表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
32/213

31話 副総統ゲナ・ロゲア

 神国ガーネット帝国城二二階。帝臣役員や貴族しか上がれない重役区にある大会議室。

 帝国の重鎮と、貴族たちが向かい合わせで座る。ピリッとした緊張の空気が部屋中に張りつめていた。

 貴族たちは、いずれも傲慢そうな顔つきをしていて、高級椅子にもたれてふんぞり返っている。

 帝国側は、真ん中にゲナ・ロゲア副総統。左にイクセス将軍、右にクロイラー将軍。そして、それから少し離れたところに相談役兼顧問としてロダム・スカルネ元将軍が着座していた。


「…この会議に、ダフネス帝が参加されぬのはいかがなものかね」


 でっぷりと肥えた貴族の一人があからさまに不満を口にする。


「大総統は神告に入る大事な時期にあって、今は禊ぎを行われています。なにとぞご理解の程を」


 ゲナがそう言うと、貴族たちはフンと鼻を鳴らしてみせた。


「だから、我々は反対したのだ。フガール家が歴史ある帝王制を取らぬのはよろしくない、と。大総統と大神官を兼任するなど必ず支障がでるとな」


「お言葉ではありますが、公務には何一つ滞りはないはず。そして此度のような有事の際には、副総統である私めが陣頭指揮を執る手筈となっております。さて、それでも何か至らぬ点があると仰られるならば、ご指摘して頂ければ……」


 現時点での政策で至らぬ点などあるはずもなかった。ゲナ・ロゲアが切れ者であり、政治や軍事に関して少しの抜かりもないであろうことは、貴族たちも周知のことだったのだ。

 ダフネスが大総統にならねば、この男が大総統となっていたに違いないと貴族の誰もがそう考えていた。

 大した考えもない、単なる嫌がらせの発言であったため、それ以上のことは誰も口にできないでいた。できることといえば、気にいらなそうな態度を見せ、涼し気な顔をしたゲナを睨むぐらいことぐらいだ。


「…どうやらご理解いただけたご様子。感謝致します」


 白髪混じりの豊かな髪。知的で物静かな雰囲気をもつゲナ・ロゲアは、ダフネスと同い年で、大総統の信頼に足る良き左腕であった。

 ダフネスが表に立つ時は一歩引いて完全なる補佐に徹し、ダフネスが動けない時は自ら赴いて最善の指揮をとれる。副総統として以上の実力を持っていた。


「まあ、それは置いておいてだ」


 自分で言い出しておきながら、肥えた貴族はそんなことを言う。自身の顔をパタパタと高級なレースのハンケチで拭くのに忙しい。さして暑くもないはずなのに、もの凄い汗だ。


「問題なのはあれだよ、あれ」


「あれ…と申しますと?」


「あー、颯風団叩きの件だよ。あれはやりすぎだったのではないかね?」


「ウム。我らに何の相談もなしにいきなり軍を動かすとは由々しきことであるな」


「深夜の外出禁止令にだって不安を覚えた者は多い。実際、帝都民に被害が出たとも報告があがっている」


 貴族たちが口々にそう言うのに、ゲナはチラッとイクセスの顔を見やった。


「…奇襲作戦であったため、内部漏洩を避けるため、情報の告知はギリギリまで待たせる必要がありやした。不安というお話ですが、神告を前にして颯風団をのさばらせておくことの方がより民を怖がらせることになるかと判断し、軍部を動かした次第です」


