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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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85話 帝都にて動く影 (4)

 一夜明け、イクセスは自分の執務机の上に足を投げ出し、目の上に熱いぐらいの蒸しタオルをかけて休んでいた。

 あれからほとんど一睡もせず、事件の真相を追っていたのだが成果はゼロであった。

 それどころか、グダル・バイアス神官長の死というスキャンダルに、ロダムや三神教本部は既に大きく動き出していた。当然ながら大総統を護るブラックナイツなどの警備も厳しくなり、イクセスが単独で捜査することが難しくなってしまっていたのだ。

 将軍とはいえ、事件の第一発見者で、なおかつ被害者と最後に接触している。被疑者としての疑いが晴れるまで、思うように動けない状態なのである。


「…ブラックナイツが、なんでバイアス神官長とグルだったんだ? ダフネス大総統までもが裏で颯風団と繋がっていた? まさかな。それはありえねぇ」


 自分で出した推論を、真っ向から否定してイクセスは苦笑する。

 ブラックナイツは、実はフガール家の私兵に当たる。黒い祭服を与えられた“黒い騎士団”になるには、忠義に命を投げ出せるような愛国心の持ち主、かつ身元がしっかりした者だけが選ばれ、同時に将軍クラスの戦闘力が求められる。

 戦技が扱えることから、イクセスを襲ったあの二人はその強さにおいては認められるだろう。

 だが、本来はダフネスに忠義を尽くすはずであるのに、どうして神官長バイアスの元についていたのか解らなかった。

 仮に大総統から役職を外されたとしても、神官長の護衛に回ったとは考え難いことである。審査に置いては神殿騎士になるよりもハードルは高く、当然そういった苦難を乗り越えた末になれるのだからして、エリート意識は高い。それからしても、心情的にそれより格下の護衛団に入るとは考えにくいのだ。そんな生半可な気持ちであったら、最初からブラックナイツなどにならなかったであろう。辞された時点で自殺する可能性のがまだ高い。それほどまでに、ブラックナイツというのは異種独特な組織なのだ。

 ましてやあの戦った二人は、プライドの塊だったように思う。将軍より実力は上だと考えていたのだから間違いないだろう。そんな二人が、ダフネスではなくバイアスに従っていたのは何故なのだろうか。考えれば考えるほど解らなくなってくる。

 ブラックナイツに、直接聞けば解ることなのだろうが、帝国軍といえ、貴族の私兵にまで確たる理由なしに踏み込むのは越権行為となる。

 というのは、それぞれの貴族が己の隠し玉を明らかにしたくないという私情が挟まれているのだ。それが認められているのは、私兵が起こした問題は私兵が解決するという暗黙の掟があるためだ。

 私兵に制限がないとしたら、その私兵たちが強大な力を持って国家を脅かす危険性も考えられるだろう。だが、そうなれば、国軍と各貴族の私兵が一丸となり、またたく間に鎮圧されるのは明らかだ。だからこそ、誰も愚かな反乱など試みないのが今までのガーネットの歴史である。

 国軍の規模は明らかだが、各貴族が保有する私兵の戦闘力については各々未知数。相手の戦闘能力が解らないという不安要素が、貴族同士の武力抗争を起こそうという気にさせない心理的抑止になっているのである。

 ましてや、フガール家が持つ最強の私兵団ブラックナイツはその中でも特別だろう。相手は古参名家の中でも一番の大物中の大物。イクセスが容易に立ち入れる領域ではないのだ。


「……チッ。颯風団の後始末にこんなに手間取らされるとはな。ましてや内輪の問題でよ。気にいらねぇ」


 イクセスがぼやいた瞬間、バタンと扉が開く。


「ブラッセル将軍!! いましたか!! ここでしたか!!! さがしましたよ!!!!」


「…おーーあーー。さ、さがしたんだな」


 その声を聞いた瞬間、イクセスは大きく息を吐き出す。


「大変ですよ!! 知ってますか!! 聞いていますか!!! 心得ておられますか!!!! なんと、あのグダル・バイアス神官長が暗殺されたって!! それも昨日のことですよ!!!」


 坊ちゃん刈りにした鼻の大きな青年が、唾を飛ばしながら大声量で早口にまくし立てる。

 小さな見た目に反して、ロダムよりも声は大きい。その一声で、窓がカタカタと振動するぐらいである。


「ん、あ、おーー、あ、あんさつ、あんさつ」


 パイナップルのような頭をした大男。見るからに鈍そうで、米粒のような目の周りには目やにがたくさんこびりついている。

 幼児のように舌足らずで、小柄な青年の語尾をオウム返しのように繰り返す。


「…ウスラー・モス第二師団長、バナブー・ピッグ第三師団長」


 イクセスが静かに名を呼ぶと、坊ちゃん刈りのウスラーが敬礼し、パイナップルヘアーのバナブーが数テンポほど遅れてから敬礼する。


「解るか?」


「…へ?」


 イクセスが自分の目の下のクマを指差すと、ウスラーは首を傾げる。


「俺はな。徹夜して眠いんだ。…報告は書面にてのみ受け付ける。解ったら出ていけ」


「なんでですか! 我らは、イクセス・ブラッセル将軍率いる第二将軍指揮下の極めて優秀なる師団長! こうまで!! 熱烈に!!! 職務に忠実な!!!! そんな我々をそのように無碍に扱われるとはあんまりです!」


 まるで芝居役者のように、大袈裟な身振り手振りで嘆きを表現するウスラー。声量がかなり問題であり、イクセスは耳を両手で塞ぐ。


「……う、あーー、あ、あんまり、あんまり」


 意味が解っているのか、解っていないのか、ただ簡単な言葉を繰り返すバナブー。


「…あー、うん。そうだな。そうだとも。優秀だからこそ、お前たちの自由にさせてやってるだろ」


「違います! 我らが望んでいるのは、ブラッセル将軍に随伴することであります!!! “寄生虫”掃討作戦の時も! 我らを差し置いて!! 単なる部隊長を総隊長に据え!!! あまつさえ、DBなどという訳のわからん民間組織に重要任務を与えて、我らはないがしろではないですかぁ!!!! クロイラー将軍のところを見てください! まるで本当の姉妹の如く連携しているではありませぬかぁ!!! 我らも、是非! あのように!! さのごとく!!! 義兄弟の振る舞いを!!!!」


「んん、んあーーー、ぎ、ぎきょーだい、ぎきょーだい」


 イクセスは心底辟易とした顔をする。

 人格や能力のどれをとっても、この二人は“師団長レベル”とはお世辞にも言えない。にも関わらず、師団長をやっているのは、やはり大物貴族のボンボンであったりするのが影響している。

