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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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86話 仲間への苛立ち

 細かい二人の息づかいが茂みの中から聞こえてくる。お互いに気配を最小限にしようとするにも、激しい疲労がそそれを許さないでいた。

 茂みから飛び出し、これで何度目かの剣と拳がぶつかり合う!

 剣は自身の力を発揮できる間合いを望んで牽制し、拳はその内側に入らんと執拗に迫る。

 押しては引き、押しては引きの激しき攻防。虚実を少しでも見誤ったならば、斬り裂かれるか、激しく殴打されるかのどちらかが待っているのだ。


「やあッ!」


「うりゃッ!」


 必死な攻防の中に生じる僅かな隙、互いにそれを見逃さず同時に渾身一撃を放った!

 剣がブロウの喉元に、拳がセリクの鼻先に突きつけられる。


「…やるな」


「ハァハァ。そっちこそ…」


「最初みてぇに顔は殴れそうにねぇな」


「ああ。殴られる前に、ちゃんと反撃できるよ」


 そう答えると、ブロウは嬉しそうに笑って拳を引く。セリクも神樹の剣を下ろした。


「力はちっと足りないが、速さだけならブラッセル将軍並だな。俺様の拳に追いつけるヤツなんてそうはいないぜ」


「イクセスさんは、ブロウよりももっと強いの?」


 ふと疑問に浮かんだことをそのままセリクは問う。


「お? んー、マジでやりあったことはねぇからな。だがよ、将軍って名前が付く以上はやっぱ強ぇのは間違いねぇ。俺様の師父だって将軍だしな」


「師父って…先生のこと?」


「オウ。先生ってか師匠だな」


「え? どっちも同じ意味じゃ…。でも、将軍に戦い方を教わったの?」


 特別な任務が与えられているので、帝国に戻って来ていない将軍が一人いるとゲナが言っていたことを思い出す。


「オウ。俺様の武術はその人に教わった。いまだ、あの人にはどうやっても勝てねぇな。攻撃をかすらせもしねぇ。たぶん、三将軍……おっと、今は五将軍っていうんだったか。その中じゃ最強だと思うぜ」


 ブロウが攻撃を当てることもできない…どれほど強いのかとセリクは思う。


「でも、世の中は広いな。ガルのオッサンみたいな強いのがまだまだいるんだろ? 四龍ったか? 四ってことは、他にも三人いるってことだろ? あんな強いのがよ。クゥーッ、そんなのと闘えるなんて嬉しいぜ!」

 

