↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
PR
40/213

39話 神告(2)

 ガーネット旧城二階、神告間。

 イバン教会の礼拝堂が、四つは入るのではないかというほどの規模の広さがあった。

 バルコニーが二つ、三階に当たる部分の左右の壁から突き出ている。そして多くの聖歌隊がバルコニーを埋め尽くさんぐらいに座す。その邪魔にならぬ一番端に、左側にセリク、フェーナ、マトリックスが、右側にシャイン、ギャン、サラが待機する。

 二階部分は謁見間のような作りになっていて、途中から段上になっており、それが奥の王座まで続いている。

 その玉座だが、それが並大抵の大きさではない。巨人が座ると思えるほどのサイズだ。それは人間のために拵えられたものではなかった。巨大玉座の上には、紅い半透明な十角柱が鎮座していた。玉座はそれに合わせたものなのである。まさに、神がここに鎮座しているということを意識しているのだ。


「あれが神々の大水晶柱ですよ」


 マトリックスがそう教えてくれる。心なしか声が震えていたのは、感動しているからである。イバン・カリズムがこの柱を置いて、神国ガーネットが興されたとされている。故にイバン教徒として感慨深いものがあったのである。


「こんな大きいのどうやって持ってきたんだろうね。不思議だね」


 柱は二階を突き抜け、三階の天井にまで達してた。この部屋が吹き抜け状に造られているのはこのためである。


「これを使って神様と話す…どんなものなのか想像もつかないよ」


 セリクとフェーナが、ポカンと口を開いて大水晶柱を見やる。

 時折、中の気泡がズズッと上に動く。その度に紅の濃淡が濃くなったり薄くなったりと変わっていた。それは単なる光の反射なのかもしれなかったが、セリクにはまるで生きているように見えた。


「ええ。これだけの大きさがあるので、旧城から新城に移せなかったそうです。セキリュティを考えるなら、移せた方が良かったんでしょうけどね。 

 …ほら、あの上を見て下さい」


 マトリックスは、大水晶柱の上を指さす。天井の縁に、大きな石像が三体あしらわれていた。

 真ん中の一体は、片目だけを出した白い仮面を付け、はためくクロークの下から両手を大きく広げている。

 左の一体は、杖を掲げ、円筒形の司祭帽を被った威厳ある老人。

 右の一体は、小さな赤子を抱き、ウェーブの豊かな髪をした優しそうな美女だった。


「最高三大神と呼ばれる、世界を創造した最も偉大な神々です。中央が統括神ラクナ・クラナ。左が裁定神パドラ・ロウス。右が創母神マリン・ホロスです」


「あれが神様…」


 セリクは複雑そうな表情で像を見やる。

 レイドの話が正しければ、龍王と戦わせたいと思っているのはこの神々になる。

 なぜ自分なのか? そして、どうして自分が救済者として遣わされたのなら、色々と酷い目に遭うのはなぜなのか? そして、自分が持つこの力の正体は何なのか? 色々な疑問が自分の中でせめぎあう。それらを一気に問いただしたい気持ちにかられる。

 ふと、ラクナ・クラナの姿を見ていて、自分の脳裏にでてくる白仮面と似ていることに気づいた。謎の紅い力が発現する際に、鐘の音と共に見かけた記憶がある。そして夢現の中で、レイドの顔を覆ったのもこのような仮面だった。これらは何か関連があるのだろうかとセリクは考える。


「セリク?」


 考え込んでいるセリクを、フェーナが心配そうに見つめてくる。セリクは慌てて「なんでもないよ」と笑った……。



 ゴォーン…ゴォーーン!


 ゴォォーーーン!!


 ゴォォォーーーーン!!!


 どこかで大きな鐘の音が響いた。それと同時に音楽が鳴り響く。

 入口の扉がゆっくり、もったいぶったように開いた。

 まず入ってきたのは神官たちだ。ゴールドフードをかぶり、左手に持った小さな鐘を鳴らせながらゾロゾロと続く。

 そして、顔を白布で隠した女性たちがその後に続く。薄い布でボディラインがハッキリと見えてしまっている。両手首に巻いた金の輪を激しくなり響かせ、さっきの神官たちの間を縫うように、まるで踊るように入場してきた。