 ロダムやクロイラーの方針は、こうした身分だけ高く、能力に欠けるものを上に立たせないことなのだが、どうしても貴族間の強い反発を避けるため、ある程度の条件は呑まなければならない部分もあった。

 イクセスは青年部隊を管轄していることもあり、師団長は飾りだけでもいいと考えて、敢えてこの二人を採用したのである。

 なぜこの二人かと言えば、下手な野心を持つ者や、中途半端に頭が回る者を採用した場合、組織の足を引っ張りかねないからだ。そんなのに比べれば、悪意がなく頭の鈍い者の方が遥かにいい…そんな理由からだったのだが、もしかしたら失敗したかも知れないとイクセスは今になって考えていた。

 本音とすれば、自分の右腕とするのに、ヘジルやブロウを師団長に据えたいところだ。歳は若いが、余りある働きをするだろう。だが、そうやって縛り付けないお陰で、秘密裏に彼らを動かすことができているのである。


「うるさいわねー。廊下にまでビンビンと響いてますよ」


 開きっぱなしの扉から、ミルゼイズ三姉妹が姿を現す。


「むむむっ!! 第一将軍の師団長が、この第二将軍執務室に何用だ!! 早急に!! 簡潔に!!! 説明せよぉッ!!!!」


「んーー、あ、あ、あ、お、おー、おーーー、せ、せつめい、せつめい」


「ああ、もう! 声が大きい! 耳が腐ります!!」


「うー、このデブ最悪。顔洗えってのよ」


「まったく、第二将軍下師団長は品格が無さ過ぎるったらないわね」


 第一将軍下師団長と、第二将軍下師団長同士が睨み合う。犬猿の仲であるのは、見ただけで誰にでも解ることだ。


「…俺が呼んだんだ」


 邪魔だと言わんばかりに払う動作をすると、ウスラーは悔しそうに鼻を真っ赤にさせながらも退く。


「…で、どうだった?」


「ええ。仰られた通り…。軍役していた時の記録はありましたよ」


 イーナが小脇に抱えていた資料を机に置く。


「でも、怪し気なところは特にないですね…」


「ええ。税もちゃんと納めてますし。不当なお金の動きはありません」


 レーナとニーナが続けて言う。


「いや、こっちの方は金の動きが重要なんじゃねぇ。誰と交流があって、その後に何をしていたか…が、重要なんだ」


 イクセスが何を知りたのかが解らず、師団長たちは顔を見合わせる。


「…だが、金の動きも決して無視できねぇな」


 資料をペラペラとめくって流し読みしながら、イクセスはこめかみの辺りを揉む。


「特に今知りたいのは、誰がどうやって神官長を使って、颯風団に大金を渡したのか…だな」


「え!? 神官長が…颯風団に!? まさか。そんなことできるわけないでしょう」


 イーナの驚くのも無理はない。

 三神教が税金の管理をしている以上、内部の金の動きに関しては厳しいチェックが入るはずだ。

 仮に神官長が他の神官たちを抱き込んでいたとしても、政府の調査機構から逃れられる術はない。


「…私たちも、クロイラー大姉様からの指示で、いくつかの大物貴族なども調べましたし。一応、グダル・バイアス神官長も洗ってます」


「ええ。バイアス神官長に不審な点はありませんでしたね。私財も領地もないですし、連れ合いや子供もいません」


「愛人とかは?」


 イーナが一瞬だけ嫌そうにするが、すぐに仕事の顔に戻る。


「居たらスキャンダルです。可能性があれば、民間記者の方が私たちよりも先に見つけだしてるでしょう。でも、そんな噂話の影すらありませんね」


「それに親類縁者や貴族間の繋がりも、入信してから綺麗に断っています。俗的な催事にも一切参加してませんでしたし。神官長と呼ばれるだけあって、まるで真っ白と言っていいほどの高潔な方ですね」


「…真っ白か。だからこそ、怪しいとは思わねぇか。真っ白な布ほど、すぐに汚れるもんだ」


「そんな理由で疑うなんて…」


 イクセスとミルゼイズ三姉妹のやりとりを見ていたウスラーが、耐え兼ねたようにドンッと床を踏みならす。


「ぐっぐぐ! もう我慢ならない!! ありえない!!! 勘弁ならない!!!! 第二将軍下師団長である、我らを置いて!!! この不当な扱い! まったくもって屈辱!!!」


「…あら、そう思うならば、ちょっとは私たちみたいに仕事ができるようになったら?」

 

 小馬鹿にしたような態度をとるニーナに、ウスラーは怒りのあまり目尻に涙を溜める。


「お前が悪いのだ! 私が第一師団長にしてもらえないのも!!! こんな!! みっともない!!! 腹をして!!!! 見ろ!! この腹を!!! 兵士と言えるか!!!! うちの母上ももう少しスマートだぞぉ!!!」


