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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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75話 龍王を守る鉄壁の盾

「拙者は四龍が一人、ガル・ドラニック! 龍王エーディン殿下の命に置いて、いざ参るッ!!」


 ガルの登場により、戦いは新たな局面へと向かおうとしていた。


 さっきまで殺意を剥き出しにしていたドルドグとラウカンは、既に撤退を視野に入れている風である。

 攻め際よりも、引き際を見極める方がアサシンにとってより練度を必要とするのだ。

 暗殺者は自ら命を捨てることを恐れはしない。だが、それは決して不用意に命を失ってもいいと考えているわけではない。命というものを冷静に見極め、死への恐怖という感情に左右されることがない故に、任務こそを至上として行動することができる。その経験こそが、任務に成果をもたらし……そして、結果として、自身の命を長らえさせることに繋がっているのだ。

 その点、エンロパは今だ未熟であった。その表情からして、まだセリクたちを始末する気でいるのだ。

 だが、ベテランの二人は、ガルが現れたことで場の状況が変わったのだと認識していた。これは決して好機などではなく、逆に危機となる可能性の方が高いと判断したのである。

 ドルドグとラウカンは何とかエンロパを連れ、離脱するタイミングを計り始める。


「……エーディンの部下か。ヤツの命令で来たっていうんだな?」


「いかにも。セリク・ジュランド。だが、正確に言うならば、参謀ルゲイト・ガルバン殿から与えられた命令だがな」


「なんだと? まさかルゲイトは、僕たちが探しているものを知っているっていうのか?」


 ヘジルの驚きは当然だった。龍王側に気取られることないよう隠れて行動しているつもりだったからだ。

 その為に、ゲナは策を巡らし、神告の偽情報を流した上、マトリックスを将軍として帝都に残したのである。

 ルゲイトがセリクたちの動きを知っているというのであれば、それらの行動が無意味となってしまう。


「ルゲイト殿は、神告の内容を予め推察しておったのだ。中央大陸各地で感じられる神気シン。恐らくはそこに神々の隠す何かしらの対抗手段があるのではないか、とな!」


「馬鹿な! 神々の思考すら先読みしたっていうのか!? それに、各地で感じられる神気シンだと? そんなものが………どうやって解る!?」


 ガルは懐から、小さなリモコンのような物を取り出す。

 アンテナをのばすと、画面に波状のグラフと数字が表れた。ピコーン、ピコーンという激しい音も鳴り響く。


「これは神気シンの大きさとおおよその場所を探す機械だ。近づくまで解らぬのが難ではあるがな…。だが、ここまで来れば、貴様らの後ろにある洞窟から、強い神気シンが発生しているのが解るぞ!」


 植神がいると思われる菜園堂を指さし、ガルは確信を得た顔で笑う。


「…クソッ。礎気探知機だと。構想はあっても、Dr.サガラですら未だ作れてない機械だぞ。それを、龍王側が持っているなんてことが」


 まさか科学力で龍王側に後れをとるなんて露にも思っていなかったのだろう。ヘジルは悔しそうにする。


「神々の力とやらは興味あるが、殿下の障害となるならば得させるわけにはいかぬ!」


 ガルは大きく両足を開き、背中の大刀を抜く。

 その大刀は尋常な大きさではない。ガルの背丈ほどもあり、その幅に至っても鉄の板と形容するの方が正しいだろう。


「おい。なに勝手に話すすめてんだい。待ちなってのが聞こえなかったのかい、旦那? ウチらがまだ…」


 抗議しようとしたエンロパがピタッと喋るのを止める。大刀の切っ先が喉元に向けられたからだった。


「この闘いに水を差したことは詫びよう! だが、もう拙者自身ですら、武人としての衝動を抑えられんのだッ! ここは黙して譲れいッ!!」


 ガルの眼は熱を帯びていた。持っている大刀が小刻みに揺れている。それが武者震いしているのだと、エンロパは気づいた。先ほどまでの戦いを見て、ガルの本能が高ぶっているのだ。下手に近づいたら斬られる……そう感じとって僅かに後退る。


「もはやこれ以上の話は無用だろう! 持てる手段をすべて持ってかかってくるがいい! 龍王エーディン様に手傷を負わし、翠黄兄弟を討ち滅ぼしたその力を! さあ、拙者にその力の全容を見せいッ!!」


 ズアアーッ! と、土色をした戦気が巨大な全身から放たれる!

 今まで感じたこともないほどの圧力に、周囲の空気がビリビリッと震撼した!!