 まるでやる気がないように、イクセスは事務的に話す。


「なお、民間の被害に関してですが、軽傷者が8名ほど。治療はすでに終えています。物損についても補償の対応に現在動いています」


 クロイラーが捕捉を入れると、イクセスは苦い顔で頭を掻く。

 この作戦で負傷したというのは、すべて外出禁止命令を守らなかった者たちなのだ。その者たちの治療まで負担しなければならないことにイクセスは怒りを覚えていたのである。

 しかし、そんな将軍たちの説明にも、納得したのかしてないのか、貴族は誰も返事すらしなかった。

 コソコソと、貴族の間で相談し合う声が漏れる。


「うぉっほん。あー、そもそもだ。ブラッセル将軍になってから、兵士たちが命令をキチンと把握できずに困ると言っていると聞く」


「今回も正しい指揮が執れなかったのではないのかね? 多くが地下に生き埋めになったそうしゃないか。その責任は追及されるべきだろう」


「おまけに龍族にまで仕掛けられ、城も被弾しておるしな。これを失態と呼ばずしてなんとする。防衛に関して、果たして今の三将軍に任せていいものだろうか」


 人の話も聞かず、次々と好き勝手なことを言う貴族たちに、イクセスはもどかしさを感じていた。煙を吸いたくなるのを唇をかんで我慢する。


「龍族による攻撃は想定外のものであったと聞いておる」


 ロダムが貴族たちを睨みながら言う。


「龍王エーディンやルゲイト・ガルバンの思惑とは明らかにかけ離れた敵の行動からしても、一部の龍族による突発的な襲撃だったと考えるのが妥当だろう。ならば、誰が将軍であってとしても予測などできん」


 元将軍の自分が言うのだから間違いないとばかりに、自信満々に言う。


「それに城の防備に関してはクロイラーが配置されておったしな。今回の件、かなりの被害があったとしても、失態であったとまでは言えんのではないか? むしろ、颯風団を帝都から追い出し、龍族を撃退しただけでも、善処した以上の働きだろう」


 そのロダムのフォローに、ザワザワと貴族たちがざわめく。


「スカルネ閣下からすればそうでしょうな。貴殿の大事な子女、そして貴殿が育て上げた忠臣。ご自身が推薦された将軍たちなのですからな」


「そもそも退かれた身で、未だこの場にでてこられるとは……ちと過保護すぎませんかな。ハハハ」


 貴族たちの嘲笑に、ロダムは真っ赤になり、怒りを爆発させそうになった。それをゲナが視線だけで止める。


「颯風団叩きについては、私がブラッセル将軍に一任したことです。情報を皆様に知らせなかったことは、確かにこちらの不手際であったかも知れません。が、今までの作戦、なぜか事前の内容が颯風団に筒抜けになっておりましてね。不思議と、いつも貴族議会に作戦を提出した後に、なのですが……」


 ゲナがそう言うと、貴族たちからブーイングがあがった。


「我らを疑っているのか?」


「ぶ、無礼であろう!」


 あからさまに焦った様子で、貴族たちが机を叩き鳴らしながら怒る。これだけでも、何人かは颯風団と裏で繋がっていることは間違いないように思えた。


「龍族襲撃への対応は遅れました。ですが、この時代にドラゴンと戦ったことのある戦士など皆無でしょう。砦や関所を攻められた際には、情けないことではありますが、味方は悉く全滅しています」


 ゲナは沈痛な面持ちを作る。


「人類が未だかつて経験したことのない脅威であるのは説明するまでもなく。それを退けただけでなく、倒してみせたのです。これは評価に値する。龍王側に、ガーネット帝国は簡単に落とせぬぞ…という警戒心を抱かせたはずです」


「しかし、だな…」


「龍王アーダンが本格的に攻めてきたならば、さらに多くの犠牲は覚悟せねばならないでしょう」


 ゲナがそう述べると、ロダムは何度も頷く。貴族たちは気まずそうに、顔を見合わせて再び相談し合う。


「……うぅむ。た、確かに一理はあるかもな。それは評価しないわけでもなくだな。だがな、しかしだな……その、あれだ! 三将軍……そう、三将軍だ! この場に現に三将軍が揃ってないことは、軍の認識が欠けている証拠ではないかね? この重要な会議を蔑ろにするような将軍に、我々は国の命運を託せると思うか!? 我々が不信感を抱くのは当然ではないか! 信用したくても、できなくさせているそちらの態度がな!」


