテンスの戦闘パターンを見極めようとする。
殲滅者ミリセント・フリップには3つの側面があった。
1つ目はエイブラハムが良く知る世話焼きの女という面。
2つ目は苛烈に弱者を攻め立て、弄び尽くしてから殺すという残酷な面。
そして3つ目は遊びも何もかもを抜きにした、 対復讐者級戦闘態勢とも言える殲滅者の面。
今シャドウが相対しているカーマイン・センテンスはおそらく3つ目に移行しており、単純な技量で考えてしまえばエイブラハムに勝ち目はなかった。
しかし同時にミリセントを知っているからこそ、ナイトメアズ・シャドウにあってカーマイン・センテンスない装備をエイブラハムは知り得ていた。
だからこそ、乱雑かつ悪辣なミリセントの戦い方に、エイブラハムは勝負を掛けるタイミングが掴む事が出来ない。
マシンガンで粒子の光弾をばら撒きながらナイトメアズ・シャドウは柱を盾にするように大きく旋回し、カーマイン・センテンスはナイトメアズ・シャドウに追いつかんとするものの直進や回り込むというルートを選ばない。
ミリセントなら決してしないであろうその機動に、エイブラハムは訝しげに眉間に皺を寄せる。
胸に広がりだす違和感。
ミリセントと同じ時間を過ごし、アドルフ・レッドフィールドの記憶の断片により苛烈に攻めるミリセントを知り、復讐者の記憶の断片により遊びもなく命を執拗に狙うミリセントを知っているエイブラハムはその違和感に気づき始める。
エイブラハムは知っている、しかしシューマンは知らないミリセント・フリップ。
クリムゾン・ネイルのアーキテクトとして弱者を苛烈に攻め立てる殲滅者としての印象を強く持ち、終焉者を含め歩兵という戦力を軽んじるヤニック・シューマンの嗜好。
判明する違和感の正体にエイブラハムは深い溜息をつく。
アンジェの為を思えば時間を掛けるわけにはいかないという焦燥。
自らが知らないミリセント・フリップに感じていた違和感。
胸に広がるそれらが不快感となり、苛立ちが生まれていく。
愛した女の死を冒涜され、あまつさえソレを道具として扱っている。
「許すわけには、いきませんよね」
エイブラハムの呟きに呼応するように、ナイトメアズ・シャドウの赤いマシンアイが偽りの赤を捉える。
ナイトメアズ・シャドウは先鋭的なデザインの足で滑るように柱の間をすり抜けて行き、ナイトメアズ・シャドウを捉える事が出来ないカーマイン・センテンスは弾丸をばら撒きながら執拗にナイトメアズ・シャドウに追い縋る。
粒子の光弾の残滓を浴びながらも追撃の手を休めないを画面上に捉えながら、エイブラハムは発光弾の残弾数を確認する。
エネルギー精製される事はない弾はサルファー・エッジ撃破後と変わらない数字を表示し、使い切れば後がない事を教えていた。
「ふざけやがって糞があぁぁぁぁぁぁっ!」
ヤニック・シューマン――進行者は眼前に広がる光景を見ながら怒声を挙げ、その声に合わせるかのように無数のコンテナが開かれる。
開かれた無数のコンテナから姿をあらわしたのは大口径のグレネードキャノンを始めとする設置型の銃火器だった。
「無粋ですね、レディとの逢瀬を邪魔するなんて」
「黙れ! 邪魔しやがって! 邪魔しやがって!」
退色した人間の精神の弱さを露見させながらシューマンは拮抗する両者の戦いに介入を始めようとする。
砲身を未だ動きを止めない2機の機動兵器へ向け始めた銃火器群を、赤いバックのディスプレイ越しに見やりながらエイブラハムはかつてない窮地に溜息をつく。
いくらクロム・ヒステリアの実働データがあるといっても、機動兵器乗りとして未熟なエイブラハムが実力で大きく離されているカーマイン・センテンスを相手にしながらそれらの飽和銃撃を回避するなど出来るはずがなかった。
ナイトメアズ・シャドウの装備はマシンガンにブレードに発光弾にブースター、その全てが近距離から中距離を想定したものであり、300m以上離れている銃火器群を殲滅する事は叶わない上に、銃撃が始まってしまえばシャドウの薄過ぎる装甲では数分ともたないだろう。
撤退する事すら困難となった戦況に背筋をつたう汗を感じながら、エイブラハムは最良の手段を思索する。
激昂しきっているシューマンが自身への影響を考えて無数の武装を展開していると考えるのはあまりにも楽観的であり、エイブラハムとアンジェリカが居るアリーナ状の空間に安全地帯など存在しない。
自分1人ならともかくアンジェの命が掛かっている以上、一か八かの特攻など出来るはずもない。最悪ナイトメアズ・シャドウを乗り捨てて盾にするという現実的ではないプランが、エイブラハムの頭をよぎったその時、偽りの赤が動き出した。