「やるしか…ないのかッ!」


「オウ! んなの会った瞬間から気づいてたぜッ!!」


 憂鬱そうなセリクとは対称的に、ブロウは強敵の出現に活き活きとした表情をしていた。

 

 セリクは剣身に戦気を込め、ブロウは戦気をまといつつ左右から走り出す!

 油断したら負けると感じたからこそ、最初からの全力である。


「『紅流砕ッ!!』」


「闘技『鋼発拳こうはつけんッ!』」


 セリクの流れるような動きで放つ拒滅ルン、ブロウの闘気を拳に乗せて純粋に叩きつける闘技が炸裂する!


「ぬうぅんッ!!」


 対するガルの動きは二人に比べて決して早いとは言えなかった。

 迎撃しようと振った大刀は避けられ、その胸板に攻撃をもろに受けることとなる!


「よし! 当たったぞ!」


「え?」


「オ?」

 

 ヘジルの眼にも、それは確実にダメージを負ったと思った。

 だが、何かしらの違和感を覚えたセリクとブロウはすぐさま飛び離れる。


「むう。なんだ、こんなものか」


 ガルは自分の身体を見て、パンパンと胸をはたく。

 攻撃が直撃したというのに、まるで何事もなかったという風なのだ。


「ちゃんと斬り付けたのに、斬った感触がない?」


 セリクは自分の剣に血が一滴もついていないのを確認する。  


「オイ。嘘だろ…。俺様の一撃くらってなんともないのかよ。っつうか、なんだ、あのオッサンの身体は! 鉄みてぇに固てぇじゃねぇかよ!」


 ジーンと痺れる自分の拳を見て、ブロウは驚いた。だが、その表情はなんだか嬉しそうである。


「…ええっと、あの人、もしかして龍族なの?」


 あまりの頑強さに、フェーナは人間じゃないとすら思ったのだ。


「いや、四龍は全員が人間だと聞いている。ダメージを受けないトリックがあるのか、はたまたダメージを受けてない振りをしているのか」


 ヘジルはチラッと颯風団の方を気にかけながら言う。


 ドルドグとラウカンは、エンロパの腕を引き、いつでも離脱できるような状態だ。

 今は戦いを静観しているだけで、それに参加してくる気配はない。恐らく、自分たちに攻撃が仕掛けられたりした場合か、またはこの戦いが終わったタイミングで引き上げるつもりなのだろう。

 まだ動かないのは、この戦いに興味があるのというのもあったのだが、下手な動きをみせることでガルの闘争本能を刺激しまうのを怖れてのことだ。

 中には戦いに興奮し、敵味方なく動く者を攻撃する狂戦士バーサーカーのような者もいる。ドルドグなどは、ガルにその兆候が見えたので憂慮しているのだろう。逃げている背中に噛み付かれては堪らないということだ。

 エンロパは悔しそうにしてはいたが、ガルとの実力差を痛感しているのか、身動きできずに拳を握りしめるだけだった。


 颯風団が余計な手出しをしないと見たヘジルは、頭を切り換えてガルの対策に集中する。


「………よし。セリクはフェーナに力を解放してもらえ。ブロウ、お前は震層発剄を当てることを考えろ。あれならば、仮に上面の守備力が高くても貫通する」


 ヘジルが短く指示をすると、各々がすぐに動き出す。


「そうだ。もう終わりではあるまい? やれることはすべてやるがいい! でないと、あの世で後悔することとなるぞッ!!」


 その間にもガルの攻撃が来るが、動きが遅いのでセリクもブロウもそれほど苦もなく避けれる。そして避けつつも、ヘジルの作戦を実行する。

 セリクがフェーナの側に行き、その拒滅ルンの力を解放してもらう。瞳に紅い光が宿り、全身が真紅のオーラに包まれる。


「ゲヒッ! あ、あれは、あの黄色い龍をブッ倒したときの光でヤンス!」


「ヌハハッ!! いいぞッ! 龍王エーディン殿下に一撃した時の技で、拙者の身を貫いてみせよッ!!」


 ガルの大刀を避けながら、ブロウは左ジャブで牽制しつつも、こっそりと右手に闘気を溜め始める。


「ラタレダ・パドラ・ロウス! テス・トロイ・ストレオ・クハレシ・エ・ユマレス! 来たれ! 『聖一角馬ユニコーン!』  我が呼びかけに答えよ! 『聖天馬ペガサス!!』」


 二匹の聖獣が、ヘジルの召還に応じて地上に降臨する!