「そうとも! 貴族を護るのは帝国軍の義務だ!」


 これでどうだと言いたげに、貴族は声を張り上げた。


「ええ。三人目の将軍がこの場にいないことはお詫びするしかありませんね。ですが、対龍王について、彼女は私たち以上に考えているのは間違いないかと……」


「本人がいないのに、そんな話を信じれるものか! 考えるといっても、個人が何をどうするというのだ!?」


「さあ、そこまで私も存じているわけではありませんが…」


「知らぬですまされるか!」


「彼女については、大総統の権限で独自に動かせております故」


「なんだそれは! 無責任すぎるわ!」


 ここぞとばかりに貴族たちが喚きだす。


「…チッ。今まで将軍の動向なんか気にしてなかった癖によ」


「……イクセス」


 小声で嫌味を言うのが聞こえたので、ゲナが静かに叱責する。

 話が変わってしまっていたが、ゲナは平静のままだ。それがより貴族たちの反感を買っていた。


「知らぬ以上、内容については話せないわけでありますが…。大教会レ・アームへの助力を求めたのと同様に、龍王に対する術ならばいくつあってもよろしいのでは?」


「その術について知りたいと言うておる! すべて公表すべきではないか!」


「そうだ! そうやって貴君ら帝臣役員は、我ら貴族を蔑ろにしているではないか! 我らも重役であるぞ!」


 無駄な会議だとイクセスは辟易とする。

 結局のところ、ただ文句を言いたいか、または何をしろ、これをしろと、要求だけを述べるのが貴族の仕事なのだ。その背景には、「我々は帝国への多額の金額を納めているのだから当然の権利である」という主張がある。

 この中に、本当に帝国の行く末を案じている者などいないのだ。


「なるほど。解りました。ですが、今は神告を優先すべきかと。その後でしたら、大総統の許可の元……皆様に納得していただけるよう、対龍王戦略をまとめて開示いたします」

 

 神告が優先であるのは貴族も変わらない。不満の声もわずかに漏れたが、それは大きくはならなかった。


「しかし、今回の神告で……本当に龍王アーダンを倒すための方法が神々から発せられるのか?」


「確か一四年前の神告は……世継ぎのことで…」


「ああ。あれは何ともダフネス帝の都合のいい……」


 ヒソヒソと囁かれる内容は、決して愉快なものではなかった。

 こうして、決して議論とは呼べない、ただの出資者をなだめるだけの集まりはしばらく続いたのだった…………。




 二九階、副総統執務室。

 くだらない会議をようやく終えた男たち三人は、ぐったりとしてソファーに腰を掛けていたのであった。


「……ったく、貴族ってヤツはどうして中身のない話ばかりずっと述べられるんでしょうかね」


 イクセスは気にいらなそうに頭をガリガリと掻きながら言う。


「不満がたまっているのだよ。彼らも前大総統時代、キードニアと戦ったこともある勇士だ。その時代の戦い方に比べて消極的すぎると言いたいのさ。ねえ、ロダム閣下」


「フン。今では腹の底までドス黒くなった金の亡者どもだ!」


「お父様。そんな言い方は非常にどうかと…」


 オドオドとした様子で、クロイラーが言う。

 灰色の長い髪、丸い眼鏡をかけ、イクセスと同じ型のスーツを着こなしている。地味な印象だが、眼鏡をはずした素顔がもっと魅力的だとは、知る人ぞ知ることである。

 そして、このクロイラー・スカルネ。ロダムの娘とはいえ、二三歳という若干齢にして、将軍に抜擢されたのには理由があった。

 まず、戦気を銃弾にして撃ち出す兵器の有能な使い手なのだ。短銃ならば他に使い手がいても、あの翠龍ハウェイたちに致命傷を与えた超距離砲などは、彼女でしか使いこなせない。

 そして、戦略や戦術面にしても、幼少の頃からロダムをうならせるほどの優れた能力を持っているのだ。

 そんな才女の考案した兵士育成プログラムは、現帝国軍にすでに取り入れられている。その成果も如実に現れつつあり、ますますクロイラー将軍の株は昇り調子なのだ。

 ノンビリしたような見た目とは裏腹に、帝国軍が誇る実力者なのである。


「私たちが貴族の皆様を怒らせ続けていたら、そのうちダフネス大総統を降ろせ……ともなりかねないですね」


「大丈夫だよ。あんな会議など建前だからね。いくらでもあしらえるさ。ダフネスが神告を終えるまでの辛抱だ」


 ゲナが顎髭をさすりながら笑う。


「颯風団の首領は捕まえられんかったが、幹部ラウカンを失っては下手にヤツらも動けないだろうしな。龍王に至っても、ルゲイトが動きをみせる様子はない。…神告は予定通りと考えてよいな」