 シュッ、シュッと拳で空を切るブロウは心底嬉しそうだ。


「あ…。そういえば、ブロウ。ガルを逃がしちゃったのまだ怒ってる?」


 セリクはおずおずと尋ねる。

 ガルと決着をつけたかっただろうに、それが叶わなかなくて不満気にしていたのを思い出したのだ。


「オウ? いや、んなこと別にもう気にしちゃいねぇよ。また会えるだろ。あの時は、頭に血が昇ってたけどよ、今考えれば、あのままやり合ってたら負けてただろうしな」


 怒るのは早いのだが、決してそれを根に持ったりしないのはブロウの良い点だった。

 ギャンなどは後から嫌味を言ったりすることがあったので、セリクにはちょっと気がかりとなっていたのだが、どうやら取り越し苦労というやつであった。


「オウ。ま、俺様が怒っていることは別にあっけどな~。セリクには関係ねぇことだしな」


「え?」


 ブロウはそう言って、セリクの頭をポンと叩く。

 何に怒っているのかセリクは尋ねたかったが、ここで聞かずとも後で知ることになるのであった……。




 今日の調理担当はフェーナであった。真剣に火と魚を見つめて調理に取り組む。


「ハラワタは、こうやって抜き取ればいい」


 ヘジルが手本に、魚の口に細い枝を二本入れ、捩りながらエラや内蔵を取り出す。


「…うん」


 フェーナは真似をするが、勢い余って内側から身を破ってしまったりする。だが、苦心しつつもなんとか内蔵は取れたようだった。


「…塩はそんなに振るな」


 勢いよく塩をバサバサとかけていたのを注意される。


「え? …う、うん」


「しょっぱくなるだけでなく、魚から水分と共に旨味まで逃げるぞ」


「う、うん。はい」


 塩を振り、枝を串代わりに通した魚を火の周りに突きさしていく。


「…もう少し火から離せ。焦げる」


「………うん」


「強火の遠火が基本だ。火に直接当てるわけじゃなく…」


「もう! いちいちうるさいわよ!!」 


「う、うるさい?」


 怒り出すフェーナに、ヘジルが目を丸くする。


「私がいまやってるんだから! 黙って見ててよ!」


「…わ、解った」


 自分の部下だったら、言い返さずにヘジルの言われた通りにやっていただろう。だから、そこで反論してきたフェーナにヘジルは戸惑ったのだった。


 黙々と作業するフェーナの手つきは危なっかしいものがあった。魚に串を通す時も、自分の手の平まで貫きそうな感じだ。できれば少し口添えをして改善を促したい気持ちに駆られるが、必死で堪える。

 魚を地面に最中、地面が柔らかくて上手くいかなかったりする。石などを利用して串を固定すればいいだけなのだが、フェーナはそこまで考えが及ばないらしく、あっちに刺したりこっちに刺したりしている。


「うーん」


 考えに考えた末、側にあった朽ち木に突き刺すことで問題を解決させた。

 それを見て、ヘジルはフウッと小さく溜息をつく。満足気なフェーナを見ていると、なぜか自分の心の中にも充足感にも似たものが沸き上がってきた。


「…やはり、ミシールやスベアとは違うな」


 眼鏡のツルに触れながら、ヘジルは呟く。


 何か問題が生じた場合、スベアであれば、何も言わずとも自分ができる最善の選択を選んでいただろう。ミシールに至っては、早々に諦めてヘジルに託したに違いない。部下である二人は、ヘジルにとっては想定内である最適解に至ることが解っていた。解っているだけに、いつも同じ行動をとる二人に対し、つい"馬鹿は嫌いだ…"といつも心の中で不平を漏らしていたのである。

 だが、フェーナは違う。正解を知っているヘジルを前にしても、自分なりのやり方を通そうとする。それが正しいか間違っているかは重要ではないと言わんばかりに…。ヘジルの嫌う、非論理的、無秩序、破天荒そのものではあったのだが、だからこそ想定できないことで驚かされる新鮮さがあった。馬鹿だと思いつつも、フェーナの思考・行動は、ヘジルにとっては不可解と写ると同時に、なぜかとても興味を惹かれるのだ。

 それは、識り得ないものを、識ろうとする時の知的欲求が為せる業なのか、自身にも理由が解らなかったが、それすらも解き明かしてみたい衝動に駆られる。


「ほら。ちゃんとできたでしょ。私だってやればできるんだから!」


 自信満々に言うフェーナに、ヘジルは小さく笑って「そうだな」と答えたのだった………。




 訓練を終えたセリクとブロウが、川の方で汗を拭いてから戻ってくる。

 ちょうどその頃には魚はちょうどいいぐらいに焼き上がり、焚き火を囲うようにして四人が車座になって座った。

 ブロウは両手に魚を持ち、決して上品とはいえない食べ方でかぶりつく。


「セリク。ほら、これ、一番よく焼けてると思うよー。私が焼いたんだ。スゴいでしょ?」


「うん。美味しいよ」


「飲み物いる? リュックにフォンさんからもらった道領国のお茶があったんだー。すっかり忘れててね。見つけたから、さっき試しに煮だしてみたの。ちょっと苦いけど、お肉とかお魚を食べた後に飲むと口の中がサッパリするんだよ」