「あ、お、あ、あ、あ、うおーーおーぉ」


 ウスラーが、バナブーのスネを蹴り付ける。痛みはあまり感じてないようだったが、兄貴分に責められてバナブーは悲し気であった。完全な八つ当たりである。


「えい!! えい!! この腹の中に! 脂肪じゃなく!! 脳味噌が詰まってたら!!! もっとマシだっただろうに!!!!」


「…みっともない」


「まったく」


「同感ですね」


 ミルゼイズ三姉妹は呆れを通り越して、軽蔑の視線を送る。


「……ん? おい。ウスラー。今なんて言った?」


 イクセスがハッとして、ウスラーに尋ねる。


「へ? あ?! えーっと!! はい!!?」


 いきなり尋ねられ、緊張した面持ちで硬直するウスラーである。


「はい、じゃねぇよ。今なんつったか聞いてんだよ」


「は、はい!! あーえっと、脳味噌がもっと詰まっていたら…マシだったと、そう申しました!!!」


「お、あ、うーあー?」


 ウスラーとバナブーが顔を見合わせる。ミルゼイズ三姉妹も首を傾げていた。


「いや、その前だ」


「あ? あ、えーと!! 腹の中に脂肪じゃなく…脳味噌が…と!!! そう、申しました!!!」


「…腹の中に、か」


 イクセスは深く座り直す。そして、一人でウンウンと頷く。


「…そうか。でかしたぞ。ウスラー、バナブー」


「え!?」


「お、う、あー?」


 キョトンとする二人に、イクセスはニヤリと笑う。


「よし。初めて師団長らしい仕事をくれてやるよ。ちゃんと調べて来いよ」


 まったく使えないと思っていた部下にも、助けられることがあるものだとイクセスは思ったのであった……。




---




 カランという音を立てて入ってきた見慣れた男を見て、ギャラハンは小さくため息を吐き出す。


「…表札が見えなかったのか? まだ開店前だ」


「かたいこと言うなよ。酒なら出せるだろ?」


「食い物はこれからだ。まだ仕込んでねぇ」


「いらねぇよ。酒だけでいいさ」


 図々しい客は、ドカッとカウンターの真ん中に座り込む。

 ギャラハンは肩をすくめ、グラスにいつもの酒を注いで差し出した。何を言っても帰らないのはいつものことだ。


「…で、何か解ったのかい?」


「いいや。さっぱりだ。進展はねぇよ」


「そうか。なんだか、神官長まで颯風団に殺されたらしいじゃねぇか…。こんなところにいていいのか?」


「ああ。尻尾をつかませねぇんだ…。本当に上手いやり方だよ」


「で、何も解らずに、ヤケ酒を呷りに来たってとこか」


 ギャラハンが鼻を鳴らすのに、イクセスは何も答えずにグラスの中の氷が溶けるのをジッと見やっていた。


「…俺は、まだ軍に入って右も左も解らねぇ時に、あんたに面倒みてもらって、色んなことを教わったよ」


 イクセスが語り出すのを、ギャラハンは無言でグラスを拭きながら聞く。


「だから、あんたが引退するって言ったとき…正直、その気持ちは解らなかった。戦えなくなったほど老いたわけでもないのによ」


「俺はもう何があろうと軍に戻る気はねぇんだ。その気持ちは、ありがてぇんだがな」


「…ああ。それはよく解ったぜ」


 鷹揚に頷き、グラスの中を一気に呷る。


「…颯風団に資金援助してたのは、バイアス神官長だ」


「ん? おい。いきなり何を言い出すかと思えば…。三神教の代表がそんなことできるわけねぇだろうよ」


 イクセスの表情が変わらないのを見て、ギャラハンは考える素振りをしたが、すぐに首を横に振る。


「…ありえねぇな。何重にもチェック機構を設けてる帝国の目を誤魔化し、かつ意地汚い貴族どもまでも騙してたってのか? そりゃ、神様でもありえねぇ話だ」


 ギャラハンは帝国にいた経験から、いかに神殿に入る査察が厳しいか知っていた。


「ああ。神官長や神殿が私腹を肥やしてたって言ってるわけじゃない。その金は神官長自身の懐に入ってないのは確認済みだ。神殿内部に隠す場所もなかったしな」


「あん? ならどういうことだ?」


「金を用意してたのは別人だ。だが、帝都内で資金を回す橋渡しをしてたのは、バイアス神官長本人だ」


 ギャラハンはジッとイクセスの顔を見やり、少し考えた後に続ける。


「…どうやって?」


「遺体さ」


「遺体?」


 怪訝な顔をするギャラハンだったが、イクセスはその顔を見ることはなく独り言のように続ける。


「…ガーネット領の各地から、信者の遺体が神殿に届けられて葬儀が行われる」


「? 神殿で葬式すんのは昔からやってることだろうが」


「そこが盲点だぜ。生きている人物や荷車はチェックしてるのにな。まさか、焼くために運んできた遺体の“腹ん中”まで見たりはしねぇだろ」


「…まさか」


 顎に手を当て、ギャラハンは不快そうな顔を浮かべた。


「ああ。運ばれてきた遺体、その内蔵を全部取り出して…大金を入れる“容器”にしてたのさ。そして、こっそりと神殿の中で取り出してた」


「ッ!?」


「裏は俺の部下がとっている」


 イクセスは、ウスラーとバナブーにそれを確認しに行かせたのだった。

 そして、神殿内で内蔵がすっかりなくなっていた焼却前の遺体を数体確認したのである。


「……解った。もしそれが本当だったとして、だ。なら、どうして資金仲介役だったバイアス神官長を颯風団が殺すってんだ? おかしいじゃねぇか」


「そこだ。それが俺が見落としていた点だ」


「なんだと?」


「俺は、アサシンは金で動くヤツらだとばかり思いこんでいた…。だから、そこに神官長を暗殺する理由が見当たらない。

 あるとすりゃ、資金提供者か神官長が援助を絶ったって線だが…いまなお、遺体の内臓が空っぽだったことからそれもねぇだろ」


「だろう? それだけで神官長と颯風団を結びつけるのは難しいだろうが…。関係なんか最初からねぇんだよ」


 心なしか、ギャラハンはホッとしたような顔を浮かべる。


「思うにな、遺体の中が空っぽだったのは腐敗を遅らせるためだろうよ。南方の島国でミイラを作る際にそんな処置をするって聞いたことがあるぜ。

 遺体に金を入れて運んでたってのはネタとしては面白いが、その肝心の金の所在が特定できねぇなら…推理小説としても不出来だな」


 ギャラハンは喉の奥で笑う。が、イクセスの眼は真剣なままだった。


「ああ。確にその通りだ。

 だがな、逆にだ。颯風団が神官長を“殺さない理由もない”…と、そう気づいたんだ」


「何が言いたいかさっぱりだぜ。実際、颯風団は神官長を殺した。筋で考えるなら、この両者に癒着があっただなんて考えにくいぜ」


「考えにくくても、バイアス神官長しかいない。あの男こそが颯風団の立役者だったんだ」


 頑なに自分の意見を曲げないのに、ギャラハンは肩をすくめる。


「…そこまで言うんなら、神官長の目的はなんだってんだよ? そして神官長に金を渡した黒幕も、だ。ヤツらは颯風団を作り出して何するつもりだったんだ?」


「…目的は解らねぇが、そのためにかなりのリスクを負っている」


「チッ。勘弁してくれ。リスクしか俺には思い当たらねぇよ」


「だが、そのリスクに見合った見返りが得られなかった…そこで自作自演で、自らを颯風団に襲わせるというシナリオを数ヶ月前に描いた」


「…? そんな話は聞いたことがねえぞ」


「神官長が黙ってたのさ。当初の考えじゃ、ただ単に颯風団に対する当て付けか何かだったんだろう」


「当て付け、だぁ?」


「ロダム閣下が襲われたのと時期が同じってのが気になったんだ。軍部の顧問役だった閣下が狙われたのは解る。が、どう考えても、神官長が襲ったところで颯風団に何の益もねぇ」