「え? 同時に呼び出せるのか!?」


「すっごい! ヘジル!!」


 セリクとフェーナが驚嘆の声をあげるが、ヘジルはなんて事はないといった顔だ。


「ほう。噂に聞く、召還…という奴か! 異端者と象徴化に似ておるようだが!」


「フン。あんなものと一緒にするな…。象徴化はあくまで自身の力の具現化にすぎない。僕の召還は実際の存在を呼び寄せている!」


 ユニコーンとペガサスが、ガルに向かって突進を始める!

 ガルは叩き潰そうと大刀を振るが、ユニコーンとペガサスは互いに連携をとり、地上と空中から交互に角を繰り出す。その間、ヘジルは眼をつむって紅玉石に意識を集中させていた。

 異端者の作り出す象徴化は、あくまで当人の意志の範囲で攻撃を仕掛けるだけなのだ。具現化された存在に意識があるわけではない。

 その点、召還は呼び出した本人が意識を向けなくても、呼び出された聖獣が攻撃や回避を指示無しでも自主的に行う。召還の方がより複雑で高度だと言えるだろう。


「いいぞッ! 少し、愉しくなってきたぞッ!」


 セリク、ブロウの連続攻撃、そしてそれにユニコーンとペガサスの連携攻撃まで加わる!

 大刀を振り回していたガルも、全ての攻撃を凌ぎきれるわけがなく、何度も直撃を受ける。

 決して軽い攻撃ではないはずなのに、ガルは倒れることもなければ蹌踉めきもしない。ただ不敵に笑い、右手で大刀を繰り出し、左腕で殴り返す。


「ば、化け物かい…」


 明らかにガルの方が不利だ。それなのにも関わらず、セリクたちが勝つ姿が想像できなかった。エンロパはゴクリと息を呑む。


「龍王に汲みする者ですからな…。普通ではない、とは思いましたが」


「あんなのと戦おうとしてたでヤンスか…」


 ガルを圧しているのは、攻撃を当てている自分たちの方だと、セリクもブロウもそう考えていた。


「ヌハハハハッ! どうした!? どうしたのだ!? そんなものなのかッ!?」

 

 攻撃を受けつつもユニコーンとペガサスの角を捕まえ、ズドンッと引き倒す。圧倒的な怪力に抑えつけられ、二匹とも苦しそうにいなないた。

 ヘジルは捕まえられた二匹を急いで神界に戻し、再召還させた。光の粒子となって消え、すぐに別の場所に現れる聖獣を見て、ガルは「便利なものだな!」と感心する。


「なんだ、これ…」


 セリクの背を冷たい汗が伝う。ずっと妙な違和感を覚えていたからだ。


「捕らえたぞッ!!」


 ハッとセリクが眼を向けると、いつの間にかガルの巨腕が迫ってきていた。

 五本の指がグワッと開く!! セリクの頭なんて簡単に握りつぶせてしまえそうだ。


「今だ!!」


 ヘジルはずっと機会を待っていた。

 一人を捕らえられると思ったことで、ガルには明らかな油断が生じたのだ。

 ユニコーンとペガサスが、ガルを挟み込む形で前足を上げる!


「『『聖角大円陣ホーリービッグサークル!!』」


 ユニコーンとペガサスの角が光り輝き、円形のエネルギーを放つ!

 二つの円は共鳴し合い、より大きな攻撃波となってガルを襲う!!


「ぬうッ!?」


「二人とも、一気にたたみかけろッ!!」


 ヘジルの指示で、セリクとブロウが各々最大の得意技を放つ!!


「闘技『震層発剄!』」


 厚い胸板に掌打が入った! ガルが内側から響く衝撃にわずかに後退る。


「『豪衝遠斬!!』」


 そして、追撃の巨大な紅い拒滅ルンが、鋼の肉体を叩き斬らんと猛威を振るった!!


「ぬうおおおおッ!!!!!」


 自らの身長よりも大きな、全てを拒絶する攻撃を前に、ガルはなんとか耐えようと絶叫する!


「ゲ! あの紅い技はヤバイでヤンスよ!!」


 かつてセリクと戦った時に、ラウカンも避けざるを得なかったセリクの一撃必殺技だ。


「オウ。なんだ、この戦技はよ…。今まで見たことがねぇ規模だぜ」


「よし。これでいい! あのギラを倒した技が当たれば倒せる!」

 

 ヘジルすでに勝利したと思ってそう言うのに、フェーナも拳を握りしめて頷く。


「ぬぁめるなぁッ!!!」


 バキャアアアアンッ!!

 

 誰もが我が眼を疑った。

 ガルは紅い斬撃を抱きしめるようにして、内側に圧し潰してしまったのだ!

