81話 武人の忠義
「戻って来たか! 待ち侘びたぞ!」
菜園洞の入口に立つ四人を眼にして、ガルがニイッと笑う。
「オウ。さっきの続きと行こうぜ。オッサン!」
「その顔を見る限り、目的のものは手にしたようだな」
ゆっくりとガルが立ち上がり、その後ろにいたエンロパ、ドルドグとラウカンもそれぞれの得物を握りしめる。
「フン。余裕をかましていられるのも今のうちだ」
その様子から、わざと自分たちに時間を与えたのだということを知り、ヘジルは不機嫌そうな顔をした。
もし神に会わせたくないと考えるならば、アサシンたちは間違いなく洞窟に入るのを追いかけたはずだからである。
追いかけるのを止めたのはガルだろうとヘジルは考えた。これはつまり、ガルはセリクたちが神の力を得ても自分が負けるはずがないと考えているに他ならなかった。
「闘うのは、先ほどと同じように拙者一人だ。神の力とやら、我が身に通ずるか試してみるがいい!」
「旦那! ウチらは!!」
「拙者に隙あらば、いつでもかかってくるがいい! 彼奴らごとでも一向に構わぬ!! 元よりそのつもりだ!」
ガルの気迫に圧され、エンロパは唇を噛む。
セリクたちは倒したい、だけれどガルには勝てない、かといって撤退するのはプライドが許さない…エンロパの心は苛立ちに揺れていた。
「臆し闘えぬものは下がっておれッ!!」
突風の如く、ガルの身から闘気に変換しきれない戦気が溢れでて来る!
そのオーラはただでさえ大きな体をさらに大きく見せ、巨大な壁が眼前に立ち塞がったような閉塞感を与えてくる。
圧倒的な力を前にしながらも、セリクとブロウはそれでも前に進み出てきた。
「俺たちは四人で、ずるいかもしれないけれど…。ガル。俺たちはここで倒されるわけにはいかない!」
「今さら何を言うか! ルゲイト殿は、四龍一人で充分だと判断して、“拙者という最大戦力”を投じたのだ! ならば、貴様ら“四人が死力を尽くした最大戦力”で挑むのは当然であろう!」
それは強者の矜持だった。決して傲って言っているわけではなく、四人ですら不足とガルの顔が物語っていた。
「クゥーッ! いいねぇ!! タイマンにこだわらねぇデケェ器の漢だ!
ホントは俺様も一人でやりてぇとこだが、こいつらをやらせるわけにはいかねぇかんな!」
ブロウは、軽くセリクの肩を小突く。セリクも少しだけ笑って、コクリと頷いてみせた。
「拙者も殿下が側におれば、同じ風に考える!
どのような手段でも良い! 拙者を倒す手があるならばどんなものでも使え! それを不利などと泣き言は言わぬわ!」
「なら、それに甘えて、手加減なしだぜ!」
「応! 参るッ!」
「いくぞ!」
「オウッ!」
ガルが上段から、“大・真火月”を振り回す!!
しかし振り下ろされる前に二人はすでに動いていた!
「せやッ!」「うらあッ!」
セリクは太股に斬り付け、ブロウは脇腹を殴りつける!
「ヌッ!? なんだ、先ほど闘ったときとは動きが…」
防御に徹していた先ほどとは違い、ガルは大刀で積極的に攻撃をしかけている。
だが、セリクとブロウはお互いに協力するようにガルの攻撃を避け、武器破壊を狙いだしていた。
もちろん、以前から二人は協力して戦っていたわけではあるが、その時とは動きが明らかに異なっている。
セリクもブロウも、共に戦っているというよりは、“自分が敵をしとめればいい”という考えで攻撃を行っていたのだ。それは一人で戦っているのと大して変わらないだろう。
それとは違い、セリクが右に行けばブロウは左に、ブロウが前に出れば、セリクは後ろに回るなどといった協力しあう戦闘方法に変わっているのである。
「この短期間で二人に何が!?」
例え力が弱い者であったとしても、協力し合うことによって強大な力になることをガルは知り得ていた。
だからこそ、『この二人は手強い!』と、そう思ったのである。『この二人ならば、自身の防御を打ち崩すことも有り得る』と。
それは危機感だろうか? 答えはそうである。だが、恐怖や焦りを通り越し、ガルはただひたすら高揚感に包まれていた。
「『衝遠斬ッ!』」
セリクの紅い斬撃がガルを捉える!