 神官、踊り子は左右に散り、真ん中の通路を空ける。そして、音楽に合わせ、鐘と腕輪を打ち鳴らした。幾分かリズムの早さが落ちる。

 いきなり聖歌隊が立ち上がったので、セリクたちはビックリして目を丸くした。向かいのバルコニーを見やると、ギャンたちも同じような顔をしている。

 音楽がトーンダウンし、聖歌隊たちが一斉に「アーッ」と唸るような声を響かせた。ソプラノ、アルト、テノール、バス…整った歌声が空間を占拠した。

 そんな厳粛な雰囲気の中、大総統ダフネス・フガールが堂々とした姿を現した。帝王だけが許される聖鎧と、白銀に輝く王冠を身につけている。

 ダフネスはゆっくりとした足取りで、壇上まで進んでいく……。



 初めて見る大総統の姿に、セリクは興奮してドキドキと胸が高鳴っていた。

 そして、ダフネスの後に続く、銀色のドレスを身にまとった人物の顔を見て驚く。


「ユーウ?」


「え? セリク知ってるの?」


 ユーウは浴場で見たときとは違い、きちんと化粧をし、ネックレスやイヤリングといった装飾品をつけている。その美しさとなるや、もはや筆舌にしがたいほどだった。

 セリクが唖然と見やっていると、ユーウがその視線に気づいて顔をあげた。そしてセリクの姿をとらえると、小さくウインクしてみせる。セリクはドギマギした。


「ええ。セリクくん、よくご存じですね。確かにユーウ王女だと思います。私も初めて見ましたが……」


「え。あ、いや…」


 まさか出会った経緯を話すわけにはいかず、セリクはちょっと困った顔をする。


「わー。まるで絵本から飛び出してきた理想の王女様そのもの。ホント綺麗な人だねぇ。うーん、ああいう人を前にすると自信なくすなぁ~」


 フェーナがユーウを見てホウッとため息をする。その表情は、憧憬か羨望か解らない。おそらくどっちもなのだろう。


「公の場にはまず出て来られないので…。その姿を見たことがある人はほんの一握りだそうです。至高の美しさとは噂になっていましたが、見て納得です。さすがの神告では出席せぬわけにはいかないというところでしょう」


「そうなんですか…」


 セリクは素知らぬ顔をすることにした。

 まさか二人っきりで話をしたことがあるなんて言えるわけがない。


「ねえ? あの王女様、さっきセリクを見てなかった?」


 フェーナがジト目で見てくるのを、セリクは「さあ」と言って誤魔化した。

 風呂を共にしたなどと知られたら、きっとここから突き落とされるに違いない。セリクの背中に嫌な汗が流れた。

 その不自然な態度を見て、フェーナがさらに追求した矢先だった……

 


 バターンッ!


 閉められた扉が勢いよく開かれる。予定外の人物の登場なのか、神官や踊り子たちも驚いたように振り返った。


「サガラ!」


 ダフネスが眉間にシワをよせて怒鳴った。だが、入ってきた人物はヘラヘラとした軽薄な表情のままだ。

 この厳粛な場に似つかわしくないヨレヨレの白衣。相変わらずの無精髭をはやしたDr.サガラだった。

 青白い顔をした助手と共に、キャスターのついた何かの機材をゴロゴロと運び入れてくる。神官たちがそれを見てザワザワと騒ぎ出した。

 


 サガラの出現に、ギャンもサラも明らかに警戒した顔をしていた。

 セリクも姿をみた瞬間にゴクリと息を呑む。正直、再び見たい顔ではなかった。


「うげー。なに、あの気持ち悪い感じのオジサン。薄ら笑いしてるし……うう、見ただけでサブイボが」


 フェーナからも、第一印象から酷評だった。

 セリクやギャンたちがされたことを聞けば、烈火の如く怒り、さらに嫌悪感が強まることは予想に難くない。



「ケッケッケ。せっかくの神告でさぁ。俺にデータとらせてくださいよぉー」


 サガラはそんな風に呑気に言い、聴診器をブンブンと振り回した。


「なんと不謹慎な!」


「神聖なる儀に無礼ですぞ!」


 神官たちが憤るが、ダフネスがそれを制す。


「お前の気持ちは解らないでもないが、これは真に重要なものなのだ。他であれば特権を認めるが、神告まで調査をすることを認めるわけにはいかん」


「神々との交信の波長さえ見つけられれば、こっちから連絡をつけることも用意ですぜ」


「サガラ。私の大神官としての立場も考えよ」


「んーあ、んなに怖い顔せんでくださいよぉー。簡単な話でさー。あの水晶柱の面に振動検査機を数点くっつけ…」


「サガラ!」


 食い下がろうとしたサガラに、ダフネスが一喝する。サガラは悪びれた様子もなく肩をすくめてみせた。

 サガラの後ろに、音もなイクセスとクロイラーが立つ。二人とも不本意ではあっても、ダフネスの命令であればサガラをつまみ出す気だった。


「わーりゃした。わーりゃしたよぉ~」

 