 フェーナは相変わらずセリクの世話を焼く。セリクも困った顔をしつつも、されるがままだ。

 ジッとそのやりとりを見ていたヘジルが、ゴホンと咳払いをする。セリクとフェーナがそちらに目を向けた。


「……フン。ちょっと、セリクを構いすぎじゃないか」


「構いすぎって? いつもの通りじゃない」


 フェーナの言う通りだった。このやりとりは、いつもの食事風景ではもはや当たり前の光景だった。


「セリクも子供じゃない。自分の面倒は自分で見られるだろう」


「そうだとしても、私が好きでやってるんだもん!」


「…そうだとしてもだ。見せられるこちらはあまり気分がいいものじゃない」


「気分がよくないってなによ? ヘジルの気分にどんな関係があるっていうの?」


「…それは」


 ヘジルは少し考え込む。自分で、なんで不快に感じるのか理由がよく解らなかったので説明しにくかったのだ。


「あのさ。フェーナ。俺、自分で取って食べられるから。お茶も置くれれば飲みたいときに飲むよ」


 セリクが申し訳なさそうに言うと、フェーナは頬を膨らませる。


「なによ。セリクまで」


「いや、ヘジルが正しいと思うよ。俺、フェーナに頼りっぱなしだから」


「いいだもん。セリクは私を頼っていいの。今までもそうだったし、これからもずっとそうなんだから!」


 ブロウがピタッと食べるのを止め、フェーナを見やる。


「………セリクは流されるままだな」


「えっ?」


 ヘジルがポツリと発した言葉に、セリクが首を傾げる。


「フェーナの気持ちに応えられないなら、はっきりそう言うべきじゃないか」


「? どういうこと?」


 ヘジルが少し怒っているのだと知り、セリクは不安な顔をした。


「フン。そのままの意味だ。迷惑そうな顔をしたとしても、ちゃんと拒否しないのならば、人は肯定と受け取るものだ」


「肯定って…」


 セリクがなかなか理解していないので、ヘジルはさらに不機嫌になる。


「…フェーナがお前を好きだと表現しているのに対し、まともに返事を返したことがあるか? フン。思わせぶりな態度は相手に失礼だぞ」


 自分で話していて、ヘジルは気分が更に悪くなるのを感じる。その理由がよく解らないのも、余計にヘジルを苛立たせた。


「俺は…」


「ちょっと! なんでヘジルにそんなこと言われなきゃいけないのよ!」


 フェーナが怒るが、ヘジルはフェーナには眼を合わせずに鼻を鳴らすだけだ。


「…僕はハッキリしないヤツは嫌いなんだ。人の良さそうな顔をするだけで、なんの決断もしない。その優柔不断さは、戦いに置いても悪影響を及ぼす」


「……俺は、俺は、戦いじゃちゃんと決断しているよ」


 俯きながらセリクは答えた。フェーナのことは曖昧にしているかも知れないが、戦いについては別だと思ったのだ。


「頭の中でか? フン。僕たちにはお前の頭の中までは見えない」


「お、俺だって……ヘジルの考えていること、解らないし」


「僕は必要な情報は共有させている。だが、お前は違う。ただ優柔不断というだけではない。肝心なことも話さないだろう。お前の持つ力…龍王に対抗できる力、拒滅ルンとやらの正体についてもお前は黙っていた」


 ヘジルの指摘が、フェーナのことから別の話に移り変わる。


「…黙っていたって。そんなつもりは」


「そうだな。そんなつもりはない…便利な言葉だ。だが、物事をあやふやにしているだけだ」


「し、知らなかったんだよ! 自分の力のことも、自分自身の正体だって!」


 知らないからこそ、セリクは自らを知ろうとサガラに調べてもらおうとさえしたのである。


「知らなかった? そんなはずはない。お前は破滅なる紅レイドの存在を知っていた。神告にも参加したんだろう? その時すでに疑問に思っていたはずだ」


 ヘジルの指摘は図星だった。セリクは言葉を詰まらせる。

 神告で裁定神パドラ・ロウスが破滅なる紅と言ったとき、それが自分じゃないかと感づいていたからである。聞かれないから言わなかった、いや、それは言い訳に過ぎないだろう。それを皆に言うことを躊躇っていたのは本当だったからだ。


「ましてやレイド本人と話したことがあるんだろう?」


「そ、それは…でも、彼は俺の夢にでてきただけなんだ」


「だが、その彼と話さなかったのか? そんなはずはない。少なくとも、接触して何か情報を得た。それも神々が持つ情報レベルのものだ。そんな重要なことすら僕たちには話さなかったんだ」


 レイドの存在をあえて言わなかったのは事実だ。だが、それは自分の空想の人物かも知れないという考えもあったからである。


「確かに夢の中の人物について話すのは勇気がいるだろう。だからこそ、話すべきではなかったと考えたかも知れない。だが、お前の強大な力は現実として存在している。その力について知り得たことは、たとえ取るに足らないと思ったとしても話すべきだろう。そんな情報共有のミスこそが、パーティを崩す要因になる例を僕は山ほど知っている」