厚い闘気によってそれは阻まれ、ダメージこそなかったが、それでもガルを怯ませるには充分だった。
「え? ど、どうして…。私、セリクの力を解放させてないのに…」
フェーナは眼を見開く。セリクはフェーナの力がないと、集めた戦気を飛ばす技までは使えないはずだった。
だが、幾度もの戦いを経ることで、セリクは魔王の『魔円封緘』を越えるほどの力を徐々に取り戻しているのである。技か使えるようになったのもその顕れであった。
「いまだ! たたみかけるぜッ!! 『鋼発拳ッ!』」
「了解! 『衝遠斬ッ!』」
「ぬぐうッ!」
ブロウの闘技が炸裂し、間髪いれずに同じ箇所にセリクの拒滅が叩き込まれる!
さすがのガルも、わずかに痛みを感じたようで顔をしかめた。
ダメージが通れば勝機がある。それを実感したセリクとブロウは頷きあう。このままいけば勝てるだろう、と。
「見事! 武人として、貴様らと闘えたこと……誇りに思うぞ!!」
ガキーンッ!
セリクの攻撃が、“大・真火月”に当たった! 闘気によって防御されていない武器は、易々とその手を離れて飛んでいく。
「ん? なんだ…いま、わざと武器を手放したように見えたが」
ガルは飛んでいった刀を取りに行くこともないで不敵に笑う。
もし柄を握りしめていたら違っていただろう。それなのに、ガルはまるで武器をわざと弾き飛ばされたようだった。
「敬意を表して見せよう!
これが拙者の闘技!! 『地弾爆崩!!!』」
まるで祈るかのように両手を組み合わせ、闘気を両拳に集中させた。そして、頭上から振り下ろして地面を思いっきり突く!!!
ズッガーンッ!!!!!
「じ、地面が!?」
「マジかよッ?!」
ガルを中心にして、周囲の地面が円形に崩れ落ちる!!
側にいたエンロパたちは飛び跳ねて木に登り、ヘジルはフェーナを連れて固い岩の上に避難した。
「セリク! お兄ちゃん!」
「こ、これが人間が使う技か!?」
セリクとブロウは崩れた地面に足をとられ、身動きが取れなくなる。
半径百メートル以上を崩落させた恐るべきガルの必殺技を前に、フェーナもヘジルもゴクリとツバを飲み込んだ。
「闘技『傾地走!』」
ガルがヒョンと瓦礫から飛び上がる! かと思いきや、物凄い勢いで崩れた地面の上を走り出した!
不安定な足場なのに、辺りの岩や土を蹴散らして掻き進むのだ! よく見えると、闘気を足に集中させているのが解る!!
「ムッ!? あれは…」
「な、なんだい。知ってるのか、ドルドグ!?」
「ハッ。あれは、我ら暗殺者が使う『地走り』…歩法の一種です。それを闘技としてさらに昇華させているようですが…」
「なんであの男が…。いったい、何者なんだい!?」
アサシンの技を扱うガルに対し、エンロパは驚きの眼を向ける。
「ヌハハッ! 捉えたぞッ!!」
逃げだそうと藻掻いていたセリクに、ガルが直前まで迫る!!
身動きがとれない状況で、ガルの巨大な拳が襲いかかるッ!!!
セリクは攻撃を防御しようと、剣を突き出した。それに、ガルの闘気を纏った攻撃がぶつかる!
ボギンッ!! と、何かが俺砕ける音が響く。
「え!?」
それほセリクの剣が途中でボッキリと折れてしまった音であった。剣先は砕けた地面にと突き刺さる。
それを好機と見たガルは、再び拳を振り上げた!!
「ターダス・レラス・サス・ラータレーダ・クハレシ・エ・ユマレス!!
全ての緑を司る神よ、来たれ! 『植神プラーター!!!!』」
ヘジルが、植神プラーターを喚び出す! 緑の風が辺りを吹き荒れた!!
「むうッ!?」
風にのって舞う木の葉に邪魔され、ガルの動きが止まる。
「フフン! なかなか早いお喚びだしね! アタシ参上!!」
「プラーター! 二人を引き上げてくれ!!」
「アイアイサー!」
出現したプラーターは、側にあった木の根を延ばして、セリクとブロウをヒョイッと引き上げる!!