 避けたり反らしたりしたのならまだしも、自ら肉体で受け止め耐えきったのである。これはセリクの攻撃力よりも、ガルの防御力が勝っているのということに他ならない。

 さすがのガルも無傷とは言えず、胸板はひしゃげ、破けた服から血を流していた。そして、荒く息を吐き出す。


「いいぞ!! 今のは良い攻撃だッ!!! 得体の知れぬ紅き力…それが果たして神々の力かどうかは知らぬが、拙者の身に傷をつける程だとは理解したぞ!!!!」


「…そんな。衝遠斬だって、エーディンを傷つけられたのに」


 黒い瞳に戻りつつあるセリクが唖然と呟く。

 ただの衝遠斬でもエーディンにダメージを与えられたのだ。その倍の力を込めた豪衝遠斬が、エーディンの部下であるガルに通用しない事実に驚く。


「拙者はエーディン殿下を守護する鉄壁の盾! その御身を守る者として、こと防御力に置いては絶対の自信を持っておる! 総合能力としてはエーディン様には遠く及ばぬが、四龍は各々の得意分野に置いてに限り、龍王様を越える一芸を身につけておるのだ」


 三人同時の全力攻撃を受けきったことからも、それは嘘ではないと解る。


「何の能力もなしに、精鋭部隊などと名乗るのは烏滸がましかろう? エーディン殿下の手足となりお役に立つこと、それこそが四龍の存在意義!」


 その台詞だけでも、いかにガルがエーディンに忠誠を誓っているのかが解る。主君への思いが、ガル自身の強さにも繋がっているのだ。


「オウ。アンタ、確かに強いな! 今まで、俺様の闘技が効かなかったヤツなんて初めてだぜ!」


 明らかにピンチなのにも関わらず、ブロウだけは嬉しそうな顔でトントンッと軽いステップを踏んでいた。


「貴様もな。あんなに重い拳を喰らったのは久方ぶりだ。その年齢で既に熟達の域に至っている…。それだけに、その若芽を摘まねばならんとは心苦しいぞ!」


「もう勝ったようなこと言うなって! まだ俺様はピンピンして立ってんだからよ! まだまだ愉しもうぜッ!」


「…筋肉馬鹿が。遊びじゃないんだぞ。クソッ」


 力を使い果たし、目眩を覚えてヘジルが苦しげに舌打ちする。


「でも、このままじゃまずいよ! なにか手段はないの?」


「切り札は、さっき使ったので最後だ。あとは少しずつでもダメージを蓄積させて倒す他ない。もしくは……」


「もしくは?」


 ヘジルは辺りを見回す。


 再びさっきと同じような戦いが始まる。

 セリク、ブロウ、そして聖獣二体が執拗に攻撃を繰り返す。


「ぬうんッ!」


「っと、やべッ!」


 ガルの左拳ばかりに気を取られていたせいで、ブロウは右手に持つ大刀の存在を一瞬だけ忘れていた。

 攻めているつもりで懐に入ったつもりだったのだが、ガルはわざと大刀を使わずに戦って間合いの中に誘き寄せたのだった。

 大きく持ち上げられた大刀が、勢いよく振り下ろされる!!


「でやッ!!」


 ガンッ!!


 横からセリクが割って入り、大刀の下ろされる軌道を変える。

 その隙にブロウは大きくバックステップをして距離をとった。


「わりぃ! 助かったぜ!」


「……あれ。なんか変だ」


 セリクは自分の剣を見て、妙な手応えに疑念を抱く。


「変って何がだ? オ? もしかして、闘いのワクワク感のことか!? 解るぜ! 強いヤツと闘うってのは胸がドキドキすんよな!」


 高揚感を覚えているブロウとは対称的に、セリクの心情は至って冷静だった。

 戦いを好きこのんでやっているわけではない。それを楽しむなんてことはセリクには理解できないのだった。


「違うよ。ほら…あれを見て」


 セリクは、ガルの方を指さす。

 横から攻撃を当てられ、目標から大きくずれた大刀は近くにあった木の幹に深々と刺さっていた。ガルは「フンッ!」と、片手で軽々と抜いて見せる。


「……オウ? あのデッケー刀か? 確かにあんなのは見たことねぇな。一撃でも当てられちゃ終いだな! いや、ゾクゾクすんぜッ!」


「ブロウ。気づかない?」


 セリクは怪訝な顔で首を傾げる。


「俺、ずっとガルの身体に斬り付けてたけれど…どんな強い攻撃を当ててもビクともしなかったんだ。それが、あの大きな刀…あれを攻撃した時は、簡単に弾き飛ばせたんだ」


 そこまで説明して、ブロウはハッとする。

 さっきセリクが割って入った時に、紅流砕などの技は使っていない。ただ普通に斬り付けただけだ。普通に考えて、ガルの攻撃を途中で止めるだけの威力があったとは思えなかった。