「…確かにな。だが、それと神官長と颯風団はどうやっても結びつけられねぇぞ。まったく違う話だぜ」


「いや、そうでもないさ。この二つに通じるのは、颯風団の不名誉だ。ロダム閣下暗殺に失敗し、神官長の暗殺にも失敗…まあこっちはバイアスの自演なんだが…ともかく、二重での汚名を着せられたわけだ」


「それが神官長を殺す理由だってのか? いや、“殺さない理由もない”…ってことか?」


「ああ。殺す理由としては弱い。だからそう言った。だがな、援助資金の仲介役かつ立役者といっても、後々に颯風団にとって邪魔者になったとすれば……ヤツらなら躊躇いもなく殺すだろう」


「……なら、もっと自分が襲われたことをアピールしなきゃおかしいんじゃねぇか?」


「いや、そこまで大袈裟にする気はなかったんだろ。エンロパや幹部に見せつけられたら充分だったんだ。

 バイアスと颯風団は上手くいってなかった。少なくとも、バイアスは何かしらの不満を覚えてたはずだ。

 だからこそ、いざとなれば、颯風団を切り捨てられるってメッセージか何かだった…そうと俺は考えている」


 いよいよ駄目だとばかりに、ギャラハンは天を仰ぐ。だが、イクセスは構わずに続けた。


「だが、首領エンロパは反応しなかった。“殺さない理由もない神官長”…そんな風に思わせようとしたバイアスの当てが外れたんだ」


「…どういうことだ?」


「思うに、バイアスは本当にそれで颯風団に自分を襲うように差し向けさせて、身内で蹴りをつけたかったのかも知れない」


「回りくどく面倒な話だ。お前の言う“殺さない理由がない”…ってのはな」


「…資金援助してたヤツかバイアスのどちらかが颯風団を切ろうとしていたとしたら可能性は否定できない」


 ギャラハンは眉をピクッと動かす。


「…だが、そう事は進まなかったから神官長は次の手を打った。

 動かない颯風団を業腹に思ったバイアスは、俺の“寄生虫”叩きを後押しをすることにしたんだ。

 その時には、自分が襲われた話はどうでも良かったんだ。バレたらバレたで、自分と颯風団との繋がりがないことの証明とするつもりだったのさ」


「…まてよ。それは黒幕がいての話だろう? 神官長と颯風団の繋がりはそれが前提条件として成り立つ話だ」


「ああ。だが、結果的に見れば成功に終わってる。軍部の攻撃に晒され、首領エンロパと幹部二名は逃亡した。そして颯風団という組織は潰れてしまったが、その名前だけは残る。今度は、自分がその名前を隠れ蓑にして演じればいい」


 呆気にとられた顔をしていたギャラハンだったが、やがてフンッと鼻で笑い飛ばす。


「憶測もそこまで行くと、妄想にしか聞こえねぇな。それで颯風団の反感を買い、神官長は惨殺されたってのか?」


「いや、颯風団を演じていた神官長の護衛は並大抵のヤツじゃない。首領や幹部連中ならいざ知らず、いま帝都で残っている颯風団崩れにどうこうできる相手とは思えないな」


「なら、イクセス。黒幕も殺した犯人も特定できねぇ時点で、やっぱりお前の単なる妄想話ってことじゃねぇか。

 颯風団がやったんじゃなきゃ誰だってんだ? 考えられるとすりゃ、神殿内部で身内の抗争で消されたとかか? …ハン。まずありえねぇな。そこまでして神官長になりてぇ酔狂なヤツもいねぇぜ。

 そんなことより、未だ颯風団の幹部連中がどこかに巣くっていやがって、誰かから暗殺依頼を受けて殺した…こっちのがまだ現実的だ。もちろん、颯風団の立役者なんかじゃねぇ上でな。以前に襲われたことがあるなら、よりこっちのが可能性として高いだろうが」