「この力は……あれが神だと!?」
「久しぶりのシャバね!! 森に囲まれたところならば、アタシは無敵!!」
自信満々な顔をするプラーターに、ガルは唖然とした顔をする。それは颯風団の連中も同じような顔をしていた。
「あの小さいのが…神だってのかい? どう見ても、ただのガキじゃないか」
周囲の視線が気にいらないのか、プラーターはジト眼で周囲を睨み付けて舌打ちをする。
「…あー? ここは平伏するところでしょ、だから人間ってヤツはムカツク。
ねえ。アンタの喚び出すタイミングが悪かったんじゃないの?」
プラーターがそう不満そうに言うが、ヘジルはそれどころではなかった。冷や汗をかいて心臓の辺りを抑え、ゼェゼェと荒い息を吐いている。
「ちょっとぉ! なぁに喚び出すだけでそんなに疲れてるのよ!」
「…グッ。じょ、冗談じゃない。ただ喚び出すだけで、こんなにも身体に負担がかかるのか? き、聞いてないぞ!」
「当たり前でしょ。聖獣レベルと同じにしないで欲しいわさ。しっかりコントロールしなさいよ。そうじゃなきゃ、戦うことすらままならないわよ」
苦しそうなヘジルとは違い、プラーターは余裕綽々といった感じだった。ヘジルの力を使って現出しているのだから当然だろう。
「デュガンさんに貰った剣が…」
セリクは呆然と、折れた剣を見やる。
ずっとセリクと共に危難を乗り越えてきた相棒だった。まさか、それが折れてしまうなんて夢にも思わなかったのだ。
だが、考えれば、ガルの武器を破壊しようと考えていたのだ。それなのに、自分の武器が壊れるはずがないと考えていたのもおかしなことだったのである。
「ど、どうしよう。セリクの剣が折れたら…。武器までは治せないし」
「オウ。ってことは、やっぱり俺様だけであのオッサンの相手をするしかねぇってことだな」
「…ゼェゼェ。クソッ。セリクが戦えないとなると、大幅な戦力減だな。戦術を見直さねば」
口々にそんなことを言うので、プラーターは機嫌が悪くなる。
「なにさ! せっかく助けてあげたのに! ちっとは感謝しなさいよね!!」
「相手は強敵だ…。こうなった以上、ブロウと僕が戦うしかないな。だが、どこまで植神の力を制御できるか…」
さっきまで自信があったのに、思っていた以上の消耗度合いにヘジルは顔をしかめた。
「なに? セリクは武器がないから戦えないわけ?」
プラーターが尋ねると、セリクはコクリと頷く。
「なんだ。そんなこと…」
「フンッ!! 闘技『殴岩弾!!』」
ガルが、側にあった大岩をヒョイと放り、それを闘気を込めた拳で殴りつけ、プラーターに飛ばしてくる!
「どわぁ!」
ズゴンッ! 木の幹に深々と岩が食い込む。
「な、なによ、あのデカブツ!! 危ないじゃないのよ!!」
間一髪、岩弾を避けたプラーターはプンプンと怒って拳を振り回す。
「闘いの最中に下らぬ喋り合い! 話し合いなど後にせい!!」
ガルの言うとおり、いまは戦闘中だ。悠長に会話している時ではなかった。
「ガーッ! 人間のくせに! もう頭きた! よし。アイツ、フルボッコにする! これ決定だわさ!!」
プラーターが両手を広げると、ガルの作りだした大穴から、鞭のように木の根が飛び出して振り回される!
「ヌッ!? また奇怪な技を!!」
「岩飛ばすアンタの方が奇怪よ! 大地神じゃあるまいし! そんな変な攻撃方法なんて見たことないわ!」
怒っている点はなんだか違うようだったが、プラーターが力を使うとヘジルは苦しそうに呻いた。
「グッ! …か、勝手に力を使うな!」
「ハン。力だって!? アタシはまだ神聖能力どころか神技すら使ってないわよ! ったく、口ばっかり達者でだらしないの!」
「な、なんだと!?」
「いいから、アンタは神宿石に集中してなさい! ほら、セリク。こっちに来なさい。それと、えっと、そこのあまり可愛くない女子!」
「あまり可愛くない!? なによ、それ! フェーナ! 私、フェーナです!!」
「はいはい。フェーナね。わーったわよ! ほら、手をこうやって前にだしなさいな」
プラーターに言われるまま、セリクとフェーナは不可思議そうな顔をしつつも手を出す。
大きく息を吸い込み、プラーターは二人の手の平に指先で文字のようなものを書いた。
「植神の名において命ずる。枝よ、剣となり。蔓よ、鞭となれ…」
「グッ…」
プラーターが呪文のようなものを唱えると、ヘジルが苦痛に顔を歪めた。だが、力は発動したようで、書かれた文字が光り輝き出す。
「え!?」
「これは…」
いつの間にか、セリクの手に木製の剣が握られていた。そして、フェーナの手にはツルを加工したような鞭だ。
「アタシの本体である神樹を使った武器よ。このヘタレ召還師が使えない以上、アンタらでなんとかしなさい。ホントに感謝しなさいよ。人間にここまでしてやるの初めてなんだから!」
「でも、木剣じゃ…」
「私、こんな…鞭とか使ったことないよぉ」
不満げな顔をするセリクとフェーナに、プラーターの頬がピクピクッと動く。
「ジョーダンじゃないわよ! ただの木剣じゃないわさ! 下手な鍛冶師が造ったもんより上等なんだからね!