「それに、ガルはさっきから戦技を一つも使ってない」


 戦闘中、ガルは全身から戦気を放っている。にも関わらず、それを用いた技を使うような形跡がないのだ。

 確かにイクセスやクロイラー、またはシャインの師匠のように、戦気をまとえても戦技を扱うことのできない達人も存在する。

 だが、セリクの眼には、それらの人々との戦い方とはなんだか違うような気がしていたのだ。


「……なんで、あんなに戦気を出し続けているんだろう? 俺たちを威圧するだけなら無意味なのに」


 イクセスやシャインの師匠は、戦気を出してもほんの揺らめく程度だ。

 イクセスに至っては持っている武器に吸収させていたのもあるが、シャインの師匠は押し殺すように戦気を放ち、裂帛れっぱくの気合いと共に打ち込んで来たのを思い出す。

 対し、ガルはまるでただ立っているだけでも無駄とも思えるほどの戦気を迸り出していた。意識して出しているわけではない可能性もあったが、それにしても異常とも呼べる量だ。


「ム? ヌハハッ、この刀が気になるのか? 貴様も剣士ならば何かに気づいてもおかしくはないな。この拙者の持つ刀、銘を大・真火月という」


 セリクたちの視線を刀を見ているものと勘違いしたらしく、ガルは自慢気に大・真火月を掲げて見せた。


「真火月だと? 確か、老剣豪バージルが使っていた刀の名か」


 ヘジルが言うと、ガルはコクリと頷く。


「ご名答だな。かつて剣神が打ったとされる真火月・真水月の神刀二振り。そのうち、万象を斬り裂くと謳われる程に攻撃に特化した真火月を模し、優秀な鍛冶師が決死の試行錯誤して造ったのがこの大・真火月なのだ」


 セリクはまじまじとその大・真火月を見やる。

 柄が内側に少し曲がっている独特のフォルム、それはガーネット帝国城ロビーで見た老剣豪バージル像が持っていた武器と確かに同じであると気づく。もちろん同じなのは形状だけで、大きさだけは規格外だったが…。


「このように大きな刀となったのは、"天を裂き、地を砕き、海を割る"…と謳われた真火月の威力まで、同じにしたいがためだったと聞く。だが、そのせいで普通の人間には扱えぬ無用の長物に成り果ててしまったのだ」


「フン。馬鹿の極みだな…。どんな威力があろうと、使えなければ意味がない」


「ああ。拙者もそう思う。しかしだ、これを打った鍛冶師もまさか本当に扱える者が現れるとは夢にも思わなかったであろう」


 ガルはブンッと頭上で軽々と振り回し、大・真火月を肩で担いでみせる。

 普通の人間には使えなくても、ガルにはちょうど良い武器だったのだ。


「ヌハハッ! まあ、その威力が伝説の通りかは…受けて見れば解ることだがな!」


 攻撃されなくても、見ただけでもその攻撃力は伝わってくる。


「攻撃される前に、あなたを倒すだけだ!!」


「そんなん黙って受けてやるほど、俺様もおバカじゃないぜ!!」


 セリクとブロウの戦意が失われてないことに、ガルはただ嬉しそうに笑う。


「そのような温い攻撃をいつまで続けるつもりか!? 拙者にはわずかの痛痒もないぞッ! さっきの力以上の技でかかってくるがいい!!!」

 

 戦っていて、これがガルの戦法なのだとセリクは気づく。

 圧倒的な防御力で敵の攻撃を全て受けきり、敵が力果てて尽きたところを、ガルの大・真火月で葬り去る。エーディンを守るための絶対の自信を誇る鉄壁の守備力だからこそ、実行できる戦い方なのだろう。


「拙者は殿下の鎧、殿下の兜、殿下の盾ッ!! 拙者という"装甲"ある限り、龍王エーディン様が傷つくことなど有り得ぬ!!! それこそが我が誇り!! 我が誉れ!!」


 ガルが大きく薙ぎ払う。セリクとブロウは避けたが、ユニコーンとペガサスはそれで消し飛んだ!