 ヘジルの言う通りだと感じ始め、セリクはショックを受けていた。何も言わなかったことで、ここまで責められるとは思ってもみなかったのだ。


「………俺は」

 

 言葉がでてこないのを、セリクは苦痛に感じる。何も言い返さないのを、ヘジルは軽蔑した眼で見やる。


「フン。沈黙が正解だとでも思っているのか? 賢人が黙するというのと、知っていることを黙するってのは全然違うぞ。前者は叡智故にだが、後者はただの自分勝手なわがままに過ぎない」


「もういい加減にして! なんで、そんなにセリクに辛く当たるのよ!」


「………別に辛くなんて当たっていない。事実を述べたまでだ」


 フェーナは、セリクとヘジルを交互に見たあとに大きく肩を落とす。


「そりゃ、ヘジルの言ったことも……ほんのちょびっとは正しいと思うよ。私だって、セリクがレイドのこと話してくれなかったの…ちょっと寂しかったし」


「…フェーナ」


 だんだんと、セリクは自分が取り返しのつかないようなことをした気分になってきていた。

 

「…フン」


 食事も手につかず、三人がそれぞれ暗い雰囲気になる。


「うおーッ!」


 ドンッ! いきなり響く声と音に、三人は驚いてブロウを見やった。

 その音は、ブロウが自分の座っていた平石を殴りつけたことによるものだった。


「お、お兄ちゃん。さっきから不機嫌みたいだけれど………なんかあったの?」


 フェーナの言うとおり、焚き火を囲んでからというもの、ずっとブロウはムスッとしていたのだ。


「オウ。俺様も考えてることがあってな…。今の話を聞いていたら、もう我慢できねぇ!」


「フン。お前が考え事だと?」


 明らかに小馬鹿にしたように、ヘジルは肩を竦めてみせる。


「………オウ。ヘジル。オメェ、ご大層なこと並べているけどな。情報をちゃんと回さなかったのはオメェも同じだろ」


 新しくとった魚をムシャッと囓り、ブロウがそう言う。ヘジルは眉をピクリと動かした。


「なんだと?」


「俺様も、オメェやフェーナの命が削られるってな話を一切聞いてねぇぞ」


「…お兄ちゃん」


「情報を黙っていたのが悪いってんなら、ヘジルもフェーナも同じじゃねぇか」


 ブロウが怒っていたのは、これだったんだとセリクは理解した。

 プラーターが、治癒師や召還師の強大な力に蝕まれて寿命が縮むという話をしたとき、ブロウは驚いた顔をしていたことをセリクは思い出す。


「……それについては黙っていたわけじゃない。たまたま話す時期が、召還神を得るときと重なったというだけだろう」


「オウ。実の妹のことだぞ?」


 肉親のことだ。ブロウが真剣になるのは当然のことだった。


「………確かに。そうだったな」


 それについては思うところがあるのか、ヘジルは眼を細めた。フェーナも膝の上に拳を丸める。


「……正直、実の妹の命がかかってんだ。納得できねぇところだけどな」


 ブロウは、食べ終わった木の串を火の中に放り込む。


「でも、お兄ちゃん! 私は…」


「わーってる。どうせ、俺様が何言っても聞くつもりはねぇんだろ。いまさら兄貴面すんなってまた言われるんだろうしな。もし、言って止まるもんなら最初から旅なんて許さなかったぜ」


 あまり考えるのが得意でないブロウでも、妹のことについてはそれなりに考えていたことなのだろう。

 どう話すべきなのか、どう切り出すべきなのか、それを悩んでいてブロウは苛立っていたのだ。むしろ、ヘジルやフェーナから話があるべきぐらいに思っていたのだろう。

 ブロウにも、妹の寿命はデリケートな問題だとぐらい解っていたのである。


「で、どれくらい寿命が削られんだ? その、回数とかにもよるんだろう? 一年か? それとも二年か? まさか…五年か?」


 肉親としては一番気になるところだろう。ブロウの問いに、ヘジルは少し考え込む。


「ハッキリしたデータがあるわけじゃない。神気シンを扱う度合いにもよるんだろうが…。個人差があると、フォン老師もプラーターも言っていた。だが、少なくとも力を使ったといって今日や明日に死ぬわけじゃない。自覚症状みたいなものがでたら危ないんだろうが」