鞭だって、アタシの神力が入ってんだから! 敵に向かって振れば当たるわよ!」
まだ半信半疑の顔だったが、セリクとフェーナは礼を言って頷く。
「さ、行くだわさ!」
「ヌガアアアアッ!!!」
闘技を利用した高速移動で、ガルは振るわれる根を避けて叩き潰す!
やすやすと叩き折られていることから、神技でないのは本当のようで、威嚇程度の威力しかないようだった。ガルが相手では時間稼ぎにすらなっていないのだろう。
「こんなものか!!」
そして、割れた地面からガルが這い出して来た。
振るわれる拳を、セリクが神樹の剣で受け止める!!
「ぐあっ!?」
刃の部分にぶつかった瞬間、ガルは苦痛に顔を歪め手を引っ込める。
「な、なんだと!? 拙者の身体に傷をッ!?」
驚いたことに、ガルの拳に傷跡ができて血が噴き出していた。
「鉄の刃で斬れなかったのに…。この剣、凄い」
さっきまで、セリクの攻撃を素手で防いでいたのだ。強靭な闘気が鉄の刃を防いでいたのである。
「フフン。それで解ったでしょ。そいつには、アタシの神気が込められている宝剣なんだから! 見た目が木だからってナメるんじゃないよ!」
「じゃあ、私のも!? よ、よーし!」
フェーナが腰だめに、神樹の鞭を振ってみせる!
武術経験もない動作は緩慢で隙だらけだったが、まるで自ら意志があるかのように鞭はビュンッと風を切った!
バシンッ!!
「ぬぐあッ!」
腕をはたかれたガルは、またもやダメージを受ける!
「あ。ごめんなさい! って、謝る必要ないのか…。
でも、スゴイ快感! クセになりそう! これだったら、私も戦える! 足手まといなんかじゃない!」
なんだか危ないことを言っているフェーナだったが、攻撃手段を手に入れられたことが嬉しそうだ。
「な、なんだと。いくら闘気を防御にまわしてないからといって、拙者にこんなものが…」
「闘気を防御に?」
ガルの言葉に、セリクはハッとする。
そういえば、高速移動をするためにガルは足に闘気を集中させているのだった。
「そうか。移動と防御を同時にはできないんだ!」
「迂闊だわね! デカブツ! 自分で弱点をさらけだすなんてオツム足りてないんじゃなぁーい?」
ここぞとばかりにプラーターが嘲る。
「ムウ。だが、それを知れたところでどうするッ!?」
ガルは闘気を全身から放つように調整する! つまり、本来の防御体勢に戻ったのだった。
「貴様らの攻撃が通じぬならば、この闘いは拙者に有利! それは変わらぬッ!」
一対一だったら、このメンバーの誰もガルに敵わないだろう。
だが、それが四対一になってすらも勝てない理由は、この要塞のように堅牢な最大の防御力があるからだと言える。
「ハン! 神を前に何を寝言を言ってんのさ! あんたの防御なんて、アタシの神聖能力の前じゃ…」
そう言ってプラーターは手をかざすが、何事も起きない。訝しげな顔で振り返ると、青ざめた顔のヘジルがいた。
神剣や神鞭もヘジルの力を使って創りだしたのだから、かなり消耗していたのだ。
「ちょっと! なにやってんのよ! ここは踏ん張りどころでしょ!」
「ヘジル。大丈夫!?」
フェーナが心配して肩を貸す。
「…ああ。情けない話だが、いまは召還するだけで手一杯だ。神の力がこれほどとは」
「ったく。アタシの超強力な神気に当てられたんだからしょうがないっちゃしょうがないわよね!
ま、最初から外で喚び出せただけでもスゴイことなんだけれど…」
神の力がスゴイのでコントロールできない…そのことに、プラーターは得意になっているようだった。
「…ん? あ。確か、パドラが…召還神は負担が大きいから慣れさせてやらなきゃいけないとかなんとか………ま、いまさらだし。いいっか」
何か肝心なことをプラーターは思い出したようで、一瞬だけ“しまった!”みたいな顔をしたが、次にはまるでなかったことのように素知らぬ顔をする。
ヘジルが眉を寄せると、プラーターはそっぽを向いて口笛を吹き出す始末だ。
力を貸してくれるという割には適当としか思えない態度であった。
「おい。なにか、この力をコントロールする術はないのか?」
「あ? うんうん、そりゃ身体に慣れさせるしかないわね。アタシが思うに! 人間に神気を扱わせるようにするのは、昔から試していたけれども…」
そう言って、チラリとセリクを見やる。
「上手くいったのが、時代の証人ってこと?」
「え? ああ、ま、そいうこと! だから、ヘジル。アンタに召還神が扱えないなら、誰にも使えるわけがないんだわさ!」
フェーナの言葉に、プラーターは何かを誤魔化すかのように頷いてみせる。
「ヌハハ! どうにも、貴様らは神の力を完全には操れておらぬようだな! ならば、好都合! 龍王エーディン殿下の脅威となる前に、拙者がここで摘み取ってくれるッ!!」
ガルが振り下ろす拳を、ブロウが受け止め弾き返す!