 サガラは大きく息を吐き出し、降参という感じに肩を落とした。その時、鼻眼鏡がズリッとさらに下がった。


「……まあ、ちょうどいい。ユーウ。お前ももう戻りなさい」


 ダフネスがサガラの背を見やった後、チラリとユーウの顔を見て言う。

 退出を命じられるとは思っていなかったユーウは少し驚いた顔をする。


「え? “御義父様《おとうさま》”? “私”も神告に……神々にお会いしたと思っていましたのに」


 ユーウは胸に手を当て、悲しげな表情をする。まさに王女らしいその仕草に、皆の視線が一様にユーウに注がれた。

 まるで絵画から飛び出したかのような美少女。大総統の姿も珍しくはあったが、それ以上にユーウの存在感は異常とも思えるほどだった。厳粛な場だというのに、この場にいる男性は少なからず魅せられ、女性からは妬みにも似た視線が送られる。聖歌隊の中にはボーッと見とれている者もいた。


「神々の儀式にはフガール家の血統はすべて出る必要はあるが…。顔だけだせば問題はない。あまりお前の顔を周りには晒したくないのだ」


 ダフネスはまるで警戒するように周囲を見回す。その表情には怒りや侮蔑といった感情が込められていた。たまたま視線があった神官などは、慌てて視線を逸らす。

 その様子をみて、ユーウは諦めたように小さく頷く。


 そして、サガラとユーウは共に神告間を出ていった。

 二人を見送ると、扉の前にイクセスとクロイラーが立哨する。

 ユーウの出ていく後ろ姿を見届け、ダフネスは神々の大水晶柱に向きなおり、両膝をついて祈り始めた…………。



「どういうこと?」


 フェーナが聞いてくるが、もちろんセリクにも解るわけがない。


「……ユーウ王女は、子宝に恵まれないダフネス大総統が養女として引き取られたんです。それだけ大事ということでしょう」


 それにしては過保護すぎじゃないかとセリクは思う。

 それにユーウの態度も、なんだか前に会ったときとは違っていたので不思議だった。公の場だからこそ言葉遣いは変えているのだろうが、なんだかダフネスと話しているときはまるで別人のように感じられたのだ。


「ううん! 違うの。あれよ、あれ!」


 フェーナがダフネスを指さす。聖歌隊たちが剣呑な雰囲気になったので、すぐにマトリックスが止めさせようとする。


「違う? なにが違うっていうの?」


「ダフネス大総統の額を見て!」


 セリクがバルコニーの手すりから身をわずかに乗り出して、目を細める。

 跪いて目を閉じているダフネスの額に、紅い水晶が光輝いていた。さっきまでは無かったものだ。一瞬、頭飾りかとも思ったが、あれは明らかに額自体から生えているように見える。


「あれって、これと同じでしょ! 水晶石じゃないの!?」


「こ、声が大きいですよ。フェーナさん」


 周りの冷たい視線にマトリックスは慌てるが、フェーナはそんなことお構いなしだ。

 フェーナは胸の上をグイッと下ろし自分の石を指さした。セリクは恥ずかしそうに目を背けようとしたが、フェーナがそれを許さない。よく見もしないで、セリクは激しく首を縦に振る。


「い、色は似ているけど……大きさが違うんじゃない?」


 フェーナについているのはコインぐらいの大きさだが、ダフネスに付いているのは額全体を覆うぐらいの大きさだ。とても同じ物とは言えない。


「話すのならもっと静かにしましょう。

 …ええ。実はダフネス大総統も時代の証人です」


 マトリックスがそう言うのに、セリクは驚く。


「やっぱり!」


「ですから、声のトーンを落として。

 …でも、フェーナさんと同じ治癒師ではありません。ダフネス大総統……フガール家のみに続く時代の証人は『告知師《こくちし》』です」


「告知師?」


「はい。時代の証人は総勢百十一人と決まっているのですが、それらが三つの役割に分かれています。

 一〇〇人は水晶が胸に現れて治癒師になります。一〇人は水晶が腕に現れて『召還師』となり、そして最後の一人……これが神々と交信できる存在、告知師となります」


「えーっと、でも、時代の証人はイバン様が遣わしたんでしょ? それがダフネス大総統って……フガール家は最高三大神信仰なのよね?」


 混乱したフェーナは頭を抑える。


「ええ。そう難しい話ではありませんよ。時代の証人を、イバンが遣わしたことを認めていないっていう話です。最高三大神信仰教では、この神々の大水晶柱ともども統括神ラクナ・クラナが御自ら行った奇跡であるとしていますから」


 そんなやりとりをしている間に、ダフネスが祈り終えて立ち上がるのが見えた。

 どこから激しい伴奏が流れてきた。鐘を打ち鳴らす音が再び響きわたる! そして、神官が小鐘を振り、踊り子が激しく踊り出す! 