「自覚症状ってどんなの?」


「……簡単に言えば、急速な老化だな。代謝機能には間違いなく影響がでてくるだろう」


「えっと、おばあちゃんみたいに………シワがでてくる…ってこと?」


「そうだな。告知師や召還師では例が少なすぎて解らないが…。治癒師に関しては、急速な老衰に至ったという話を聞いたことがある」


「むうー。私の顔…まだ大丈夫だよね? シワがでたら要注意…と。よし。気を付けよ」

 

 フェーナは頬に手をあて複雑そうな顔をした。それでもセリクたちについて行く決意が消えたわけではないようである。


「んー。よく解らねぇんだが、治癒や召還の力も使わなきゃいいんだろ? 使わなきゃ、蝕まれることがねぇわけだよな?」


「…ああ。まあ、召還神を使わずして魔王や龍王は倒せないだろうが」


 ヘジルは頷く。すると、大きく息を吐き出してから、ブロウがようやく笑い始めた。


「オウ。よし、わかったぜ。なら、話は簡単だ。俺様とセリクが、オメェたちが力を使わないうちに敵をブッ倒せばいいだけじゃねぇか。それができんなら、セリクの力の正体なんてなんでもいいぜ。敵を倒せる力だ。それだけ解ってりゃ充分だ。レイドだかなんだかって話も、もっと偉い神様を手にいれりゃ解るんだろ? そしたら、頭のいいオメェが聞いて考えろ」


 ブロウらしいともいえる単純明快な言い分に、ヘジルは絶句した。


「俺様たちは仲間だ。気にいらねぇことがあるなら、今みたいに言い合って、それでも納得できねぇなら殴り合え。それが終わったら、もう仲良くしろ。優柔不断なヤツがいたっていいじゃねぇか。頭は切れるけど頑固者だっていやがるんだしよ。色んなヤツがいるから、こうやってパーティってのは支え合って成り立ってんだろ」


「…フン。無茶苦茶だな。そういう話をしていたわけじゃない」


 そもそもが、セリクの態度の話をしていたのだ。当のセリクはうつむいたままで、いつの間にかブロウが入って話が違う方向に行ってしまったのである。


「なら、オメェがセリクを責めてなんか良くなるのかよ?」


 ブロウはそこまで意識していたわけではないが、確信を突いた言葉にヘジルはドキッとする。

 ヘジルとすれば半ば八つ当たりのような感情をセリクに抱いていたので、それに対しては何も答えられなかったのである。冷静に話しているつもりだったのだが、実はかなり感情的になっていたのだ。


「おっし。おら、ケンカは終いだ。さっさと食おうぜ。せっかくフェーナが作ったってのに、冷めちまったら旨くねぇぞ!」


「う、うん。そうだよ。セリクもヘジルも食べて!」


 セリクとヘジルは一瞬だけ目を合わせたが、ヘジルの方がサッとそらしてしまう。

 そして、促されるままに二人とも魚を口に含んだのだった……………。




 夜になって、セリクは毛布にくるまりながら眠れないでいた。


「オウ。どうした? 寝れるときに寝とけよ」


 火番をしているブロウが気づいて声をかける。


「…うん。寝れなくて」


「ヘジルが言ったこと気にしてんのか?」


「う、うん」


 ブロウはコクリと一つ頷き、鼻の下を擦りながら考える。何を言うべきか考えているようだった。


「…俺、ヘジルが言っていることが正しい気がして」


「オ?」


 ブロウの言葉を待たず、セリクは自分から話し始める。


「前に友達に"何でも相談しな"って言われたことがあるんだ…。だから、ちゃんと自分の気持ちとか話せないのはダメだって知っていたんだ」


 セリクは悲し気な顔をして言う。

 自分の正体を知ろうとサガラの元へ行った時、ギャンは泣きながらセリクにそう言ったのだった。ギャンに誤解をあたえ、一人で勝手に悩んだことも、もしセリクがちゃんと自分のことを話せていたらあれほどの問題にならなかったかもしれない………そんな風にセリクは考えていたのである。


