29話 “寄生虫”殲滅作戦(3)
さっきからずっとイライラとした様子で、何十本目かの煙草をグリッと灰皿に押し付ける。灰皿は吸殻だらけでもう置き場がなく、溢れた灰がダッシュボードの上に散らばった。
「ったくよ。無線は逐次飛ばせったろうが。状況が掴めねぇじゃねぇか…」
運転席にふぞりかえっていたイクセスは、無線機のパネルをガンッと軽く蹴った。
「…おそらく、敵を前にして殲滅を優先したものかと」
助手席にいる兵士、金色のフードをした総隊長がそう説明するのに、イクセスはフーッと紫煙を吐く。
「だから、テメェらで勝手に判断するんじゃねぇよ。こういうパターンのシミュレーションは何度もしたし、ミーティングだってやったろ。いつまでロダム将軍のパターンにはまってんだよ。これなら、俺の直属部隊だけで仕切れば良かったぜ」
さらなる怒りを買ってしまったことに、総隊長は気まずそうに咳払いする。
「……またはこちらが追い込まれている状態なのかも知れません。だとすれば、増援を送るべきでは? 状況を把握する上でも…」
その進言に、イクセスはあから様に眉を寄せる。
「バカかよ。下手に兵を投入して、退路が詰まったら逆に戦況が悪化するだろうが。爆破でいくつかの道も埋まっているんだしな」
「な、なるほど。見境なしに爆破してるのは、自滅覚悟でのことでしょうからな…。増援してもこちらの被害が増す、と。ならば爆破処理に長けた者を……」
「いや、敵が自分で通路を潰す分にはいいんだ」
「え?」
「ああやって自分の隠れ家を爆破するってことは、敵が追い詰められている証拠とも取れる。この突入の目的は、颯風団を一カ所に追い詰めることにある。だから、戦闘よりも連絡を優先しろと言ったんだ」
「し、しかし、かといって現場の兵士たちを放っておくのは…」
兵士たちが命令に忠実であることは、現場を仕切る総隊長がよく知っていた。彼らは言われたことを守れないほど間抜けではない。
だが、実際にはさっきから連絡が入らない状況である。無線機の故障かとも考えたが、全員のが壊れるなんてことはあり得ないだろう。なにか連絡が取れない事態が起きていることは確実だった。
「いまは何もできねぇ。…待つだけだろ」
「グッ」
これ以上のことは総隊長の立場であっても何も言えなかった。どのみち、イクセスは何の提案も受け付けはしないだろうことが解ったのだ。
増援が良策でないことは百も承知だったが、それを言ったのは部下を心配しての意味合いが強かったのだ。自分が飛び出して行きたい気持ちを堪え、総隊長は拳を握りしめる。
イクセスはその気持ちこそ理解していたのだが、そこで感じるのはやはりロダム・スカルネの影響力である。これがロダムであれば、仲間の救援を優先して増援を許可しただろう。そういう点では、総隊長の判断は正解と言える。
「……やりずれぇな。ま、どのみち期待はしてねぇけどよ」
聞こえないように呟いて、無線のチャンネルを変える。
「どちらに伝達を?」
総隊長は不思議そうに尋ねた。いま颯風団に当てている部隊すべての無線は開いていたからである。
「外に待機させてある、トレディとランドル隊だ。敵を追い立てるのが無理なら、せめて頭だけでも潰せれば…」
途中で言葉を止め、イクセスは視線をさまよわせる。
「……なんだ。何の音だ?」
「音?」
総隊長は左右を見回す。だが、何か変わった様子はなかった。
「…何かが近づいている音だ」
「わ、私には何も聞こえませんが」
「静かに。黙っていろ」
無線のボリュームを落とし、周囲にも車のエンジン音も止めるよう指示を出す。
耳を澄ますと、キィーンという金属音がどこからか聞こえてくる。
最初は微かだったものが、やがて段々と強くなってはっきりと聞こえてくる。
「空か!?」
イクセスはハッと空を見やった。
曇天の夜空。ズボッ! ズボッ! っと雲を破り、十数匹の龍が帝都上空に姿を現す。
その先頭を仕切るように腕組みをして羽ばたいているのは、翠色をした翼人龍。翠龍ハウェイだ。