 反響が反響を重ね、壮大な音が部屋中を駆け巡る!!


 カンカンカーンッ!


 シャンシャンシャーン!


 カンカンカーンッ!


 シャンシャンシャーンッ!


 ゴォーン…ゴォーーン!


 ゴォォーーーン!!


 ゴォォォーーーーン!!!


「ターダス・レラス・サス・ラータレーダ!!」


「ターダス・レラス・サス・ラクナ・クラーナ!!」


 音楽に合わせ、聖歌隊の大合唱が始まった! 被っている白い覆面をものともせず、男女の混合音声に壁が振動する!

 セリクは腹を揺さぶられるような感じがして、わずかに吐き気を覚えた。

 

「神々を讃える古い言語です!!」


 マトリックスが大きめの声で教えてくれるが、気をつけて聞かないとその声すらあっという間にかき消されてしまう。


 鐘の音、銅鑼の音、そして太鼓の音がいっそう激しくなる!

 勢いよく、激しく、誰もが一心不乱に神に向かう! 神々を迎えるための歓待なのだった。

 熱気に浮かされ、誰もがトランス状態に陥っていた。ここには大きな人間の想いが、神への訴えが激しく渦巻いていた。

 ダフネスが両手を広げ、大水晶柱に向かい何度もお辞儀をする。


「オード・エネィア・ターダス・レラス!」


 ダフネスは頭上で手を組み、震えるようにして叫んだ。白目を剥き、額の水晶石がぼんやりと光る。

 それに合わせるかのように、神々の大水晶柱の気泡もポコポコと動き出した。まるで中で煮立っているかのようである。


「……うッ!」


「セリク?」


「セリクくん?」


 目の奥に疼きを覚え、セリクは倒れそうになる。マトリックスが慌ててその背を支えた。


「眼が……熱い。なんだ、これ」


 眼にすべての血液が集まろうとしているかのように、ズキズキと痛む。知らずうちに、ボタボタと涙がこぼれ落ちる。


「ど、どうしたの? セリク」


 フェーナが眼を覗き込んでくるが、セリクは視界がぼやけていてよく見えなくなっていた。目頭を抑えたり、涙をこするが良くなる気配がない。


「エユ・ネィア・フーヘ・レ!」


 ダフネスがそう叫んだ瞬間、パァーン! と大水晶柱がもの凄い音と共に光を放った!!



 空気ががらりと変わった。神聖なる清浄の空気が辺りに満ちるのを感じる。それを見計らうように、音楽が徐々にフェードアウトしていく。

 そして、最後には鐘の音だけが厳かに響く。最初、それは誰かが打ち鳴らしているものかと思ったが、実はそれは大水晶柱から聞こえていたのである。周りの音に反応して共鳴しているようだった。

 光輝く大水晶柱を前に、皆がひざまずいて頭を垂れる。重々しい存在感に有神論者であろうが、無神論者であろうが、平伏せざるを得ない雰囲気に周囲は包まれていた。

 輝きが徐々に弱まり、大水晶柱の前に何かが存在しているのに気づく。

 大水晶柱とほぼ同じ大きさ。半透明で丸い何かだ。白い毛玉のように見える。

 段の下に、数歩後ずさりながら、ダフネスはそれに向かい三度深く頭を下げた。


「……神よ。我が神よ。神界セインラナスに御座《おわ》す偉大なる神よ。我が声に御心をお傾け下さいませ」


 静かだがはっきりと聞こえる声で、ダフネスは床に額を擦りつけて言う。


(…………ラ・アハ?)