「だから、俺がレイドのことを言わなかったことはいけないことだと思う。それに、フェーナに甘えて流されるままにしていることだって……」


 横目に、寝息をたてて気持ちよさそうに夢の世界を漂っているフェーナを見やる。

 「俺に構わないで!」とハッキリ言えたらどんなにいいだろう。だが、それを口にした瞬間、フェーナが傷つくのだとセリクは知っていた。その顔が見たくないので、苦笑いをしてされるがままにしているのだ。それはセリク自身、優柔不断なことなのだとよく解っていたのである。


「オウ。だがよ、オメェがレノバ村で辛い思いをしたのは俺様もフェーナも知っている。だから、んなに無理をしなくてもいいと思うぜ」


「ダメだよ。俺、ヘジルやブロウみたいになりたい…。もっと、自分の気持ちをしっかり言えて、ちゃんと俺自身の意志で決断してるって見てもらえるようにならないと」


 ヘジルとブロウは、自分の意見を言い合っていた。それに比べ、人の顔色を見てしまう自分がなんとも情けなく思えていたのだ。


「…俺様には、ちゃんと自分の気持ちを喋っているように見えるけどな」


「え?」


 セリクは意識していなかったが、自分の気持ちをきちんと口に出していた。少なくとも、ブロウにはそれは伝わっているのだ。


「なんていうかなー。オメェ、ちいっと気にし過ぎなだけなんじゃないか? 無理に人に合わせてっと疲れちまうだけだぞ」


「…別にそんなこと」


 ヘジルのように論理的に話せるわけでもない、ブロウのように勢いで喋ることもできない。比べる対象が悪いわけではあるのだが、セリクからすれば深刻な悩みになっていたようだった。


「ヘジルだって、オメェが思っているほど完璧じゃねぇぞ」


「…でも、俺よりすごいよ。色んなことを知ってるし、あんな難しい文字を解読しちゃうぐらいなんだから」


 菜園堂で、ヘジルがクリバス言語を呼んだり喋ったりしているのを見て、セリクは素直に凄いと感心したのだった。


「だからと言って、ヘジルが言ってんのがすべて正しいってなわけもねぇだろ」


「……そうかも知れないけれど。ヘジルの言っていることほとんど当たっているし」


 ウジウジと悩み続けるセリクに、ブロウは苛立ち始め、自分の頭を乱暴にかいた。

 だが、感情にまかせて怒鳴ったり殴ったりしてしまえば、幼少の頃にセリクを怯えさせていた時と同じ失敗だと、ブロウは考え直す。


「オウ。いいもん見せてやる。ちっとこっち来い」


「なに?」


 ブロウが立ち上がって手招きする。


「でも、フェーナは…」


「大丈夫だ。周りに魔物とかの気配はねぇしな。火さえ絶やさなければ、ちょっと離れるぐらいは問題じゃねぇ」


 ブロウはスンスンと周囲のニオイを嗅ぎながらそう言う。それが本当かどうか疑わしいが、なぜか自信あり気だった。


 セリクは戸惑いながらも立ち上がってその後について行った。


「…ヘジルはいつも涼しい顔してっけどな。本当はそんなヤツじゃねぇよ」


「え? あの、ブロウは…。ヘジルとの友達は長いの?」


 自分で言っていて変な台詞だと思ったが、ブロウには伝わったようで頷く。


「オウ。友達っていうんじゃねぇかもしんないけどな。俺様は訓練校にいる時からの付き合いだな。ま、学生時代はあんまり喋った記憶はねぇけどよ。それから青年部隊の隊長に選ばれてからは会議なんかで顔を合わせたな」