「こう易々と突入させてくれるとはな! 対空砲など、届かぬよう雲の中を通ればいいだけのこと! これで神々に護られた国などとは聞いて呆れる!」
ハウェイは、手下の龍族たちに指示し、王城を囲うように展開させた。それは狙い撃ちにされることを避けるためにもだ。
「しかし、人間が数百年の間でここまで蔓延るとは……。アーダン陛下が何故に人間への手出しを禁ずるのかまでは知らぬが、これを見る限りではエーディン殿下が危惧される方が正しいようだな」
数百年は龍族にとって決して長い年月とは言えなかった。ハウェイの記憶によれば、ほんの百年ほど前、帝都近くを通りがかった時にはまだ石造りの簡素な建物しか並んでいなかったのだ。
それが、この数十年程度の間に、巨大な高層ビルが建ち並び、自動車などが通りを動いているのだから驚くのも当然だった。人間の姿形こそ変わらないのに、その技術はかなり進展しているのである。
いつの日か人間たちが龍族を凌駕し、本当に地上を完全支配されてしまう日がくるのではないかとハウェイは思った。
城の壁面にある砲塔が動きだし、照準が龍たちに向けられる。
これは砦を攻める時などによく見た物である。どんな機械かはハウェイにはよく解っていた。
「こんなものに龍王様や四龍が怖れる意味が分からん。撃たれる前に潰せばいいだけのこと! 一斉にかかれ! すべて破壊せよ!」
ハウェイを含む龍族は口を開き、波動の衝撃波を撃ちだした!
ボシュ! ボシュッ! ボシュ!
青白い閃光が、次々と砲台を木っ端微塵にしていく! 黒煙が舞い、鉄の破片が街中に降り注いだ。
イクセスは龍族を素早く数えて舌打ちする。
「このタイミングで龍族の襲撃だとぉ。まさか“寄生虫”叩きが漏れた? ……はずはねぇな。なら、ルゲイトの読みか? いや、それも違う。あの野郎がこんな手を使うはずがねぇな。チッ、となるとただの運の悪い偶然ってとこか」
「将軍! ど、どうするんですか!? このままでは城が!!」
予期してなかった事態に、総隊長が腰を浮かせる。
付近にいた部隊長たちが慌ててイクセスの元に集結した。
「うろたえるんじゃねぇ。あんなもんで城が崩れるかよ。それよりもファルドニア関所の見張りはどうした? まさか居眠りしてたわけじゃねぇよな」
「確認をとりましたが、ドラゴンを目撃した者はいないとのこと!」
イクセスは咆吼をあげているハウェイを見やる。翠色の身体が、照明を反射してギラギラと不気味に輝いていた。
「迷彩…あの鱗か……風景に同化するタイプかもな。他の龍族も闇に紛れて見分けがつきにくい。チイッ! 厄介なヤツもいたもんだぜ!」
「城の周囲は手薄です! 現作戦は中止して、龍族の対処に……」
「いや、そんなことをすりゃ颯風団はこれを好機と見て混乱に乗じてくる。今、待機している部隊だけでやるぞ」
総隊長の提案を即座に拒否したイクセスに、皆に動揺がはしる。
「安心しろ。見たところ龍王エーディンの姿は見えねえ。ありゃ作戦も何もないただの特攻だろう。冷静に動けばなんとでもなる」
簡単にそんなことを言ってのける将軍に、それでも龍族を初めて見る者などは不安そうな様子だった。
「俺があの一番デカいのを倒す。あとはドラゴン一体につき、最低三部隊で当たれ。くれぐれも帝都の被害は最小限にな」
そんな指示をださなくても、龍族は城や見張り台の砲台を潰すのに夢中だった。しばらくは帝都そのものを攻撃することはしないだろう。そうイクセスは考えていたのである。
砲撃をいくつかもらい、龍族の何匹かが負傷する。頑強な巨躯を持つ龍族とはいえ、一斉砲火を浴びされてはたまらない。翼を負傷すれば動きが鈍り、そこを狙われて逃げまどうドラゴンもいる。
さすがに城や帝都内は、龍族襲撃に警戒していたせいもあって、大砲の数もその威力も半端では無かった。ハウェイの目論み通りにはいかない。小さな砦や村を潰すのとはわけが違うのだ。
「…小賢しい人間どもが! ハアッ!!」
ボシュッ! ドガガーンッ!!