 毛玉がフルフルと震えたかと思うと、そんな言葉を吐き出した。

 それは言葉というより、なんだか想いそのもののような感じだ。頭にそういう言葉が浮かび上がるといったほうが近い。


「おお。我が神よ。私は神国ガーネットを預からせて頂いているフガール家の者に御座います。

 神よ。偉大なる大神よ。願わくば、御名を賜りたく申し上げます」


(……ナナ。我、第二級神にして第三番目の神柱。裁定神パドラ・ロウス也)


「おお! 我らに法と秩序を与え、万物に理を与えられる大神! 裁定神パドラ・ロウスよ。ガーネットは恐れ敬い奉ります!」


 ダフネスがそう言って深々と頭を下げる。わずかにざわめきがあがり、神官たちが何かを唱和する。裁定神を讃えるもののようだ。

 そして、数人の書記官らしき者が急いで木版とペンを手にする。どうやらダフネスの言葉をすべて書き記すつもりのようだった。


「……御言葉、拝聴賜りたく申し上げます」


(……ナナ。然り。ナナ。然り)


 毛玉がユルユルと回りだしたかと思うと、メキメキッと音を立てた。何の音かと思いきや、毛玉が無数の眼を開いたのだった。

 数十個の眼が縦横無尽に、毛玉の周囲を覆っていた。それがギョロギョロと周囲を見回す。



「……あれが、か、神様?」


 フェーナが顔を歪ませる。バルコニーの向こうでもギャンとサラが全く同じような反応をしていた。

 セリクは眼の痛みで、かすんでしかその光景は見ない。それでも異様な神の姿に驚いていた。


「だいぶ形が違う……けど」


 大水晶柱の上にある像と見比べる。あの老人の像とはかけ離れていた。人間離れした怪物のような姿である。


「……ええ。神の姿は初めて見ました。やはり人知を越えられたものなのですね」


 マトリックスはジッとパドラ・ロウスに向き祈りを捧げる。イバン教徒であれ、神々を敬う気持ちに変わりはなかったのだ。



 ダフネスが顔を上げ、両手を開いて訴えかける。


「神よ。すでにご存知のこととは思いますが、あえて虐げられる僕《しもべ》の声を。嘆きに咽び泣く者たちの痛切をお聞き下さいませ」


「…ナナ。語ることを許可する」


「恐悦至極に存じます…。

 無知蒙昧なる龍王めは、神々の威光を忘却し、我ら神々の徒に牙を剥けております。一〇〇〇年前の神々の恩寵を蔑ろにし、厚顔を晒して地上フォリッツアの支配者の如く振る舞っている次第!

 地上を預かる身として恥じ入ることではありますが、我々こと人間は神々の御威光なくしては無力なる者に御座います…。

 平に、平に謹んで御頼み申し上げます。

 何卒、今一度、神々の御力をお見せ下さいませ!

 無謬《むびゅう》なる神義の鉄槌にて、悪しき龍の王を打ち砕き下さいませ!」


 冷や汗を垂れ流し、ダフネスは何度も何度も平伏する。パドラ・ロウスの眼がジッとその姿を捉えていた。


(…………“破滅なる紅”は何処《いずこ》でしゅか?)


「破滅なる紅……ですと?」


 ダフネスが困惑した表情をすると、裁定神の多眼が忙しく動き出す。

 しばらくして、ダフネスの前、ちょうど正面にある二つの大きな眼が見開かれた。そして、長い鷲鼻が覆われた毛の中から飛び出す。

 どこからか細い腕がのびてきて、大きな丸眼鏡をその双眼にかける。正面からみると、髭に覆われた老爺の顔のようだ。


(……??? そうでしゅ。そのために我らは準備していたでしゅ。

 龍王に破滅をもたらす者は? 現世に現れてはいないのでしゅか?)


「神よ。我らは何も……そういった存在すら存じてはおりませぬが」


(? では、“器《うつわ》”は?)


「な、なんのことか解りませぬ…」


(?? では、“契約書”は?)


「そ、それも……解りませぬ…」


(??? “祭壇”は?)


 答えに窮し、ダフネスは恐々と首を横に振るだけで精一杯だった。

 それを見て、パドラ・ロウスが身悶えた。そして半分真横に割れた。いや、大きな口を開いたのだ。


(なにがどうなっているでしゅ!?

 破滅なる紅は!? 

『神々の召還師』は?

 なぜ、なんの手はずも整えられてないんでしゅかッ!?)