「へえ」


 学校に行ったことがないセリクは、ちょっとそれが羨ましく思えた。


「ま、学校でも軍隊の中でも、良い意味でも悪い意味でも目立つヤツだったぜ」


 どういう意味なんだろうとセリクは疑問に思ったのだが、それを訪ねる前にブロウはある箇所で立ち止まる。


「ここ?」


「オウ。ちっと屈め。物音たてるなよ」


 言われるまま、藪の中からブロウが示す方向に目を凝らす。



 そこには、神宿石を掲げ、荒い息をつきながら真剣な表情をしているヘジルがいた。それに対するのは、植神プラーターだ。


「まだまだ神聖能力に至るにはほど遠いわさ!」


 プラーターの全身から神気シンが迸り出ている。だが、それは安定を欠いていてムラばかり生じていた。


「ググッ、まだだ!」


「リキめばいいってもんじゃないわ。アタシのエネルギーと同調させ、アンタ自身のオードを消費させないよう努める必要があるのよ」


「ど、同調だと。クソッ。簡単に言ってくれるが、やり方を教えろ…」


「そんなの口で説明できるもんじゃないわ。感じなさい。感じ取りなさいな。今までの聖獣に関してはパドラの力が補助で働いていた。けれど、今のアンタは神と直接契約している。ということは、アンタ自身の力でアタシの力をコントロールしなければならない。誰も頼れないわさ」


 脂汗を流しながら、ヘジルは意識を集中させた。神宿石に光が集まる!


「お、良い感じ」


 プラーターは、手の平に緑葉で作ったカッターを作り出して回転させる。

 そのカッターはぶれることも砕けることもなく、ビューンッ! と、周囲を旋回した。


「よぉし! いいわね。なら、ちょっと大技やってみましょーか!!」


 調子に乗ったプラーターが両手を大きく広げ、何かの神技を繰り出そうとする。


「待て!」


「っと、なによ!?」


 技を出そうとした瞬間にヘジルが止めたので、プラーターはムッとした顔をした。


「…貴神は、僕の召還神だ。僕が召還師だ。僕の指示に従ってもらう」


 ヘジルの言葉に、プラーターの顔が引きつる。


「はぁ!? 指示に従え。誰に言ってんのよ。ずいぶんと調子こいてんじゃん! このアタシにそんな口きいていいと思っているわけかしら!?」


「……調子に乗っているわけじゃない。でも、この僕が神々に認められ、召還神を託すというならば僕に協力するのが筋というものだろう」


「忘れたの? アンタは破滅の紅が覚醒するまでのサポート役に過ぎない。アタシたちにとって、神々の召還者なんてその前座に過ぎないんだわさ」


「例えそうだとしても! 僕はヘジル・トレディ! 僕は召還師だ! 僕と神、どちらが主導を握るかで、作戦を大きく考え直さなければならない! これから神の力を得ていく中で、僕が主体となって召還神を扱わねばならないんだ! 最高三大神が不在の中で神々は序列を守れるのか? そうじゃなければ、必ずこの召還は破綻をきたす!」


「アンタ、神を舐めすぎ……。人間が強大な力を持つ神を本当に従えるとでも? 神々の序列は、神々同士で決めるものよ。人間が立ち入る領域ではないわ。分を弁えなさいよ。器なる者」