ハウェイはもの凄いスピードで空中を駆け、大砲を見つけ次第に波動弾を撃ちだして破壊していく!
「よお。……はぁ。テメェらが人間の言葉を話してると思うと、なんだかムカついてくるぜ」
頭の方で声がして、ピタッとハウェイが羽ばたきをやめ、ギロリと目を向ける。
高い鉄塔の上、“オードソード”を二本持ったイクセスが首をゴキゴキと鳴らしている姿があった。
「挑発するにも言葉が通じぬのでは意味がないのでな。我とて不本意なことだぞ」
「不本意? ケッ。見た目の馬鹿っぽさとは違って難しい言葉を使うじゃねぇか。療養中のエーディンが、暇つぶしに人間語でも教えてくれんのか?」
ハウェイは、イクセスの持つ光る武器を見てハハーンと頷く。
「……なるほど。貴様、もしや殿下の腕を斬り落としたという不届き者か?」
「だとしたら?」
イクセスのその言葉だけで充分だった。ハウェイの全身が強い殺気を帯びる。
「…もはや語ることもない。殺すだけだ!」
「ああ、ならさっさと来やがれ! テメェの首を見舞品に、龍王城に送りつけてやっからよ!!」
イクセスが跳びあがり、ハウェイが鋭い爪を振り上げる!
「ハッ! 翼を持たぬ人間が、龍族に挑もうとは一〇〇万年早い!!!」
「そうかよ!」
ハウェイの爪が当たるかと思った瞬間、イクセスの姿が消える!
「ぬ!? 消えた!?」
ハッと気づくと、イクセスは向かいのビルの壁を蹴ってさらに高く跳躍しているところだった! そして、そのままハウェイの後ろをとる!
「そんなもので我が背をとったつもりか! 我は空翔転隠の翠龍ハウェイ! 空での戦い、スピードでは龍族一と自負している!!」
ハウェイの身体がぶれたかと思うと、上下左右に残像の分身が現れる! イクセスの攻撃は残像に当たり、空に溶け消えた。
「…道化の真似事みたいなことしやがって! だが、今日からはもう一番とは名乗れねぇな! 自分で名乗った覚えはないが、俺も“最速のブラッセル”だなんて大層な二つ名があるんでな!!」
スーッと息を吸い込み、イクセスは身をわずかに丸める。そして、全身のバネのように一気に伸ばした!
“最速の…”と呼ばれるにふさわしいスピード! 黒い影しか見えないほどの速さでハウェイの残像たちを葬る!
「なるほど! 確かに速い! 我が前に立ち塞がるだけはあるな! だが、我らは誇り高き龍族! 人間の戦い方が通用すると思うなッ!!」
ハウェイの両手に波動が集まる!