「オウッ! やれんならやってみやがれ!」
セリク、ブロウらが連続攻撃を繰り出すが、防御に集中しているガルにはまったく通じない。
「ヌウッ! 守る者がいると、本来の何倍の力をも生み出すものよな! こうまで拙者に食らい付いてくるとはッ!!」
明らかに格下のものに手こずらされていたが、ガルはそれを愉しんでいた。
この場にエーディンがいたらどうだろうか? そして、それを守り闘わねばならないとしたら…ガルはそれこそ鬼の如く力を発揮しただろう。
武人として、親しい者を守る力が強く、とても気高いものであることをよくガルは知っていた。
だからこそ、なおさらに目の前の若者たちの戦いが眩しく映るのである。
「旦那! 受けとんな!」
ヒュンッ! 大きな何かが、ガルの目の前に突き刺さる。
それを見た瞬間、ガルは思わずそれを握りしめて振り回していた!
「ヌウウンッ!!」
ズガガガガンッ!
「ッツ!?」「うごあッ!」
いきなりの大刀による攻撃を避けきれず、セリクたちは思いっきり斬り付けられる!
「な!? クソッ!! 力さえ、この力さえコントロールできれば…なにをやってるんだ、僕はッ!」
自分の額を殴り、ヘジルは悔しそうに顔を歪める。だが、植神の召還を維持するので精一杯だった。少しでも気を抜けば、溢れる神気に呑み込まれそうになるのだ。
「なんの真似だ!?」
ガルが睨み付けるが、エンロパは今回は動じない。
「…いい加減、そのチマチマした戦いを見るのも飽きてきたんだよ。どうせ、旦那が勝利するってのが解ってるんだ。なら、とっとと終わらせばいいじゃないかい」
エンロパは、きっちりガルの攻撃が届くギリギリの間合いを見極めていた。ちゃんと安全地帯をキープしている。
「殺すのをためらっているのかい?」
「なにぃ?」
ガルの額に青筋が立つ。
「武人としての誇りかなんか知らないけどさ、それよりも主君の命令が優先されるんじゃないのかい?」
エンロパの言葉に、ガルはわずかに顔を曇らせる。
このような若者たちを殺したくないという気持ちは確かにあった。そして、この闘いをずっと愉しんでいたいとどこかでガルは思っていたのも事実だったのだ。
「交渉だ! ウチらにも協力させな。旦那! アサシンなら、依頼がありゃ後腐れなくどんな敵でも殺してやるさ!」
「邪魔をするなと言っているのだ!」
怒るガルに、エンロパの頬を汗が伝う。
それでも、これはチャンスなのだ。そのために待ち続けていたのだ。なんとかそれを物にしたいエンロパは退かない。
「仕止めあぐねいているのも事実だろ? ここで手こずって、主君にお咎めでももらいたいのかい!?」
「ぬぬうっ!!」
忌々しそうにガルは歯ぎしりする。エンロパの指摘通りだったからだ。
ガルは決して手を抜いているわけではない。が、一撃で葬りされるほどセリクもブロウもレベルが低いわけではないのだ。
ガルの中で、エーディンに対する忠誠心と、闘いを愉しみ続けたい気持ちが激しくせめぎ合う。
「ならば、勝手にせい! だが、拙者の間合いに入り、斬られても恨むでないぞ!」
ガルの出した結論はシンプルなものだった。
自分はこのまま闘い続けることに専念するだけ!
颯風団がどう動こうと、自分はあずかり知らぬ事。
仮にセリクたちが颯風団に討たれたとしても、ガル本人には不満が残るが、それでもエーディンの利益になることには違いない、と。
「そんなマヌケなもんかい!」
今までの戦いを見る限り、ガルの攻撃が自分たちに向かう余裕などないだろう。
その自分の判断を信じ、エンロパはドルドグとラウカンに合図する。
「…クソッ。一番、最悪のパターンだ」
ガルと颯風団が協力する。それは、ヘジルが想定していた中でも最も悪い状況だった。
戦いが長引けば、決着を急ごうと考えるのも当然だろう。だが、ヘジルはガルの武人としての誇りに賭けていたのだ。ガルが他者の介入を許さなければ、まだ勝機があると。
だが、エンロパの誘いは上手かったといえよう。ずっと、ガルの発言を聞いていて“忠義”という部分を抉るようについてきたのだから。これはガルにとっては弱い部分だ。
なぜならば、ガルは誇りよりもエーディンを、そう“忠義”をとるであろうことは明白だったからである。
「シャッ!!」
エンロパがクナイを投擲する!