「…そうか? 俺にはそうは思えないね」


「証拠も何もねぇんだろ? 酒のつまみにもならねぇ陳腐な創作もいいところだ。さっきも言ったかも知れねぇが、推理小説としても五流以下だぜ」


 ギャラハンは新しいグラスに酒を注ぎ、それを乱暴に自ら呷る。


「…そうだな。証拠はない。だからこの話は進展してねぇんだ。バイアスと会って話した上での単なる俺の想像だ。

 だが、確信を持って言えるのは、神官長を殺したのは颯風団じゃねえってことだ」


「話になんねぇな…。お前のは、どうやっても神官長と颯風団を結びつけてしまいたいってな思い込みに過ぎねぇよ」


「…こう考えたのはな、俺は神官長は何かの理念に動かされていたんじゃないかと思ってるからだ」


「理念?」


「ああ、何か並々ならぬ狂信と言ってもいい何かだ」


「ハッ! だが、死人に口なしってやつだ。神官長が死んだ今となっては、どんな崇高な理念があろうと意味がねえ。金だろうが、理念だろうが、死んだら終いだ!」


 話は終わりだと言わんばかりに、ギャラハンはテーブルを拭き始める。

 イクセスは、懐から何か紙を取り出してテーブルの上に放った。


「……悪いが、あんたの経歴を調べさせてもらった」


「…あ? 経歴、だと?」


「ロダム閣下の下に付く以前の記録と、軍役中、そして終えた後に何をしてたか…。ま、おおよそことが書かれている。軍を外れて長いからな。探すの大変だったみたいだぜ」


「…そんなものを調べて何になる?」


「退役した後、このバーをやるまで、あんたはしばらく帝都を離れている。それはなぜかと思ってね」


「フッ。いまさら、それがどうしたってんだ。イクセス。お前、今日はちょっとおかしいぞ。たまに真面目に仕事すると調子がおかしく…」


「なあ、聞いてるんだぜ。教えてくれよ、ギャラハン・ガルフ」


 肩を竦め、ギャラハンは小さく頷く。


「…色々と世話になった人もいる。その挨拶に行ってただけの話だ」


「退職金も受け取らずに、か?」


「…イクセス。お前、金の動きまで」


「ああ。軍を抜けたあんたは、まるで投げやりのような行動をとってる。退職金を受け取らなかったのも軍への反抗心だったんじゃないのか?」


「勘弁してくれ。軍には世話になったから、辞退しただけのことだ。独り身だから今までもらった金で生活には困らねぇしな」


「なら帝都を離れたのはなんでだ? 軍から距離を置きたかったんだろ?」


「ただ単に、辞めてから田舎の空気が吸いたくなったんだ。そんなこと、よくある話じゃねえか…」


「そうか。それなのに、再びここに戻って、こうやって軍人を相手に場末の酒場なんてやっている」


「……何が言いたい。経歴だけで俺を見極めた気になってんのか? 少し前に教えただろう。自分の基準だけで相手を判断するなって」


「ああ。だがな、それが当たることもあるもんだぜ。…らしくねぇよな。マスター。襟に返り血つけたまんまだなんてな」


 ギャラハンはハッとして、自分の襟首に触れる。そして、次の瞬間に失敗したという顔をした。


「…んなわけねぇよな。あんたがそんなミスするわけねぇ。神官長とブラックナイツの二人を始末した服はきっちり処分してるはずだ。だけど、あんたは今の一瞬だけ気にした」


 ギャラハンは喉の奥で静かに笑う。


「チッ。あーあ、俺の反応を探ってやがったのか」


「なまじっか“真実”を知ってる。だからこそ、根拠もなしに黒と決めつける俺が許せなかったんだろ?」


 ギャラハンは目を細める。


「そんなにあんたがムキになるのは当事者だからだと思ってたぜ。関係ないなら笑って終わらせちまえば良かったんだ」


「しつこく、わざと言い掛かりみてぇな話しやがったのは、俺の頭に血を昇らせるためかよ」


「後輩の生意気な意見はイライラするだろ?」


「だな。嫌になるぜ…。そんな誘導に引っかかっちまうたぁ、俺も鈍ったかな」


「ずっと堅気やってたんだ。仕方ねぇだろ」


「堅気? ハッ! 頭ん中はいつも人を殺すことだけ考えてたんだよ!」


 棚にあったグラスを投げつけられ、イクセスはとっさに身をかわす!

 その隙に、ギャラハンはサッと裏の扉に逃げ込んだ。


「逃がさねぇ!」


 カウンターを飛び越え、イクセスもギャラハンを追う。

 扉をくぐると、一面の闇の中となる。雰囲気で倉庫だとは解るが、ギャラハンの姿も気配も感じられない。


「チッ。攻め込まれることを予期して、こういう逃げ道を用意してたか」


「…逃げ道? 違う。これが俺のフィールドだ」


 闇の中からギャラハンの声がするが、場所までは特定できなかった。声がよく反響するような壁材を使っているようで、それが位置を不確定にさせているようだ。

 ヒュンッ! と風斬り音が鳴り、イクセスの脇にあった酒瓶が粉々に割れる。液体が暗闇に飛び散った。


「やっぱり、あんたがやったのか?」


「ああ。驚きだぜ…。お前の当てずっぽうどおりだ。神官長と颯風団の関係なんてまず気づくはずねぇのによ。よく嗅ぎ付けやがったぜ」


「怪しくないヤツほど怪しく見えるんでね。神官長が黒だと思えば後の理由なんざどうでも良かったんだ。

 それより、まだ解らねぇのはあんたがなんでこんなことの片棒を担いでるかってことだな」


「簡単な話さ。俺は颯風団の中の掃除屋。団名を勝手に使う馬鹿を消すよう依頼されたのさ」


「そうか。なら、やはり神官長が自身の護衛を使って、最近の暗殺稼業を請け負ってたんだな」


「まさにそうだ。だが、護衛はブラックナイツだろ。俺でもおいそれと手を出せる相手じゃない」


「そこで俺がちょうどいい具合に探りを入れたってとこか」


 ギャラハンの乾いた笑い声が響く。


「そうだ。ありがたいことに、あそこまで弱らせてくれたんだ。実に仕事がしやすかったぜ」

 

 男の方は肩が外れていたし、女の方は武器そのものがかなり破損していた。

 神官長は寝ている最中に殺され、二人は戻って神官長が死んでいるのに驚愕している隙に始末されたのだろう。実に暗殺者らしい仕事といえる。


「依頼主は首領エンロパ本人か?」


「そこまで話すほど、耄碌はしてねぇよ!」


 また先ほどの風切り音がして、イクセスの身をかすめる。何かを投げつけているのだとは解るが、暗闇の中ではその正体までは解らない。


「軍時代に使ってた武器じゃねぇな。これが、あんたの今の戦法ってわけか」


「ああ。戦闘者《ウォリアー》を相手にする手段を、道領国から学び、キードニアは長年かけて独自に進化させた。これが本来の暗殺者《アサシン》の殺し方さ」


 なぜか、キードニアには戦気を持つ者が少なく、圧倒的に武力でガーネットに劣っていた。そんな理由があるからこそ、自らの持つ肉体を鍛えあげ、人を殺すことのみに特化した暗殺術が発展したといえる。

 また異端者という特殊能力者を重用し、著しく機械技術が発展した背景にも、ガーネットに存在する戦闘者《ウォリアー》を恐れていたことの現れだ。例え数が少なかったとしても、それは一大国を脅かすほどのものだったのである。


「ま、俺は戦技は使えねぇんだけどな」


 イクセスは懐から“オードソード”を取り出して伸ばす。


「それでも、その礎気武器があるおかげで、お前は将軍にまでなったじゃねぇか…よッ!」


 ヒィィィィン! 耳をすますと、響いているような金属音がする。

 入り口からもれるかすかな明かりを頼りに目をこらすが、その音がどこから来ているのかも把握できない。


 シュッ! ギィィッ! ヒュンッ!


 耳を凝らしてタイミングを計るが、予期していない軋むような音が聞こえ、次の瞬間には後ろ側からスパッと手の甲を裂かれた。そのせいで、“オードソード”を取り落としてしまう。


「なに? 後ろからだと…」


 飛び道具が放たれる一瞬の気配は前からしているはずなのに、攻撃が全く違うところから来たことにイクセスは驚く。


「飛び道具なのか? チッ。だが、クナイやチャクラムみたいな武器じゃねぇな。もっと小さい…何かだ」 


「ほぼ正解だ。こちとら脳天狙ってんのに、それを避けるとはさすがブラッセル将軍様だな」


 神官長の死体を思い出し、イクセスは不快な気分になる。暗闇の中で、今の攻撃を受けて絶命したのは間違いないであろう。

 一撃死を狙っているならば、目標とするターゲットは限られてくる。ましてや武器が小さい以上、放つ際により精密な動きをするに違いない。それが予想できたので、攻撃音がした際に、イクセスはわずかに身体を捩らせてかわしているのである。狙いがなまじ正確であるが為、ギリギリで避けることで致命傷を受けないでいられるのだ。


