74話 武人と暗殺者たち
話は、セリクたちがストス村を出る時に遡る……。
村から出て行く四人の後を、三人の影が追っていた。
敵の二人は帝国軍兵だということは知っていたが、隠遁を極めた三人にすれば尾行に気づかれるわけがなかった。
事実、その能力を活かして厳戒態勢の帝都から抜け出したのだからして、その実力は今さら説明するまでもない。
「…そろそろ仕掛けても良い頃合いかね」
「そうですな。ただあのブロウという少年の強さはちと厄介ですな。真っ正面から戦うのは得策ではありますまい」
ドルドグは、ストス村の戦いをつぶさに観察していた。
決して敵を過大することも、過小することもない。感情に左右されないその判断力が正確であるのはエンロパはよく知っている。
「なら、寝込みを殺るのがいいでやんショ」
セリクとフェーナに煮え湯を呑まされたラウカンが下卑た笑みで言う。復讐の機会を得られたのが嬉しいのだ。
「死体を片付ける手間を考えるなら、森林に入ってからの方がいいねぇ。
しかし、アイツらはどこに行く気だい? 神々がどうこうって言ってたみたいだけどさ」
「あのヘジルという少年は、召還師のようです。時代の証人は、神々の力を扱う者。それに関した物を集めているようですな」
「そんな目的なんてどうでもいいでヤンスよ! ギッタギタのボッコボコにしてやるでヤンス!!」
鼻息の荒いラウカンを見て、エンロパはニッと八重歯を出して笑う。
「安心しな…。あのガキどもに、颯風団の恐ろしさ、イヤってほど味わってもらうんだからね」
それから、数日してようやく三人にチャンスが巡ってくることとなる。
森の中に入ったセリクたちは、テントを岩場の側に張って寝入っていた。
周囲に魔物がいないことで少し気が抜けているのは見て取れる。実際、見張りに立ったフェーナは眠そうな顔でアクビをしていた。
双眼鏡を片手に、木の上でそれを見やっていたエンロパは最良の好機だと判断した。
「行くよ。って、言わなくてもアンタらならもう動いているか」
ドルドグは“影”の中に入り、ラウカンも身に泥を身に塗りたくって地に伏せていた。後はエンロパの指示が出るのを待つだけだったのだ。
「さ! 殺っちまい…」
エンロパが掛け声と共に飛び立とうとした瞬間だった。突如として、その背筋に強い悪寒が走る!
「ギャウッ!」
まず悲鳴をあげたのはラウカンだった。
匍匐前進で進もうとするところを、大きな腕で掴まれて放り投げられたのだ。
「な、なんだい!?」
ラウカンの巨体が木にぶつかるのを見て、エンロパは奇襲を受けたのだと理解した。身を屈め、腰の短刀を抜く。
それがセリクたちからの攻撃でないことは、ドルドグは気づいていた。彼らの方に全く動きはなかったからだ。
ゆえに素早く標的を変え、ラウカンを倒した新手の居ると思われる方向に走る。
「ぬっ?」
地面が波打つように揺れるのを感じ、ドルドクは動きを止めた。
周囲にバキバキという音と共に地割れが生じ、亀裂からドルドクの驚愕した顔が覗いた。
「な!? 馬鹿な!」
巨腕が伸び、まるで猫のように首の上を捕まれ、“影”から無理矢理に引きずり出される!
「固き地ならば頭上に隠れる“天隠れ”、柔らかき地ならば地中に隠れる“地隠れ”…」
“影”の正体を看破され、ドルドクは深い窪みのような眼窩を広げる。
「この儂の隠術が通じぬ!?」
「道領国発祥の忍術については熟知していていてな…」
「ぬぅ!? 離せ! 離さぬか!」
「見事な気配の殺し方だったが、この拙者には通用せぬわ!!」
ドルドグは紙切れ人形のように、力任せに投げ捨てられる!