「クッ! 再召還できない…。さっきの聖角大円陣ホーリービッグサークルでかなり消耗したか」


 聖獣二匹同時による二度の召還、それに加え大技と来てヘジルは限界に来ていた。召還するだけの力も残っていないのだ。


「少し休んでいて…。あとは私が…」


 フェーナが前にでていこうとするのを、ヘジルは首を横に振って止める。


「聖盾を使うのはダメだ…」


「でも!」


「いや、ガルの攻撃を受ければ確実に瀕死になる…。その時に治療できないと困る」


 ヘジルの眼にも、このままセリクとブロウが戦い続けるのは困難だと見ていた。

 微量とはいえダメージを与えているにしても、やがては疲れ果てる時が来るだろう。そこを攻撃されればお終いだ。それに、まだガルが余力を残しているのは目に見えて明らかだった。


「かといって、逃げ道は……」


 ヘジルは颯風団を見やる。いつでも逃げる瞬間はあったはずなのに、その戦いに眼を奪われているようだった。


 逃亡することをヘジルは視野に入れていたが、それができないのは颯風団がいるせいだった。

 相手がガルだけならば、なんとか逃げ切ることもできただろう。動きは明らかにこちら側よりも遅いし、分散して逃げれば上手く切り抜けられたかも知れない。

 だが、颯風団がこの場にいるとなれば別なのだ。セリクたちが逃げようとすれば、その機に乗じて攻撃をしかけてくる可能性もある。

 今の戦いに手を出せなかったとしても、戦況が変わればその限りではないだろう。特にアサシンは、正面から戦うよりも、背中を追って刺す方が得意なのである。

 セリクたちが逃げ、ガルが追いかけるという状況となれば、ガルを撒きつつも、先回りしてセリクたちを始末してしまおう……そう考えるのではないかとヘジルは睨んでいた。


「八方塞がりか。クソッ。神を目の前にして…」


 菜園洞を見やり、ヘジルはギリッと歯ぎしりする。


「…ハァハァ。このままじゃ」


 ガルの手刀を避け、セリクが苦しそうに息を切らせる。


「オウ! セリク、あとは俺様に任せろ!」


 セリクをかばうようにブロウは進み出て、拳を繰り出す!


「ヌウンッ!!」


「うおりゃあッ!!」


 ガルの巨大な拳に対し、ブロウはアッパーカットを決めて弾き飛ばす!


「甘いわッ!!」


 大・真火月が横から繰り出され、ブロウはギリギリでそれをかわした。


「ッと!! こんなやりずらい剣士は初めてだぜ!」


「それはこちらの台詞! 今の攻撃まで避けられるとは、拙者もいささか気落ちするッ!!」


「よく言うぜ! オッサン!!」


 あれだけ長時間攻防をやっているのに、ブロウはまだ息切れ一つしていない。危なかっしいが、それでもガルに食い付いて攻撃を繰り返している。

 ブロウが食い止めている間、セリクは息を整え直し、手の汗を拭って再び剣を構える。


「レイド。…見守っててくれだなんて言っておいて、頼ってばかりでごめん。だけど、このままじゃ負けちゃうんだ」


 セリクは意識を自分の内側に向けて語りかける。

 すると、半透明なレイドの腕だけが目の端に見え、何かを指し示した。


「え?」


 それはブロウが戦っている後方、茂みのところを指していた。

 菜園洞のちょうど脇にあり、鬱蒼とした雑草に覆われた場所だが何かがありそうには見えなかった。


「あそこに何が?」


 セリクは疑問を口にするが、レイドは何も答えずに消えてしまう。


「どうした!? 貴様の実力はその程度か!? それで終わってしまうのかッ!!!」


「ウオオッ! まだだまだまだやれるぞ俺様はッ!!」


 ブロウとガルの攻防は激しさを増していた。

 ブロウはすでに型を捨てて、本能や反射神経のみで闘っていた。頭突きから金的までありとあらゆる手段で攻撃を試みる!


「惜しい! その才、実に惜しいぞッ!! だが、これもエーディン殿下のご命令! ならばこそ、苦しまずの一瞬で終わりにしてくれようぞッ!!」


 今までほとんど防戦だったガルが、急に攻撃態勢に変わる!

 殆ど防御だけに使っていた大・真火月を両手で構え、連続で振り回す!! さっきまでの遅いスピードの比ではなかった! 