「お願い落として!!」
フェーナが鞭を振るうと、綺麗な放物線を描いてクナイを弾く。植神の力が目標にちゃんと当たるようサポートしてくれているのだ。
「チッ。その武器! 面倒なことだね!」
「どうするんだわさ? 見たところ、相手は人間だけれど…。ありゃりゃ? ってことは、人間も敵に回ってるの?」
「そんなものはほんの一部の者だ。プラーター。なんとか、この状況を脱したい…力を貸してくれ」
「そりゃ、なんとかなるものならしてやりたいところだけれど…。アンタがそんなフラフラじゃどうしようもないし!」
プラーターは自分の手を見やる。神気を集めようとしても上手くいかないのだ。
心なしか、プラーターの身体も透けはじめてきていた。召還すら維持できなくなりつつあるのだ。
「まずは、その神だとか名乗っているガキを始末しな!」
エンロパの指示で、ドルドグとラウカンが動き出す。
「え? アタシ? 神とか名乗ってるって、本物の神なんだけどッ!」
「クッ。戦えない者から狙うか…。暗殺者らしい考え方だな」
「ヘジル!」
「オウッ! こなくそ!」
助けにいきたいところだが、“大・真火月”を遠慮なしに振り回すガルを相手にするのでセリクもブロウも一杯一杯であった。
「…見たところ、樹木などを操る不可思議な術を扱うようですな」
「そうでゲス! ってことは、これに弱いでヤンスね!」
ドルドグとラウカンが駆けながら、自ら懐に手を差し入れる。
「え? それって…」
ドルドグとラウカンが持っているものを見て、プラーターが顔を引きつらせる。
「…忍法『火焔投』」
二人が持つ筒から、火焔弾が放たれるッ!!
「火! 火ッ!!!!! ウッキャアアアアアッ!」
プラーターが悲鳴を上げてパニックを起こす!
「ぬうッ!?」「なんだい!?」「ムッ!?」「ヤンスッ!?」
プラーターの危機に反応し、周囲の木や草が武器化して一斉に襲いかかる!!
ドンドンドンッ! シュルルル!! パーン! パーン!
蕾が弾丸の如く飛び交い、葉が刃となって旋回し、果実が炸裂して飛散した!
「たかが草木が、ウチらに攻撃をしてくるなんて! これが、神の力だってのかい!?」
四方八方から容赦なく攻め立てる攻撃に、ガルもエンロパたちも狼狽する。
「な!? 暴走!? 神聖能力解放だと!? また勝手に力を…くうッ!?」
「ヘジル!」
プラーターが一気に力を放出したので、ヘジルはその場に倒れてしまった。
飛んできた木の実が岩に当たり、ビシッと大きなヒビを作る。それだけでなく、周囲がドロリと溶けるのを見て、ドルドグはハッとした。
「まさか毒!? いけませぬッ! これ以上は!!」
「た、退却でヤンス!!」
「な!? なにをふざけたこと言ってんだい! ここまで追いつめておいて!」
エンロパは叫ぶが、ドルドグとラウカンはその腕を取って無理矢理に離脱させる。
「ハァハァ。火はダメ…。火はイヤ…。火はダメ!」
「お、落ち着いて…もう火の気は無いよ」
セリクがプラーターを落ち着かせようとする。
が、それで殆どの力を使い果たしたのだろう。プラーターの下半身はほとんど消えていた。
「しょ、植物の神…だから、火に弱いのか」
フェーナがヘジルに治癒をかけつつ助け起こす。
起こされながら、ヘジルが神宿石を掲げた。すると、植神プラーターは光の粒子となって消える。
「…ぬう。さすがに今の攻撃は効いたぞ」
強力な溶解液が混ざった攻撃を受け、ガルも無傷というわけにはいかなかったようだ。
被服に幾つか穴が空き、皮膚が爛れている。それでも大したダメージのようには見えない。
「あれでも、まだ倒れないなんて…。どれだけ頑丈なのよ!」
少なくとも、プラーターの側にいたガルは逃げることも適わずに集中砲火を浴びせられていたはずだ。その防御力の高さが知れる。
「さあ、頃合いだ! 雌雄を決そうではないか!」
疲れすらみせないガルを前に、まだなんとか戦えるといったセリクとブロウが再び構える。
「…おい。ちょっと待て」
今にも倒れそうになりながらも、ヘジルが二人に小声で話しかける。
「大丈夫だよ。俺とブロウでなんとかする。フェーナと下がっててくれ」
「オウ。セリクの言うとおりだぜ。オメェはちぃと休んでろや。後は俺様たちに任せろ」
二人が気づかって言うのに、ヘジルは首を横に振る。
「違う…。あれだ、あそこを見ろ」