「『飛龍天爆!!』」
ハウェイが集めたエネルギーを放り、それが中空で爆発を起こして辺りを無差別に破壊する!! それはエーディンが使った『龍王天爆』と同じ技だった。
イクセスは身を捻り、スレスレで攻撃を避けた。
雨のように降り注ぐ攻撃に、民家がいくつか壊されるのを見て、イクセスはギリッと強く歯ぎしりする。
「…おい! 誇り高い龍とやらは、戦えないヤツらまで巻き込むのかよッ!」
「ぬかせッ! 龍王エーディン殿下のご意向は全人類の消滅なのだッ!」
「チッ。少しカチンときたぜ…」
ビルの上にスタッと降り立ち、二本の“オードソード”の柄同士をガチャリと合わせる。柄がネジ回し式に入って、一本の武器になった。それは両端に刃のある“ツインソード”であった。
「我らの表皮は鋼鉄よりも固い。その妙な武器でも簡単には貫けぬぞ!」
「そうかよ。俺は確かに戦技は使えねぇ。こいつばかりは向き不向きがあるそうでね」
「今さら泣き言か? 人間とは不便なものよな。生まれながらに戦える者と戦えぬ者に別れている」
ハウェイは四龍を思い出して、イクセスに関係のない憎しみを重ねた。
「…だがな、俺は戦気の総量だけならかなりのもんらしい。んで、この武器は俺の戦気をそのまま攻撃力に転換させる。つまり疑似的に戦技を扱ってるのと同じってわけさ」
“ツインソード”に、イクセスの戦気が大量に流れていく。だが、ハウェイはそれを虚仮威し程度としか感じていなかった。
「フン。さっきから、なにを戯れ言をベラベラと。時間稼ぎなら無駄だぞ」
ハウェイは勝ち誇ったような顔で、再び両手に力を集めだす。先と同じ『飛龍天爆』を使う気なのだ。それも今回は中空で爆発させず、イクセスに直接ぶつけてやろうと考えていた。
「ま、どうにも頭は良くないらしいな」
「なんだと!?」
「なら、簡単に説明してやるよ。テメェの波動は、龍王に遙かに劣ってるってことをさっきから言いてぇんだよ!」
ハウェイの放ったエネルギーを、イクセスは飛び上がって“ツインソード”で叩き斬る!!
「お、おおッ!?」
「『龍王天爆』に比べて、威力も攻撃範囲も物足りねぇ!! 猿真似に過ぎない紛いもんだぜ!」
「我を愚弄するか! 人間!!」
ハウェイは肉弾戦に持ち込まんと、両手の爪を拡げる!
「それとよ、エーディンの腕を叩き落とした俺が、テメェの鱗ぐらい斬り刻めねぇわけがねぇだろうが!! ちったぁ考えろ!」
高速で八の字を描きながら、イクセスがハウェイにつっこむ!
「と、捉えられぬだと!?」
爪を避けられ、ハウェイは悔しそうに牙を開く。
間断なく繰り出される左右双方からの連続攻撃に、ハウェイは両腕をクロスさせて防御した。が、刃を受け止めた腕が深々と傷つけられる! 鮮血が飛び散った!!
波動技だけでなく、自慢の防御力まで凌駕されたことに、ハウェイは戦慄した。
「ググッ! これが人間か……」
「相手が人間だからって舐めてっからそうなんだぜ」
「こ、こうなれば我ら一丸となり…」
周囲の戦況を見やると、他の龍族も苦戦しているようだった。とても加勢を命じられる様子ではない。
龍王アーダンの世代でない若い龍は、神々や人間と戦った経験がない。勢いだけで己の強さに酔っている龍族よりも、昔から対策をずっと練っていた人間たちの方が何倍も強かった。その事を老龍たちや、ルゲイトに忠告されていたことを今になって思いだし、ハウェイは恨みがましく喉の奥で唸る。
「だが、戦闘力そのものは、まだ明らかに我らの方が上のはず!」
ハウェイは大きく翼を開き、急上昇する。それこそ雲のあるギリギリにまで上がった。それを見て、他の龍族もよろめきながらもそれを追う。
「チッ、馬鹿なりに気付きやがったか。さすがに、あそこまでは跳べねぇな」
スタッと地面に着地したイクセスは、遙か上空にいる龍たちを見上げる。
「ハハハッ! 貴様らの攻撃の届かぬところから、一気に破壊しつくしてくれる!! この我を怒らせたことを後悔するがいい!!!」
大きく口を開き、龍族たちがエネルギーを高める! さっきまで以上に溜めが長いのは、今までやられた分をまとめて返そうという怒りを込めてのことだ。
「悪いことは言わねぇ。そんな高く飛ぶと危ないぜ。それに無駄に終わるしな」
イクセスがそう言うのを、為す術なく諦めたものと見たハウェイは高笑いする。
「我らの『タオ・ブレース』の威力が及ばずとも、力の続く限り撃ち続けてくれる!! 龍王エーディン殿下の御為、一匹でも多くの人間を殺してくれるわ!!!」
「…本当に頭悪いな。だから、無駄だって。こっちには一人も死傷者なんてでねぇってんだよ」
哀れむかのようにイクセスは目を瞑って、“ツインソード”の刃を閉じた。
夜中なのに、一瞬だけ辺りが明るく照らされる。
最初、それは龍族たちの高めている波動のものかと兵士たちは思ったのだが、そうではなかった。
ドギュウウーンッ!!!!!!