「惜しいぜ。その腕、やっぱり軍に欲しい」


「…この状況で寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよッ」


 ギャラハンの言葉に少し怒気がこもっていた。

 それは拒否というよりは、本人が少しその可能性を考えていたからじゃないかとイクセスは思う。そうなれればいいと思いつつ、そうならなかったことへの苛立ちのようなものを感じ取ったのだ。


「だから、俺は冗談のつもりはないさ。俺んとこの第一師団長の座は、あんたのために空けてたんだからな」


 ウスラーとバナブーが第一師団長になれないのは、当人たちの実力がそれに見合わないからだけではない。本当ならば、ギャラハンを自分の右腕としてその座につけるつもりだったのだ。


「ああ。知ってる。それが叶わないのは、お前が一番よく解ってんだろう」


「…ああ。そうだったな」


 イクセスは話をしつつ、後ろポケットから細長い何かをこっそりと取り出す。だが、それはギャラハンには見えていたのだろうか。例の攻撃によって弾き飛ばされる。


「ポケットライトか? ここは俺のフィールドだって言っただろう。そんな物を持たせるわけがないだろうが」


「この暗闇の中でよく解るな。明かりが欲しいところだったんでね」


「それは悪いことをしたな。俺もお前を苦しめたいとは思わねえ。だから、無駄な抵抗してくれるな」


「そういうわけはいかねぇよ。だが、今のは決して悪いことじゃなかったな。おかげ様であんたの武器がよく見えるようになったぜ」


「なに?」


 ヒュン! ギャラハンが自身の武器を回収する音が響く。

 その際、緑色をした光の帯のようなものが空間に描かれていた。小さな槍の穂先のようなものが、虫のように素早く飛んでいる。


「これは!? イクセス! お前、何をしやがった!?」


「あんた、相当なまでに夜目は利くようだが、さすがに俺が何を持っているかまでは解らなかったみたいだな。今のはライトなんかじゃねぇよ。こいつさ」


 イクセスが左手を差し出す。その左手も淡く光る緑色の光を放っていた。


「蛍光…塗料か? なんでそんなもんを」


「あんたみたいに闇の中に紛れようとする犯人にはこいつが一番便利でね。若造の時分、コソ泥稼業やってた時に苦い思いをしたんで…ま、実体験からくる知恵ってやつさ」


 この蛍光塗料は、洗ってもなかなか落ちるものではない。ましてやイクセスが持っていたのは、サガラが調合した対犯罪用の特殊な塗料だった。ペン状になっていて、相手に当たった瞬間に弾けてかかるのはカラーボールと同じ仕組みである。

 かつて自慢の脚力で泥棒をやっていたイクセスが、ロダムの怒りを買い、防犯カラーボールを投げつけられ、それが原因で捕縛されたことがあったのだった。


「…そうか。そうだったな。覚えてるぜ。帝都を騒がす、つまらねぇコソ泥で、生意気なガキだったな。だが、なぜかそれでロダム閣下に気に入られ、いつの間にか小間使いになってたんだな」


 ギャラハンの言葉に懐かしみがこもる。

 そんな頃から、ギャラハンはロダムの側にいたのだ。イクセスが軍に入り、そして今の立場になるまでずっと見続けてきたのだ。


「ギャラハンの旦那。今なら遅くねぇよ。降参してくれ」


「…イクセス。できねぇんだよ。俺は自分の好きでこういう道を選んだんだからな!!」


 ヒュンッ! ヒュンッ! と、緑の光が物凄い勢いで飛び交う!!


「…縄鏢《じょうひょう》、か」


 縄鏢とは、小さな槍の穂先のような物に、長い縄をつけて振り回して使うものである。

 さっきから繰り出される変幻自在な攻撃は、部屋の中にある円筒の柱に勢いよく巻き付け、遠心力を利用してイクセスの後方から放ったものだった。


「俺の暗器が解ったって、お前が武器を持ってねぇという不利な状況は変わらねぇ! 俺はここで退くわけにはいかねぇんだよ!」


「…いや、あんたの位置が知れた時点で俺の勝ちだぜ」


 イクセスは両足に力を込め、一気に飛び出す!


「無手で飛び込むか! 俺に近接戦用の手段がないとでも? 甘いんだよ!」


 ギャラハンが、カチャッと刃物らしきものを取り出す音がする。


 ズンッ!!


 暗闇の中で、予想した場所に敵の姿を捉える。そして、肉を裂いたような嫌な手応えがした。


「……イクセス。お前、武器を」


「ああ。俺は“オードソード”を常に二本携帯してんだ」


 イクセスは殴りかかる振りをして胸元に手を差し入れ、自分の上着の中から“オードソード”を伸ばして突き刺したのだった。


「…そうか。お前の戦い、最近、見てなかったな。騙し討ちは、お前の得意技だったか。ちきしょうめ。やっぱり鈍っていやがったぜ」


 ドサッと暗闇の中で、相手が倒れた音がする。


 イクセスはすぐに部屋の照明を探し、奥にブレーカーらしきものを見つけて上げる。パッと周囲が照らされた。

 小さな店舗にしては、やけにだだっ広い倉庫だった。やけに隙間が空いた酒瓶ラックが並べられており、きっとラックを盾にしつつ縄鏢を投げられるような仕様なのだろう。攻撃しやすいよう、柱も計られたように配置してあるが、あまりに自然な感じなので、明るいところで見たとしたら、ここが綿密に考えられた殺し場だとはイクセスにも解らなかっただろう。