 裁定神が乱心しているのに、皆が恐れを抱きながら動揺する。


「お、お心をお鎮め下さい! 何卒、何卒、お心をお鎮め下さいませ!!」



 その光景を唖然と見ていたマトリックスとフェーナは顔をしかめる。


「何が起きたんでしょう?」


「ダフネス大総統が一人でブツブツ言ってて……あの毛玉がブルブル震えて。何がなんだか、さっぱり解らないんだけど」


 フェーナの言葉に、セリクは耳を疑う。


「え? いま言ってたじゃない? 破滅なる紅、器とか契約書だか……それが無いから、なんだか混乱しているみたいだけど」


 眼を抑えながらそう説明するセリクに、今度はマトリックスとフェーナが妙な顔をした。


「? 神々の御言葉は、告知師であるダフネス大総統にしか聞こえてないはずですが…」


「もしかして、セリク。神様の声が聞こえるの?」


「え? う、うん……」


「まさか。そんなことが…」


 マトリックスは驚いたように、セリクとダフネスを交互に見やった…………。



 裁定神パドラ・ロウスは、大きく大きく嘆きの声をあげている。もちろん、その声が聞こえているのは、一階ではダフネスだけであった。


(…………まだ、まだ間に合うでしゅ。計画は幾分調整せねばならぬでしゅが)


 ようやく落ち着きを取り戻すと、深呼吸するかのようにゆっくりと身を揺らしながら裁定神は語り始めた。


 (まずは“器なる者”。神々の召還師を見つけるのでしゅ)


「器なる者、神々の召還師ですね」


 ダフネスがちらっと目配せすると、書記官は頷いて書き込む。


「して、神々の召還師とはいったい、いかなる存在なのでしょうか?」


(我らは一〇〇〇年前、龍王アーダンを退けし折り……再びこのような事態になるであろうと考えて備えておったでしゅ。

 その備えとは、地上フォリッツアに我らが七神柱を封じておることでしゅ)


「七神柱……つまり、この地上に神々がおられると? そう仰るのですか?」


 ダフネスの言葉に、辺りがザワザワと騒ぎたつ。

 神官たちも、十神は神界セインラナスにいるのだと考えていたのだから無理もない。


(左様。長き戦いにおける消耗を癒すために今は深き眠りについているでしゅ。

 神を目覚めさせ、力を用いるのが神々の召還師でしゅ)


「な、なるほど。神々の力を用いる召還師とは……これは凄い」


 感動したように震えながらダフネスは言う。


(七神柱を復活させた暁には、神界凍結は解かれ、我ら最高三大神が地上に直接介入できるようになるでしゅ!!)


 パドラ・ロウスの眼が細められた。まるで微笑んでいるかのようだ。

 ダフネスの驚きと歓喜に目を見開く。そして、しばらく呆然とした後、ツーッと喜びに涙を流した。


「なんと! まことに! おお、私の代でその機に恵まれるとは何という幸運でしょうか!!

 七神柱を復活させた暁には神界凍結が解除されると!!

 最高三大神がおられれば、龍王アーダンなど恐れるに足らず!!」


 感激した神官たちからも大きな歓声がもれる。


(一刻も早く、七神柱を解き放ち、我らに繋がる路程を開くでしゅ!

 そして、破滅なる紅を見つけ……)


 言葉の途中で、パドラ・ロウスがピタッと止まる。


「破滅なる紅を見つけ?」


 ダフネスは続きの言葉を待つが、裁定神は眼を動かして、見えない何かを探っている風だった。


(……なんでしゅか。何が? こ……れ……は……!!?)


 パッキーーン!!! 


 最高三大神の像がいきなり割れ砕け散った。

 裁定神パドラ・ロウスの姿が大きく歪み、パスンッ! と、灯火を消すような音とともに消え去ってしまう。


「な、何が……? 神よ。おお、どうされたというのですか!?」


 額の水晶石の反応がなくなったことに、ダフネスはひどく動揺する。

 神官や聖歌隊たちもザワザワと騒ぎはじめた。この場にいる誰もが何が起きたのか全く解らなかったのだ。


「……相も変わらず、脆弱な神々の力よ。のぉ?」


 異質な声が神告間に響きわたる。

 静かな声なのに、なぜか誰の耳にもはっきりと聞こえた。ハッと誰もがその声をした方向に眼を向ける。


 大水晶柱の天辺。そこに腰掛けている女性がいた。不適な笑みで、ダフネスたちを見下ろしていた。

 いつからいたのか、どこから侵入してきたというのか。警戒する以前に、そんな考えがセリクたちの脳裏によぎった。


「さて、神との交わりはもう充分に堪能したろう。次は余との愉悦なる交渉の番だ」


 そう言って、怪しげな女性は嬉しそうに鋭い牙を見せたのだった…………。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。