「ウオッ!? オッサン、卑怯だぜ!! 今まで実力を隠してやがったなッ!!」


「誰も拙者が本気で闘っているとは言うておらんだろう!! 敵の力量と合わせ、己が力を適時に調整する…これも武の秘訣よッ!!」


「なにまどろっこしいこと言ってやがる! 常に全力でぶつかり合う! これが、"漢"の作法ってもんだろうがッ!!」


「ヌハハッ! 裏表がなく、気持ちのいい男だ! 貴様は敵とて嫌いにはなれそうにないな!」


 ガルが攻撃に転じても、ブロウは闘い方を変えることはなかった。

 最初こそ良い勝負をしていたが、徐々に追いつめられていく。


「せいッ!!」


「ムッ!? セリク・ジュランドかッ!」


 セリクが剣に拒滅ルンの力を込めて突き入れる!

 その攻撃をガルは大・真火月で受け止める。その際、大きく刀身がぶれた!


「やっぱりそうか!」


 何かに気づいたセリクは、左右に飛び跳ね、ガルの持つ大・真火月だけを狙って攻撃を繰り返す!


「ぬうッ!? こんな小柄な少年が、何という重い一撃を放つのかッ!!」


 セリクの攻撃を受け流そうとするが上手くいかない。ガルは細かく振動する刀身を見やって顔をしかめる。


「このままでは……おのれいッ!!」


「オ!?」


「なんだと…? 武器を手放した?」


 ブロウとヘジルの驚きは当然だった。今はガルが攻撃を受けてはいたが、決して武器を手放すような場面ではなかったからだ。それなのにも関わらず、ガルはその場に大・真火月を落としたのである。


「ぬおおおッ!!」


 左右の拳を振り、セリクに殴りかかる。だが、セリクは素早い動作で離脱した。


「俺の考えてた通りだ。あなたは剣士じゃないんだ!」


 セリクの言葉に、ガルは驚いた顔をする。


「ほう。それに気づくとは…。大したものだ」


「オウ? 剣士じゃないって…そりゃ、刀を使ってるしな。ファバード流刀術みたいな刀術士ってことじゃねぇのか?」


「違うよ。戦い方をみて、ずっとおかしいと思っていたんだ…。あの人は、ブロウと同じ拳闘士だよ」


 セリクの指摘に、皆が驚いた顔をする。


「なんだと? だが、拳闘士が…なんで刀を持つ?」


 ヘジルの疑問は当然だった。拳闘士は自ら拳や脚を武器として使うし、闘気は自分自身を強化するために使うからだ。


「逆に問おう。拳闘士が、武器をもって戦ってはいけないという決まりなどあるまい」


 ガルに言われ、ヘジルは眼を細める。


「認めよう。セリク・ジュランドが言うとおり、拙者は拳闘士だ。本来はこの拳を武器に闘っておる」


 ギュッと握り拳を作り、ガルはニヤッと笑う。


「戦気を放っているのは、もちろんそれを闘気に換えるためもある…。そして、換えて戦っているのを隠すために、わざと大量の戦気を放っていたんじゃないのか?」


 全身から膨大な戦気を出していたんで、その内側に練った闘気を纏っていても気づかないのだとセリクは説明する。


「別に闘気を隠すつもりではない。ただ闘気に換えられぬ戦気が、身体より溢れでてしまうのだ…。人より戦気の濃度が高い血筋らしくてな」


 だからこそ、尋常じゃない防御力の正体が闘気であると誰も気づかなかったのだ。


「そうか…。剣士だと思わせれば、敵は剣の間合いの内側に入ろうと考える。ましてやあの大刀だ。わざと懐に入れさせて、直接打撃で敵を倒すというわけか」


「それだけではない。拙者は防御力は高くとも、速度はかなり劣るのでな。その遅さをカバーするのに、攻撃手段としてこのリーチと攻撃力のある大・真火月は最良のパートナーなのだ」


 落ちた大・真火月を手に取り、ガルは深く構えて見せる。


「だが、それを知ったところでどうにかなるものでもあるまい! 戦気を刀に集められぬ以上、武器自体を狙われたら今のように手放すしかないが………かといって、拙者の身に傷をつけられる手段は貴様らにはない!」


 武器破壊…それを回避するため、ガルは大・真火月を手放したのだ。

 戦気を武器に集中することは、武器そのものを強化するだけでなく保護することにも繋がる。闘気が肉体の防御力を高めるのと同じ理屈だ。


 だが、武器を狙うことはガルを倒すことには繋がらない。今のセリクたちの攻撃手段で、通用するものは一つもないからだ。

 絶対的な防御力、エーディンを守るための能力によってここまでの苦戦を強いられているのだ。


 すでに黒眼となってしまったセリクは、レイドが示した場所を見やる。


「雌雄を決そうぞッ!! いざ参るッ!!」


「ブロウ! 刀を狙ってッ!」


「オウッ!!」


「ヌハハッ! 同じ戦法かッ!? 二度通用すると思うなッ!!」


 ガルは背に刀を隠し突っ込んで来る! これでは武器を狙うことができない。


「『紅流砕ッ!!』」


「そんな技は無駄だ…ッ!? ぬうッ!?」


 セリクはガルにではなく、地面に向けて拒滅ルンを放つ!