ヘジルの目線の先、ガルの少し後方に何かが動いているのが見える。
セリクとブロウが声を出しそうになるのに、ヘジルが(気づかない振りをしろ)と眼で言う。
「マンイーターだ。さっきの騒ぎで奥から出てきたんだろう。プラーターが縄張りを壊したことで、かなり気が荒くなっている様だ」
木の上にしがみつき、ウネウネと触手を動かしている醜悪な魔物。
牙の生えた花弁をガバッと大きく開いて、明らかに怒り狂っているだろうことが解る。
「むぅ? 何をコソコソとやっている! 拙者を倒す算段が立ったのか!? 神の力の次は何を見せてくれるのだ?!」
またヘジルが小賢しいことを考えているのだろうと、ガルは笑う。
セリクや神の力に警戒してか、ガルはまったくマンイーターに気づいていなかった。
「ああ。セリクとブロウ、今のでこの二人は神の力を得てかなり強化された! まだその力を見せてないだけだ!」
ヘジルがそんなことを言うのに、セリクとブロウは驚く。なぜならば、神の力で強化されてなどいないのだから。
「ほう? ならば、さきほどの攻撃は陽動だったとでもいうつもりか? 二人に力を分け与えるのが真の目的だったと?」
「フン。その通りだ!」
それを信じたのかどうかは疑わしいが、負けるつもりがないガルにとってみればどちらでもいいことなのだろう。
ヘジルは、セリクとブロウの耳の側で再び囁く。
「ハッタリでいいんだ…。僕たちに注目させ、あのマンイーターをけしかける」
「そ、そんな」
「オイオイ。なんだそりゃ…。卑怯者のすることだろうが」
「卑怯でもなんでもいい…。とりあえず、今は勝つことが先決だ」
ガルは首と腕をバキバキと鳴らしながら回す。
「まだ力を隠しているのであったら舐められたものだな。この拙者を相手に、その余裕こそが命取りになるとまだ解らぬとは! 邪魔者もいなくなってちょうど良い。徹底的にやり合おうぞッ!」
ガルが大刀を振り上げる!
次の瞬間、獲物の動きと察知したマンイーターが飛び上がった!
「ガル! 後ろだッ!!」
セリクが咄嗟に叫んだので、ガルはハッと振り返り、マンイーターに“大・真火月”を叩き付ける!!
「ギュウアアアッ!!」
肉食植物は深緑色の血を吹き出しながら、地面にドスンッと倒される。
「ぬう! なんだこの気味の悪い魔物は…。神の下僕か?」
ガルはマンイーターを知らないらしい。
大刀を腹に突き刺され、苦しそうにのたうち回る巨大ヒルのような魔物を憎々しげに見やる。
「Bクラスのマンイーターを一撃だと……」
かりに不意打ちが成功したとしても、マンイーターではガルに太刀打ちできなかったのでは…ヘジルはそう思えてならなかった。
「それは植神の眷属じゃない。植神の管理下にいた植物が、魔気によって変質した化け物だ」
「音もなく気配もなく、背後に忍び寄るか…。フッ、アサシンなどよりも手強い魔物もいたものだな」
ガルがグリッと大刀を捻り回すと、断末魔の叫びをあげ、マンイーターはシュワシュワと泡を吹き出しながら絶命する。
「ヌハハッ! どうせなら、彼奴を拙者に襲わせればいいものを。さすれば、拙者に大きな隙ができただろうに」
「…ああ。僕もそう考えていた。馬鹿なことをしたものさ」
そう言って、ヘジルはセリクを睨み付ける。
「俺たちは四人で戦ってる。その上でさらに魔物をけしかけるなんてできないよ」
「甘い話だな…。言ったであろう。貴様らは貴様らの最大戦力で挑みかかればよい。それが例え魔物を用いる手段だとしても、だ。拙者は同じように蹴散らしてくれよう」
「それでも…」
「フン。拙者とて、自らの攻撃手段が乏しいと判断し、アサシンどもを使ったのだぞ?」
自嘲気味にガルはそんなことを言う。いくら忠義を優先したとしても、やはり後ろめたいものを感じていたのだろう。
「…エーディンのためにだろ? 純粋に戦うだけなら、あなたは自分だけの力で行おうとする人だと思う」
セリクはハッキリ言い切り、ブロウも同意して頷く。
「あなたは卑怯な手は一切使わなかった。俺たちが洞窟から出てくるところを不意打ちだってできたはずだ」
それはその通りだった。エンロパたちは出口に罠を仕掛けることを提案したのだが、ガルはそれを遮って止めたのだ。
「俺たちを殺すだけが目的なら、そんなことはしない。それだけだとしたら最初からラウカンたちを使っていたはずだ。それはあなたの本心じゃないんだ」