城の屋上から轟音と共に、強大な光線が放たれた!!
力を蓄えていた龍族を目映く照らす!
「な、なんだこの光は……ぎ、ギャアアアアッ!!!?」
龍族たちが驚いて光を見た瞬間、その身体がバァーンッ!! と弾け飛んだ!
頭が、腕が、翼が、脚が粉々に砕け、バラバラと死骸が飛び散る!!
何事かと、今まで怯えて隠れ見ていた民たちが顔を出す。今まで戦っていた兵士たちも、驚きのあまり空を見上げたままに硬直していた。
足下に飛んできた肉片がグチャッと落ちる。それを見やりながら、イクセスは懐から煙草を一本取り出してくわえた。
「あーあ、こりゃ掃除が大変だぜ。せっかく無駄だって言ってやったのによ。あの城には俺なんかより、おっかない“鉄壁の乙女”がいるんだからよ……ん? そこまでは教えてやってなかったか。まあ、いいか」
ガーッ! と、イクセスの腰ベルトの無線機が鳴る。
『ハアハア!! どうですか!? どうですか!? 当たりました!? 今の命中しましたか!? ハアハア!! ……ザザーッ!』
甲高い女性の声が響く。あまりに音量が高すぎるせいで音割れを起こして聞き辛い。
「あー、万事オーケすよ。さすがですね。見事命中しやした。ご苦労様です。クロイラー将軍」
イクセスの言葉に、向こうで歓声があがったのがわかる。手を打ち鳴らす音まで無線に入ってきた。
『ガーガーッ! て、敵の残りは!? まだ撃ちます!? 撃っちゃっていいんですか!? ハアハア! ……ザーッ!』
興奮冷めやらぬクロイラーが問う。
イクセスには、クロイラーがマイクぎりぎりまで顔を寄せて、目を血走らせてる姿が容易に想像できた。
「いや、ちぃと落ち着いて下さい。もう敵影はないですから。あの一発で全滅ですぜ」
『ええー。そんなぁ……ガックシです。非常に残念です。なら……もう銃は下ろしていいんですね? ……ザー!』
明らかに落胆した様子で、クロイラーが言う。
「“寄生虫”殲滅が終わってませんから、俺はその指揮に戻ります。クロイラー将軍は引き続き城の方をお願いしますぜ」
『ガーッ! はい。了解しました! 非常に残念ですが……銃はいったん下ろします。下ろしちゃいますよ? 本当に? いいんですか? いいんですね…? ……ザザザーッ!』
「まだ銃を持ってていいよ」と言われるのを期待するかのような言い回しに、イクセスは苦笑いする。
「……んー、と。あ、全滅は撤回です。一匹だけしぶといのが残ってましたわ」
無線を切り、イクセスはゆっくりと振り返る。
ブアッ! という風圧により、イクセスの髪や服が激しくはためいた。
翼は折れ破け、翠色の鱗はほとんどが剥げ落ちた状態で、ハウェイはようやくのことで降りてくる。
傷の具合を見る限り、ほぼ虫の息だ。
降り立った衝撃で体勢を崩し、ドスンッ! と、片膝をつく。そして、ゴボゴボッと口の端から血を吐き出した。それにも関わらず、目付きだけはイクセスを睨み殺してやろうというぐらいだ。
「……こ、こんな強力な武力を隠し持っているとは信じられん。人間は驚異だッ!! 龍王アーダン様が人間を放っておかれるのは過ちだ!!」
「神々と戦った伝説の怪物が隣の領土にいるんだぜ。一〇〇〇年もあって、備えねぇほうがおかしいだろうが」
「……ここで、何としてもここで始末、を……ラ…チ……」
イクセスの声はもはや届いていないようで、時折、人間語ではない言葉まで混じってブツブツと喋る。
「……ラ……チ…セ……マ……チ……セ……マ…。ラ・チセマ!! 来い! 我が弟よ! バイゼムよ!!」
白目をむき、ハウェイが最後の断末魔よろしく、頭を持ち上げて大きな咆吼をあげた!