 土埃が舞い上がり、ガルは眼を覆う。


「うおりゃあッ!!」


 その隙に、ブロウがガルの背後から仕掛けた! 

 大・真火月の側面を思いっきり蹴り飛ばし、その手から弧を描いて遠くへ飛んでいく!


「ぐぬッ! なんと! ぬかったわ!! 小癪な真似をッ!!」


 ガルは拳を振り回すが、ブロウはサッとそれを避ける。


「こっちだ!」


 いきなりセリクがガルとは違う方向へ走り出す。


「オウッ?」


「なに!?」


「え? セリク!?」


 戦いを続けるものと思っていた仲間たちも驚きの声をあげる。


「行くぞ!」


「ちょ、なに!? なんなの!?」


 ヘジルはハッと何かに気づき、フェーナの手を取ってセリクの後を追った。


「オウ?! まだ闘いは終わってねぇだろうが!! あー、チキショウめ!」


 ブロウは渋ったが、三人が逃げ出したので仕方ないという感じに続く。


「ここでおめおめと逃がすものかッ!」


 ガルの巨腕が振るわれるが、間一髪のところでブロウは避ける。


「ドルドグ! ラウカン!」


 エンロパが指示を出し、四人を捕らえようと動き出す!


「ウチらから逃げようなんて百年早いって…え?」


 スッと、セリクの姿が消えたのでエンロパは目を丸くする。

 後を追った三人の姿も、茂みの中に入った瞬間に見えなくなった。


「なんでヤンスか?」


 ドルドグが、セリクたちがいなくなった場所に素早く近づく。


「……これは。風穴ですな。この中に飛び込んだものと」


 茂みをかきわけると、ポッカリと人間一人が入れるような穴が開いていたのだ。

 中は真っ暗で、その先がどうなっているかはまるで解らない。


「あの戦いの最中にこれに気づいたってのかい? 旦那の強さの秘密だけでなく、逃げ道までちゃんと見つけるなんてね」


 颯風団たちも気づかなかった隠された穴。セリクの洞察力や観察力の高さを考え、エンロパは敵としての認識を改める。


「………どうされますかな? 儂と首領であればくぐれそうですが、ラウカンとそちらの四龍殿は難しかろうと」


 穴の大きさを考えると、太っているラウカンや、巨躯のガルはとても通り抜けられそうになかった。


「これは、あの洞穴に通じているものか?」


「でしょうな。確か、ここは薬草の栽培のために使われた天然洞窟。中の空気調整のため、かのように設けてあるのでしょう」


「どうするんだい、旦那?」


 エンロパは薄く笑って問う。

 ガル自身が行けない以上、エンロパたちに一任する可能性が見えたからだ。


「ヌハハッ! 知れたこと!」


 そんな考えは見抜いているとばかりに笑い返し、大・真火月を拾いに行ってから、菜園洞の入口の前にドスンと座り込む。


「予定とは違うが、神の力を得て強くなるというのならばそれも一興。神の力ごと、この拙者の力でねじ伏せてくれるッ!」


「待てよ。ウチらがそれに従う必要はないだろ?」


「追いかけるというならば止めはせん。だが、アサシンは退路を確保せずに戦えるのか?」


 ガルに言われ、エンロパは悔しそうに眉を寄せる。


 アサシンの行動指針は、敵を確実に暗殺して帰還することにある。

 帰還の重要性は、命を長らえさせるというだけでなく、敵に死体などによる情報を与えないという意味合いもあった。日陰の生業なだけに、誰にも気づかれずに行動することも理念にあるのである。

 先がどうなっているか解らない洞窟に飛び込み、どういう状況下にあるか知れない戦闘は単なる無謀や自殺行為と言えるだろう。


「チッ。ドルドグ、ラウカン。ウチらも出口で張るよ。他の抜け道もないか探しな…。旦那がやられたら、ウチらの番なんだからさ」


 そう指示を出し、ガルの後ろにドカッと座り込む。

 後ろに突き刺さる視線を感じ、ガルは不敵に笑う。


「神の力を得て強くなるか? どうせならば、もっと拙者を愉しませてみせよ!」


 ガルの大きな笑い声が、菜園洞の奥にまで響き渡った……………。

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