「"ただの神々"じゃない。"僕を通した召還神"としてならば話は別だろう。いくら莫大な動力を持つ馬車があったとして、それを制する御者がいなければ前には進まない!」


 ヘジルの言葉に、プラーターは目を細め少し考える。ややあって、小さく頷いて見せた。


「……ハァ。アンタが神の召還者になれた理由が少し解ったわさ。よくもまあ、そこまで神に向かって我を通せるわね。人間の癖に」


「フン。その覚悟がなければ、最初から命を削ってまで神々の召還を得ようなんて考えないさ」


「ハイハイ。いいでしょ。戦いに関しては、アンタの言うことを聞いてあげるわよ」


 プラーターを説得できたことに、ヘジルはフウッと安心して息を吐く。


「ただし、他の神々はアタシのようにはいかないわよ。覚悟しておくことね」


 不適に笑うプラーターに、ヘジルは険しい顔で頷いた。


「…でも、僕はやらなければならないんだ。もう一度、最初からだ。今日中に、神聖能力解放までに至る」


「キャハハ。大きく出たわね。それは頼もしいこと。ま、口だけじゃないってことを祈るわ。途中でへばんないでよね!!」


 ヘジルの指示に従い、プラーターは神気を再び高め始めた………。




 ヘジルやプラーターに気づかれないよう、こっそりとセリクとブロウは焚き火の場所へと戻っていく。


「…解ったか? ああやって、自分の寝る時間を惜しんでまで努力してんだ。朝には、何事もなかったかのような顔してな。そういうヤツだ」


「…でも、なんで一人で? 俺とブロウみたいに、協力して練習したほうがもっと効率いいんじゃないかな」


 召還神そのものを操る協力はできなくても、少なくとも戦闘訓練だったらつきあえるはずだ。それをセリクは不思議に思った。


「アイツの親父が超天才って言われるような男だからな。必死に努力しているような弱味とか見せたくねぇって思ってんだろうよ」


「…お父さんに? でも、それってお父さんに解らなきゃいいんじゃないの?」


 ヘジルの父親がどんな人物かは知らなかったが、少なくとも帝都などに住んでいるとすればヘジルが今何をやっているかなんて解るはずもない。なにも、ここで隠れてやる理由がなかった。


「オウ。まあ、それはあれよ。オメェにも汗水かいて努力しているところを見られたくねぇんじゃないか?」


「俺?」


「セリクの紅い力は、生まれつき持っているもんだろ? それが戦うことに使えるってのは間違いねぇ。それを考えるなら、セリクは戦いについては生まれつきの天才ってところだ」


「俺が…天才?」


 思ってみたこともないことを言われて、セリクは戸惑う。


「あー、なんって言えばいいのな。オメェがヘジルがスゴいって思うように、ヘジルもオメェのことがスゴいと思っててだな。なんとか見返してやろうとかって思ってんじゃないのか。俺様にはなんとなくそういう風に感じるぜ。飯時に突っかかってきたのもそういう気持ちがあんだろ」


 ブロウの言っている意味がよく解らず、セリクは首を傾げる。


「…俺に見返す? なんで、ヘジルが俺なんかを」


「オメェが自分を完璧じゃないと思っているように、ヘジルも自分が完璧じゃないと考えてるのさ。だから、俺様たちがアイツのことを"天才"と呼ぶとすぐに否定するだろ」


 ブロウの言うとおり、ヘジルの才能を見た人が、彼を天才と呼ぶ度に「僕は秀才であって天才ではない」と否定していたのを思い出す。


「ヘジルはずっと努力してきたんだろーな。アイツの努力を全部知らねぇ俺様ですら、アイツ以上の"努力することの天才"は見たことがねぇな。ガッハッハ!」


「…努力することの天才」


 自分より優れた存在だと思っていたヘジルに、なんとなくセリクは親近感を覚え始める。


「オウ。あ、だけどよ。アイツが黙ってああいうことやってるのは内緒だぜ。俺様がバラしたのが解ったら……大変なことになっからな」


「…大変なこと?」


「オウ。アイツ、眼鏡を外すとな…」


 ブロウは真剣な顔をして、セリクの顔を覗き込む。


「眼鏡を外すと?」


 セリクがゴクリと息を呑む。


「眼鏡を外すと、ガルのオッサンみたいなマッチョに変身するんだぜ! んで、この俺様でもボッコボコだ!」


「え? ウソ?」


「ああ。ウソだ! ガッハッハ!!」


 セリクはしばらく固まり、ブロウにからかわれたのだと理解して笑う。


「フフッ。ブロウでも、そんな冗談いうんだね」


「オウ? セリクも笑えるんじゃねぇか。もっと笑え。いつも悲しい顔してっと良いこと起きねぇぞ!」


 ブロウが気をつかってくれたのだと知り、セリクはその気持ちを嬉しく感じた。


「もう! うるさいよ! お兄ちゃん、あんまり騒いでると殴るよ!!」


 ムクリと起きあがり、フェーナが怒ると、セリクもブロウもピタッと止まる。

 フェーナは言いたいことだけ言い終えると、そのままバタンと眠ってしまった。どうやら半分寝ぼけながら怒っていたようだった。


「………ヤベェ。冗談じゃなく、マジでボッコボコにされんな」


「……うん」


「……オウ。もう寝ろ」


「…うん。ありがとう。ブロウ」


 ブロウはニッと笑い、少し弱まった焚き火に薪をくべ始める。


 セリクは毛布にくるまり、眼をつむって、今度はちゃんと夢の中に入っていったのだった……………。

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