「ああ。でも、用心はしておいた方がいい。城は将軍二人がいるが、やはり郊外の方は手薄に感じられる。できれば青年部隊を付近に駐留させておいたほうがいい。颯風団が潜伏していれば警戒ともなるし、我が軍にまだ余力があるのだと見せつけられるね」


「わ、私もそれが非常にいいと思います! 私もできるだけレールガンを握った状態でいることにします!」


 意気込んでクロイラーが眼をキラキラと輝かせる。


「クロイラー嬢。そ、それはちょっと……」


 イクセスは苦笑いを浮かべた。


「だが、真に警戒すべきは身内かもしれん。どうにも大総統個人への不信が強まっているようにワシには感じられた」


「フム。身内、ね」


 思案するかのように、ゲナは腕を組む。


「貴族のクソジジイどもは好きに言わせておけばいいが、軍の上層部にいる子供ガキどもが、そんな話を聞かされて信じたとすれば…」


「大幅な士気低下に繋がる、だね」


 ロダムの最後の台詞をとり、ゲナは眼を閉じて大きく息を吐き出した。


「……英雄は色を好むものとはよく言ったものさ。だが、それでもダフネスが最高の指導者であることは揺るぎない事実。難しいところではあるが、それを隠すのが難しくなってきているのは確かだね」


 三人は渋い顔を見合わせる。


「一つぐらいの欠点。それを補って余りある才知であると……良い方に捉えよう。我らが盤石ならば問題はない」


 ゲナはそう言って、天井を見上げたのだった…………。




ーーー




 龍王城の大広間。

 四足歩行のカメレオンに似た獣脚龍グランドがノッシノッシと入ってくる。

 ロベルトがそれを迎え、何事か言うのを聞き取る。言語ではない意志疎通で、人間にはとても把握できないものだ。


「山脈沿いの偵察隊からの情報ですね。どうやら、翠黄兄弟はやられたようです。倒したのは紅い光を纏う少年だとか…」


「……セリク・ジュランド、か」


 険しい表情でルゲイトが呟く。


「ハウェイとバイゼム。実力よりも口上の方が数段勝っておったとは思いますが、決して弱いわけではありませんな」


 柱にもたれかかったガルが言うのに、ロベルトはコクリと頷く。


「いくら若龍とはいえ、少なくとも人間の少年に遅れをとることなどないはずですが…結果は結果ですね」


 ロベルトは淡々と意見を述べる。そこには同族への同情はなかった。むしろ、勝手な振る舞いをしてたのだから当然だと言わんばかりである。


「……敵に気づかれず空中から侵入できる者、地中を自由自在に行き来できる者。戦力が弱まったこと以前に、こういった戦術の幅を拡大する存在を失ったのは大きい」


 ルゲイトは深く嘆息する。


「その少年。今のうちに叩かねば、やがて大きな火種となるやもしれませんな。…必要とあらば、拙者が出ましょう」

 

 身を起こすガルに、ルゲイトは横に首を振る。 


「……いや、どこでぶつかるかは予測がついている。今は次の手を打たせぬよう、予定通りに行動したい。それにセリクが持つ力はまだまだ未知数だ。あれが神々の策だというならば、正体を確かめたい。それが解れば対処することはそう難しいことではないはずだ」


「…御意に」


 文句一つ言わず頭を下げるガル。己の武力を奮いたいであろうに、自分の作戦のせいで裏方に回してしまうことをルゲイトは心苦しく思った。


「……ガル。私を臆病だと思うか?」


 珍しく弱気な発言をするルゲイトに、ガルは少し驚く。


「いえ、元より龍王アーダン陛下の意思に反し、人間に敵対すること自体が無謀な試みといえるでしょう。また“本当の目的”を為すためならば、遠回りになるのも致し方ないことかと。それは臆病とは違うかと思いますが…」


「……そうか」


「…ルゲイト殿のご心労、お察し申し上げる」


「そうですね。なかなか、大変な主人にお仕えしてますとも」


 ロベルトが冗談めかして言うと、ルゲイトもガルもフッと柔らかく笑う。


「……払う犠牲は大きいが、もはやここまで来たならば私たちの手で最後までやり抜くしかない」


 ルゲイトの台詞に、覚悟を決めたようにガルとロベルトは強く頷いたのだった…………。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