セリクにそう言われ、ガルの眼が伏せられる。
しばらくの沈黙の後、ガルはゆっくりと口を開いた。
「……セリク・ジュランド。一つ問おう。お前はなんのために龍王エーディン様と戦うのか?」
その問いに、セリクの眼の奥で紅い光が揺らめく。
「俺が、龍王を倒せる唯一の救済者だから…」
「救済者、か。なんとも大それた話だ。が、その力を見れば冗談で言っているのでないことは解る」
ガルは、エーディンを傷つけたセリクの力を思い出していた。
あの頃などよりも、遙かに今のセリクは強くなっている。間違いなく、この子供は龍王にとって脅威なのだとガルは認識していた。
「ガーネットを…人間を護りたいのか? それが貴様の考えなのか?」
「さあ。そこまで考えたことはない。好きで救済者に選ばれたわけじゃないし……。そんなのは関係ないと思う」
「つまり、神の駒として戦うのか?」
「神様が俺を使う理由なんて知らないよ」
「人間のためでも、神のためでもないと? 解せぬ、な」
ガルの問いかけは、セリクがずっと自問自答してきたことだ。
セリクはガルを見据える。黒い眼の奥で紅い光がチラついた。
「俺は、俺自身のために龍王エーディンを止める」
「……自分自身のため、だと?」
「ああ。あなたを助けたのも、何か理由があってじゃない。そうしなきゃ、自分がイヤだったからそうしただけだよ」
ガルの視線が、干からびていくマンイーターを捉える。
「…なるほど。ならば、どうあっても龍王様に敵対すると?」
「エーディンが、俺たち人間を滅ぼそうとする限り……。
俺は滅ぼされたくない。俺に優しくしてくれる人たちも傷つけさせない。これは俺自身の決断だ」
セリクは頷く。エーディンの考えが変わらない限り、戦わなければならない相手なのだ。
「……その言葉。殿下に伝えるとしよう」
魔物に刺さっていた“大・真火月”を抜き、ガルは大きな背を向ける。
「……オウ。わけがわからねぇぜ! 逃げるのかよ!」
三人はホッとした顔をするのに、ブロウだけが不満気な顔をする。
「逃げるのではない。この場は、拙者が貴様らを見逃すのだ。一つ借りができたからな…。それは返さねばなるまい」
マンイーターのことを言っているのだろう。セリクからすれば大したことではなかったが、ガルからすれば助けてもらった借りに相当することのようだった。
それがブロウには解らなかったらしく、苛立たしそうに拳を打ち付けている。
「まだオッサンは闘えるんだろ? 退く理由がねぇじゃねぇか! 俺様は納得できねぇぜ! どっちが倒れるまでが勝負ってもんじゃねえか!」
「お兄ちゃん! ちょっと黙ってて!」
フェーナの怒りは最もだった。もはやこちらは限界だっていうのに、わざわざ敵を引き留めるブロウの考えはどうかしているようにしか思えなかったからだ。
妹が怖い顔をして怒ると、ブロウはわずかにたじろぎ、気にいらなそうにしながらも頭をかいてそっぽを向いた。
「ルゲイト殿の命令は、貴様らに神の力を得させぬこと…。だが、それは失敗に終わった」
ガルからすれば、ここでエーディンの脅威を除きたいところだろう。
だが、ガルは知っていた。ここでセリクを倒したとしても、エーディン自身は喜ばぬであろうことを。
ルゲイトの命令は、神の力を得させないことと、あわよくば敵対する勢力であるセリクたちを倒すことに違いない。
それはエーディンのためになるという意味で忠義であろうが、決して主君を喜ばせることに繋がるとは限らない。それ自体もガルを悩ませた要因となっていた。
「だが、覚えておけ。貴様らが神を得ようと何も変わらぬ! 拙者たちは決して止まらぬ! 拙者らが側にいる限りは、龍王は健在と知れい!
止めたければ止めてみせい。ただし、エーディン殿下の邪魔をする者は何人たりとも拙者が許しはせぬ! それを心に留めておくがいい!」
そう言い残し、高らかに笑い声をあげながらガルはその場を去っていったのだった……。
強敵が去ったことにセリクは安堵したが、それはただ問題が先延ばしになったに過ぎない。
龍王エーディンと戦う以上、四龍ガル・ドラニックは必ずや立ちはだかってくることだろう。
「俺は…。それでも、必ずエーディンを止めてみせる」
セリクは自分にそう言い聞かせ、ガルに折られた剣をジッと見やったのだった…………。