 ギャラハンは部屋の真ん中で横たわっていた。側にはアサシンが使う小刀が落ちている。抑えている下腹部から血を流しており、イクセスが貫いたものに間違いなかった。

 左手にロープが巻いて、その先には蛍光塗料がベットリとついた三角形の刃があった。まさしくそれが神官長たち三人を殺した武器だと解る。


「…ど、どこから俺が怪しいと思ってた?」


 苦し気な息をつきながらも、薄ら笑いを浮かべてギャラハンが問う。


「この前、飲みに来た時だ…。颯風団や出資した裏切り者について語るあんたが、“危険を犯したとしても、成し遂げたいことがある”って言った時だな」


「参ったな。あんな台詞で……俺を疑ったってのか」


「ああ。あれは颯風団や貴族を指している言葉には思えなかったんでね」


「…ハハ。さすがだな。そんなんで気づくなんて」


「言い方がらしくなかったからな。何か強い想いがなきゃ、そんな代弁しねぇだろ。そういう経験をしているから喋らざるを得なかった…」


「ああ。まったく余計なことは言うもんじゃねぇな」


「…あんた。もしかして、わざと俺にそれを言ったんじゃないのか? 俺に気づいて欲しくて」


「そうだったらお涙頂戴だな。買いかぶりすぎだ。俺は…軍人にも暗殺者にもなれなかった半端者さ」


 自嘲気味にギャラハンは言う。だが、その言葉に後悔のようなものはいっさい感じられなかった。


「…あんたの依頼主。エンロパとかじゃねぇな。あんたは金で動くような男じゃねぇ。あのブラックナイツや神官長もそうだ。あんたたちは、何の理念で動いているんだ?」


「さあな。それは負けたとしても言うわけにはいかねぇよ」


「…どうしてだ?」


 颯風団にどんな思いがあるにせよ、この後に及んで頑なに口を閉じるギャラハンに違和感を覚える。


「ただ、これだけは言える。颯風団なんて関係ねぇ。神官長との金の繋がりなんて大した話じゃねぇんだよ」


「なに?」


「このままじゃ…今の体制のままじゃ、この国は駄目になる。だから、“あの方”はこの国を建て直すつもり、だ。俺や神官長も……そ、颯風団なんて…その手段の一つに過ぎねぇ……」


「なんだと? ギャラハン。頼む。教えてくれ。あんたは、いったいどこの掃除屋なんだ? 本当に颯風団なのか?」


「…そいつを調べるのが、ブラッセル将軍。お前の仕事だろ。俺から…先輩からの、最後の宿題さ」


 ギャラハンはニヤリと笑い、胸元を抑えて意識を失った。その時、身体からカチャリという音がする。


「な?」


 イクセスはハッとし、ギャラハンの腕を払いのけて胸元を開く。

 そこには茶色い筒状のものが胴体に巻き付けられ、心臓の付近にスイッチらしきものがあった。

 カチャリという音は、そのボタンを押したものによるものだったのだ。


「くそったれ!」


 イクセスは大慌てて出口に向かって走る。その時、机の上にあった書面を一枚だけ引ったくり、もてるだけの全速力で走った!




 帝都を震撼させる大爆発。轟音と共に火柱が立ちあがる。モウモウと立ち上がる煙に、野次馬たちが不安気な顔で集まってきた。

 魔王襲撃、龍王の『タオ・ウェイブ』に続いて、このところ相次ぐ異常事態に民衆は明らかに過敏になっていた。中には訳の分からない言葉で叫んだり、混乱して泣き喚く者すらいる。

 すぐに軍は青年部隊をかき集め、消火隊を結成して鎮火作業に当たらせる。日頃、帝都で訓練して巡回している若者たちがここぞとばかりに活躍したのであった。


 間一髪抜け出したイクセスは、燃え盛る火柱を見ながらタバコをふかす。消火活動中に不謹慎であっただろうが、将軍に直に抗議できる者はこの場にはいなかった。


「イクセスさん!」


 兵士の間をすり抜け、クロイラーが姿を現した。


「…一応、片はつきましたぜ」


「片って…。まさか、あのギャラハンさんが」


 幼い頃から知っている人物がまさか犯人だったとは、未だ信じられないという顔をクロイラーはする。

 それはイクセスも同じで、心底複雑そうな表情でタバコを投げ捨てて踏み潰した。


「俺は、颯風団の結成理由を、キードニアによるスパイ活動か、もしくは資金目的だとばかり考えていました」


「あと帝国に対する怨恨、ですか」


 イクセスはコクリと頷く。


「首領エンロパを含むキードニアのメンバーはそうでしょう。だが、それだけじゃねぇ。その裏側で、誰かが動いている。軍部も、貴族も、三神教も、颯風団も……そいつの盤上の駒にすぎねぇ」


 隅が焼け焦げた一枚の書面を渡す。受け取ったクロイラーは眉を寄せた。


「…ん? 暗号になってますけれど。非常に解読は単純ですね。えっと」


 普通ならば解読用の資料を片手に数時間かかるものを、クロイラーは頭の中だけで解読してしまう。

 眼鏡をカチャリとあげ、書面としばらく睨めっこしていたが、徐々に青ざめた顔になる。


「……なんですか。これ。『ユーウ王女の暗殺計画』? ま、まさか。こんなことを、ギャラハンさんが!?」


「まだ続きがありますぜ」


 クロイラーは書面を読み直す。イクセスが指さすところに、掠れた金色の印章があった。


「……黄金蠍の紋章。これはレガンティ家のじゃないですか!」


「ええ。古参名家に並ぶ上級貴族。ガーネット西領を治めるレガンティ家のものに間違いありませんやね」


 クロイラーはゴクリと喉を鳴らす。

 レガンティ家は、寂れた南方領を支配するザクロウスとは比べ物にならないほど巨大な名家である。領地の大きさもガーネット領随一であり、ラーム島などの海を越えた孤島まで統治しているのである。そして、貴族の中で唯一船団などを所有している。さらに私兵の強さには定評があり、それこそスカルネ家が持つ私兵とほぼ同じぐらいだと言われるほどの武闘派貴族なのだ。


「“ダルダング・レガンティ”伯が………」


「ええ。これからきっと帝国は内部で大いに荒れますよ」


 イクセスは燃えさかるギャラハンのバーを睨み付け、拳を握りしめたのであった…………。




---




 帝国城二九階、副総統執務室。

 窓が大きく開かれ、せり出したバルコニーで優雅なティータイムが催されていた。


「神官長グダル・バイアスも愚かなことをしたもんだよね。素直に颯風団を解散させるのを承諾すれば殺されなくても済んだものを…」


 細身の青年が、平皿に載ったブドウを摘み、大口を開けてそれを放り込む。


「最初に出した提案が頭を離れなかったんだろう」


 ゲナはフッと笑い、紅茶を一口飲んだ。それを見て、青年は大きな黒眼を細めた。


「颯風団を軍隊の一つにして、対龍王の戦力にするっていうアレ? そして、龍王を倒した暁には、やがてはダフネス大総統を排斥し、ゲナ閣下が大総統に、そして神官長である自分が副総統に。そんな夢物語を信じてたわけ? マヌケだねぇ~」


「彼の信仰は本物だったからさ。前神官長メリハク・ウラーゼルの更迭は、ダフネスとユーウの関係を追求したことによるもの。明らかに不当な処分だった。それを知るだけに、ダフネスに対する不信は誰よりも強かったはずだよ。