だが、ラウカンのようにただ木にぶつかることはなく受け身を取って着地した。
「な、何者だい!?」
木の上から飛び降り、エンロパが叫ぶ。
二人のアサシンを簡単にあしらった存在……巨人のように大きな男は、ニイッと笑って振り返った。
「龍王エーディン様が精鋭部隊、四龍が一人。ガル・ドラニック」
「四龍だ? まさか龍王の部下か!? それが、なんでこんなところに!?」
龍王の名に戦慄を覚える。エンロパからすれば、直接対決しようなどとは思わない危険な相手だ。
「ゆえあってな。拙者もあの子供らに用がある…」
ガルはテントの方を見やり、今の自分たちの戦いに気づかれてないことを確認する。まだかなりの距離があったので、多少の物音では気づかないだろう。
「彼奴らには案内してもらいたいところがあってな。
どうしても闘いたいというならば邪魔をするつもりはない。が、目的地にたどり着くまでは待て」
上から目線に、エンロパは腹立たしさを覚える。しかし、そんな爆発しそうな感情を抑えた。怒りに任せて飛びかかっても勝てる相手ではない。
ドルドグとラウカンが後ろに来たのを確認し、エンロパは小さく頷く。
「案内って、あんなガキどもにかい?」
「そうだが…。まあ、これ以上は話してやる義理もあるまい」
「ふーん」
今の話で龍王も神々の何かを探っているのだと知れた。これは思わぬ収穫だ。エンロパは、ゲナに報酬を貰うに値する情報だと思ったのである。
「…ともかく、不意討ちも卑怯であろう。拙者にとっても彼奴らは倒さねばならぬ敵ではあるが、どうせ闘うのであれば、武人として正々堂々と正面から闘うがいい」
説教じみたことを言われ、三人はさらに表情を険しくする。
「そんなオタクの都合になんて構ってられないでヤンス!!」
エンロパの後ろから、ゴウッ! という轟音と共に“傲豪楼”が放たれた!!
不意打ちは卑怯という話をしている矢先から、明らかに不意打ちと呼べる攻撃だった。だが、ガルは避けるでもなくおもむろに片手を突き出す。
「ぬうんッ!」
ガッシャン!
その音は、鉄球がヒットした音ではない。だからこそ、エンロパもラウカンも眼を丸くした。
飛んできた“傲楼核”を、素手で…しかも、片腕で止めてしまったのである。
ほんの少しの衝撃も受けてないというのか、ガルはその場から身じろぎもしていなかった。
「……口惜しいことですが、レベルが違いすぎます。相手が悪いですな」
ドルドグがエンロパを守るかのように前進する。
珍しく、その骸骨のような表情に焦りが見えていた。
「なんだと? か、勝てないって…言いたいのかい!? 颯風団の頂点に立つウチらが!」
エンロパは自身の未熟さを自覚していたが、ドルドグとラウカンに至っては他の追随を許さぬほどの一流のアサシンのはずだ。
三人揃えば、龍王を倒すには至らぬにしても、そこそこ良い戦いができるだろうと考えていただけに、その手下一人にすら勝てないという事実を突き付けられて動揺する。
「儂とラウカンが生命を賭せば……あるいは」
それを聞いてエンロパは苛立つ。
自分たちは殺人者だ。人を殺す以上、自分たちが殺される覚悟などとうに出来ている。それにも関わらず、その台詞には、エンロパに対する特別な気遣いが見てとれたのだ。
仲間はずれにされたような、未熟者として足手まといだと言われたような、そんな稚拙な怒りをエンロパは抱く。
「やめておけ。拙者は無意味な殺生は好まん。貴様らが死ぬ気で殺し合いに至るならば、こちらも加減はできんぞ」
ガルが殺気を放って牽制する。
その言葉に嘘は少しもなかった。戦えば絶対に負けることはない、そういう自信に裏付けされた迫力があった。
ガルの眼をジッと見返す。判断はエンロパにかかっている。その言葉一つで、ドルドグもラウカンも命を賭してガルと戦うことだろう。それを彼女はよく理解していた。
「……わかった。四龍の旦那、ウチらは降参する。ここで無駄死にはしたくない」
エンロパは持っていた短刀を放る。
それを見て、ドルドグが構えを解き、ラウカンも持っていた“傲楼核”の鎖を離した。
「懸命な判断だな……」
ガルがそう言った瞬間、エンロパがカッと眼を見開く。
「シャウッ!!!」
「姫様!! いけませぬッ!!」「お嬢ッ!!」
ドルドグとラウカンの制止は間に合わなかった。
飛び上がったエンロパは、ありったけの力を込め、ガルの首筋に手刀を叩き付ける!!
「……気概は見事だ」
ダメージはまるでなかった。
身じろぐことすらなく、まるで微風を浴びた程にも感じていないのだろう。
エンロパはギリギリッと歯ぎしりする。反対の手で相手の肩当てに掴まり、グッと手刀をさらに押し込もうとするが、まるで鉄の塊に当ててるようにビクともしない。
端から見れば、小さな子供がふざけて大人の首にぶら下がっているようにも見える。が、そんな微笑ましい光景でないことは剣呑な雰囲気からも察せることだ。
「その悔しさ、決して忘れぬことだな」
ガルは満足気に笑うと、やんわりとエンロパの手首を掴んで引き離した。
あまりのレベル差が幸いして、どうやらガルはこれ以上何かをする気はなさそうだった。緊張に身を強張らせていたドルドグとラウカンはホウッと力が抜ける。
「……ウチらはアンタに屈したわけじゃない。アイツらに先に仕掛けるのはウチらだ。邪魔はさせないよ。旦那!!」
「好きにするがいい」
強さに対する確かな信念、それを認めたからこそ、ガルは味方ではない颯風団の意志を尊重したのであった……。