あまりの声量に、イクセスは耳を抑える。
「な、なにをしやがった?」
しばらくして、地面が大きく揺れ動く。その振動を感じ、ハウェイは満足気に笑った。
「…空の部隊だけで攻めたわけではない。我が弟の部隊が、地の下からも掘り進めて来ておる」
「なんだと!? 地下……ってことは、下水道にいる兵士たちと連絡がとれねぇのは…」
「そうだ……。貴様らが地下に匿っていたであろう人間も見逃しはせぬ!」
龍族からすれば、帝国兵だろうが颯風団であろうが、同じ人間に過ぎないのだった。
あの無線から響いた音は、爆破だけてはなかったのだ。壁側から来る敵など誰にも予測なんてできるわけがない。第三の敵にいきなり奇襲され、颯風団もろとも一気に潰されてしまったとしたら、連絡などとる暇もあるはずがなかった。逃げることすらできずに味方は全部やられてしまったのだろうとイクセスは理解する。
「ククク、先ほどの強力な閃光は、恐らくは地上に向けては放てまい……。地下を自由自在に行き来する弟を相手にはどうすることもできないだろう!」
言われる通りだった。城からここまでは、間に障害物が多すぎる。それだけでなく人家などの被害を考えれば、下に向けて放てるはずもない。
振動が大きくなり、中央路のアスファルトの地面がひび割れる。
そして、ドガンッと地面を砕いて黄龍がその姿を現す!
「チッ! こいつはやはり応援を呼ばなきゃいけねぇか……」
形勢不利と見たイクセスは、無線機を掴む。
「おお! 我が弟よ!」
「あ、兄者……」
両手を開き弟を迎えようとしたハウェイが、目を見開いて固まる。
黄龍バイゼムは満身創痍であった。片目を潰され、兄よりも頑強なはずの皮膚には、無数の斬創がつけられている。もしかしたらハウェイよりも重傷かもしれなかった。
「な……なにが起きたというのだ弟者!」
「あ、兄者こそ……その傷は…」
お互いのボロボロの姿を見て、その身に龍族の想像を上回る凄惨なことが起きたのだということだけは解った。
「お、俺は……ガブッフッ!!」
バイゼムが激しく痙攣しだした。膨張するかのように傷が拡がり、流れ出ていく血の量がどんどん増え、バシャバシャと血だまりができてゆく。自らが作り出した血の池で、バイゼムはのたうち回って苦しみ呻いた。
「弟者!!」
「あ、兄……ッガァ!!」
兄に答えようと口を開いた瞬間、バイゼムの下顎がボロンと落ちた。喉の奥が丸見えになる。そして、グリンッと白目をむく。
「こんな……こんなことが……」
バイゼムの開いた喉の奥から、紅い光が漏れる。そして、何者かが顔をのぞかせた。
その者の輝く双眸を見て、ハウェイは底知れぬ恐怖を覚える。
「な、なんだ…なんなのだ!? 弟をこんな目に遭わせた貴様か!? いったい何者だ!?」
恐怖に後ずさりながら、ハウェイが問う。
「まさか。セリク・ジュランド……か?」
イクセスが紅い光を見て怪訝そうな顔をした。
バイゼムの喉の奥から、紅い光を纏い現れたのはセリクであったのだ…………。