 だが、ダフネスは告知師。そして、フガール家の当主。さらに、政治家としては民衆の期待も厚い。神官長としては複雑な心境だっただろう」


「だから、颯風団へ融資する橋渡しになってくれたんだしね。バレたら背信どころじゃないってのに。強い信仰は、まったくもって身を滅ぼすね」


「しかし、颯風団が潰れた後も、資金援助を続けていた理由はなんだい?」


「ん? いや、それは単なる好奇心…かな。エンロパたちが消えて、資金を渡す相手がいなくなったらどうなるのかなぁと思ってね」


「その金はどこに?」


「ああ。面白い話でもないよ」


 フンと、男はつまらなそうに肩をすくめる。


「いや、知りたいところだな。もしその金の行方がバレていたら、イクセス・ブラッセルはもっと早く真相に辿りついただろう」


「…そこまで言うなら話してもいいけど。いやね、てっきり遺体と一緒に燃やすかと思ってたんだけどさ。すべてを律儀にレガンティ家から徴収した税として計上してたってだけの話だよ」


 嘲笑を浮かべ、「最後の最期までそこは神官長だってことさ」と付け加える。

 自身の部下を颯風団として使うなら資金は必要ない。形骸だけでも、自分が立ち上げた颯風団を維持し、その有用性を見せつけることがグダル・バイアスの目的だったのである。


「なるほどな。燃えカスにもせず、懐にも入れず…然るべき形で社会に還元させたわけか。飽くまで国家を想う気持ちは真のものだったということだな。

 …だが、その金の流れから関与を探られるのでは?」


「ノンノン。レガンティ家の収税は毎年わざと変動させてある。表向き、交易で得た臨時収入があったからとしてね。少なく納めてるなら脱税を疑うけれど、より多く納めてる人間を嫌疑にはかけにくいだろ?」


「……だが、ブラックナイツを颯風団に化けさせたのはやりすぎだね。そのアイディアも君が与えたのか?」


「まさか。そういう意図で、神官長に渡したつもりはなかったんだけどねぇ」


 額に手を当てて嘆くが、口許はニヤニヤと笑みをたたえている。そのことから、どこまでが本当なのか解らなかった。

 この男が、状況を楽しむだけのため、理屈を抜いて不利益を選ぶことも往々にしてあるとゲナはよく知っていたのだ。


「これは断言しておく。五将軍という巨大な戦力を手にした以上、颯風団はもはや国に無駄な混乱を引き起こすただのガンに過ぎない。無用の長物だ」


「ニシシ。エンロパら颯風団が龍王に対して全くの無力だってのが大誤算だったわけだしね。一軍にする価値もない…。

 それでも、颯風団を使って、ダフネス帝やおたくに敵対する貴族を片っ端から始末させてたくせに。それすら無かったことにするかねぇ? とんだ極悪人だよねぇー。ゲナ様は」


「君に言われたくないな、ダルダング。元師団長ギャラハン・ガラフに国家に対する危機感を植え付け、同じく国家のためにバイアスに従っていたブラックナイツ二名も始末させただろう。自分の部下同士を争わせるなんて血も涙もない行為だ」


 ダルダングは舌を出して笑う。その様子から、まったく悪いことをしたような反省は見られなかった。


「訂正しておくよ。“元”ブラックナイツだよ。おたくの将軍がちょっと切れ者だったからね。本当は神官長だけ始末してもらいたかったんだけれど…」


「神官長の部下は回収するつもりだったのかね?」


「うーん、まあね。“作る”のに時間がかかるからもったなかったしね。だけど、あの状況。一緒に消す他になかったよ。ま、バレたらバレたでしょうがない」


「だが、フガール家のブラックナイツは、殆どはレガンティ家が用意していただろう? その線から手繰れば、殺した近衛兵の身元が知れた時点でバレてしまうんじゃないか?」


「潜伏させてる現ブラックナイツのメンバーが喋らなかったら大丈夫さ。ダフネス帝は私のことを訝るかもしれないけれど、神官長に惑わされた反逆ってのが、一番解りやすい腑に落ちる解釈でしょ。帝都にいた以上、元々の飼い主より、今の飼い主に手なづけられただろうって方が自然だしね。本当は逆なんだけれど……。今んとこ、まだ神官長が疑わしいって段階でしょ」


「……ブラックナイツの忠誠心を考えると不自然だろう。むしろ、そんな簡単に反逆する者を寄越したのかと、やがては君が疑われる」


「忠誠心も信仰と同じさ。存在はすれど、形は見えない。形が見えないものを人は心から信じない」


「証拠がなければ、か。……本当に人が怖れることを躊躇いなしにやる男だよ」


「そこは、おたくも同じでしょう? “”神の支配から脱却した国家”を目指す副総統様とね」


「……確かにな。だが、まあ、疑われた場合のことも考えてあるのだろう?」


「それはモチロン。むしろ、疑われる方が動きやすいくらいだね」


 ゲナはフッと笑う。


「……もはや、人間は神の呪縛から解かれなければならない。身動きの取れない神に従っていてはガーネットは滅びる。人間の手で、人間の力で国を取り戻す。すべてはそのため」


 ゲナは手をゆっくりと握りしめ、ダルダングを見やる。


「五将軍に、レガンティ家……これが揃っただけでも、ガーネットは神から奪い取れるだろう。あとは、龍王と魔王をどう攻略するか」


「……時は私に味方してくれているさ。まずは、今できることをしたい」


「……ユーウ・ライオネルね」


「そうだ。そろそろガーネットの王女様には華々しく幕を引いて貰おう。私の手の内に、不確定な要素はいらない」


 ゲナは皿の上の果物を見る。そして、熟れて柔らかくなったリンゴを掴んで放り投げた。ダルダングはそれをパシッと器用に受け取る。


「…ニシシ。ダフネス帝は取り乱すだろうね」


「彼は優秀な施政者だ。だからこそ、乗り越えなければならない。最愛の娘の死も、そして神の喪失も。それでこそ、帝国時代のガーネットを取り戻せる。強き国家となりし時こそ…」


「龍王アーダンが滅び去る時、か……。でも、熟れたリンゴのが美味いものだよ」


 ダルダングはリンゴを丸かじりにして、ニイッと三日月のような口を笑わせた。


「……また妙なことを考えるなよ」


「ああ。信用ないなぁ~」


「見えぬものは信じれない……君が言った言葉だろう」


「まあね。それでも、まだ見えないゲナ様の理想…力こそが支配する時代。それを信じる方が私にはいいねぇ。それこそ、レガンティ家が望んでいた未来だ」


「……期待しているよ。ダルダング・レガンティ伯爵」

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